97話 ギルドマスター
二人の会話についていけないコース。
自分が実力の半分も出していない事など、コースは知る由もない。
ただ、茫然と椅子に座って俺とアオの会話を聞いているだけであった。
「まぁ、Dランクの強さも分かった事だが……アオ」
考えているような素振りでアオの名を呼ぶ。
「はい?」
難しい顔をしていたアオだったが、名前を呼ばれ、首を傾げるような仕草を見せて返事をする。
「何故、彼奴に喧嘩を吹っかけたのか教えてくれるか?」
口元は笑っている様に見えるが、目は笑ってはいない。面倒事はなるべく避けたいと、常日頃から言っていた。
しかし、厄介事は何時もアオが持ってくる。
目が笑っていない俺の顔を見て、アオがとった行動は、とてもシンプルで簡単なものであった。
それは目にも止まらぬ早さでの『土下座』。
頭を床に擦り付け、いつもの様に「大変申し訳ありません!」と言うアオに対し、亮太は呆れた顔をして、深い溜め息を吐きつつ項垂れる。
「別に謝罪の言葉が聞きたくて言った訳じゃない。どうして争い事になるのを解っていて、あのような挑発的な言葉を言ったのかを聞いているだけだ。俺だって言葉を選んだのに……」
「あ、あの様なゴミ虫が、リョータ様を腰抜け呼ばわりするのが許せなくて……」
まぁ、アオの事だから……と、頭の中で思いつつ、再び深い溜め息を吐くと、アオは恐る恐る顔を上げ、俺の機嫌を伺う様な目で見つめ、引き攣った顔をする。
その光景を観て、コースは俺の方が立場的に上なのを改めて理解するのだった。
「まぁ……良いや。次は気を付けてくれよ。出来る限り面倒な作業は避けたいんだから」
「か、かしこまりました!」
再び頭を床に擦り付けながら言うアオ。
その口元はニヤッと嘲笑っていおり、アオはこうやって謝れば直ぐに赦してくれると思っていたアオだったが、俺は右手人差し指で頬をポリポリと掻いた後、立ち上がってアオの頭を踏み付けようと左脚を上げると、アオは慌てて頭を上げて顔を強張らせる。
「何が面白いんだ? アオ」
顔中ビッシリと汗をかき、顔を青褪めさせているアオに対し、上げた脚を振り落として、アオの頭に踵落としを喰らわせる。
アオは「グヘッ!!」と声を上げると、俺は再び椅子に腰掛け、全てが無かったことの様にスマホを取り出し弄り始める。
頭を押さえながら「お、オォォ……」と、涙目になりながら椅子に座ってこちらを見つめ、ようやく俺が機嫌を悪くしている事を察したのだった。
沈黙が部屋を包む。
空気が重い状態になっているため、コースはこの場から離れたい気持ちになるのだが、自分からお願いして雇って欲しいと言った手前、この場から離れる訳にはいかず、ただ時間だけが無駄に過ぎ去って行く様に感じていた。
「質問があるんだけど、答えてくれない?」
スマホを見ながら唐突に質問する。
アオは痛みで悶えていたが、俺の言葉に動きを止めて、話に耳を傾ける。
その目は先程の涙目が嘘だったかのように鋭く、冷たい目でコースを睨み付けるように見つめる。
だが、両手は痛めた頭の上に置かれているのだが……。
「し、質問……ですか?」
「そう、質問。答えたくなければ答える必要はない。ただの質問だよ」
先程の表情とは異なり、悪戯小僧の様に笑いながら言うと、コースは「そ、それなら……構いま……せん」と、少しだけ怯えた顔で言う。
「練習場でさ、知らない奴から君のことについて変な事を言われたんだ。君は何を言われたのか、俺が言わなくても分かるでしょ?」
軽い口調で言うが、既に自分達は厄介事に巻き込まれていると言う意味にアオは気が付き、自分がやらかした事はちっぽけな出来事に過ぎないではないかと、心の中で呟く。
すると、まるで心を読まれているかの如く、俺がアオを睨み付け、アオは背筋を伸ばしながら口を紡ぐ。
「……はい。……呪い……こと……です……よね」
呪いという言葉に対し、アオは怪訝な顔をする。
アオが知っている限りでは、呪いの魔法など聞いたことがないからである。
「まぁ、そんなところかな。で、説明してくれる? 俺達はこの町へ来たばかりだから、町の人が言っている意味がわからない。呪われた村とはどういう意味だ?」
言い難そうな顔をしているコース。
