88話 再び二人の生活
一時間程うつ伏せの格好で倒れていると、腰に回していた手の力が緩んでくる。
どうやらアオは落ち着いてきたようである。
そして、俺は身体を起こすと、アオは身体から離れて立ち上がった。
「ようやく解放されたぜ……全く」
「……置いて行かないで下さい」
立ち上がり、体に付いた砂等を払いながら呟いていると、アオが再び泣きそうな声で言い、俺は振り返るのを躊躇したが、このままだと埒が明かないので振り返り、今にも泣きそうな顔をしているアオに向かって言う。
「いちいち泣くなよ。俺が何かをしたとでも言うのかよ……」
グズるアオを見て俺は深く溜め息を吐き、言葉を続ける。
「それに、泣いている暇なんかお前にあるのか? 魔王って奴が現れ、勇者って奴が討伐の旅に出ている。俺たち冒険者は、何のためにいると思っているんだよ。泣いてる暇があるなら、その時間を違う事に使え」
ここの世界はゲームや漫画の中の話ではなく、目の前で起きている事は現実な物と俺は理解しており、自分が何をしなければいけないのか……それをアオに伝える。
「先日の町みたいな状況を増やしたいのなら、そこでメソメソしてろよ。俺は俺の生活を邪魔する阿呆をぶっ飛ばしに行くから」
頭をボリボリ搔き、目から涙が零れ落ちるアオに舌打ちをして、「さっさと次の町へ行くぞ。こんな場所で夜を明かすなんて真っ平御免だ。全く……」そう言って俺は歩き始めると、アオは涙を拭って俺の後ろを追い掛けるようにあるき始めた。
足音でアオが付いてきたのを察知し、俺はクスリと笑いつつも歩みを止めることも、後ろを振り返ることもなく進んでいく。
歩き始めてから半日が過ぎる。俺はスマホでルートを確認しながら歩き、町がある方へと歩を進める。だが、アオと一緒に歩き始めてから半日……2人はその間、何も言葉を交わすこともはなかった。
それから暫くして、俺は立ち止まる。
後ろを歩いていたアオは、俺の背中だけを見つめていたため、俺がどうして立ち止まったのか、理解をしていなかった。どうして俺が立ち止まったのか、声を掛けて確認した方が良いのか迷っていると、俺が先に喋り始めた。
「どうやら今夜は野宿をしなくて済みそうだな……。見ろよアオ。ようやく町が見えて来たぜ」
振り返り、笑いながら俺が言うと、アオは俺の言葉に対し、大きく返事した。
「『コレ』で確認したところ、町は魔物に襲われた様子は無い」
スマホの画面を見せながらアオに町の様子を説明し、町が襲われていなことを伝え、アオの頭を撫で回す。
今朝とはテンションの違いに戸惑いを覚えるアオだったが、俺が嬉しそうにしているのを見て、アオは自分の事のように笑うのだった。
二人は再び歩き始めるのだが、アオの歩調に俺が合わせているため、アオは俺の背中を見るのではなく、俺が見ている景色を共に見るのだった。
町に辿り着いたのは夕暮れが押し迫ってきた頃で、街の入り口にて、冒険者の証しを門番達に見せる。すると、門番達は二人を歓迎する様に町の中へ入れた。
冒険者の証しと言っても、ランクは最低の『H』である。そこまで歓迎されるものでは無い。俺とアオはお互いの顔を見て、首を傾げるのであった。
スマホで町のMAPを確認し、宿屋を探す。
そこまで大きくない町のため、宿屋の数は少なかったが、雨風が防げてゆっくりと休める場所が在るのであれば、宿屋の古さなど気にも止めること等、俺の頭にはなかった。
二人が泊まる宿屋の名は『シュプール』という名の宿屋で、建物はかなり古く、歴史を感じさせる建物だ。
アオはもう少し綺麗な宿屋もあるので、そちらに泊まって身体を休めた方がと、俺に促す。
だが、Gが思っていた以上に少なくなっている事をアオに説明し、アオに理解を求め、安い宿でも仕方がないことを納得させた。
しかし、部屋は一部屋しか空いておらず、俺は一人部屋でゆっくりしたかったのだが、仕方がないので二人で一部屋借り、アオはそれが当たり前と言わんばかりの顔をしていた。
