56話 弟子とは
「お待たせしたようだね、ジャック・オ・ランタン。俺がお前の相手だよ」
私はその名前に首を傾げた。
相手はウィル・オ・ウィスプの悪魔のはず……。リョータさんは何か別の物が見えているようだ。
「危うく俺の可愛い弟子が怪我をするところだったし、もう1人誘われるところだったよ。そして、俺の天使に汚い言葉を吐かせた罪は、死より重い事を分からせてやる」
可愛い弟子? も、もしかしてそれは私の事なのだろうか……。そして、もう1人誘われるとは、どういう意味なのだろう。
私がそんな事を考えていると、リョータさんとウィル・オ・ウィスプの悪魔……との戦いの火蓋が、切って落とされる。
ウィル・オ・ウィスプの持つ大鎌がリョータさんに襲いかかる。その鎌のスピードは速いがリョータさんは仰け反るように躱す。
それは、私では躱しきれない早さだと一瞬で悟らせた。
だが、リョータさんは何事も無く躱して、掴めるはずもないウィル・ウィプスの頭を地面に叩きつけた。
その顔は怠い事をさせるなと言う感じで、子供を相手に説教をしているかのようだ。
「よく見ておきなさい……。姫様が師匠と崇める人が、どの程強いのか……。そして、どうやってドラゴン相手に戦ったのかを思い出した方が良いわ。私だったらこの洞窟は遠慮させて貰う。それに、気が付いている? 野営を行ったとき、魔物やアンデッドは一度も現れていない事を……その場所を選んだのは全てリョータよ」
ラスクさんが私を包み込むように抱きしめながら言う。私の目には、先ほどの涙が溜まっており、それが零れ始めていた。
リョータさんはドラゴンを一人で退治した強者である。私とリョータさんが冒険者になった時期は殆ど同じなのに、冒険に必要な情報量が桁違いだった。
それは五人の新人を育てた時から分かっていた事である。
何故そこまで情報量が多いのか……当時の私ではなく、今の私でも全く分からないし、あの頃イース達に聞いても首を傾げるだけだったのを思い出す。
リョータさんは目つきが鋭く、いつも何かを睨んでいるような顔をしているのだが、笑顔は優しい。私達がオークに捕まっているときに見せた安心させる笑顔を今でも思い出す。
騎士団では、リーグが微笑みを崩さずにいて、皆を安心させているように感じるが、リョータさんの笑みはそれとは異なる笑みに感じる。
全てに余裕を持っているような笑み。あれはリーグと違って安心させるのではなく、自分だからこそ出来るし、自分に絶対の自信を持っている。負ける要素が無いと言った……そんな笑みだ。
「マリー様……リョータ様は本当にお優しい人です。マリー様に最初の一撃が避けられましたでしょうか?」
アオさんが武器を構え、後ろを振り向く事なく言い放つ。
「そ、それは……」
「ヨワッチーノ……アルフォンス様でも避けられると思いますか? アオには無理だと思いました。そして、アオでもギリギリ躱せるくらいだと思います。あれはドラゴン級だと認識しているのはリョータ様だけではないでしょうか」
確かにアルでも避けられたか微妙なところだろうし、魔剣が通用しない相手に対してアルが勝てるとは言い切れない。けれども、それは戦って見なければ分からない事の筈だ。
だが、リョータさんは知っているかの様に交代を命じた。
「トリック・オア・トリート? 貴様は何方を選ぶ……なんて優しい事を俺が言うはずが無いだろ! 悪戯されたくなければお菓子を出せ? 馬鹿か! お菓子が欲しけりゃテメェーでどうにかしやがれ! カボチャ野郎!」
そう言い放ち、頭を踏み潰して1体消滅する。リョータさんは武器を使っていないのにウィル・ウィプスの悪魔を倒してしまった。
「う、嘘……」
私が声を出す前に、ラスクさんが声を出す。ウィル・ウィプスの悪魔は有名な魔物であり、清められた武器しか効かないと言われている。だが、リョータさんは武器を使っていないのにウィル・ウィプスの悪魔を始末してしまったのだ。
「お前の事は調べ尽くさせて貰ったよ、回復魔法に弱いんだってなぁ」
胸倉を掴んで殴り飛ばす姿は、ウィル・オ・ウィスプの悪魔にお仕置きしているかのようだ。
それに、誰も知らない情報を知っているリョータさん。
「か、回復魔法に……弱い?」
「ウィル・オ・ウィスプとは、この蒼い鬼火の事を指す。そして、悪魔とはこのカボチャ野郎を示してるのさ」
誰に教わったのですか……その話……。
私達の中で誰もその情報を知り得る人は居ない。
「そして、このカボチャ野郎はジャック・オ・ランタン。俺が居た場所では子供が『悪戯をされたくなければお菓子を寄こせ』って言うんだ。可愛い話だろ?」
そんな話聞いた事もありません。
「元々はアイルランド及び、スコットランドでの伝わる鬼火の話でさ……」
リョータさんは訳の分からない物語を話すのだが、何故だかその話に私は耳を傾けてしまう。
