魔女狩りから生還した魔女
ピンポーン!
事の発端は、俺の家のチャイムが鳴ったところから始まった。初めは回覧板が回ってきたか宅配便が届いたのだろうと思っていたが、玄関の扉を開けると、そこには茶色いスーツを着た見知らぬ男が立っていた。
「私はこういう者です」
提示されたのは警察手帳、この男は刑事のようだ。
「少しお伺いしたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか」
「はい、いいですよ」
サスペンスドラマでしか見たことのない展開。こんな展開が実際にあるのだと内心ワクワクしながら、俺は刑事の方を見据えた。
「最近、この辺りで黒い三角帽子を被った老婆を見ませんでしたか?」
「三角帽子を被った老婆ですか?・・・いいえ」
刑事の口から出たのは何とも奇妙な質問。今の時代、普段着で三角帽子を被る老婆などほぼいない。もし見かけたら記憶に残っているだろう。
「なにか事件でもあったのですか?」
「このところこの付近の家で、部屋が荒らされ物が盗まれる被害が相次いでいます。目撃証言から、犯人は黒い三角帽子を被った老婆だと言うことがわかっています」
俺の家の近所で窃盗事件があったとは・・・全然知らなかった。
「でも、そんな目立つ人すぐに見つかりますよ」
「それが、なかなか有力となる証言が得られないのです。目撃証言も奇妙なものばかりでして」
「といいますと?」
「その老婆が宙に浮いて逃げたとか、瞬間移動して消えたとか」
「それは確かに奇妙ですね」
黒い三角帽子を被った老婆で、なおかつ超能力のようなものが使える。それってまるで魔女だな。
「刑事さん。ここの住宅街は高齢の方が多く、ボケていたり目が悪い方が多いです。なにかと見間違えたのではないでしょうか?」
「おっしゃる通り、目撃証言をいただいたのは高齢の方ばかりでした。その可能性も考えられます」
「あとこの辺りには空き家も多いので、潜伏しようと思えばいくらでも隠れられます」
「なるほど、この辺りでは空き家が多いのですね」
刑事は熱心にメモを取る。
「ご協力感謝します。怪しい人物などを見かけたらご連絡お願いします」
「はい」
・・・
その夜、俺は酒を買いに家を出た。
「黒い三角帽子を被った老婆・・・」
家を出てすぐに昼間の刑事の話を思い出した。この辺りは決して治安が悪いという訳ではない。だが、あの話を思い出すと、無意識に周囲を気にしてしまう。
「気にしすぎか」
そう言葉を発した直後のことだった。ふと目を向けた近所の空き家に三角帽子を被った人が入り込もうとしているのが見えた。後ろ姿だったので老婆かどうかはわからないが、イベント事でもない限り三角帽子を被るやつなどいない。
「ちょっと待て!」
俺は反射的に声をかけた。
「・・・はい、なんですか?」
振り向いたその顔はしわくちゃの老婆。間違いないこいつだ。
「おまえだな、刑事が探している窃盗犯は」
「なんのことですかいの?下らない話はやめてくだされ」
老婆は家のドアノブに手をかけた。
「おい、なにをしている?」
「なにとは?家に帰るだけじゃよ」
「ここは空き家だ。俺はこの近所に住んでいて、この辺りのことはよく知っている。ここはお前の家じゃない」
その言葉を聞いた老婆は眉間にしわをよせ、明らかな嫌悪感を示した。
「・・・めんどうじゃの」
「大人しく観念しろよばあさん」
「ふん!」
老婆が鼻で笑ったかと思うと、一瞬にして姿が消えてしまった。
「え!?」
とても信じられなかった。俺は一瞬たりとも目を離していなかった筈なのに、こんなことはありえない。
「一体どこへ消えたんだ」
ガタッ!
空き家の二階の方から音が聞こえた。そこにいるのか?
「・・・行ってみるか」
・・・
空き家の内部は荒れ放題、人が住んでいないのだから当然といえば当然。そんな空き家の二階から音が聞こえたとなれば怪しいことこの上ない。
「おい!そこにいるのはわかっている!出てこい」
大声を上げ牽制したが反応がない。だが、確かに上の方から音が聞こえた。何かがいるのは間違いない。
俺は二階への急な階段を上っていった。
二階は一階とは打って変わり、綺麗に整理整頓されていた。生ゴミの悪臭もない。ここにさっきの老婆が住んでいるということなのか?
