7話 アシスター
翌朝、再びバルバスの依頼をこなすために町の外へ行こうと歩いていると、昨日の女性が門の出入り口で誰かを待っているかのように立っている、どうやら誰かを探しているようだった。
自分には関係がないと思い、町を守っている衛兵に挨拶して、町の外へ行こうとしたら女性に呼び止められた。
「ねぇ、そこの君! ちょっと待ちなさいよ!」
色々な人が行き来している町。
周りを見渡して見ると、自分と同い年の冒険者もいたため、自分に話しかけたのではないと思い、素通りしようとした。
しかし、女性が呼び止めたのは自分だったらしく、後ろから襟を掴み首を絞められる形となった。
「グエッ! な、何するんだよ!! 危ないだろ!」
「だったら止まりなさいよ! 馬鹿!」
何をしたわけでもなく、馬鹿呼ばわりされる始末。
いったい、こいつは何がしたいのだろうか……。
「助けてもらったくせに馬鹿呼ばわりするとは……。で、俺に何の要件があるんだよ。『昨日のことは仕方がなかった』そう言ったはずだ。別に君を恨んでいるわけでもないし、憎んでもいない。ただ、あの冒険者と君の運が悪かっただけだろ。今度はあんなのに負けない仲間を探してくれば良いじゃないか」
仲間を探せと言ったが、それは自分に言っているように感じてしまい、少しだけ情けなくなる。
だが、間違ったことは言っていない。
「そ、それは……無理なのよ……」
「はぁ? 無理? 何が言いたいのか意味が分からん。で、俺に何の用だ」
「――や、雇って……」
「はぁ?」
言われている意味が分からない。
何故いきなり雇ってと言われなければならないのだろう。と言うか、彼女と出会ったのは昨日だし、話という話もしていない。
したと言えば、『憎んでないか』と言うやり取りだけである。
しかも、馬鹿扱いまでしやがったのに、どの口が雇ってくれと言っているのだろうか。
「あ、あんた……それなりに腕が立つ冒険者なんでしょ……」
「イヤイヤイヤ……俺は駆け出し冒険者だよ? 誰が腕が立つ冒険者って言ったんだよ」
「……バルバスさん」
あのハゲ親父め。
「だ、だから、雇って……雇って下さい!」
「ちょ、ちょっと待て! 意味が分からない。君だって冒険者だろ? 雇う雇わない以前に、自分で獣なり魔物を退治すりゃ良いじゃないか」
「だ、だって……私……『アシスター』だもん。自分で出来るならやってる……」
一瞬、何を言っているのか理解できず固まってしまう。
そして、『アシスター』という職業がある事をライフリが言っていたのを思い出した。
「あー……。アシスターって雑用をやる人達だっけ?」
「な! そういう言い方! ま、まぁ……そうなんだけど……」
雑用扱いされた事にショックを受けたのか、声のトーンを落として俯いてしまった。
「で、君を雇うには幾らするんだ?」
聞くだけはタダ。
「えっと……報酬の数%……」
言い難いのだろう。
お金の話は禁句なのかも知れない。
「じゃあ、取り敢えず今日は一緒に行くか? どうせ一人増えたところで何が変わるわけでもないし。先ずは君の名前を教えてくれないか」
ガバッと顔を上げ嬉しそうな顔をする。しっかり顔を見たのは今日が初めてだが、可愛らしい顔をしているため、弾けるほどの笑顔は反則級に可愛らしかった。
彼女の名は『セリカ=ニフ=エゼクタ』。
歳は15歳らしく、昨年からアシスター稼業を始めたらしい。
以前は冒険者として頑張っていたのだが、どう頑張っても魔物や獣を倒す事が出来ず、簡単な依頼で生活費を稼いでいたらしい。
そして、ようやく自分を雇ってくれる人が見つかり、数か月間一緒に仕事をしていたのだが、あの出来事で雇い主がいなくなってしまったとの事。
なのに、どうして強気な態度を取っているのか謎である。
「で、リョータが受けている依頼って何なのよ?」
