65話 茶番劇
立ちはだかる騎士団の中にはアルの姿もあり、俺と敵対行動するつもりのようだ。
「アル、どういう事だ? 俺達が何をしたと言うんだよ?」
戯けた声で俺は言うのだが、アルケミは「持っている魔石を全部渡しなさい!!」と、声を上げ言う。
「魔石? 姫様が渡しただろ。あれ一つで魔剣が作れる代物なんだってな。勿体無いけどくれてやるよ。あ、だけど報酬はしっかりと寄こせよな」
笑いながら言うのだが、アルケミは動じない。
「騎士アルフォンスさんに聞いたわ。リョータさん……リーグ団長が来る前に渡して下さい……。一緒に冒険した仲間として!」
「なら、お断りするのは分かってるだろ? アル。それに、俺は今……かなり苛ついている。手加減する気がない事を理解しろよ……」
にやけ面から一変させて鋭い目つきでギロリと睨み付けると、アルケミは威圧されたのか、少し後退る。
「貴方がたが持っていても意味がないでしょう」
アルケミの後ろからリーグがやって来て、アルケミは驚いた顔をする。
「リ、リーグ団長!」
「アルケミさんが言っても聞いてくれなければ、私が相手をするしかないでしょう。厄介なのは、あの獣人の少女だけですから……アルケミさんが獣人の方を相手してください。私は彼を……」
そう言って剣を抜くリーグ。この国の聖剣と言われている武器を手にしており、不敵な笑みを浮かべる。
アルケミもエメラルドグリーンの色をした剣を抜き、アオに向かって剣を構えると、アオも剣とダガーを抜いて構える。その目はかつての仲間に向ける目では無く、完全に排除する敵を見ているかのようだった。
しかし、アルケミの方は、戸惑いをみせていた。
「さあ、リョータさん。私と一曲踊って頂けますか?」
笑みを絶やさないリーグが言うと、アオがアルケミに向かって襲いかかる。
アル対アオの戦いでは、アオのほうが少しだけ強い。だが、それは一緒にいた時の話であり、今はどうなのか分からない。アルの攻撃に対してアオは必死に躱しているように見え、簡単にはいかない事を理解しているようだった。
「少しだけ腕を上げたようだな。剣の振りが鋭くなってやがる」
アルを見て素直な感想を言うと、リーグは言う。
「そりゃ、毎日剣の稽古をしていれば腕が上がるでしょう。それではこちらも踊りましょう! 良い音を聴かせて下さい!」
そう言って輪舞曲の鈴を振り被り、こちらへ向かって襲い掛かってくる。ハッキリ言ってそんなに速い動きでは無いので、攻撃を避けるのも簡単だし、白刃取りするのも余裕だ。けれど、頭の隅で触ってはいけないと誰かが囁いたように聴こえ、リーグの攻撃を躱すことにした。
ギリギリの所で躱しているように見せ、剣に感じた違和感の正体を掴むため、間近で剣を見る。すると、剣から何やら粒子のような物が出ており、ギリギリで躱した俺の鎧を溶かしていく。その音が鈴のような音をたてており、一瞬で鎧が使い物にならなくなった。
「それが輪舞曲の鈴か……」
ボロボロになった鎧を剥ぎ取り、どうやって戦うか考えていると、アオが心配そうな声を上げる。
「問題ないよ。それより自分の方をどうにかしろよ」
「えぇ、もちろん……」
ボロボロになったダガーを投げ捨て、片手で剣を構える。何か策でも有るかのように……。
それに気が付いたアルケミ。少しばかり距離をおく。だが、一緒に冒険したときの事を思い出し、距離を取るのは不味いと気が付板らしく、距離を縮めようと近寄ろうとする。
アオは瞬時にスマホを使い、武器を召喚する。が、いつもの銃ではなく、槍を取り出して振り回す。
アオはあらゆる武器をそれなりに使えるように練習しており、アルケミは慌てて距離を取る。
「ふぅ……。アル様、アオからのお願いです。もう止めてくれませんか? アル様ではアオには勝つ事ができません。何せ、アオには素敵なご主人様がおられますので、このような場所で負ける訳にはいかないのですよ……。それに、マリー様という強敵も居られますからね!」
「アオさん!! まだ本気を出してないというの!」
「アオはあれから随分と鍛錬を積み増した。リョータ様の側にいるために!」
