82話 野営
馬車を走らせているときの荷台は寝心地が悪い……。
しかし、自分以外の者たちは全員が眠りについており、溜め息を吐きながら俺は馬車を走らせている。
なんだかんだ言ったとしても、被害者たちに食事くらいは用意してやらないと、生きる希望という物は見えて来ない。
避難して生き長らえた者達に食事を作ってやり、亡くなった人達を弔うことなどをして、俺達は廃墟となった町で一夜を明かした。
その後、次の町がある場所へと出発したのである。
何故、皆が寝心地の悪い荷台で爆睡しているかというと、自分の忠告を聞くことすらもせずに勝手な行動をしていたからである。
人というのは一度植え付けられた恐怖心はそう簡単に拭い去る事はできない……。
自分以外の者は、深夜になっても休むこともせずに町の警護をしていたらしく、俺が目を覚ましたときにマリーたちが生き残りの人達が不安そうにしていたからと言ってきたので、仕方がなく町の警護をやっていたと説明してきたのであったが、その顔には疲労が見え、馬車に乗り込むと、皆が眠りについてしまったのである。
スマホで何度も周囲を調べた結果を散々説明したのにも拘わらず、無駄に体力を消費して眠ってしまったので、馬車を操れる物が他にいないため、仕方がなく俺が御者をする事になってしまった。
「おい!! いい加減に起きろ! お前等」
少しだけ苛ついた声で言うが、誰も起きる気配は感じられず、再び深い溜め息を吐いて前方を向くのだった。
スマホで時間を確認すると、既に13時を半分ほど過ぎており、馬に休憩を与えるために隅へ寄せて停車させると、スマホから桶を取り出して水を馬に与える。
長い時間、休憩も取らせる事をしていなかったため馬も疲れていたらしく、桶に入った水や草を食べ始め、なんだか申し訳ない気分になり、馬の顔を撫でるようにさすり「悪かったな……」と、小さい声で謝罪し、自分たち用の昼食を作り始めた。
暫くして昼食が出来上がり、「これって俺の仕事なのか?」などと、鼻で笑いながら呟きつつ椅子に腰をかけると、視線に気が付いて振り向く。
そこには何時から起きていたのか分からないが、アオが隠れるようにこちらを見ており、出る機会を窺っていた。
「おい、寝坊助。飯の時間だから皆を起こせよ」
項垂れながら「はい……。リョータ様」と、小さい声で返事をして、馬車の中で眠っている者達を起こし始めるアオ。
俺はスマホで周りの状況を確認しながら、皆が起きてくるのを待つのだった。
それから暫くして皆が馬車から降り、俺は無言で自分の食事を器に装うと、ラスクが何事もなかったように自分の食事を装い始め、他の者達も右にならえで食事を装っていく。
文句の一つくらい言っても問題は無いはずだが、言うのを我慢して食べる事に集中する。
それから食器を洗いスマホの中へ収納し、一息吐くのだが……誰一人として喋ることなど無く、時間が無駄に流れていく。
「――さて、そろそろ移動を開始しようかね……」
そう言って馬の方へ近寄っていくと、アオが申し訳なさそうにして立ち上がり、俺の側へ近寄ってくる。
「あ、あの……」
「――何だよ、寝坊助。俺ばかり働かせないで、少しは手伝え。馬鹿たれ……」
文句を言ったって仕方がない。
町の者達を安心させるためにアオ達は警護をしていたのだから……そんな事を考えながら馬の顔を撫でて小さく笑う。
アオは俺が怒っていない事を理解したのか、少し嬉しそうな顔をして「私がやります」と、率先して御者をやると言うと、馬を荷台へ連れて行く。
その後ろ姿を見て単純な奴だと改めて思うのだった。
アオが馬車を操っている横に座って前を眺めていると、休憩前と異なる気持ちになっている事に気が付き、少しだけ気分が晴れやかになっていた。
それに気が付いたアオ、嬉しそうにして話しかけてくる。
「リョータ様、今日は暖かいですね〜」
「そうだな。けど、何で俺が御者をしていたんだ?」
その台詞を言った途端、周りの空気が凍りつくのが分かる。
確かに朝と状況が異なるが、このパーティで一番偉いのは自分の筈である。なのに何故でしょう……と、問い掛けたくなり、隣に座っているアオに聞いてみた。
アオの顔は笑顔なのだが、口元は引く付かせて応えることができず、まるで油が切れたロボットの様に俺を見てから、後ろで寛いでいたサナリィ達に救いの目を向ける。
しかし、皆は目を背け、誰一人として助ける事はしない。
「す、少し風が……風が出てきましたね!」
俺の問いかけを聞かなかった事にしたらしく、アオは話を変えてきた。
「……そうだな。飯時に調べたんだが、今夜は雨が降るらしいぞ」
「――そ、そうなんですか! では、早めに休む場所を探さなければいけませんね!!」
なんとかその場を切り抜けたつもりでいるアオ。凍った空気が和らいだ気がしたのだが、それは勘違いだと言う事を教えてあげる。
「……そうだなぁ。探さなきゃいけないよなぁ……。けど、俺は馬車を動かしていたからなぁ……辺りを調べる事が出来ないんだよなぁ……。どうして俺が馬車を動かしていたんだろうなぁ」
ホッとしたのも束の間、再びアオは頬を引く付かせる。
「なぁー、アオ」
「は、はい!!」
名前を呼ぶと、アオは小刻みに震え、顔には脂汗を流している。
「雨が降るんだってさぁ……。雨が……」
空を見る限りでは雨が降るような気配は見せていない。スマホで気象状況を調べる事が出来れば話は違うのだが……。
「あ、あのぉ……ご主人様、朝から色々と私たちのために行って頂いたため、お疲れだと思いますので、荷台の方で休まれたら如何でしょうか? アオ、私が代わりに馬車を操りますから、アオはご主人様のお相手をしてあげて頂ける?」
救いの手をリツミが差し出すと、皆がホッとした顔をした。
アオはリツミの提案通りに交代して、俺と共に荷台へと移動し、その代わりリツミが御者を行い、補助としてシイナがつくこととなった。
荷台へと移動したことで安心してスマホを弄ることが出来るようになり、先ずは必要な物を探すことを始めると共に、スマホに仕舞ってあったお金を魔法の袋へと半分ほど移動させて、荷台の隅に置いておく。
これは、以前にスマホが異物だとアルケミに言われたことから、習慣づけるようになっていたのである。
最低限のお金はスマホの中へ仕舞っておけば、何かあっても金庫代わりとして使用する事が出来るし、魔法の袋から取りだす行為に対しては、他の冒険者からとしたら当たり前の行動だから、怪しまれることもない。
そして、スマホのマップを開いて雨宿りできそうな場所を探し始めると、少し離れた場所に古びた洞窟がある事があるようなので、リツミにそこの場所へ行くように指示を出す。
リツミはどうやってその様な場所を調べたのか分かっていないため、少しだけ納得していなさそうな顔をさせながらも言われた通りに馬を走らせると、言われた場所に洞窟があって、驚いた顔をさせるのだった。
洞窟の入り口は馬車の荷台が余裕では入れるほどの大きさであり、馬車を洞窟の中へ入れて雨宿りの準備を皆で始める。馬も一日中走らせているため疲れが溜まっているかも知れないので牧草や野菜などを取り出して餌を与え、ゆっくりと休ませることにした。
しかし、皆はここが何の洞窟であったのかが分からない。
その事を理解しているのはこの場所を調べた自分だけであり、他の者達はこの洞窟がどのような洞窟なのかと言うことは誰も知る由もなく、賑やかに野営の準備を始めるのだった……。




