93話 酒場にて
食事を終え、レストランの様な店を出て、今度は町の酒場へと向かう。
目的は情報収集。
スマホを使えば簡単なのだが、直接人から聞くのも大事な事であり、人付き合いも必要な事だとアオに言う。
「それに、船を出してくれる人を探さなきゃならないからな。先程、海を見ていたが、漁船は出ているように思えない。何か、面倒な事が起きている可能性が高いだろうな」
「それは……魔物がって事ですか?」
「無きにしも非ずって事だよ。情報を集めたら今日は身体を休めよう。で、明日、ギルドへ依頼を探す」
ギルドで依頼を探す。
それが何を意味しているのか、アオは直ぐに理解し、小さく溜め息を吐くのだった。
酒場は夕方の酒場は賑わっているが、活気に満ち溢れているという理由ではなく、海の男達がヤケ酒を喰らっている状態だった。
俺とアオは適当な席に座り、周りの声に耳を傾けると、やはり海にも魔物が多く現れたらしく、現状では漁に出る事が困難ということがアオの耳に入り、俺に教えてくれる。
魔物が現れた時のために、冒険者を雇うにも、それなりに依頼料が必要となる。
急に現れた魔物の集団に対して、ギルドとしては何か手を打っていると言う訳ではないらしい。
そして、魔王が復活したというNEWSが入ってきている訳ではないらしく、誰も魔王の話をしていなかった。
何よりも、魔物の集団が押し寄せてきたという訳ではなく、海へ出られないため、活気が失われてしまっている……という事も分かった。
別に自分たちはお酒を飲むのが目的ではない。
なので、アオはジュースのような飲み物を持って来て、椅子に座る。
「リョータ様、この後は如何なさいますか?」
「そうだな……ギルドへ行って、何か依頼があるか確認して、その後は宿屋で休む事にしようかな」
予定を告げると、アオは少し微笑みを浮かべ、「分かりました」と返事をしてジュースを飲む。
しかし、周りの話にはしっかりと聞き耳を立てているのか、耳はピクピクと動かしていた。
暫く話を聞き、ジュースらしき飲み物を飲みきったあと、ギルドへ向かおうと席を立とうとした瞬間、一人の女性が声をかけて来た。
「お、お兄さん……冒険者……ですか?」
女性というより少女。
見た目では、どう見ても中学生か、高校生に上がったばかりの様な感じである。
アオは高校生みたいな感じだが、16歳と年齢を知っているからそう見えるのかも知れない。
「――貴女は?」
俺が喋る前にアオが言葉を発する。
少しばかりアオの目に殺意のようなものを感じるのは気のせいではないだろう。
「あ……お、お姉さんも……冒険……者……ですか?」
怯えた目でアオを見る少女。
少女の姿をよく見ると、痩せ細っており食事を満足に取っていないように感じられる。
「まぁね。で、貴女は? 何かようなの?」
言葉とは裏腹に、アオの目は少女を威嚇するように見つめる。
「……アオ、そんな目で見たら、怖がるぞ。もう少し優しく話せよ」
一応、アオに牽制の言葉を入れる。
「べ、別に怖がらせていませんよ〜。……で、何かな? 私達に何か用事でもあるのかな?」
怯えた目で見る少女。少しだけホッと息を吐く。
「……あ、あのぉ……。そ、そのぉ……」
しかし、一度怯えた少女は話す事に対して躊躇してしまう。
「取り敢えず座りなよ。アオ、悪いがこの子にも飲み物を頼まれてくれないか?」
俺の台詞に少し驚いた顔をする二人。
少女はアオの顔色を窺い、席に座ろうとしない。
「アオ、聞こえなかったのか? 俺は飲み物を頼んだはずだけどな……」
と、言葉を強調して言うと、アオは慌てて飲み終えたコップを手にし、飲み物をオーダーしにカウンターへ向かう。
「ほら、早く席に座りな。奢ってやるよ」
再び座るように言うと、少女は小さく頷き席に座るのだが、俯いて何も喋ろうとはしない。
