52話 2人の奴隷
ウィル・オ・ウィスプの悪魔がいるのはリヒテンブルクがある方だ。馬車で数日はかかる場所で、幾度も野営を繰り返さないとならない。
不寝番をする順番は、ラスクとマリーが先に行い、次にアオ、ヨワッチーノ、自分と続く。
皆、食事を作ることができるのだが、正直、お口に合わないので自分で作ったほうが良いと言う事となり食事当番を買って出ている。
しかし、順応な下僕であるアオは、必ずと言って良いほど手伝ってくれる。主人である自分の好みを一生懸命覚えようとしており、それがまた愛おしい。だが、アオに告げないといけない。
「アオ、そこに座ってくれ」
少し大きめの岩にアオを座らせると、アオは真剣な表情でこちらを見つめる。別に何か悪いことをしたわけではない。これからについて打ち合わせを行った方が良いだろうと思いアオを座らせたのだが、アオは緊張した顔をしている。
「は、はい!」
「俺の事を信頼しているか?」
「しております! 信頼しまくりです! アオの中でリョータ様は神様にも等しいお人です。その様な方が仰有ることは全てが正しいと事だと思って思っております。神様よりも、リョータ様の方が素晴らしいお方だと、心底アオは思っております!」
どれだけ心酔しているんだよ……。
「じゃあ、そんなアオに相談なんだが……。ウィル・オ・ウィスプの悪魔退治を行う前に、もう一人奴隷を購入しようかと思っているんだが……アオはどう思う?」
そう言うと、アオは驚いた顔して詰め寄ってくる。
「あ、アオが何か不手際をしてしまいましたか! それともアオの身体に飽きてしまったのでしょうか!!」
目は血走っており、その顔は恐怖という言葉が一番似合っている。身体を仰け反りながら説明を始める。
「何を馬鹿な事を言っているんだ。俺はアオが一番大事だよ。ただ、マリーと同じくらいの実力者がいないと、伸びるものも伸びないだろ? ライバル……競争相手がいると、普段以上の実力が出せたりするものだし、アオは俺の世話をしなければいけないし、俺の手足となってもらわないといけないから側から離すつもりはない。だったら他の奴等を世話させる人材が欲しいかなって思ってな。ヨワッチーノでは無理な話だし……」
「な、なるほど……」
「それに、そろそろアオにも下がいた方が良いだろ? ヨワッチーノが何時いなくなるかも判らん。それに、ラスクだってマリーだってそうだ。ドラゴンと戦える力というのなら、ヨワッチーノより少しだけ強くする必要があるだけだ。いざとなったらスマホでステータスを上げちまえば良いのだからね」
「ふむふむ……ごもっともでございますね」と頷きアオは納得してくれる。それに、馬車を運転できる奴がもう1人くらい欲しいというのも本音の一つだ。
「確認ですが、買うとしたら……雄ですか? それとも雌?」
目が真剣で、はっきり言って怖すぎる。できたら女性と言いたいが、この場で答えると機嫌が悪くなりそうな気がして「その時じゃないと分からないよ」と、答えをはぐらかしたのだった。
言われた言葉に気が気でないのか、アオは何度も確認してくるように聞いてくるのだが、「俺の中でアオが一番だよ」と、ウンザリするほど言い、アオの心を安心させた。
早く町に着かないかぁ……と、思いながら荷台で寝そべり天井を見上げる。
夜になると、アオがマリーの剣術指導を行う。その間はアオのしつこい質問攻めから解放された気分となり、落ち着いて食事を作ることができる。
相変わらず貴族崩れのラスクは手伝う事を拒否するかのように近隣警護と言って、この場から離れていくように何処かへ向かい、ヨワッチーノには馬の世話を任せていた。
その背中に哀愁が漂うヨワッチーノ。
「てあ! とぉー! そりゃ!!」
「まだ無駄な動きが多いですよ。ほら、足元がお留守になってます」
そう言って足払いをしてマリーはすっ転んでしまい、お尻を打ち付ける。
「もう終わりですか? それとも止めますか?」
「ま、まだまだ!!」
