51話 ヨワッチーノ
馬車から降り、怪我人に回復魔法をかけていく。皆、グッタリしており、数に圧倒されたのと、レベルの差を痛感しているようだった。
スマホで周囲を確認すると、周りには敵の姿はない。なので、マリーやラスクも手伝ってくれていた。
治療が終わり、冒険者達に状況を確認すると、魔物の群れが襲い掛かってきたことが分かる。
「この辺りでリザードマンか……殆ど聞かない話だな。それにこの数……相当な数だぞ」
魔物の死骸を見ながらアルフォンスが答え、「まさかな……」と、小さく呟く。何か含んだ言い方が気に入らないが、自分には関係のない話であり、アオにも関係のない話である。
冒険者に「魔物の死骸は半々で分けますか?」と、アオは淡々と仕事をこなしていき、交渉を済ませる。本当に良くできた相棒だと思いながら、マリーに目を向けた。
その視線に気が付いたのか、マリーは少しだけ頬を赤らめ、上目遣いで恥ずかしそうにしてこちらを見る。
何を考えてやがるのだろう……このお子様は。
「マリー、丁度良い機会だから力を数値化にして教えてやる。この話を聞いたあと、判断はお前に任せるし、お前がどの様に成長したいのか、戦姫として生きて行くつもりがあるのか、良く考えてくれ」
「す、数値……化?」
「あぁ、分かり易く自分の能力を数字にした物を教えてやる。比較対象として、アルフォンスさんの能力も教えてやるから参考にすると良い」
突然の事で「は、はぁ……」と、イマイチ理解が出来ていないマリー。教えれば理解はできるだろうと思いながら、覚えている限り、地面にアルフォンスのステータスを書いていく。
名前:アルフォンス=イマル=ザルツブーツ
年齢:24
忠誠心:0
Lv:72
HP:184
MP:40
STR:68
AGI:71
DEX:78
VIT:80
INT:53
スキル:【剣技 3】
【槍 2】
【弓 2】
【斧 1】
魔剣使い:ブラッド・ソードの使い手
これだけ見るとそれなりに修練を積んで、騎士団員として頑張ったのが解るのだが、全く忠誠心の欠片がないクズである。しかし、スキルは思った以上に豊富であり、ソコソコ使えるやるだということが分かるが、知性が低く、頭が弱い事も教えてくれている。
こんな奴がマリーの護衛で大丈夫なのだろうかと思いながらマリーのステータスを書いていく。
名前:マリー=タランタ=ブルフォント
年齢:14
忠誠心:70
Lv:4
HP:20
MP:7
STR:13
AGI:10
DEX5
VIT:7
INT:8
スキル:【剣技 1】【弓 1】
「数字にするとこんな物だよ」
「ち、因みに……師匠達は……」
「俺の数値は教えられないが、アオだったら教えてやってもいいぞ。しかし、数値だけだ」
「わ、分かりました……」
名前:アオ
年齢:16
Lv:11
HP:254
MP:8
忠誠心:100
STR:126
AGI:155
DEX:159
VIT:158
INT:129
スキル:【超回復】【丈夫】【聴覚2】【嗅覚2】【剣技2】【射撃】【狙撃2】【弓2】【ピント】【冷酷】【忍び足】【毒無効】
生活魔法:【浄化】
どう考えても異常過ぎるアオのステータス。これでは女勇者を名乗ってもおかしくはないステータスであった。それも16歳でいまだ成長過程であり、しかも獣人。伸びしろは無限大である。
「ちょ、ちょっとした冗談……ですよね? 確かに獣人は人種よりも潜在能力は高いですが、アオさんの能力は異常すぎますよ! アル……騎士のアルフォンスよりも強いなんて……」
驚くマリー。
「姫、どうせ戯言ですよ。俺がそんな嬢ちゃんより弱いはずないじゃないですか」
少し離れた場所で聞いていたアルフォンスが答える。
「なら、アオと一戦交えたら如何です? 俺との差は分かっているでしょ? ですが、アオとの差は分かっていない」
挑発しながら言うと、アルフォンスはその挑発に乗ってくる。流石、知識が低いだけはある。