「一説には旅人を誘うと言う説も有るらしいが……此所では死に誘ってくれるらしいね!!」
そう言って2体目を始末する。
「あの時はアルとアオが経験不足だったから見逃してやったけど……お前ら、やり過ぎだよ? お兄さんは可愛い子に手を上げる奴は好きじゃないんだ。だから、お前達は許してあげない。俺の育てた弟子を一人誘っただろ……。だから、絶対に許してやらない!!」
その言葉に「え?」という言葉が全員から漏れ出す。
「まだ若いんだぞ! まだ先があったんだぞ! 憎らしいけど、仲間思いな奴だったんだ!!」
誰の事を言っているのか分からない。けれど、弟子というのであれば、私はその人を知っているはずである。仲間思いだった人を思い出そうとして見るのだが、自分のことで精一杯だったので思い出せない。
「マリー、言ったよな」
「な、何を……ですか……」
「自分の実力に見合った仕事をしろ! と、その場の状況に流されるな!」
最初の頃に言われた基本的な話だ。私達五人は町に着くまで毎日言われていた。細かな剣術などはアオさんが教えてくれたけれど、それ以外の戦術等、ヒントしか教えてくれなかったリョータさん。
だけれど、その台詞は朝と夜に毎回言われて、私達は真似をするかのように愚痴っていた事もあった。
「――自分の名前を入れて五人の名を言えるか!!」
言えるに決まっている。私達はオークに捕まり、命を救われた者達。そして、エリエートの町で副ギルドマスターに紹介された……。
「い、言えます……。マリー、シサル、キリト、イース……フォルト……です」
名前を答えると、一枚のカードをアオさんが悔しそうな顔して私に渡す。そこには『キリト=サラ=ミリタリア』と名前が書かれたギルドカードだった。
「き、キリ……ト=サラ=……ミリタ……リア……14歳……」
私達が戦ったアンデッドの中に彼女がいたという事だろうか。もしかして私は彼女と戦ったのだろうか……。そう考えていると、アオさんが教えてくれる。
「マリー……いえ、マリエル姫様、姫様は悪い事をしたのではなく、彼女をお救いになったのです」
「す、救い?」
「はい。彼女は生きる屍となり、この洞窟に入ってくる冒険者を襲っておりました。ですが、姫様は仲間である……グスッ、仲間だった彼女を救い、天に召してあげたのです……。リョータ様はカードを見て、腐っている彼女を埋葬してあげました。これは姫がギルドへ……グスッ……持って帰り、埋葬してあげて下さい」
悔しそうな顔をするアオさん。いつもの優しい顔で私の肩に手を置き、優しく抱きしめる。
「勝手にしろとは言ったが、絶対に死ぬなとも言ったはずだ!」
目の前で次々と倒していくリョータさんの手には、見覚えのある剣が握られており、全てに決着を付けようとしている事が分かる。
「俺達冒険者は生きてその情報を持ち帰り、他の者達に伝えていくのも仕事の内だって、野営をしているときに言ったじゃないか! 何で言った事を守ろうとしないんだよ!! そこがお子様だと言うんだ!! お子様は黙って大人の言う事を聞いて成長していけば良いんだよ!!」
まるで私とキリトに説教をしているかのように言うリョータさん。その顔は見えないが、まるで泣いているように見えた。
「アルフォンスだって同じだ! 騎士団も死ねばただの骸。生きて次に指導する事で騎士団は強くなる。魔剣が使えるから俺は強い? 馬鹿にするな! そんなのは誰が使ったって同じなんだよ! どんな状況でも、生きて帰る奴が強いんだ! それが英雄って奴なんだよ。お前の実力はそこまでしか上がらない頭打ちなんだろうよ。今回の旅は、お前を殺処分するに丁度良い機会だから与えられた任務だと……何故理解できないんだ!」
痛みに苦しみながら「な、何だと……!!」と、アルフォンスが呟く。確かにアルフォンスほどの魔剣使いが私のお供をするのはおかしいと思ったのだが、確実に私を生かすには最適とお父様やリーグは考えて仕えさせたはず……。
いや、リーグは知っているはず。魔剣を使ってアルがリョータさんに殴られ気絶していたのをリーグは知っている。なのにリーグは何事も無く話を終わらせた……。
私とアルは何事も無く冒険へ行かされていると言う事は、私はどうだか解らないが、アルに関しては代わりがいるという事になる。『捨て駒』……アルよりも師匠達の方が強いのを知っているから、アルは必要が無くなったと言う事なのではないだろうか。
傷付いたアルフォンスの脚を見ながら混乱し、錯乱しそうになる。
「マリー様……落ち着いて。アオとリョータ様が側にいますよ。捨て駒になんてさせないし、お飾りにもさせません。リョータ様はそのためにシイナとサナリィを買われたのですから……」
アオさんの言っている意味が理解できないが、側にいるという言葉に私は声を上げて泣き出したのだった。