痛いのを我慢しながら立ち上がり、マリーはアオに向かっていく。スマホで周りを確認しながらその光景を見ており、徐々にマリーの剣術が上がってきていることが分かり、少しだけホッとした。
こんな生活を数日続けていると、遂に辿り着くリヒテンブルク。宿屋に到着し、ヨワッチーノが受付を済ませようとする。
「ヨワッチーノ! アオはリョータ様と一緒の部屋と決まっているのです。そこを忘れぬように!」
「ヨワッチーノ、私はアンタと同じ部屋は嫌よ。別室にして頂戴」
「私も別室でお願い」
皆さん言いたい放題である。
「ヨワッチーノ! それが終わったらギルドで依頼が終わってないか確認して来なさい」
奴隷のアオよりも下っ端と言う事で、皆からイジられ、まるで虐められているかのような状態になっている。これが魔剣使いの末路と考えると、少し可哀想に……感じるわけがない。ザマーミロと、指を指しながら高笑いしたい気分である。
ヨワッチーノのはトボトボとギルドへ向かうのだが、その背中は寂しそうな空気を醸し出していた。水を1杯飲んでから出かける準備を始めると、アオも出かける準備を始める。
「どうしたんだ?」
「私も着いていきます……。あそこに行かれるんですよね?」
アオの目が物凄く怖く、背中に冷や汗が流れるほど恐怖を感じている。別に女性限定としている訳ではないし、アオに見られても聞かれても問題ない。なので、「早く準備をしろよ」と言って、部屋から出て行くのだった。
暫くしてアオが部屋から出てくる。その姿は何処かに戦でも行くのかと思わせる程の完全武装している。
「何て格好をしているんだよ……」
「これ以上、リョータ様に悪い虫が付かないよう、アオがしっかりと見張らなければなりません……」
目は血走っており、完全に殺る気全開といった様子で、誰に彼にも喧嘩を売りつけているような勢いで睨みつけていた。
奴隷商館に辿り着き、扉を開けて中に入る。すると、先程まで臨戦態勢に入っていたアオだったが、何故だか怯えているかのように俺の腕を抱きしめるように捕まり、周りをキョロキョロしながら震えていた。
当時の記憶が蘇ってきたのだろうか。
商人と話をして奴隷を連れてきてもらうのだが、アオの元気は全く無く顔が青ざめていた。
「どうしたんだ? アオ」
「い、いえ……リョータ様に出会う前のアオもこの様な感じだったのかな……と……」
昔の自分を思い出しているらしく、それでアオは震えていたようだ。アオの頭に手を乗せると、アオは少し気分が落ち着いたのか震えが止まった。
並べられた奴隷達は何故だか全員女性で、アオがこちらを見る。その目はジト目で、「何故女性ばかりなのですか?」と言っているように感じられる。
すると『今回は上物が入ったので、是非ご覧下さいませ』と、奴隷商は薄気味悪く、笑いながら言ってくる。
ここでようやくアオが理解したらしく、相槌を打って納得をしていた。自分は全くの無実だ。
『そこの奴隷は如何致しますか?』
アオを指差しながら奴隷商が言う。
「コイツは非常に役立っている。たまに暴走するが、優秀な奴だから売る気はないよ」
そう言うと、アオは嬉しそうな顔して身体に抱きついてきたが、完全武装しているため胸の感触を味わうことが出来ず、非常に残念です。
奴隷商は名前と年齢を言うように指示し、鎖に繋がられた奴隷達は名前と年齢を言っていく。
一人キツく睨んでくる奴隷がおり、どう見ても奴隷になったばかりで、躾がなっていない。
「この子は?」
質問をしてみると『おぉ! お目が高い! 彼女は元貴族の娘で……』と、説明を始める。どう見てみ売りたがっているのが、みえみえである。屈辱に塗れた彼女の目は、どう見ても彼女は買ってもらえるように見えない。それどころか、教育不十分で、買い手がつかない恐れもありそうであった。
もちろん、アオはそんな女に興味を示す事はなく、他の女を吟味している。安くて使い勝手の良さそうな奴隷。まさに自分と変わらない様な人を探していた。
「リョータ様、彼女等如何でしょうか? 能力的には、そこそこですが出来そうな気がしますが……」