俺とアオは黙っており、話してくれるのを待っていた。
そして、暫く沈黙が続いたあと、コースは言葉を詰まらせながらも、数ヶ月前に起きた村の話を始め、自分だけが生き残った事を告げる。
その話にどうでも良さげに話を聞いていたアオ。
「何組のもの冒険者が戻って来ないか……。幾つくらいのランクで編成されていたのですか?」
コースの話が終わって、呆れた声でアオが質問すると、コースは討伐隊のランクを俺たちに教える。
少し考えた俺は「なるほどね」と、一言だけ言う。
その後、コースは自室へ戻って休むよう言われ、何が知りたかったのか分からなかった。
「基本的にFランクで構成された面子が何組も行って、帰ってこれなかった……か」
コースが部屋を出て行った後、天井を眺めながら呟く。
「何組もの冒険者が帰って来ないというのは……少し気になりますね。魔王が復活した事が原因なのでしょうか?」
「原因の一つとも考えられるけど、ゴブリンらしき魔物だろ? もしかしたら、そいつ等を統率している奴がいるかも知れないぜ?」
「ゴブリンを統率……ですか?」
腑に落ちないという顔をしているアオ。
「考えてみろよ。この町に来る前、待ち伏せしているゴブリンがいただろ? アオですら察知できなかった。アレ」
嫌な事を思い出させる俺に対し、少しだけ苦笑いをするアオ。
しかし、言い返したりする事などできないため、直ぐに難しい顔して考えている素振りを見せる。
「それに、乗り物のような物に乗って現れたと言う事は、それなりに知性が有る奴等だということだ。裏に統率者がいなければ、そんなことができるはずが無い」
アオは少し考え、俺の言葉に頷く。
ここまでの間、言っている事におかしな所が無いからであり、ここまで来るのに待ち伏せ等された経緯を考えると、統率者がいると考えてもおかしくはないと判断したのだろう。
「では、船が出ていない理由についてですが……」
「冒険者の数が圧倒的に足りてないからじゃないか?」
「はい、それもありますが、海の魔物が強くなってきているのも、原因の一つらしいのです」
魔物が強くなってきている。
魔王とやらが復活した事が、魔物達を活性化させているのだろうと、俺とアオは推測し、どうやってこの海を渡るのか考える。
だが、たった二人の冒険者を、隣の大陸へ送るだけに船を出す者などいるはずも無く、悩むだけ無駄だと俺たちは結論付け、夕食を食べに出掛けることにした。
現時点ではコースも仲間扱いをしているので、コースの泊まっている部屋へアオが呼びに行き、本当に行って良いのか疑心暗鬼になりながらもコースはアオの後ろへついて行き、自分の部屋の前にいる俺たちと共に、食事処へ向かう。
俺とアオの二人は、当たり前のように食事を注文するのだが、Gを持っていないため、コースは食事を頼もうとはしない。
それを見かねたアオが、面倒臭そうに店員を呼び、コースの食事を注文する。
正式に雇われたわけではないのに、自分の分まで注文されるとは思ってはいなかったコース。
驚いた顔でアオの顔を見ると、面倒臭そうにアオが答える。
「何をそんなに驚いているんですか……。食事に行こうって言ったのは私達ですよ。言ったからには、私達が貴女の食事代くらい、出すに決まってるじゃないですか。それに、宿代だって私達が支払っているという事を忘れているのですか?」
「あ、いや……。すいま……せん……」
申し訳なさそうな顔をして俯くコース。
「申し訳ないと思うのなら、これからどうすれば良いのか一緒に考えてくれると助かるんだがね」
スマホを片手で弄り、頬杖を付きながら俺が言うのだが、コースは口を紡ぎながら項垂れる。
コースの顔をチラッと見て、小さく溜め息を吐き、言葉を続ける。
「これ以上考える事ができないなら、取り敢えず今は飯を食って、もう一度ギルドへ行こうぜ」
ギルドという言葉に対し、アオは少し驚いた顔をする。
それを見て深い溜め息を吐き、呆れた声で言う。
「そんな顔をするなよ。アオ、お前があの『オッサン』から預かっている物は何だ?」
そう言われアオはハッとした顔をするが、コースは何の話をしているのか全く分かっておらず、首を傾げる。
その後、何も喋る事なくスマホを弄り、食事が来るのを待つのだった。