「いい加減出てこい!」
俺は階段のすぐ傍にある扉を勢いよく開けた。
「随分しつこいやつじゃの」
六畳ほどのスペースの部屋に案の定、その老婆はいた。
「そこで大人しくしてろ、今警察を呼ぶ」
「わかったわかった。もうどこへも逃げんから勘弁しとくれ。騒ぎが大きくなると面倒じゃ」
その言葉通り老婆の姿が消えることはもうなくなった。
・・・
すっかり大人しくなった老婆を前に、俺は先ほど見た不思議な光景について聞いてみることにした。
「ばあさん、さっき一瞬で姿が消えたように見えたがどうやったんだ?なにかのトリックか?」
「説明したところでお前さんには理解できん」
老婆は俺の言葉を軽く一蹴した。
「そんなこと言わずに教えてくれよ」
最初はなんらかのマジックか何かだと思っていた。しかし、一瞬で消えたと思わせるには大掛かりな準備が必要だろう。そんな種を仕込む余裕はなかったと思う。
「どうせお前にはわからんさ」
また同じ言葉を繰り返す老婆、どうやら説明する気はないらしい。これ以上続けても喋ってくれそうにないので、話題を変えてみることにした。
「ばあさん、その恰好まるで魔女みたいだな。なんでそんな恰好してるの?」
「ん!?魔女じゃと!」
魔女という言葉に思いのほか食いついてきた。
「ふはっはっは!そうか魔女か。そういった方がわかりやすいの」
まさか本物の魔女ですなんて・・・そんな訳ないよな?
「それじゃわかりやすいように、この時代の魔女のイメージに近い姿にならなければの」
老婆は右手の指をはじいた。
・・・
「どうかしら?魔女らしくなった?」
「!?」
さっきまでの老婆の姿は消え、その変わりに女の子が現れた・・・いや違うか、老婆が女の子に姿を変えたのだ。
「この時代の魔女のイメージって、こんな感じよね?えっと・・・萌えっていうのかしら?魔女は可愛らしい存在として描かれることが多いわね」
「魔女・・・本当に実在するというのか!?」
にわかには信じられないが、目の前で起こったことは本物だ。見た目が若くなった他にも、目の色や声質、背丈までも変化している。こんなことがマジックで可能だろうか・・・。
「信じられなくても、今は魔女だと思いなさい。そうでないと混乱するわよ」
確かに、いろんなことを考えすぎて疲れてきた。マジックかどうかは後で考えるとして、とりあえず今は魔女だと思うことにしよう。
「で?その魔女さんが何でこんなところにいるんだよ?」
「何でと言われてもね、単なる偶然だよ。強いて理由をつけるとするなら、空き家が多くて住むには困らないと思ったから」
「それで?盗みも働いたと」
「うん、この時代の物が珍しかったからついね」
ついで済む問題ではない、窃盗はれっきとした犯罪行為。だが、それよりも魔女の言葉に引っかかるワードがあった。
「さっきから”この時代”と言っているが、お前はこの時代の存在ではないということか?」
「その通りよ、私は別の時代の存在。”私は魔女狩りの生き残り”なの」
「魔女狩りだって!?」
魔女狩りとは中世ヨーロッパで行われた迫害行為。魔女のレッテルを貼られた人間が次々に処刑されていった。キリスト教を信じない異端児を迫害するため、疫病などの災いを誰かのせいにするため。その犠牲者は四万~六万人に及ぶとも言われている。
魔女狩りは12世紀から18世紀初頭まで行われ、約十一万人が魔女裁判にかけられた。
しかし、その時の生き残りとなるとこいつは今何歳だ?軽く何百歳と言ったところか。人間であればありえない年齢だ。
「魔女狩りによって処刑された人達は、言うまでもなく魔女なんかじゃない。自分にとって都合の悪い存在を消し去るために利用されただけ。だが、その中には本物の魔女が混じっていた」
「・・・もしかしてそれって私の事かしら?」
魔女がわざとらしくにやけ顔を見せつけた。
「今の時代、魔女は脅威として描かれることは少ないが、本来の魔女は人間に害悪をもたらす存在。悪魔と契約し災いを起こす恐ろしい存在」
「残念ながら私は本物の魔女じゃないわ」
「は?」
「さっきあなた言ったじゃない。魔女狩りによって魔女にされた人達は魔女じゃないって」
確かにそう言ったがこいつの場合は違う。ならば先ほど見せた超常現象はどう説明する?現代の技術をもってしてもあんな事は不可能だ。
「だったら魔女じゃないことを証明してみろ」
「出来るわけないわ。〇〇でないことを証明せよ、それって悪魔の証明っていうのよ」
確かにその通りだ。だが、魔女であることの証明はできる。先ほど俺が見た現象こそがなによりの証明だ。
「おまえは正真正銘、本物の魔女だ」
「はぁ・・・めんどくさ。」
魔女はほうづえをつき大きなため息を零した。
・・・
「もういいわ、どうせ信じてくれそうにないし」
そう言葉を返せば魔女でないと思ってくれるとでも?そんな芝居に俺は乗らない。
「これからおまえはどうするつもりなんだ?また以前の魔女狩りの時と同じように、疫病でもまき散らすのか?」
「疫病は私のせいじゃない。全くさ、何でもかんでも人のせいにしないと気がすまないの?あれは衛生環境が悪かったから起こったことなの」
「じゃあ何をしたんだ?」