「もし、アオが負けたら……直ぐにでもマリーを城に返してあげますよ。私には荷が重いとか何とか理由をつけてね。それに、アオを一晩貸してあげますよ」
その言葉にニヤリと笑うアルフォンス。嫌らしい目でアオを見るのだが、アオの身体からは殺意が出ている。だが、これが分かるのは達人級の人だけであろう。しかし、自分は達人ではない。アオと生活していて、性格というものを理解し始めているからである。
「もしもアルフォンスさんが負けたら……そうですね……『弱っち君』と呼ばせて頂きましょうか。それから、身分はアオよりも下と言うことで。良いだろ? マリー。お前の師匠は俺の次に強いはずだ」
戸惑うマリー。何と答えてよいのか分からず困った顔をする。
「構わねーよ。絶対に負けることはないからな。ヒーヒー言わしてやるぜ。お前のご主人様のモノを忘れさせて、俺の身体を忘れられないようにしてやるよ」
などと、馬鹿なことを言っているアルフォンス。これでアルフォンスは『弱っち君』と呼ばれ、アオよりも下のパシリ扱いする事が確定した。
心配そうな顔して見つめるマリーに対して、その実力を理解しているラスク。呆れた顔して他の冒険者を一箇所に集めていた。これは茶番だと思いながら……。
「じゃあ、適当に始めて下さい。アオ、殺さない限りボコボコにする事を許す。手加減無用、殺す気でやってやれ。実力の差を見せつけてやれ。マリー、お前の師匠がどれ程強いというのか理解しておけ。俺を除けばドラゴンと対等に戦えるのは、アオくらいしかいないだろう」
「――え?」
指をバキバキ鳴らし、薄気味悪く笑いながらアルフォンスの側へ近寄って行く。「お前如きに武器なんて必要は無い。ほら、その魔剣を使って良いからかかってきな」赤い髪の毛で蒼い目が隠れているが、どう見てもその雰囲気はいつもの甘えん坊とは異なる。ここからは【冷酷】のスキルが発動するはずだろう。そう思いながら怪我人の手当をするのだった。
勝負が始まり、手加減をしようとしたアルフォンスの首にアオの足がヒットする。その瞬間、アルフォンスは膝から崩れ落ちそうになるのだが、スキルが発動しているアオが許すはずがなく、膝がつく前に髪の毛を掴み、数発顔面を殴りつけ、そのまま地面に叩き付ける。
「グハァ……!!」
だが、アオの攻撃は止むことがない。そのまま髪の毛を掴んだまま地面に数度叩きつけ、足でその頭を踏みつけ転がす。
「騎士団の実力とはその程度ですか? これではリョータ様の足にもなりませんね……アルフォンス様、まさかこれで終わりという訳ではありませんよね? アオは実力の半分も出してませんし、武器すら装備しておりません。もし、ハンデをくれているのなら感謝しますが、それは実力のある者がする事で、アルフォンス様がそのような事をしたら、対戦相手に失礼かと思いますが……」
「こ、クゥノォ!!」
騎士の意地というのだろうか、踏まれている足を払い除け、フラつきながら立ち上がる。
「その心意気は嫌いではありませんよ。主を守るのは守護する者の宿命ですからね。アルフォンス様はマリー様をお守りしなければならないという立場がありますし。ほら、戦いは終わってませんよ。アオはどこも怪我をしている訳でもありませんし、疲れすらありません。何時でも向かってきて下さい」
その光景に呆然と見つめるマリー。いったい、自分の目の前で何が起きているのかと疑問に感じているのだろう。だが、これは現実に起きている出来事であり、アルフォンスは容赦なくボコボコにされていた。
慌ててマリーが止めるように言うのだが、アオの一方的な攻撃という名の暴力は止むことはなかった。
気絶している事に気が付いて「そこまで!」と、声を掛けると、胸倉を掴んでいたアオは手を離してゴミを捨てるかのように投げ捨て、こちらへとやってくる。まるで褒めて欲しいと言わんばかりの顔をしながら見ており、軽く頭を撫でると嬉しそうにしていた。
