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どうして私にも知らせてくれないのか。
何があったのか、どうしてこんなことになってしまったのか、私には知らせてくれてもいいじゃないか。
当事者は、被害者は私の大切な人なのだ。
性別だなんてくだらない壁のせいで、正式な家族にはなれないけれど、私はあの人の妻のつもりなのだ。
迷わず私は男だけれど、けれどあの人の妻なのだ。
それであの人の愛を偽物にしたくないんだ。
ねぇ、君はどうして私のことを忘れてしまったのだろう……。
だけどね、私は君が無事に帰って来てくれただけで、とても嬉しいんだ。
「お前を見ていると、胸がいっぱいになって、大切で堪らなくなる。お前の持っている俺たちの思い出を、どうか俺にも教えて、共有させてはくれないか?」
記憶を失ってしまったことは悲しいけれど、君はそれでも言ってくれたから。
私のことが大切だ、って。
それだけを覚えていた。私のことだけを、私を大切に想う気持ちだけを、記憶を失っても持っていてくれた。
これほど嬉しいことがあるだろうか。
思い出なんて、どうだってよかった。
ゆっくり時間を掛けて思い出してくれたらいいし、それまで私は待つつもりでいる。少しだって思い出せなそうなら、所詮はそれは過去なのだし、未来があるならそれでいい。
一緒にいられるんだったらば、過去なんてどうだっていいじゃないか。
あったら嬉しい、共有できたら幸せ。だけど、そんなものがなくたって、私は君の隣にいられるだけで幸せだし、私はそれで十分なんだ。
親友としてでも、君の唯一無二、大切な人でいられたらいい。
そうじゃなかったとしても、たった一人にはなれなくたって、君が私のことを「大切な人」と言ってくれるなら、それだけで私が存在している意味がある。
二度と愛を囁いてもらえなくたって、君といられるなら、それもまた私の幸せの形だと思うんだ。
欲張ってはいけない。一緒にいてくれるだけでいい。
愛し合っていた私と君は、私の中だけで消えるとしても、私と君が消えてしまうわけではないのだから。
笑顔に笑顔を返してくれる、その関係の先に何があるだろう。それ以上に、望むことがあるだろうか。
いいや、私は知らない。
友情を越えた愛情を、記憶とは違った場所で保管してくれたのか、君の言葉に肯定を返したくなったものだ。
なんでもないから、忘れてくれ。
そんなことを言ってすぐに否定されてしまったものだから、それで合っているなんて言えるわけがないじゃないか。
私も、そしておそらく君も、元から男も好きな男だとかではないのだ。
それぞれだから、特別だから、好きになったのだとそれだけなのだ。
性別だけの理由で、だれに否定をされたとしても、君自身にだけは否定されたくなどない。
ごめん、何も言えなくて……。
親しい関係であることは、なんとなくだけれどわかってくれているようだったから、それを利用して温泉なんかに連れてきてしまったわけだけれど、この熱い視線は不味かったろうか。
他の男には見せたくないと、君は貸し切り以外を許さない。
この機会に、せっかくだから、なんて私は悪い子かな。
だけど、これは不味そうだ。
熱い視線を向けられて、どうしたって今までの関係を思い出してしまう。この熱い視線は、私を愛するときのそれと重なるところがあったものだから、興奮してしまいそうになった。
周囲の人など気にならないし、周囲の人だって私のことなど気になりはしないだろう。
私が気になるのは君の視線だけで、私を意識してくれるのも君だけなんだ。
記憶がなくなってしまって、私を大切に想う気持ちだけを覚えているって、それはむしろ私にとってはラッキーなことなんじゃないのかな。
つまり私はもう一度、君と恋をできるってことなんだよね。
同じ人と二度も恋をすることは、そうできることではない。
君は辛いだろうけれど、それは私が支えていけばいい。
最終的に夫婦に近しい関係にまで戻ってこれなかったとしても、それはそれで、二つ目の私たちの関係として、喜べることではないか。
なんとも嬉しいことではないか。
ポジティブに考えることが一番だよね。
二度目の恋を楽しもう。
君が暗い顔をしているようだから、その表情を笑顔にすることから始めよう。
私は君が笑ってくれるのが何よりだもの。