その動きに「クッ!」苦虫を潰した顔をするアルケミ。リーグは少し驚いた顔をするが「あのアルケミさんを下がらせるとは随分とやるようですねぇ」と、笑みを絶やさずに言う。
「なら、俺達も決着を付けるとしようか」
不敵な笑みを浮かべながら「その身体で?」と、リーグは言うのだが……リョータの顔を見て驚いた顔をする。輪舞曲の鈴から出ている粒子に顔も傷を負っているはずなのに、全く怪我をしている気配はない。それどころか鎧が無くなった事で、身体が軽くなったという雰囲気を見せている。
「アルフォンスさんは元気にしてるのかい?」
唐突に質問をすると、リーグの顔はいつもの様に笑顔を取り戻して笑い出す。
「アルフォンス? あぁ、元騎士アルフォンスのことかい? 彼は冒険者に負けた恥知らずの騎士だ。そんな奴が魔剣使いの剣士を名乗られては、王国として恥ずべき事……。その者に騎士を名乗られたら王国の騎士は無能となり下がってしまう」
ズタボロになったアルフォンスが前に出され、崩れ落ちる様に倒れる。三人の奴隷達は口元を押さえながら驚いた顔をする。
「ヨワッチーノ……だから言っただろ? 王国はお前を見捨てたんだよ。姫の御守りというのは口だけで、利用して捨てるための事だ。今頃気が付いたのか?」
「面目ねえ……リョータ……」
「喋るなよ。随分と酷い怪我をしているんだからな。前にも言ったろ? 旅の道連れ夜の情けってね。情けをかけてやるよ……アルフォンスさん。コイツをボコボコにすれば気が晴れるかい?」
「あ、あぁ…………」
「なら、そこで見ていなよ。騎士団長殿は俺の実力を測り間違えているぜ」
「あ、あぁ。楽しみに……してるぜ……」
アルフォンスはそう言って気を失ってしまう。
「良くもまぁ……。私を倒すなんて、おかしなことを言いますね」
リーグは大笑いをしながら俺を見る。剣を抜き構えてみるが、これは役に立つことは無いだろう。あの剣で直ぐに切断されてしまうだろう。
どうやって倒すのかは決めてはいなかったが、取り敢えず殴り倒すことにしよう。そうしよう。
邪魔なのは聖剣だけであり、リーグの動きは読める。確かに剣の技量はアオよりも高く、頭も良さそう。だが……所詮チートの相手ではない。
リーグは薄ら笑いをしながら斬り裂きにやってくるのだが、動きが見え見えで、紙一重で躱したかのような動きをして、カウンターパンチかまして、リーグの顔面を殴り付けた。これが一番の有効打だと判断してやった訳だ。カウンターで殴られたリーグは吹っ飛んで壁に激突する。
「これだから勘違いされるのは嫌なんだよ。オラ、手加減してやったんだから立てよ」
殴った手をプラプラ振りながらリーグの側に近寄って行く。アオを除いた全員がまさかの出来事に口を開けて驚いており蹲っているリーグの頭を掴んで起き上がらせる。
「団長!!」
アルケミが悲鳴に似た声を上げ、俺に襲い掛かってくるのだが、アオに背を向けるのは自殺行為に近い。
アオは両手に銃を手にしており、連続でトリガーを引く。フルプレートの防具だが、アオが持っている銃は特殊な銃であり、その威力はミスリルのプレートを凹ませるだけの威力はあり、アルケミの背骨を折るだけのダメージを負わせるのだった。
「貴女の相手はアオですよ……。馬鹿ですか? 貴女は」
非情にも聞こえるが仕掛けてきたのは騎士団側であり、背を向けたアルケミの油断が招いた種である。
アルケミが手放した剣をアオが拾い、アルケミの顔の真横に剣を突き刺し、アオは勝利を掴む。
俺の方は、ピクピク動くリーグの頭を掴んで、お腹を鎧の上から殴り付け、鎧にヒビ割れを入れる。
「聖剣がなければ三流以下の騎士様かよ。団長の名が泣いちまうぜ?」
掴んでいた手を離すと、リーグは地面に崩れ落ちて口から胃の中に入っていた物を吐き出し始める。俺はそのリーグの頭に唾をかけ、アオに向かって軽く手を上げて終わったことを知らせる。
蓋を開くと俺達の圧勝で終わり、騎士団員は信じられない物を見た顔をして驚いており、ラスク達は嬉しそうに駆け寄ってくる。