そんな少女を見ていても無駄だと思い、スマホを取り出して天気予報をチェックし始める。
少女は怯えた目でこちらをチラッと確認するのだが、先程の、アオとのやり取りで上下関係を理解してしまい、言葉を発する事が出来ないでいた。
それから少しして、注文を終えたアオが席へ戻る。
俺に何か話をしたのか聞こうとしたのだが、俺はスマホを弄っているため、聞くに聴けなかったが、アオが席に戻って来たのをチラッと確認して、「飲み物は?」と、質問してみる。
「の、飲み物ですか! 三つなので、こちらへ運んでくれるようです!」
「ふ〜ん、分かった。こちらは進展無しだ。明日は雨らしいから、ギルドへ行くのは止めとくしかないな。寒いのは辛い」
「いっ! 明日は雨なんですか!」
アオもスマホを取り出して天気予報を確認し始める。
「あぁ、今晩から崩れるらしい。明後日なら晴れるようだ。お願いをしても明日は船が出せないだろうな」
俺とアオの会話に疑問を持つ少女だったが、言葉にする事も出来ず、俯き口を噤む。
「まぁ、すんなり行けるとは思っていなかったから別に良いけどな」
そう言ってスマホをポケットに仕舞い、怠そうに背もたれに身体を預け、天井を見ながら深い溜め息を吐いた。
その溜め息に身体をビクッとさせる少女。
少女を観察するような目で見るアオ。
「全く、何でお前に面倒臭い命令をするんだよ、あいつ……。今更な話だな……。で、君は何時まで黙っているのかな?」
天井を見ているのも大概飽きたことだし、椅子を座り直して少女に質問をする。
その言葉に対して再び身体を「ビクッ!」とさせ、まるで俺とアオが脅迫でもしているかの様にも見える。
「喋らないなら別に構わないけど……君、アシスターでしょ? 俺達の仕事を手伝いたいとか……違う?」
アシスターという言葉を聞いて、少女は電池が切れかかったロボットのようにゆっくりと俺の顔を見るが、その顔は強張っており、冷や汗のような汗をかいていた。
「あー、なるほど……。それなら納得ができますね。流石、リョータ様!」
ポンと相槌を打つアオ。
酒場にいるのは漁師だけでは無く、冒険者も居る。
だが、この町で仕事をしている冒険者達に声を掛けても、こんなに痩せている少女がアシスターとして役に立てないのは見て明白だ。
それに、この町へ辿り着く前にスマホのNEWSで上がっていた記事を思い出す。
それは、魔物の凶暴化である。
魔物が凶暴化したため、アシスターが足手まといになっているとの記事が上がっており、アシスターの仕事が減ってしまっていると書かれていたのだ。
そして、このタイミングで余所者を発見したのなら、それなりの手練だと判断が出来るし、自分を売り込むチャンスかも知れないと思うだろう。
この言葉を一瞬で判断したアオ。
少女にこう告げる……。
「残念、私達はアシスターを必要としてないのよ。他を当たってくれる?」
アオは笑顔で残酷な言葉を吐き捨てる。
確かにスマホがあればアシスターの必要性はない。それに、彼女のように痩せ細っているのであれば、荷物も持つ事は出来ないだろう。
アオが言っている事も強ち間違いは無い。
少女は絶望に満ちた目をしてアオを見て、それからこちらを見る。
アシスターとして雇って貰いたかったというのは間違いではないらしい。
しかし……。
「――アオ、決めるのは俺だぞ。ちゃんと話を聞いて、それから決める。アオが勝手に物事を決めるのであれば、アオは一人でアイツの言う通り、使いっ走りとして行ってこいよ」
その言葉に二人が驚いた目でこちらを見る。
「えっ!! ちょ、ちょっと待って下さい! ア、アオはそう言うつもりで言った理由ではなく……」
驚いたアオは、テーブルを叩いて身を乗り出す。
「なら、黙ってろよ。で、君はアシスターで間違いがないの?」
アオを黙らせ、再び少女に聞き返す。
答えはアオが確認しているのに……。