「いきなり呼び捨てかよ……年下のくせに。まぁいいや、俺が受けている依頼はビッグヴェルって奴の駆除だよ。何匹かは分からないが、取り敢えず見つけたら駆除してギルドへ報告するだけ。それに、これは依頼ではないぞ。善意で受けているだけだからな」
「ビッグヴェル……? 聞いたことがないわね……。ヴェルなら分かるけど……。なんでオークじゃないの? ここ最近、討伐依頼が出ているでしょ?」
オーク討伐がしたいのなら、別の奴に雇ってもらえばよいだろうに。
「知らねーよ。危険な奴だから駆除して欲しいと言われたからやるだけだ。それに、ビッグヴェルが見つからなくとも、それなりに稼ぐことができるから問題はない。昨日だって合計で3,000Gは稼いだんだ。誰かさんのおかげでね」
嫌味を言いつつ昨日稼いだ額を教えると、セリカは少し驚いた顔をする。
「それよりも……前回の雇い主はなんでゴブリンなんかにやられたんだよ? 俺からすればそっちの方が気になる」
「そ、それは……その……」
どうやら言い難いことらしい。
二人の間に何かあったのだろう。
まぁ、自分としても一緒に行動するのは今日限りの話だし、セリカがどれ程役に立つのか分からないが、スマホがあればセリカなんて必要がない。一緒にいる意味が無いことを教えるために1日だけ同行を許可しているだけである。
「別に答え難いのであれば、答えなくて良いよ。そんなに興味が無いから」
「な、なら……聞かないでよ……」
少し重たそうなリュックを背負っているセリカ。
いったい何が入っているのだろう。
だが、気にしたって仕方がない。
セリカとはそれ以上の会話をすることなく、目撃情報があったとされる場所へ向かうのだった。
徐々に目的地に近付くと、セリカの表情が強張り始める。
昨日のことを思い出しているのだろう。
だが、怖がっていたらそこで終わりだ。それ以上先へ進むことはできないだろう。
しかし、こちらにはスマホがある限り、そのような事を考える必要はないのだが……。
「さて……今日はこっち側を調査するか……」
セリカが見ていない隙にスマホで周囲を確認してみると、セリカが走っていた方とは別の場所で猛獣の反応があった。別にセリカが昨日の出来事を思い出させないためではない。
昨日とは別の方向へ向かっていく事にセリカがホッとした顔をしていた。
それに気が付かないふりをしてある事にした。
暫く歩いて行くと、離れたところで土いじりをしていたヴェルを発見する。
セリカは「やった! これなら相手が気が付く前に攻撃ができる」と言う。
こちらにはスマホがあるのだから、相手の意表をつく事ができて当たり前である。
「なぁ……セリカ。確認させてもらうけど、お前の特技って何なの?」
セリカに特技を聞くと、言葉に詰まり黙り込んでしまう。
「じゃあ、質問を変えるけど……前のパートナーとの契約料は幾らだった?」
自分の後ろにセリカがいるため、彼女の表情を確認する事はできない。
だが、見なくとも黙っているという事は困った表情をしているはずだ。
「な、何で……今それを聞くのよ……」
セリカの口からようやく出た言葉だが、その言葉には困惑しているのが分かる。
「これから戦闘が続く。と言う事は、これから俺は稼ぐという事だ。お前が何をできるのか知らないと、幾らの報酬を払えば良いのか分からん。ただ単に荷物持ちしか出来ないのなら、必要はない」
チラッと後ろにいるセリカを見ると、俯いてしまって何も答えられないでいる。
この場所に留まっている訳にはいかない。
なので「まぁ、今日は雇っているのだから、俺の側から離れるなよっ」と言ってから駆け出し、ヴェルの首元に剣を突き刺す。
意表を突かれて攻撃を受けたヴェル。
突き刺した剣を引き抜かずに斬り上げ、ヴェルは絶命する。
ヴェルが動かなくなったのを離れた場所で確認してからセリカがやってきて、ナイフを取り出してヴェルの解体を始めようとする。
「私に出来るのは……荷物を運ぶのと解体くらい……。汚れ仕事は私がするわ。これなら問題ないでしょ!」