それから暫くして、俺たち三人は食事を終わらせギルドへ足を運ぶ。
できる事であればギルドへ行くのは止めておきたいコース。
しかし、雇い主である俺とアオが行くと言うのであれば、行かざる得ない。
渋々の後を付いて行き、ギルドへ到着すると、俺たち二人の陰に隠れるようにして中へ入って行くのだった。
コースが想像していた通り、ギルド内にいる冒険者達の目線は冷たく、関わりたくないと、訴えかける様にチラッと一瞬だけ見たて、仲間内で呪われた村の話をしてから仕事の話を始めていた。
「……まぁ、あの話を聞く限りでは、こうなる事は目に見えていたしな。気にするなと言うのは簡単だが……、相手にするだけ時間の無駄だ」
ポンッと、コースの背中を軽く押すようにして俺は言う。
アオは周りの声を拾う事に集中しているのか、目を少し細めながら冒険者達をチラチラと見ていた。
「アオ、『アレ』をギルドの奴らに見せて説明をして来いよ」
「……はい。承知いたしました」
アオが言葉に反応するまでに、少しだけ間が空き、俺の方へ顔を向けて返事した。
何か気になる会話でも有ったのか? などと思いつつ、アオの後ろを付いて行き、受け付けに状況を話す。
説明を終えて書状を受け付けに見せると、受け付けの人は戸惑った顔をした後に、俺たち三人に少し待つよう言うと、別室へと案内した。
別室に居たのは、銀髪で長髪の人種らしき人物だったが、背を向けて椅子に腰掛けているため顔が分からない。
案内を部屋まで案内した者が、「連れてまいりました」と、声をかける。
すると、椅子に腰掛けていた銀髪で長髪の者は、椅子を回転させて俺たちの方へ顔を見せる。
コースは既に誰か分かっていたらしく、アオの後ろへ隠れるようにして立っていた。
銀髪の者は顔立ちがハッキリしており、女性であることが分かり、銀髪の女性は、髪を掻き上げる仕草を見せると、尖った耳が眼に入る。
「――リョータ様、奴は『エルフ』です……」
「エルフ?」
この世界へ来て、アオのような獣人種とドワーフ、人種しか会った事がなかったので、エルフと言われてもピンとこなかった。
「まぁ、立っていないで席に座ったらどうだい。親書について、状況を少し教えてくれないか」
銀髪の女性……エルフらしき人物が示す席は四人がけのテーブル席で、俺たちは席に座るのだが、俺の隣に座ったのはアオで、絶対に『このポジションを譲る事はしない!』といった顔をして、座っていた。
俺の隣を取られてしまった事により、コースはエルフにみ緊張した表情で席に座った。
「おや? 君は……」
コースの存在に気が付いた銀髪エルフ。
コースは顔を強張らせ、俯いて何も話さず黙っている。
銀髪エルフが何か言いたげな顔をしていたのだが……。
「――アンタとこの娘の間に何があったのか知らないが、話を進めてくれないか? 俺達はその親書を早く持って行かなければならないんだ。アンタもこの国の住人なら、あの親書を俺達に渡したのが誰なのか、分かっているんだろ?」
面倒臭そうな顔をしながら、間へ入り込むように言う。
コースはホッと息を撫で下ろしていたが、顔を上げてエルフの方を見ることはせず、持っていたカバンの中から皮の兜の様な物を取り出し、慌てて深く被るのだった。
何か言いたげな表情をしているエルフに対し、話を続ける。
「あの親書は本物だ。魔王が復活した事により、勇者を支援するための親書。各国が協力して、勇者の手助けしようという親書だよ。聞きたかったことはそれだろ。それに、先ずは自己紹介をしてくれても良いのではないか? 人として礼儀は必要だろ。エルフって奴にはそう言った礼儀がないのか?」
話が続かないことに少し苛立つ俺。
「……そうでしたね。私はこのギルドのマスター、ゾイアック=レイ=ダイスト。ゾレットと呼んで下さい。宜しく……」
嫌味を言ったつもりだったが、ゾレットは優しそうな顔して自分の名前を名乗った。
「で、そのギルドマスター様が俺達に何用だ? 俺達は王直属に依頼を受けたのも分かっているんだろ」
特別な部屋へ招き入れられたときから、そのような人物が居るのだろうと予測していたため、俺は表情を変える事すらなく、まるで睨み付けるかのようにゾレットの顔を見つめるのだった。