治療するためアルフォンスの側へ行くと、どう見てもアルフォンスの戦意は喪失しており、グッタリとしていた。深い溜め息を吐き、アルフォンスに回復魔法を掛けながら言い放つ。
「弱っち君、これが先程まで吠えていたアンタの実力だ。これから先、お前はアオよりも下の生き物として生きていけよ。それが嫌なら城にでも逃げ帰りな。弱っち君」
回復魔法でアオが付けた傷を全て治し、三人の元へ戻る。
「リョータ様のお言葉に感動を覚えました! 流石人格者であられるリョータ様です。使えない屑は城で震え上がっていれば良い。そして、過去の栄光にでも縋って、売女達に自慢すれば良いのです!」
楽しそうに言うアオ。どこか性格が破綻しているように感じるが、可愛いから許すし、主に対して心酔しているから問題無し! しかし、締めるところは締めておかなければならない。
「アオ、言い過ぎ。弱っちはそれなりに鍛錬を積んでここまで強くなったんだ。そこを馬鹿にしてはいけない」
「……はい。申し訳ありません」
調子に乗るなと言う主の言葉に対してアオは素直に聞き、他の者が言う言葉には殆ど耳を貸すことがなくなってきた気がする。
【冷酷】のスキルが発動している最中は、自分の言う事しか聞かないのかもしれない。
怪我人の治療を終え、冒険者達には王都のギルドへ状況報告に行かせた。王都の近くで起きた出来事であり、場合によっては騎士団が討伐調査へ出ないといけない可能性が有る。
騎士団は王都周辺の安全を確保する義務があるのと、新人訓練にうってつけの任務に当たるそうだ。と、自慢気に弱っちはそう説明する。
「弱っち、早く馬車を運転する準備をしろ。お前はアオよりも下の生き物として扱われる事を忘れるなよ」
その言葉に「クッ!」と、悔しがるアルフォンス。アオは「早くしろ。リョータ様を働かせる気か? 弱っち」と、冷たい目で睨み付ける。
約束は約束。悔しそうな顔をしながらアルフォンスは馬車の運転席に座り、皆は荷台に乗り込む。すると、馬車は動き始める。
「強いと思ったけど、彼処まで強いとはね……」
ラスクがボソリと呟くと、アオは外を見ながら「アオよりもリョータ様の方がお強いです。アオなんてお子様に毛が生えた程度です」と、寂しそうな顔をしながら言う。
「あれだけ強ければ俺は十分だと思うけどな。それでもなくアオには凄い武器を与えてあるんだから」
「リョータ様……」
目を潤ませながら俺を見るアオ。二人きりだったらペロペロしていただろう。しかし、邪魔者が二人もいるため、あまりイチャイチャすることも出来ない。
二人の世界に入っていると、マリーが咳払いをして現実に戻す。
「師匠達の力はとてつもなく凄い事が分かりました。ですが、私も同じように強くなれるのでしょうか……」
「そりゃ、マリー次第だ。マリーはどれくらい強くなりたいんだ?」
「そ、それは……戦姫と呼ばれるからには、ドラゴンと対等に戦えるだけの力はほしいですが……」
無理だと思いながら話を聞く二人。それは運転をしているアルフォンスとラスクである。
「ドラゴンかぁ……。難しい話じゃないが、俺がこの国を離れちまう可能性は頭の片隅に入れているのか?」
「――え」
アオを除く全員が驚いた顔をする。それもそのはず、王は自分の娘を戦姫として育てて欲しいと言ったが、こちらは了承すらしていない。アオが勝手に言っただけのことで、既に先程の冒険者に王宛に手紙を書いて渡しているのである。
『姫を戦姫に育てるつもり無し! 文句があるなら騎士団と戦っても構わない。全員殲滅してやる。それに、俺には関係のない話だ。騎士団が姫を育てれば良い話じゃないか。俺は気ままな冒険者……。自由にさせてもらう』と……。
一応、ウィル・オ・ウィスプの悪魔退治に向かっている事も記載しているが、騎士団が牙を剥いてきたら全員殺してこの国から直ぐに出ていき、アオとイチャイチャできそうな場所で生活しよう。もしくは、もう1人くらい奴隷を購入し、三人で楽しい生活を……。
そんな事を考えながら馬車に揺られ、眠りにつくのだった。