「何もしてない。第一人間に災いを起こして、私に何の得があるというの?昔からあなた達の考えは何一つ変わらないのね。だから同じ過ちを繰り返す。」
「繰り返す?」
一体何を・・・何を言っているんだこいつは。
「もういい。本当は喋っちゃいけない決まりなんだけど話すわ。真の魔女狩りについてね」
真の魔女狩りだと?意味が分からないが、何かそう言われると興味がわいてきた。
「あ~でも話さない方がいいかもね。きっとあなたは絶望しちゃうから」
「水臭いこと言うな、教えてくれよ」
「聞けばきっと後悔するけど、いいのね」
「ああ」
そう、魔女の言う通りだった。俺は真の魔女狩りの話を聞いたことを、これから深く後悔することになる。
・・・
「魔女狩りは12世紀から18世紀初頭まで続いた虐殺の歴史。このことは知ってるわよね?でも実はこの話には続きがあるの。そうこの後に第二次魔女狩りが始まるの」
第二次魔女狩りだと?そんな歴史は聞いたことがない。もしかして歴史書にも載っていない、空白の歴史なのだろうか。そう考えると余計に血沸き肉躍る。
「最初は一発の大きな爆発から始まった、それはある独裁国家のミサイル誤射だったの。何十年と平和が続いたその国は大混乱。それが第二次魔女狩りの始まるきっかけとなった事件」
「その混乱はやがては世界規模に及び世界大戦が勃発。その当時最新鋭の武器を次々に使用したため被害は過去最大。国際的に禁止されているバイオテロ(生物兵器)も導入され、世界各地で疫病が蔓延。貧民層の人間が急増し、衛生状態も最悪。みんな絶望の淵に立たされたわ」
「そこで登場したのが魔女という訳、歴史は再び繰り返す。みんな誰かのせいにしないと気がすまない。でも魔女を作り出すことによるメリットもあった」
「放射能汚染で住む場所は相当限られた。食料も住居も少ない中・・・いわゆる間引きというやつね。満足に体の動かせない老人や障害者、反社会的な人間を魔女に仕立て上げ次々に虐殺していった。」
※魔女狩りの魔女には男性も含まれる(歴史的事実)
「私も魔女のレッテルを貼られ殺されかけたけど、その時は戦争も終結に向かっていて混乱も収まりつつあったから助かった。そう私は第二次魔女狩りの生還者」
「最終的に・・・笑っちゃうわよね。戦争で死んだ兵士の数より、魔女狩りで犠牲になった市民の方が圧倒的に数が多かったのだから。世界人口は半減し・・・」
「ストーーップ!!ちょっと待ってくれ」
俺は大声を上げ強制的に話を止めさせた。今まで黙って聞いていたが、いくら何でも荒唐無稽な話だ。
「最初は歴史書にも載っていない空白の歴史だと思っていた。だが、そんな世界規模の大事件が載っていないはずがない」
魔女は俯きしばらく考え込んだ後、顔を上げ微笑んだ。
「・・・・・・そうね、その通りだわ。今の話は忘れて頂戴」
「なんなんだお前」
魔女の考えは人間には理解できないと言うことか?そもそも人間の考える魔女のイメージで考えてはいけないのだろう。彼女達の思考は我々の考える範疇を超えている。
「ごめんなさい、すっかり混乱させちゃったわね。話題を変えましょうか」
「ああ、頼む」
・・・
「魔女になる方法教えてあげようか?」
「・・・は?」
いきなりそんなこと聞かれたら誰だってこんな反応をするだろう。というよりさっきは”私は魔女じゃない”とか言ってなかったか?
「魔女になる方法知りたい?それとも知りたくない?」
どうせまた訳の分からない事を抜かすんだろうが、質問の答えが気になることは気になる。
「なんだよ言ってみろよ。魔女になる方法とやらを」
「うふふ。簡単なことよ」
魔女は不敵な笑みを浮かべ、俺の顔をじっと見つめる。
「百年前の世界に行けばいいの」
「・・・・・・わりぃが言ってる意味がわからん」
「わからない事ないでしょ?百年前の人からすれば。あなたは魔法使いよ」
「なぜそうなる」
「あなたが今持っているスマートフォン。触れるだけで画面が動き、リアルタイムで現在地を知らせ、言葉を発することにより機械音声が対応してくれる」
「確かに百年前の人からすれば魔法のように見えるかもしれないが、それがどうしたと言うんだ?」
「それがどうしたって?とっても重要なことよ」
魔女は目を大きく見開いて、俺に指を刺した。
「だからあなたは私が魔女だと思い込んだ」
「・・・は?」
「空間移動による瞬間移動も、5Ⅾ映像の投影により老婆に見せる技術も、時をかけるタイムマシンもすべて、私の時代では当たり前の技術なの。科学と魔法は紙一重ってね」
・・・
「ちょっと待ってくれ!ということは、おまえは魔女ではなく未来人なのか?」
「その通り、私は未来から来た歴史研究家。かつて私自身も巻き込まれた第二次魔女狩りの真相を知るため、ここにやってきたの」
「未来人・・・ということは」
つまりこいつの言っていることが真実だとすれば
「おまえの言っている第二次魔女狩りとは未来に起こる出来事」
「第二次魔女狩り、別名 第三次世界大戦。明日この国に悪魔が降ってくる。多くの人々は恐怖に怯え絶望のどん底に叩き落される。でもそれはこれから数百年と続く魔女狩りの序章でしか過ぎない」