96話 呪われた少女
コース=オイトラン=ファミルは冒険者になって、世界を見てみたかった。
彼女にとって、冒険者になる事は夢であり、永遠の憧れでもあった。
それは、彼女が子供の頃、村に訪れた冒険者達から聞いた、冒険談が面白く、そして世界は広く美しい物語だったからである。
彼女の中で、いつの日にか、自分も冒険者となり、世界を旅するのだと……心に深く誓っていた。
旅の行商人が村を訪れた際も、彼女は旅の話を聞きに駆け足で行商人のところへ向かい、色々な話を聞いて夢を膨らませる。
旅の行商人は色々な事を教えてくれた。
それは、冒険者についてだ。
冒険者といえば、魔物を討伐することを義務付けられているように思われるが、実際には冒険者登録をした者を呼んでいるだけなのである。
因みに、珍しい物を収集する冒険者がいれば、職を求める冒険者もおり、世界の歴史を紐解くために旅をする冒険者がいれば、多種多様の冒険者がいたりする。
いつの日か、自分が冒険者となった時に、文字の読み書きが出来ずに恥をかくのは嫌だったため、コースは文字の勉強をし、冒険者になるための準備を毎日か欠かず行っていた。
それから時は過ぎ、彼女が14歳の誕生日を迎え日の朝、彼女は親の反対していたのだが、彼女は親に黙って子供の頃から貯めたお小遣いで、町まで連れて行って欲しいと行商人依頼をした。
だが、彼女の身体は細く、どう見ても冒険者向きではなかったため、行商人は断る。
しかし、彼女は必死に懇願し、旅の行商人は根気に負けてしまい、町へ連れて行くことを承諾するのだった。
数日かけて辿り着いた町。
行商人がコースの通行料を支払い、町の中へ入る事ができ、コースは行商人と別れ別行動をする。
村から出たことがなかった彼女の目には、初めて見る町の大きさに大変驚くのだった。見る物全てが真新しく、彼女はその大きさについて大変感動し、宿の手配をするのも忘れ、町を探索するのだった。
旅の行商人が言っていた海を見て、コースは声を上げる。水面は太陽の光に照らされ、輝いているように見え、海の向こうには何があるのか想像を膨らませる。
一通り町を探索し、ようやく宿の手配を忘れていた事に気が付き、宿屋へ向かうのだが、何処の宿屋も既に満室であり、冒険の始まりは野宿からスタートする事となってしまうのだった。
おりようやく自分の夢が叶う、その時がやって来た。
そう思いながら、これから始まる冒険の旅へ向かう事ができると期待を膨らませ、冒険者ギルドへ向かった。
夢にまで見た冒険者ギルド。
緊張しながらギルドの中へ、足を踏み入れる。
辺りを見渡すと、冒険者達が掲示板に群がっており、どの依頼を受けようか探しているようだった。
コースも掲示板へ近寄り、自分の出来そうな依頼を探す。初めての依頼は簡単なものにしようとし、掲示板に貼られていた『薬草採取』の貼り紙を剥がし、カウンターに持っていく。
だが、冒険者登録をしていないと指摘され、冒険者に成るためには、登録と登録料が掛かることを知る。
冒険者になるためには、100Gと魔眼士による幾つかの質問を受けなければならない。コースの全財産は100Gしかなく、冒険者登録してしまうと、宿で休むどころか食事代も無くなってしまう。
しかし、夢のために全財産を注ぎ込み、冒険者登録を行い、コースは冒険者となった。そして、先程渡した薬草採取の依頼を受け、急ぎ薬草が生えている場所へ向かう。
町の出入り口にいる、衛兵に冒険者の証しを見せ、町の外へ一人で出ようとしたのだが、衛兵は「町の外は危険だぞ。一人で大丈夫か?」と、声を掛けた。見るからに貧弱な身体のコース。
衛兵は、できる事なら……と、思い、行かない方が良いと告げる。
「だ、大丈夫です! この依頼をこなさないと、宿に……ううん、食事もできないの! 行かせて下さい!」
