66話 ガラフォー
俺の言葉にジロリと睨み付ける王様。まだ俺の怒りがどのくらいなのか理解をしていないようである。
予想では、ジャック・オー・ランタンの数を知っていたからアルフォンスを拷問し、吐かせたのであろう。そして、そのミッションをクリアしたことで、最近図に乗っている騎士団を黙らせる計画であった。マリーに関しては政治に利用するよりもその相手を捕まえさせておく必要があり、あてがっておけば、国に留まらせる事ができるとでも思っていたのではないだろうか。
「この数に対してお主が勝てるとでも?」
不敵な笑みを浮かべながら王は言う。
「逆に聞きますが、この程度の数で俺を止めることができるとでも思いですか? もし、そう思っているのなら……へそで茶をわかす程の冗談になりますよ。陛下」
俺の言葉にイラッとしたのか、顔付きが変わる王に対し、俺はアオに命令する。
「あの杖を破壊してやれ」
「――承知しました……」
チャキッと音がし、アオが銃を構える。皆は何をしているのか理解できず、アオが放つ銃弾が王の持つ杖を破壊する。
誰もが驚き王を隠すように兵士が立ちふさがる。
「次は肩に付いてる飾り」
「――ハッ!」
再び放たれた弾丸が王の肩を掠め、腰を抜かす王。
「こちらには詠唱無しでも魔法が唱えられるんですよ……。次は何処を狙って欲しいですか?」
マリーが縋る様に止めてくれと言う。俺はそれをシカトして王を睨み付け、挑発を繰り返す。
「アオ、あの兵士の両肩を狙え」
そう言うと、アオは迷わず狙う。兵士が身に着けているのはミスリルの鎧ではないため、通常の弾丸が貫通する。
兵士は崩れるように倒れ込み、王様が再び姿を現す。
「いい加減に謝ってくれませんか? 『申し訳ありませんでしたリョータ様』って。そう言ったら皆殺しは勘弁してあげますよ」
「な、なんだと!」
「あんた等、触れてはいけないものに触れてしまったんだよ……。だから謝れって言ってるんだ。ウィル・オ・ウィスプの件も知っていて放置し、死者を無駄に増やして……。自分等は何もしていないくせに魔石を寄越せ? 調子にのるなよ! 糞爺!! しかも人の強さを測るために騎士団長と勝負させやがって……。こっちを舐めるのもいい加減にしやがれ!」
スマホから剣を取り出し、一瞬で王の首元に剣を押し当てる。
「今すぐに謝るか死ぬかを選ばせてやる……。さぁ、選べよ。オッサン」
皆からしたら瞬間移動でもしたように見えたのだろう。驚きのあまりに目を丸くしており、状況を飲み込むのに時間が掛かっている。
「忘れてないか? 俺はドラゴンを一人で狩るだけの力を持っていることに……。アンタの首を跳ね飛ばすのに本気なんて出す必要ないんだよ」
失禁する王様。押し付けられる剣先から血が滴り、俺の言葉が冗談ではない事にようやく理解をする。
全員が固唾を飲み込むか、王は「ゆ、許してくれ……儂が悪かった……」と小さい声で言い、俺は「聞こえないよ、陛下」と耳元で囁く。
「儂が悪かった!! 許してほしい!!」
大きな声で叫ぶ王様に対し、俺は掴んでいた胸倉を離して剣を収める。
「初めからそう言えば良い。こんな無駄な事しやがって。しかも無駄な争いまでさせて……。マリーは俺が預かってやる。陛下、それで宜しいですよね?」
コクコクと頷く王様に対し、深い溜め息を吐いてからチラリとアオを一瞬だけ見る。
アオは小さく頷き納得したかのような動きを見せる。
「でも、姫は妾ですけどね。正妻はアオと決まっております。文句は無いですよね? マリー様」
「な、納得は出来ないけど……リョータさんと一緒に要られるなら……仕方ないわ。け、けど! 私も一緒に寝るんだから!」
「あと二年後の話ですけどね。それまでにリョータ様がアオの身体を忘れられないようにクックックッ……」
勝ち誇った顔をしたアオに悔しがるマリー。
ようやく城での一件は解決し、俺にも安息の時間がやって来た。……はずだったが、城での一件はやり過ぎてしまったらしく皆から腫れ物を見るかのような目で見られる。仲間達を除いて。
城の中庭でボーッとしていても、誰かの視線らしきものを感じ、気分が悪いったらありゃしない。