ステータスを見る事はできないが、雰囲気などで分かるらしく、アオは勧めてくる。同じ獣人でも選んだのかと思っていたのだが、少し違うようだ。
「彼女は?」
「ドワーフ族ですね。姿と年齢は比例していない事が多く、見た目が若い癖に年寄りとかが多いです。ですが、この場所にいるという事は……それなりに若いと思います。ドワーフ族は足はそんなに速くありませんが、手先が器用で、鍛冶をして生計を立てている種族と聞いております。ですが……」
ドワーフ族について説明をしてくれたのだが、首を傾げながら彼女を見つめる。
「どうした?」
「いえ、少しおかしいと思いまして……」
「おかしい?」
「はい、基本的にはドワーフ族は奴隷として売り出されることが無いんです。何故なら、手に職があるから。ですので奴隷になる事なんてあり得ないと言った方が適切かも知れません……」
アオの言葉を聞き、俺は奴隷商人を睨みつけるように見ると、恐怖を少しだけ感じたのか、後ろに一歩後退る。
『べ、別に攫ってきたとかじゃないですよ! ほ、ほら! この間起きた魔物の襲撃があったじゃないですか!』
あぁ、あれか……。
『あの時、ドワーフ族の村が襲撃されしまい、村がボロボロになっちまったんだよ。それで売り出されたって訳さ。だ、だから悪い事は一つもやっていないぞ!』
この町を襲う前にドワーフの村を襲撃していたということなのか……。
「商人さん、彼女に質問をしても良いですか?」
『あ、あぁ……。構わないよ』
「君は鍛冶をすることは出来るか?」
聞かれた少女らしき女性は小さく頷く。
あの事件から1ヶ月程経っており、奴隷としての教育はしっかり行き届いているようで、買われなかったら自分がどうなるのか分かっているようだった。
「な、何でもします……。だ、だから私を購入して頂けませんか……」
ドワーフの少女らしき女性は懇願するかの様に俺を見る。アオの顔を見ながらどうすれば良いのか考えていると、元貴族の娘だった少女らしき女性はこちらを睨み付けるように見つめ、「私を解放なさい!! そうすれば、私のペットにしてあげる」と言い放つ。
その言葉を聞いた瞬間、この元貴族の娘を買う事を決めたが、ドワーフ族の少女らしき女性も買う事にしたのだった。
薄い服を着させられ、二人は魔法契約をする。すると直ぐにスマホがアップデートを始め、二人のステータスが見られるようになった。流石スパコンレベルのスマホであり、全ての動きが早すぎインストール等で待つ必要がなく、待ち時間という不快感がないので最高だ。
奴隷になると名前だけになるようだった。そう言えばアオもそうだ。
アオに確認すると、奴隷に苗字は必要が無くなるらしく、呼び名さえあれば十分ということで、苗字を捨てられてしまうらしい。
しかも、名前をつけるのは奴隷商人で、本当の名前は名乗ってはいけないらしい。と言うか、魔法により名前を忘れさせられるらしい。と言う事で、アオは自分の本名を知らず、奴隷商人に与えられた名前で生活をしていたのだった。
本人曰く、この名前は気に入っているので不満は無いらしい。
赤髪なのにアオ……本人が良いと言うのなら、別に構わないか……。
ドワーフ族の少女らしき女性は19歳と若く、アオは少しだけ驚いていたが、名前はエレファントというらしく、名前は全く可愛く無い。姿と名前が合っていない。
元貴族の娘は15でザゾーリという名前らしい。はっきり言って、商人の命名センスを疑う。もちろん二人共その名前を嫌っており、ザゾーリは「その名前で絶対に呼ぶなよ!」と、顔を真っ赤にしながら言ってきた。
しかし、アオがその言い方に対して許すはずが無い。アオの忠誠心は100である。
物凄い速さで腰に装備していたダガーを抜き、ザゾーリの喉元に押し付ける。
「貴様、ご主人様に向かってその口の利き方は何だ! 殺すぞ……屑が」
一瞬の事で、ザゾーリは何が起きたのかサッパリ分からず、気が付いたら首元にダガーを押し付けられている状態であり、口をパクパクさせて怯えていた。
エレファントは立ち尽くす事しか出来ず、小さく溜め息を吐くのだった。