逃げ場を自分から捨てたコースは、どうしてもこの依頼をこなし、お金を稼がないとならない。
強い意志を持って、衛兵に行かせてくれとお願いすると、みかねた衛兵は、自分の所持していた短剣を護身用に持たせる。
コースは何度もお礼を言い、依頼書に書かれていた薬草採取へ出かけるのだった。
初めての依頼は簡単なものだったが、初めて来た町に対して、その外はコースの心を強張らせるのと同時に、高揚とさせていた。
薬草が生えている場所へ急いで向かう、初めて一人で歩く町や村の外。
衛兵が自分を心配してくれて武器をくれた事など、色々な感情が生まれながら目的地へ向かう。
しかし、現実はそんなに優しい物ではなかった。
目の前に現れたラビ。コースを威嚇する声を上げる。
亮太が見たら、ウサギのくせに生意気な! と、言っていただろうが、ここは亮太がいた世界ではなく、ラビは肉食の獣なのである。
初めて出会ったのが魔物ではなく獣だった事は、とても運が良い。
だが、冒険者登録をしたばかりで、武器も扱った事もない少女が肉食の獣と出会ってしまったのは、運が良いと言えるのだろうか。
コースは衛兵から貰った短剣を抜き、両手で構える。
肉食の獣は怯えることもなく、コースを威嚇しステップを踏むように攻撃を仕掛けてくる。コースは目を瞑りながら、短剣を乱雑に振り回した。
まるで子供が泣きながら、箒を振り回すかのようにコースは短剣を振り回すが、ラビはそれを躱しながらコースの肩に鋭い牙で噛み付く。
全てが初めての出来事であり、コースは痛みで叫び声を上げる。
短剣を手放し、肩を噛み付いているラビを引き剥がそうと藻掻くのだが、ラビは歯を喰い込ませて離れようとはしない。
叫び声を上げるコース。
ラビはコースの肉を引き千切ろうとし、更に力を入れようとする。だが、間一髪のところでラビの身体から力が抜けていく。
コースの肩にしがみついていたラビが、『ボトッ』と、地面に倒れ込むと、コースは何が起きたのか、確認しようとした。
だが、痛みが酷く、人影の様なものを見た気がしたのだが、痛みに耐え切れず気絶したのだった。
目を覚ますと、そこはベッドの上。
何故、自分がベッドの上で休んでいるのか全く分からず、辺りを見渡す。
すると、女性冒険者らしき人物と目が合う。
「怪我は魔法で治療したから大丈夫よ」
優しい顔でコースに語り掛けてくる女性冒険者。
「こ、ここは……」
「ここは街の宿屋。貴女はラビに殺されそうになっていたところ、私達が通りかかって助けたって訳」
「あ、ありがとう……ございます……」
俯きながらお礼を言い、身体を起こそうとするが、女性冒険者は休むように言い、食事を取ってくると言って部屋を出て行った。
ラビに殺されそうになった時の事を思い出し、悔しそうな顔をするコース。初めての依頼を遂行することが出来ずに町へ戻って来たことに悔しさを覚えた。
それから暫くして手にしながら女性冒険者が戻り、コースに差し出す。
コースはどうして良いのか分からず、女性冒険者の顔色を窺いながら食事を見つめる。
「どうしたの? 食事が冷めちゃうわよ?」
笑いながら女性冒険者が言う。
コースはお礼を言いつつ食事をするのだが、自分が惨めったらしく感じてしまい、涙が出てきてしまう。
ポツリ……ポツリと女性冒険者に今までの事を話すと、女性冒険者はコースを優しく抱きしめ背中を撫でる。
そして、この日からコースは女性冒険者達のアシスター見習いとして仕事を始めるのだった。
女性冒険者の仲間は、剣士、魔法使い、アシスターがおり、女性冒険者以外は全員男性である。コースはアシスターの見習いとして冒険者を続ける事ができるようになった。