これが先程言ったことに対しての回答だと思うが、それすら必要ない作業という事を教えないといけない。
「セリカ、悪いが退いてくれ」
解体を始めようとしているセリカの肩を掴み、後ろへ押しのけるようにしてポケットの中からスマホを取り出してヴェルの死骸をスマホの中へ収納し、解体の項目をタッチして、解体されたヴェルをスマホの中から取り出す。
セリカの前に出されたヴェルの肉と毛皮。見た事のない道具で自分のやる全てをされてしまい、地面に座り込んでしまう。
それからセリカは何も喋らず黙って付いて来る。
表情は暗く、悔いしのか恨めしそうな顔をしていた。
スマホで魔物や獣達がいる方へ向かい、必ずと言って良いほど先手を取って猛獣やゴブリンを始末視する。
もちろん全てスマホで事足りてしまうのでセリカの出番などあるはずがない。
「そろそろ休憩をするか……」
周りに敵が居ない事を、スマホで確認してから腰を下ろす。セリカも黙って座るのだが、なんだか自分が悪い事をしているみたいで居心地が悪い。
何か話題を作らなければとスマホから水筒を取り出す。
「なぁ、水……飲むか?」
コップに水を入れセリカに差し出すと、セリカはコップを受け取り、深い溜め息を吐いてからゆっくりと口に含んだ。
飲んだのを確認してから自分の分を注いで口に含むと、セリカがゆっくりと喋り始めた。
「私だって……冒険者なんだよ一応……。でもさ、武器を持って戦おうとしても、私には武器を持てる程の力がなくって、戦うことすら出来ない。弓で獲物を狙おうにも、弦を弾く力が弱いため獲物まで矢が届かない。それに魔法も使う事ができない……」
セリカの自分語りが始まってしまった。
この様な場合、ゲームの主人公だったら済し崩しに仲間にしなければならないパターンで、自分が面倒を見る羽目になってしまう。取り敢えずスマホでも弄りながらセリカの自分語りを聞く事にした。
「色々なパーティに入ったけど、役に立たない私はお荷物……。文字通り荷物持ち。結局、何処の……」
などと、セリカはイジケながら自分語りをしている。
そんなセリカの話を聞きながら、スマホの地図アプリでビッグヴェルが居そうな場所を探していたのだが、全く見当すら付くことはなく、本当にビッグヴェルと言う名の猛獣が現れたかどうかも怪しくなってきていた。
今朝、セリカに依頼内容を聞かれた時の言葉を思い出し、アシスターがビッグヴェルという猛獣の存在を知らない事に疑問を抱き始める。もしかすると、自分はバルバスに担がれたのではないだろうか。
「――だけどさ、アンタは私の全てを否定して……私はどうやって生きていけば良いのよ……」
ようやくセリカの自分語りが終わるのだが、自分で雇ってくれと売り込んで来て、こちらが悪い様に言うなんて酷いにも程が有る。
そんな事を思いながら黙ってスマホの検索バーでテントの建て方を調べようと入力していると、テントのキーワードを入力した時点で、あるサイトが検索ワードに出てくる。
その検索ワードは、元いた世界では殆どの人が知っているワードで、元いた世界の熱帯雨林と似た名前のワードであり、まさかと思いつつもサイトを開いてみると、元いた世界と全く同じ画面になり、口元が緩んでしまう。何度か使用したこともあり、ログインパスワードを入力してみる。
なんと! 普通にログインが出来てしまう。
ログイン後の画面は少しだけ異なっており、お薦め商品にあり得ない商品が載っていて、冗談だろうと思いながら商品をタップしてみると、冗談が現実に変わる……。
「……なぁ、セリカ」
「……何よ」
少し間が開いてから返事が返って来る。
「もし……もしもの話だぞ」
「――だから、何よ!」
「俺がお前でも扱える武器を提供したら……どうする?」
「ハァ? 何をい――」
「だから、もしもの話だって!」
本物かどうか微妙だが、本物だったら自分も欲しい。
チートなんて言うレベルの話ではない。