「おいおい、俺はドラゴンを倒した男だぞ……この程度、大した事ねーよ。なぁ? アオ」
「勿論ですとも! リョータ様は最強でございます。それに、実力の半分も出されておりません。アオは結構必死でしたが……」
チラッと俺を見て、能力を少し上げてくれといった表情をする。それに関しては後で調べることにして、先ずはマリーの状態とアルフォンスの怪我を見てやらねばならない。
「アルフォンスさん、大丈夫ですか?」
「お前さんの台詞とは思わないぜ」
「前にも言ってるでしょ。旅は道連れ世は情けってね。今怪我を治します」
そう言って回復魔法をかけ、アルフォンスは立ち上がる。
「これって初級魔法だろ? それなのにこの回復力って……」
今更何を言っているのだろうか……。俺はキュア以外は初級魔法しか憶えていない。攻撃魔法の種類であれば、ラスクの方が多彩である。全て魔力の差でこうなっているのだろう。
「前にも言いませんでしたっけ? 俺は凄い奴なんですよ」
戯けながら立ち上がらせ、囲んでいる騎士団を睨みつけるように見ると、「そこまでだ!」と、大きな声が響き渡る。
俺達は声の主を睨み付ける。それは王様であり、マリーの父親であった。
「何の余興でしょうかね? コチラはかなり苛ついてるんですけどね……」
俺の言葉に対して騎士団だけでは無く、他の兵士も身構える。一斉に襲い掛かれば何とかなると思っているらしく、俺は「かかってこいよ、何人来ようが全員地獄へ叩き落としてやるよ」と挑発した。
すると、王様は笑いだしてしまう。
呆気に取られる兵士や騎士団達。こちらは更に苛つき、アオが銃を構え王様に照準を合わせる。いい加減にしないと始末する気だ。
「王国を敵に回しても構わんというのか! マリエルが言っていた通りの変わり者だな。よし、そなたにマリエルを任せるとしよう!」
全く意味が理解できない俺達に対し、マリーが泣きながら俺達のところへ来て飛び付いて来る。
「ごめんなさい! このような事を……」
泣きながら叫ぶマリーの声を聞いて、茶番が過ぎると思いながら頭を撫で、俺は王様を睨みつけた。
「これはどういう茶番でしょうか? 陛下……おいたが過ぎるのではないですか?」
そう、これは全て茶番劇である。一部を除いて。
王はマリエルから俺と添い遂げたいと申し出たのではないだろうか。そこで王は考え、魔石を複数持っている俺に対して騎士団を送り込み、魔石を回収する様に指示をした。もしも騎士団が敗れたのなら、俺はマリーの婿にして飼殺すきだった。だが、騎士団が勝つことがあれば、魔石だけを奪い取り、俺達を放り捨てる計画だったのだろう。
この茶番にはもう一つ計画があった。
マリーとアルフォンスから報告を受け、他国が自分の国に対し自由に出入りするだけでは無く、魔石まで奪っていく。しかも情報操作付きで……。だから騎士団の実力を測るためにも、この茶番を仕掛ける必要があり、もっと軍備を強化する必要性があるのか、確かめる必要があったのだ。
その結果、騎士団長はカウンターパンチ一発で叩きのめされ、副団長に任命されたアルケミは不思議な武器で倒される。
この王の事だから勝てばマリーがしたいように、自由にさせてやるとでも約束して、この茶番劇を開いたのだろう。
俺や騎士団達には内緒で……。
演説をするかのように王様は騎士団に叱咤しており、アオは俺の指示を待つかのように銃を王様に向けていた。
「そんな事だから他国の侵入を許してしまうのだ! そして、冒険者より強くないといけないはずの騎士団が負けるなど国の恥! リーグから聖剣を取り上げ、新たなる騎士団長を決める!」
王様はそう言い放ち、今度は俺達の方に向き直った。
「マリエルよ、お主が申しておったリョータとの結婚を認めてやろう!」
勝手に話を進める王様に対し、アオの表情が険しくなった。
「陛下……物事は陛下が思っているよりも俺の怒りはかなり膨れ上がっているんですがね……。俺たちに対して喧嘩を売っているんスかね?」
流石の俺にも堪忍袋という物がある。茶番劇をやらされ、アルに嫌な思いをさせるのは心苦しい思いだった。