先輩アシスターは、弓やナイフ等が使用できるうえ、多少の回復魔法も使える優秀なアシスターで、コースは先輩アシスターに、心構え等を教えてもらいながらアシスターとして、頑張っていた。
コースが仲間達と冒険をするようになって、二年が経つ。
通常の冒険者よりも成長が遅く、仲間や先輩アシスターから怒られることもあったが、頑張っている姿を見ているため、見捨てたりする事はなく、それなりに楽しい生活を送っていた。
いつもの様に、先輩アシスターと共に冒険者ギルドへ趣き、自分達に見合った仕事を探していると、行商人から自分の生まれ育った村まで同行の依頼が貼られており、コースは先輩アシスターに恐る恐る自分の故郷だと説明すると、先輩アシスターは少し考えてからその仕事を受ける事にした。
仲間が休んでいる宿屋へ向かう途中、先輩アシスターが「成長した姿を見せてやろうな」と、優しい笑みで言う。
その言葉にコースは嬉しそうに返事をして、仲間が待っている宿屋へ戻っていくのだった。
数日が経ち、コースは村を飛び出してから初めて戻ってきた。
懐かしい風景だったが、どことなく活気が薄れている様にコースは少し驚いた顔をする。
『活気が薄れているな……』
剣士の冒険者が呟くように言う。
コースが仲間に説明していた内容と異なっており、全員が困惑した表情をする。
しかし、一番困惑しているのはコースであり、村を出る前は、もう少し活気があった。
それなのに、今は見る影もなく、廃村に近い状態だ。
『これは調査をした方が良さそうだな。コース、君の実家へ行ってみよう。そこでなら、何が起きたのか分かるかもしれない』
先輩アシスターが言うと、仲間の冒険者達もどうする。
コースはおどおどしながら実家へ案内を始めた。
暫くして、コースが生まれた育った家の跡が見え、コースは愕然として立ち尽くす。
住んでいた家は朽ち果てており、人が住んでいるようには到底思えない。
『どうしたんだ? お前の家は……』
「あ、あの家が……私の……」
震えながら廃屋を指差す。
仲間の冒険者達は急いで廃屋となった家へ向かい、中の状態を確認する。
だが、廃屋となっているという事は、家の中には誰もいるはずがなく、皆は顔を顰める。
自分が読んでいた本などが地面に散乱しており、コースは膝から崩れ落ちるように座り込む。先輩アシスターがコースの肩に手を置くが、声を掛けることはなかった。
コースを家の中へ置いて仲間の冒険者達は外へ出て行き、この後の事について話し合う。
取り敢えず村の住人に話を聞く事にし、先輩アシスターはコースに伝えに行くのだが、コースに先輩アシスターの声が届いているようには見えず、コースを置いて話を聞きに行くのだった。
冒険者の聞き込みによると、ここ数ヶ月の間に数度、魔物の群れがやって来て、村を襲ったとの事だった。
魔物の群れと言ってもゴブリン等雑魚の魔物なのだが、一般人からしてみれば凶悪な魔物なのだ。
幾度か冒険者に魔物の討伐を依頼していたらしいのだが、魔物の巣を叩く事ができなかったらしい。
冒険者達は色々話し合い、魔物の巣を叩く事にし、再びコースへ説明しに行く。
ようやく放心状態から立ち直ったコースは、先輩アシスター達と共に魔物の巣を探し始める。
しかし、いくら探しても魔物の住み処は見つからず、時間だけが悪戯に過ぎて行き、武器や防具等は魔物を倒すにつれて、劣化していくだけだった。
一度村に戻って体制を整え事にし、探索を諦めて村へ戻っていく。
だが、魔物の数は減ることなく、疲れきっている冒険者達に襲い掛かってくるため、村へ辿り着くことができない。
探索を始めた時はそれほど魔物は出て来る事はなかったが、村へ引き返す頃には魔物たちが襲い掛かってくるようになっていた。
まるで村へ帰す事を許さないかのように。
コースの先輩アシスターは、回復魔法のリカバを使用できるのだが、魔力は尽き果てており、傷付いた仲間の冒険者達を癒やすことが出来ずにいた。
