47話 認められぬ悔しさ
翌朝、ベッドの横に置いてあったスマホを手にしようとしたら、そこにあるはずのスマホが無かった。
「あれ? 俺のスマホがない……」
床に落としたのかと思い床を確認してみたが、床にもスマホの姿はなく、アオが睡眠の邪魔になると思って退けてくれたのかおもったが、アオは自分の隣で幸せそうな顔して眠っており、安心しきった顔をしている。
頭を撫でるように触ると、くすぐったそうな動きをして、嬉しそうに尻尾を振りながら眠っていた。
すると、唐突にドアがノックされ、誰かがやってきたことを告げているのだが、アオは起きることなく幸せそうに眠っているため、仕方なく自分で対応することにしてドアを開けると、ドアの向こうにはスーツ姿の小林が立っていた。
「こ、小林……さん?」
「どうも、おはようございます。お久し振りでね、元気にしていましたか?」
「あ、あぁ……。それなりに……ね」
多分、今の自分は顔を引き攣らせているに違いないだろう。自分が自転車に轢かれたことでスマホが壊れ、その時に出会った人物であるが、まさかこの世界でも出会うことになるとは思っていなかったからだ。
「実はですね、スマホの新機種が出来たのでお届けに参りました。基本的な使い方は変わりませんが、性能は凄いですよ〜」
そう言って笑いながら新機種を俺に手渡す小林さん。俺は引き攣った顔してスペックを確認する。
CPU性能 128GFLOPS(16GFLOPSx8コア)
コア数 8個
浮動小数点演算器構成
(コア当たり) 積和演算器:4 (2×2個 SIMD)(逆数近似命令: SIMD動作)
除算器:2個
比較器:2個
浮動小数点レジスタ(64ビット):256本
グローバルレジスタ(64ビット):188本
キャッシュ構成 1次命令キャッシュ:32 KB(2ウェイ)
1次データキャッシュ:32 KB(2ウェイ)
2次キャッシュ:6 MB(12ウェイ)コア間共有
メモリ帯域 64 GB/s(理論ピーク値)
動作周波数 2 GHz
これは既にスパコンレベルである。【京】のスペックをそのままスマホに移したようにしか考えられない。どれだけチートなスマホを作り上げているのだろうか。
「あぁ……。あと、君の奴隷ちゃんについてですが、これからどうするのでしょうか? このまま奴隷として飼っていくのですか?」
急に始まる世間話のような話。言われている意味が理解できないのだが、奴隷は解放できるという話をしているようにも聞こえ、言っている内容に怪訝な顔をした。
「まぁ、それは頭の片隅にでも置いといてくれれば良いかと思いますよ。あと、試作品ですけど、これを使ってみてくれますか? これは君の奴隷ちゃんが使うと良いかと思いますよ」
そう言って何処かで見たリンゴが噛じられたようなマークが入ったスマホケースを渡される。
「取扱説明書はしっかり読んだほうが良いと思いますよ。そのスマホは、リョータさんが使っているスマホとかなり異なっておりますからね。それでは、異世界ライフを楽しんで下さいね」
言いたいことを言って小林さんは宿屋の廊下を歩いて去っていく。その光景を呆気に取られながらそれを見送ると、先ほどまで眠っていたアオが起きたらしく腰にしがみついた。
「うみゅ……。アオを一人にしないで下さいよ〜」
その顔は甘えん坊の顔をしており、腰に手をかけて抱き寄せて頬を擦り寄せると「リョータ様は甘えん坊でぅ〜」と、寝ぼけながら言って頬をペロペロ舐めて来るのだった。
「アオ、これはお前の物らしい……」
擦り寄せていた顔を止め、受け取ったばかりのスマホをアオに見せると、まだ眠気まなこだったアオは動きが止まり、怯えるように差し出されたスマホを指差す。
「そ、それは……リョータ様が神器と言われていた物なのでは?」
「それの簡易版といったところだろうな。どうやら課金が出来るわけでもないが、地図を観れるのは良いことだけどな」
震えながら指差しているアオを尻目に、先ほど小林さんから預かったスマホケースから取り出して電話番号を登録するため確認を行いながら、他の機能がどういうものなのか確認していた。
「これが番号か?」
そう言って書いてある番号にかけてみると、アオ専用のスマホが音を鳴り響かせ、着信していることを知らせてくれる。
