親の顔
私が、保育士の部屋から持ち出した雑誌には、秋枝の両親についての記事が載っていた。
大正11年10月、呉服店を営む坂本詠一の妻、千鶴は、奉公人である貞村啓司と不貞を働いていた。家を留守にしがちな夫を欺き千鶴は12年もの間、啓司との不貞を続け、やがて啓司との間に秋枝を授かった。
しかし、他の従業員達との確執により2人の関係は白昼のもとにさらされる。
それでも夫である詠一は千鶴を許し、夫婦関係の修復に努める。だが、千鶴は啓司の事が忘れられなかった。啓司と啓司の幼馴染との縁談が決まると千鶴は啓司の気を引くために秋枝と雪子を道連れにして自殺を図る。
千鶴は命をとりとめたが秋枝は頸動脈を刺され失血死、雪子は腹部を刺され二日後に死亡した。
雑誌には夫婦、2人の娘の家族写真と貞村啓司の顔写真が載っていた。
私は家族写真をプリントして秋枝に渡したかったのに……あの糞バカ博のせいで……。
だけど、秋枝の両親の大体の特徴は覚えている。母親は藤色の着物に夜会巻き、顔は雪子によく似た面長で堀の深い派手な容貌だった。父親は短髪で切れ長の目に丸メガネをかけ、中折帽子を被り背広姿だった。
しかし、改めて秋枝の両親の顔を思い出すと次々と疑問が出てきた。秋枝にとっての父親は詠一と啓司どちらなのか? 央くんよりも幼い秋枝がちゃんと自分の死の真相を知っているのか?
実の親に保険金をかけられ殺された央くん、彼はその事実を知らない方が幸せだった……。
知っているのか、知らないのか……。または忘れてしまっていたり、勘違いをしている場合もある。私が親の特徴を伝え秋枝の記憶を鮮明にしたところで彼女の願いは叶うだろうが、幸せに逝けるとは限らない……。
「あー! 居た居た瑠璃お姉ちゃん」
「きゃっ!!」
考え事の最中、いきなり翔ちゃんに話しかけられびっくりした。
「さっきね渓先生が教えてくれたんだけど、瑠璃お姉ちゃんと同じ学校に通っていた人が来たんだって」
「えっ!? 同じ学校?」
「もしかしたら友達かもしれないじゃん」
ああ、また考え事が増えそうだ……