『このままだと……ヤバイな』
仲間の冒険者が呟くと、皆は唾を飲み込む。
言葉の意味を理解してしまうと、これ以上先へ歩く事が出来なくなってしまうからだ。
ようやく村へ戻って来られたのだが、村では武具を新調する事ができなかった。
何故なら、廃村に近い状態になっているため、薬草等の補充すらできないのである。
村でやれる事といえば、廃屋で身体を休めるだけ。
コース達は身体を休め、翌日になったら町へ戻り村の状況を伝える事にする事にし、廃屋で眠りに就こうとした。
しかし、それは叶わぬ夢の話となってしまう。
村の中なら安全と考えていた全員は、連戦が続き身体は疲れ果て、深い眠りに就いていたのだが、外がやけに騒がしく感じ、先輩アシスターは目を覚まし、寝ぼけ眼で外を見る。
すると、ゴブリンらしき魔物が何かに乗って村を襲撃していた。
驚きを隠せないアシスターは、急いで仲間の冒険者達を起こして、魔物達を追い払うために戦う。
コースも自分ができる範囲で戦闘に加わるのだが、使える武器がナイフのみのため、はっきり言って足手まといにかならない。
必死で戦い、傷付いて行く冒険者達。昼間の戦いで体力は消耗しきっているため、戦況はよろしくは無い。
『――このままだと……キツイな』
剣士がアシスターに何か伝えたいようで、側により声を掛ける。
『分かっていると思うが、彼女は足手まといだ……。頼まれてくれないか』
剣士の言葉にアシスターは少し哀しい顔をし、小さく頷く。そしてコースの側により、状況が悪い事を説明して馬がいる場所まで連れて行き、救援を呼んでくるようにお願いする。
だが、コースは嫌がる。
自分だって少しは役に立つ。
そう言って必死に頑張ろうとするのだが、先輩アシスターは無理矢理コースを馬に乗せて、戦線を離脱させる。
コースは泣きながら馬にしがみついて、町へと馬を走らせる。
馬も魔物の恐怖を感じていたのか、必死になって村から逃げて行くのだった。
馬は自身の限界も忘れて走り続ける。
振り落とされないようにコースはしがみつき、馬は全力疾走で駆け抜けた結果、翌朝には町へ戻って来ることができ、泣きながら衛兵に状況を説明し、ギルドへ報告したのだった。
報告を受けたギルドは、直ぐに何組かの討伐隊を編成し、村へ送り込む。コースは連れて行ける状態ではないのと、能力敵に戦力として扱う事ができないため、討伐隊から外される。
本人としては、ホッとした反面、悔しさが胸の奥からこみ上げていた。
だが……。
ギルドの判断に間違いは無い。
現状ではコースができること等……何も無いのである。
討伐隊が村へ行って数日が経つのだが、誰一人として戻ってくる事はなく、第二、第三の討伐隊が編成され村へ向かう。
その間、コースは村からの唯一生還した者としてギルドで保護されており、衣・食・住に困る事はなかった。
しかし、何組もの討伐隊が村へ向かうのだが、一向に町へ戻ってくる事はなく、コースが村から生還してから二ヶ月が過ぎた頃には、ギルドは村へ討伐隊を送ることを止めてしまう。
そして、この事件は『無かった』ことの様に扱われ、コースが生まれ育った村は、何時しか呪われた村として、誰も触れる事がなくなったのであった。
また、事件が無かった事になったため、コースの衣・食・住も、同じ様に『無かった』事にされてしまい、コースはゼロの状態になり、仲間探しから始めなければなった。
呪われた村の出身者だけでは無く、唯一の『生還者』であることから、彼女は呪われているかの様に、忌み嫌われてしまい……誰も仲間に入れてはくれなくなってしまったのだった。
それから数ヶ月が経ち、二人の冒険者が町を訪れ、コースは藁を掴む気持ちで話し掛けるのだった。