一応食事は付きなのだが……安い宿のため、味を求めるのは止めることにし、俺は久し振りにベッドで休む事ができたのであったが、一人部屋のベッドのため、二人で寝る事になるので、少し狭い中で寝る事になった。
翌朝になり、俺は目を覚ましてスマホで時間を確認し、身体を起こす。
アオは幸せそうな顔をして眠っており、服は捲られて小さな胸がチラリと覗かせていたので、俺は毛布をアオに掛け、これからについて考える。
魔王が復活したことにより、魔物が活性化している事をスマホのニュースで知り、先日現れたオーガや、町を襲った魔物の群れについて納得し、各町で冒険者を募っている事を知る。
「普通に考えて当たり前だよな」
ニュースを読みながら俺が呟くと、アオが目を覚ましたのか布団の中でモゾモゾ動き始める。
「そろそろ起きたらどうだ? 日は既に上がってるぞ」
寝ぼけ眼の状態で、完全に覚醒はしている訳ではなかったが、俺の声が耳に届いたのか、アオはガバッと布団を捲り上げて正座をする。
「起きたか?」
俺が含み笑いをしながら言うと、アオはコクコクと頷く。
「なら、早く着替えて飯にしようぜ」
そう言って俺は取り上げていたスマホをアオに向かって放り投げると、アオは慌てて自分のスマホを受け取り抱きしめるのであった。
俺は何も言わずに部屋を出ていき、アオは慌てて脱ぎっぱなしになっていた服を手に取り、着替え始める。
自分の武器をスマホの中へ仕舞い、俺の後を追い掛けた。
二人にとって少し遅い朝食だったが、安全な場所で食べられる食事は何よりも格別に感じられ、俺にとって、久し振りに食事作りから解放された瞬間であった。
食事を終えた二人。
昨日の事が無かったかの如く、俺はスマホの画面を見て、何かを考えている様子で、アオは何と言葉を掛けて良いか戸惑っていた。
「さて、アオ……」
俺が声を掛けると、アオは身体をビクッと震えさせ、恐る恐る俺の顔を見る。
「は、はい……。な、何でしょうか……」
「これからの事なんだが、どうやら魔王が復活したことにより魔物が活性化しているようなんだ」
「か、活性化……ですか?」
「あぁ。昨日の魔物はオーガって奴で、本来であればこの辺りに出没する事はない筈なんだよ。だけど、現れた……」
俺の言葉に、アオは少し考えてから自分の意見を言ってみることにした。
「魔王が復活し、本来の生態系が変わった……と言う事ですか?」
「そうかも知れないし、違うかも知れない」
俺の言葉に首を傾げるアオ。魔物の活性化という事なら、この辺りに出てくる魔物は、本来のものと異なるという事。
俺の言っている意味が理解出来ずに困った顔をするのだった。
「活性化と言っても、相手の生態系が急に変わる事なんて難しい話だ。相手も産まれてから成長するまで時間が掛かるはずだろ? そう考えると、違うかもという事になる」
「じゃあ……」
「うん、本来いた魔物と、新たに送り込まれて来た魔物がいるという事だろう。そして、それを統率している奴が、あの町を襲ったのかも知れないな」
考えとしてい無かったわけではない。
しかし、考えたくはなかったが、俺の言葉で考えざる得なくなる。そして、アオは思考する。
「あと一つ、気になる事がある」
思考していたアオは顔を上げて俺の顔を見る。あと一つ、気になる事とは何を示しているのだろう……と。
「それは、俺達が歓迎された事だ」
「歓迎……ですか?」
「あぁ。考えてみろ、俺達が冒険者を始めて、まだ一年が経っていない。そのため、Hランクより上に上がることができないんだ。幾ら、Hランク最上位にいるとしても、歓迎されるほど期待なんかされる事なんて、ある訳無いだろ?」
「言われてみれば……確かにおかしいですね」
「と、言う事は、この町は何か問題を抱えていると推測されるという事だ。アオ、お前は聴力に優れている。何か情報が聴き取ったのなら、必ず報告しろよ」
「――はい、かしこまりました!」
それは側にいても良いと言われているのと同じ事だとアオは思い、嬉しそうにアオは返事をするのであった。