少女は肩を震わせながら小さく頷く。
アオはゆっくりと椅子に座り直し、口をへの字にして横目で少女を見る。
「お前、飯は食っているか?」
姿を見れば判る。
ろくに食事を取っていないはずだ……。
アオはそう思いながら横目で少女を見ていた。
「……た、食べ……て……ます……」
怯えながら少女は答える。
「ふ〜ん。で、仲間はいないのか? それともお前だけ残して死んだのか?」
その質問に対し、少女は何も答える事はなく俯いたままだった。
何も答えない少女に対して亮太は何も言う事はなく、飲み物が来るのを待つのだった。
暫くして、アオが頼んだと思われる飲み物をトレイに乗せて、ウェイトレスが近寄って来る。
そして、アオが気が付き手を上げると、ウェイトレスは俺たちいる席へ来た。
「お待たせ致しました……。あら? 貴女は確か……」
ウェイトレスの言葉に身体をビクつかせる。
すかさずアオがウェイトレスに質問し、俺は少しだけ呆れた顔をしてスマホを取り出した。
「お姉さん、この子の事ご存知なのですか?」
すると、ウェイトレスはチラリと少女を見て首を横に振り、関わりたくなさそうに飲み物を置き、その場から立ち去る。
アオは、まだ話の途中だと言いたげな顔をしていたが、俺のご機嫌を損ねる分けにはいかないため、諦めて子に座り直して、少女の前に飲み物を置き直す。
ウェイトレス態度からして、どう考えても厄介事だというのが分かり、アオは肩を落としながら飲み物を口にした。
俺はスマホを弄りながら少女の様子を窺う。
少女は、目の前にある飲み物を、喉を鳴らしながら見つめており、その様子を見てスマホをポケットに仕舞いながら溜め息を吐いた。
「なぁ、君。それは俺達の奢りだよ。遠慮しないで良いから飲みなよ。あ、でも、一気に飲み干すんじゃなくて、ゆっくりと飲むんだ。時間はまだある」
優しく言うと、少女はゆっくり頷き、一気に飲み干した。
それを見たアオは、呆れた顔をして席を立ち、カウンターの方へ向かっていく。
飲み干してしまった飲み物……一滴たりとも逃さないつもりなのか、コップの縁を下にして、口に落ちて来るのを待っている。
「これも飲んで良いよ」
そう言って飲み物を差し出すと、手にしていたコップを慌てて置き、自分が差し出した飲み物を口にする。
少女が二杯目を飲んでいる途中、一杯の水を手にしていたアオが、呆れた表情をしながら、飲み物を少女の前に置いて席に座る。
「一応ですが、食事も少し頼みました。飲み物は追加で二杯。急に食事を取ると、お腹が痛くなってしまいますからね……。始めは野菜類が来ますようお願いをしておきました」
まるで先を読んでいるかのような動きをしているアオ。
「……悪いな」
「いえ、リョータ様なら、この様にするのだと、理解しておりますから……」
両手で呆れたポーズをしているが、顔は笑っており、自分も少しだけ嬉しそうな顔をする。それを見ていた少女はポカーンとした顔をして、こちらを見ていた。
暫く無言が続くのだが、俺は何事もないかのようにスマホを取り出し、弄り始めた。
アオは暇そうにして遠くを見ており、少女は緊張した顔をしながら俯いていた。
それから少しして、今度はウェイターが食事と飲み物を持ってくる。
食事と飲み物を置き終わると、ウェイターは俺たちを「ギロッ」と、睨むようにして立ち去った。
「感じ悪いですね。私達が何をしたと言うんでしょうか。全く……」
口を尖らせながらアオが言う姿は少し幼く見え、俺は少しだけ頬を緩ませた。
「放っておけ。飯を食ったら店を出れば良いだけだろ。ほら、アオが注文してくれた物を食べろよ。俺がいた場所では、『腹が減っては戦はできぬ』と言う言葉がある。飯を食って、落ち着いたら別の場所で話をしようぜ」
その言葉に対し、少女は黙っていたが、アオは「そうですね」と、半ば呆れたような声で返事するのだった。