あれからマリーは自分の側にずっといる。一応、王様公認なのだから、マリーが側にいてもおかしくはない。だが、アオは勝ち誇った顔を、マリーを見下した目でマリーを見つめる。
「姫……とは言っても妾の女。さっきから私の主人にベタベタしすぎ。それと、姫は弱いのだから良い機会です。素振りをしなさい」
アオの中でマリーは下っ端と格付けされたらしく、自分は俺の次に偉い立場なのだと判断しているようだ。まあ、その通りなのだが、アオは先程から調子に乗り過ぎている。
「アオ、いつからアオはそんな悪い子になったの? 俺の知っているアオは物凄く優しい、可憐で儚げ、まるで天使様のような人物だったのに」
その言葉にアオは動きを止め、まるで油の切れたロボットが如く俺の方に顔を向ける。
「は、儚げで……可憐? て、天使様と仰有いましたか?」
ゆっくり頷くと、アオはまるで別人のような態度をとるようになり、マリーに膝を突いて頭を下げる。
「ひ、姫様! 先程のご無礼をお許し下さい! もし、お疲れなら身体をマッサージ致しましょうか! ご主人様はいつも気持ち良いと言ってくれますよ!」
先程の態度とは全く異なり、全員がドン引きした態度を取る。俺の一言でここまで異なるとは全く思っておらず、引き攣った顔をしていた。
「あ、アオさん?」
「ハイ! 姫様……」
アオは片膝を付き、頭を垂れる。
「そんなに畏まらなくとも……」
マリーが恐る恐る声を掛けるのだが、アオから殺意のような気配が消えており、まるで忠誠を誓っているかのような態度をとっていた。
話が続かないため「あ、アオ師匠! 私に剣を指南して下さい!」と、話を逸らすためにマリーはアオにお願いをすると、アオは「かしこまりました!」と言って、木剣を取り出す。二人は仲直りしたかの様に練習を始める。一応、シイナやサナリィ、リツミも見よう見真似で木剣を振り、一緒に練習を始めた。怪我は治療したとしても動くのには結構辛そうにしているアルフォンスが、全員に細かい指導をしてあげていた。身体能力はこちらが上でも、剣の技術はアルフォンスが上である。
皆が練習している間、俺は暇なのでスマホを弄っていると、まるで時間が止まったかのような感覚に襲われる。これはスマホで物を買うときと同じ感覚である。
しかし、今回は何も購入していない。周りを見渡すと、アオ達は剣の訓練をしており、こちらに対してまるで人が存在していないみたいな空気を醸し出す。
そして、先程まで感じていた視線も全く感じられなくなり、まるで俺の存在が消えてしまっているかのようだった。
「な、何が……起きてるんだ?」
『こんちわ~ッス。石橋さんですか?』
あの宅配会社の格好をした、元気の良い兄ちゃんが後ろから声を掛けてくる。先程まで誰も居なかったのに、急に声を掛けられたのだ。俺は飛び跳ねるかのように驚き振り向いた。
『石橋さんスよね? 荷物が届いてるッス。ここにサインを貰えますか?』
「え? あ、は、はぁ……」
差し出されたボールペンを受け取りサインをすると、元気の良い兄ちゃんは何処かへ走り去ってしまった。
俺は呆然としながら立ち去って行った方を見つめるが、元気の良い兄ちゃんの姿は見えなくなっており、俺はただ……呆然と小さな箱を手にしながら突っ立っているだけであった。
暫く何も考えることが出来ずに座りながらマリーとアオの訓練を見ていると、とある出来事を思い出した。
あれはアオにスマホを渡した時の出来事である。小林さんが急に訪れて、アオのスマホを持ってきた。もしかして、今回も……そう思い箱を開けてみると、手紙と一緒に何かが入っていると思われるケースがあり、スマホではない通信機器だということが分かった。
先ずは手紙を読む事にし、封を開けてみる。
やはり送ってきたのは小林氏であり、人をおちょくっているのかと思わせるメッセージが書かれていた。
『石橋さん、こんにちは。相変わらずの女ったらしぶりには舌を巻く勢いですよ。そして、ロリコン決定おめでとう』
この時点で破り捨てたくなったが、怒りを抑えながら続きを読む事にした。
