86話 決別?
夜が明けて、テントから出ると外の空気は澄んでおり、雨の影響か肌寒かった。
季節は既に冬に入っており、あのまま雨に打たれ続けていると風邪を引いてしまったかも知れない。
馬車を盗まれたのは本当に痛手だった。
「チッ」
舌打ちをしても仕方が無いが、こんな状態なのだからしてしまうのも仕方が無い。
朝食の準備を始める前にスマホを取り出して、現在までのニュースを確認する。
「なっ! マジかよ……」
日本の情報も仕入れる事が出来るこのスマホ。
応援していたサッカークラブが、二部リーグに降格してしまったのである。
馬車を取られたショックが吹き飛ぶほどのショックが舞い込んできて、俺は脱力しながら空を見上げる。
風は冷たいが空は晴れており、出かけるのならば早目に行動する方が良いと告げているかのようだった。
少しして、アオ達がテントから出てくる。
外の空気が冷たいのか、身体を抱き締めるかのように俺の側へやって来る。
「お、おはようございます。今日は一段と冷えますね……。昨日の陽気が嘘のようです」
「昼には温度も上がり、過ごしやすくなるさ。さて、寝坊助共を起こして出発の準備を急がせろ。今日中には何処かの町か村へ行かなければならない」
「承知いたしました!」
そう返事をして、アオはマリー達が寝ているテントへ向かう。
その間に俺は火を熾す準備を始め、朝食の用意を始める。
暫くして、全員が目を覚まして朝食を取り始める。
朝食を作ったのは何故か俺だ。
アオやマリーはともかくとして、サナリィとシイナ、リツミは俺の奴隷なのである。
なのに、主人が奴隷のために食事や寝床を準備してやっているのは腑に落ち無い。
ここ等で一度、躾としてしっかりと話をした方が良いのかもしれない。
「おい、今更だが……お前たちは自分の立場を理解しているのか?」
荷物を片付けながら言ってみると、アオだけが身体を固まらせて動きを止める。
他の者達は話を聞いていなかったかの手を止めることなく食事を進めている。
「アオ、俺の教育が悪いのか? それとも、他に原因があるのか?」
動きを止め固まっているアオに質問をする。
そして、何かに気が付いたようでようやく全員が動きを止めて、アオをチラリと目線を送り、様子を窺う。
「そ、その……。あ、あの……」
オロオロするアオに対し、他の者は音も立てないよう黙って食事を進める。
誰も何も言葉を発する事はなく、俺は少しだけ苛つく。
「マリー、昨日みたいな事をするのなら、俺と一緒に旅をするという考えを捨てろ。ハッキリ言って、言う事を聞かない奴が側にいるのは非常に迷惑だ」
いきなり話を自分に向けられ、項垂れながら小さい声で「ごめんなさい」と呟き、アオは自分から別の人へ話が移った事でホッとした顔をする。
「で、お前等は仕事を主人にさせるのか? あん?」
まるで八つ当たりの様に言うと、三人は食事をしていた手を止めて項垂れる。
「まぁ、馬鹿を引き止めようとしたのは偉いがね。今後については、あの馬鹿が言う事を聞かなくても放置しておけよ。分かったな」
放っておけとの言葉に反論をしようとしたリツミだったが、シイナが言葉を遮るように「承知いたしました」と返事をし、リツミは納得がいかないといった顔をした。
片付けを終わらせ、次の町を目指して歩き始めると、アオ達も慌てて付いてくる。
ラスクが馬車をパクらなければ、無駄に歩く必要もなかったのだが……アイツは何を考えてやがる。
苛つきながら次の町を目指し、歩き続けていると、アオが何かを聴き取ったらしく、俺の裾を引っ張り歩みを止めさせる。
「どうした?」
「あ、あの……この先に……」
俺の機嫌が悪い事を察しているのか、言葉が続かない。
「この先へ行くと、何かあると言うのか?」
いつもの様に話しかけているつもりなのだが、アオは怯えた目で俺を見つめ、言葉がしどろもどろとなり、何を言いたいのか分からない。
「チッ!」
顔色を窺うのは分かるが、アオならばそこまでビビる事はないと思っていた。
だが、現状は違う。
アオの言葉を待つのを諦め、懐にしまっていたスマホを取り出し、この先に何が待ち構えているのか調べると、魔物いマーカーが幾つか有り、敵が待ち構えている事を現していた。
「魔物……待ち構えているのか?」
マーカーでは敵を記しているだけで、魔物とは言い切れない。盗賊も魔物マーカーで記されているからだ。
アオに聴こうにも怯えており、聞くにも聞けない状態だ。当てにできるのは、自分の能力のみ。
スマホから銃を取り出し、ガンホルダーに仕舞う。
アオも剣の柄に手を掛け、何が出てきても対応できる様に準備をする。
それを見て、マリー等も対応できるように仕度をし、先へと進むのだった。
それから暫く歩くと林になり、スマホで相手の場所を調べる。
相手はもう少し先に潜んでいるらしく、こちらに気が付いているようには感じられない。
アオに目配せするのだが、相変わらず怯えた目で俺を見ており、この場から敵を狙撃出来るのかと、聞くことさえ出来ない状態だった。
まるで恐怖を与え、自分が無理矢理連れてきている気分になり、一緒にいる事に対してウンザリする。
「おい、アオ!」
強い声で名前を呼ぶと、アオはペタンとしゃがみ込み、震えて頭を抱える。
まるで悪い事をした子供のように……。
そして、皆が怯えた目で俺を見つめる。
「何を怯えているんだよ……。全く…………。お前が何か悪いことをしたのか?」
問い掛けるのだが、怯えたアオは動く事はなく、ただ……蹲るだけである。
「――リツミ!」
急に名前を呼ばれたリツミ。身体をビクッとさせ、背筋を伸ばして返事をする。
「コイツを連れて王都へ帰れ。こんなんじゃ旅をするのに邪魔なだけだ。お前等も俺に付いて来なくて良い。好きにするといいさ」
俺の言葉に驚いた顔をする。アオは顔を上げて泣きそうな顔で俺を見るが、言葉がでないといったようだ。
「『手伝う事』ができないなら、俺の側にいる必要はないだろ。お前の持っているスマホを返すんだ。マリーも返せ」
「――ち、ちょっと待って下さい! 誰も手伝わないって言ってないじゃないですか!」
ガラフォーを仕舞っていると思われる場所を、隠すようにしながらマリーが言う。
「言うことも聞かない、何に対して怯えているのかも分からない。聞いても答えず蹲って動かない。そんな奴等に背中を預けろというのか? 俺はそんなにお人好しじゃない」
吐き捨てる様に言うと、アオは震えながら立ち上がり、懐に仕舞っていたスマホを取り出して見つめる。
「師匠! 渡す必要は有りませんよ! 私達は別に……」
渡す気配を見せないアオだったが、素早くスマホを奪い取ると、「あっ!!」と、声を上げるのだが取り戻そうとはしないで項垂れる。
「お前も早く返せ」
ガラフォーを出せと手を出す。
「嫌です!」
取り上げようとすると、マリーは抵抗をして返そうとはしない。
「言う事を聞かない奴が持つ代物じゃない。お前には扱いきれない。だから返せ」
目にも止まらぬ早さでマリーが隠していた場所からガラフォーを無理矢理取り上げ、俺のスマホに二人の携帯を仕舞う。
そして、スマホから三人の奴隷契約解除金をシイナに投げ渡し。俺は一人で先へと進んで行くのだった。