「そうねぇ……。私が扱える武器があるのなら、リョータの言うことを何でも聞くわ」
自分の言う事を何でも聞く。その言葉を聞き、一瞬だけとてつもなく悪い顔をしていたのかも知れない。
何故なら、セリカの顔が引き攣っており、自分の言った台詞が間違っていました……と、顔が語っていたからだ。
そのサイトで購入出来る武器の値段は高く、現状で購入するのは難しい。だが、購入できない金額ではなく、努力次第でなんとかなる。
取り敢えずコレを購入する事を目標にして生活する事にし、スマホで次の獲物を探し始める……のだが、セリカがしつこく「何が言いたかったのよ!」と、聞いてくるのだったが、その声を無視して歩き始めた。
地図アプリを縮小して地図の索敵範囲を拡げると、自分達が居る位置から少し……と言っても、範囲を広げているため離れた場所になってしまうのだが、魔物の群れを発見し、そこへ向かう。
ビッグヴェルが存在しているのか分からないが、バルバスの依頼を熟すついでにお金を貯めれば一石二鳥である。
だが、目標を定めた時、人生の分岐点に立たされる事が多く、何が起きるのか分からないため回復魔法を覚える事にしておく。
この辺りの魔物や猛獣であれば脅威にならないが、一緒に行動しているセリカは別である。セリカに何かあった場合に備えて……と、言う事である。
スマホで位置を確認しながら目的地に向かって歩いて行くのだが、セリカが「闇雲に歩かないでよ!」と、何度も煩く言ってくる。
「五月蠅い奴だな……。この先に魔物の群れがいるんだよ。そいつらを駆除しに向かっているんだから黙って付いてこいよ」
「はぁ? 何を言ってるの? 頭は大丈夫なの?」
戦力外のくせに、どの口が人を馬鹿に出来るのだろう。
教えてもらいたい気分になるが、セリカから聞くと気分が悪くなりそうだから聞かない事にして先へ進む。
スマホで魔物の位置を確認しながら歩いていると、目的地付近に到着する。後ろではセリカがブツブツ文句を言いながら付いてきている。
何度も「疲れた」「喉が渇いた」等と、我が儘まで言い始めてきており、鬱陶しいが今日一日は我慢。
五月蝿いセリカを無視しながら暫く歩くと、ようやく目的地に到着して隠れながら獲物を発見する。
獲物と言っても、求めていたゴブリンではなく、セリカが見た事の無い魔物だった。
「おいおい、本気かよ……あんな大きい奴が6匹もいるなんて聞いてないぞ……」
大きさは2メートル強のヴェルであり、自分の身長よりも大きいヴェルだった。
しかし、スマホの地図アプリで確認すると示しているのは間違い無く魔物の標示であった。
もしかしたら、ヴェルが魔獣化したのかも知れず、他にも猛獣が魔獣化している可能性がある事を教えてくれている。
「な、何よ……あの化け物は……」
後ろに隠れながら見ているセリカ。コイツ、こうやって盾にして逃げているのではないだろうか……。
しかし、敵の状態がよく分からない。今のレベルは3だが、そこまで強いと言う訳でもないかも知れない……。
勿体ないが、命あっての人生。
スマホを取り出して自分のステータスを20ずつ上げ、手をグーパーして感覚を確かめる。だが、特に変わった様子は見られず少し心配になってしまうのだが、逃げる訳にも行かない。
「セリカ、お前はここに居ろ。俺がやられそうになったら逃げろ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 危ないじゃない!」
「これでも俺は冒険者だ。これで生きていくって決めたんだ! もし生きて帰ったら、一緒に飯でも食おうぜ!」
そう言って俺は駆け出し、ビッグヴェルのもとへ向かったのだった。
名前:石橋亮太
年齢:18
Lv:3
HP:68
MP:49
STR:54
AGI:52
DEX:58
VIT:56
INT:50
生活魔法:【浄化】【飲料水】
回復魔法:【リカバ】
スキル:剣技1
所持金:4,804G