『青少年育成法とか、淫行罪とか、そう言った言葉を知っているますか? 一応、獣人の子も未成年だという事を忘れずに。もしもこれが地球であれば、石橋さんはお巡りさんにカツ丼を食べさせて頂いてるかも知れないということも忘れずにいてくださいね』
随分と酷い言われようだと思いつつ続きを読んでいく。すると今回の荷物はマリー用に用意された物らしく、王女としての振る舞い機能等が付いていると書かれており、しかもそれはお金が必要という……相変わらずの課金システムである。
読み終えてから手紙をスマホに収納して、心の中で16歳までマリーに手を出すことはしない事を深く心に刻み、小林氏に馬鹿にされないよう新たに決意し、欲情に晒されそうになったらアオに処理などをお願いする事を改めて、心底深く誓ったのである。たった二年……されど二年。マリーの胸はペッタンコだが、たまにシャツの隙間からサラシらしきものが見えるので、本当の大きさはドレスを着ていた時の物がそうなのだろうが、寄せては上げているのでそれが本当の胸なのか信用はしない。
実際はどうか分からないが、ドレス姿の時は最低でもBはあった様に感じられた。
こんな事を考えているから小林氏に揶揄われるのであろうが、ポヨンポヨンは正義であり、アルはそれなりにあった。一度でも揉んでみたいと思った。……だが、後で知ったのだが、アルはリーグとくっついたそうで、毎晩お楽しみとか……。別に悔しくないもん!
自分に言い聞かせる様にアオを見つめていると、俺の視線に気が付いたのか、顔を少し赤らめながらマリーに指導していた。
それから暫くして宛てがわれた部屋にマリーを呼んでもらう。すると、城の中ではドレス姿のマリーがやって来ることになる。
小林氏のメモには新たな機能を付けたと書いてあったので、アオのスマホで確認したところ、アオがどこにいるのか分かるようになっていた。と言うことは、このスマホを持っているものが何処に居るのか分かる機能が付いたということになり、作戦を立てるのが楽になったという事である。しかも、無くすことのない機能が付いているため悪用されることは無い。が、俺自身を悪用しようとする輩が現れるかも知れないのでそれに気をつける必要がある。
「失礼します……」
お淑やかにマリーが部屋に入ってくると、アオが小さく舌打ちしたのが聞こえた。
多分、胸の辺りを強調しているドレスを着ているからだと思われる。アオはマリーの胸を見ながら自分の胸を寄せあげたりし、悔しそうな顔をしていた。
「悪いな、忙しい筈なのに」
「そんな事ありませんよ。私は既にはみ出し物ですから……。家出に婚約……やりたい放題やっていますから……それに……」
『それに』の後、薄気味悪い顔をしながら笑い、俺を見つめる。まぁ、城の連中は俺という存在が鬱陶しいはずだが、第三王女の婚約相手で、尚且つ、国随一の剣の遣い手で、『聖剣』を与えられていた騎士団長を、事もあろうかパンチ一発で叩きのめしてしまったのだ。だからその婚約者である自分に誰も逆らう事が出来るはずがない。
そして、俺がいるという事は、この国に敵が攻め込んでも防衛できるという事を示しており、安全が保証されてしまっているのである。上層部は危険視しているが、自分の権力を強くするため、俺を逃してはならないという事で繋がりを作りたがる輩も居るらしい。
マリーにガラフォーを渡してみると、マリーはポカーンとした顔をし、アオは驚いた顔をしていた。
「そ、それは『アーティファクト』!」
アオの叫び声に似た声で指をさし立ち上がる。自分の板型とは異なっているが、確かにそれはこの世にあるものでは無い。それに気が付いたアオ。意外と抜け目ない奴だと思わせる。
「あ、アーティファクト……ですか? これが……」
アオや俺が持っている物は板型タイプだが、マリーに渡した物は折り畳みタイプで、どう見ても旧式にしかみえない。けれど、Wi-Fiは繋がったり、ネットを閲覧することができたりと、今も現役選手なのである。
『パカッパカッ』と、音を立てて開け閉めしているのが楽しくって羨ましいのか、アオが唸るような声を出しつつマリーのガラフォーを睨んでいるのだった。