アオには何が起きているのかさっぱり分からず、呆けた顔してこちらを見ており、受話器ボタンを押してアオに渡すと、アオは慌てて受け取り、様々な角度からスマホを見ているアオに「アオ、耳に当ててみろよ」と、教えると、見よう見真似で耳に当てる。
「逆だよ、こっちを上にするんだ」
「こちらを上に……ですか?」
そう言って再び耳に当て、喋りかけてみる。すると、アオのスマホからこちらの声が聞こえ、アオは驚いてスマホを落としそうになった。
確かに神器だと思われる物を落とし訳にはいかないだろうが、ここまで驚くと、まるでドラマのワンシーンに見えてしまう。
「リョ、リョータ様のお声が……この神器から聞こえました……」
震える手でスマホを持ち、驚いた声でアオが言う。それもそうだろう。今までテレパシー系の魔法でしかできなかったことを、機械というもので可能にしたのだから。
本来の使い方をしただけなのだが、アオにとってこれは有り得ない出来事で、どうして人の声が聞こえるのか……魔法でも使っているのだと思っているのだろう。
「アオ、これはスマホという物で、本来はこういった使い方をする物なんだよ。遠く離れた相手と通信する手段として作られたアイテムなんだ。アイテムが収納できたりするのがおかしい」
「で、ですが……離れた相手とお話しする事が出来るなんて……」
「それはこれでも読んで使い方を学べ。一応、この世界の文字で書かれているからアオでも読めるはずだ。分からない事があれば聞いてくれ」
そう言って分厚い説明書をアオに渡し、マリー達の状況を確認しに行くことにした(アオは使い方を覚える必要があるため、部屋に残した)。
マリーの部屋をノックするが返事はない。スマホで部屋に誰かいるのか確認すると、誰も居ないことが分かり、仕方がなく食堂へ向かう。すると、元盗賊の女とアルフォンスが食事をしており、アルフォンスはバツが悪そうな顔をしていた。
「マリーは? これからどうするとか話したいと思っているんだけど……」
こちらとしては別に悪いことをしたわけではないし、相手が勝手に喧嘩を売ってきただけであって、気にする必要はない。
「姫様は寝癖を直しに行っているわよ。すぐにやって来るんじゃないかしら」
硬そうなパンを食べながら元盗賊の女が答え、アルフォンスは目を合わせようともしない。
「アルフォンスさんは一緒に居なくてよろしいのですか?」
「……自分で出来るからついてくるなって言うからな。邪魔したら殺されちまう」
昨日の件でこちらの顔を見たくないのか、そっぽを向きながら答える。何だかんだ言っても相手は姫である。アルフォンスは世話役として付き添う事となるのは仕方が無い。こちらのパーティは元盗賊の女と姫、騎士、アオの五人で再び生活する事となったのである。
そして、ドラゴンを倒したお金はかなり豊富にあり、何十年も働かずに生活する事が出来る。
あとで王都の不動産屋へ向かい、新しい家を買おうと思いながら朝食を取っていると、寝癖を直したマリーが戻ってきた。
「お早うございます! リョータさん」
「おはよう。マリーは朝食を食べたのか?」
普通の会話をしていると、後頭部付近に嫌な気配がしたので頭を下げる。すると、アルフォンスの手が頭の上を通過して行った。スキルの危険察知能力が発動したのだろう。
「危ないですねぇ……。何をするんですか? アルフォンスさん」
不意討ちだったはずだったのだが、まるで後ろに目でも付いているかのように避けられ、アルフォンスの口から舌打ちのような声が聞こえ、悔しがっている事が分かる。
「身分の違いを弁えよ、この方はこのような姿をしているが、オルランド王国第三王女だ。言葉を慎めよな……」
そういえばバーティーの時に確認したが、あと二人ほど姫がいたはずだ。その二人はマリーのようにお転婆というわけではないのだろう。そんなことを考えていると唐突にアルフォンスの身体が吹っ飛ばされた。
何事かと思っていると、アオがアルフォンスの胸に足を乗せており、アオがアルフォンスに対して何かしたようだった。
「おい生ゴミ、アオのご主人様を殴ろうとしたな……。お前に何の権利があり、そのような事をするのか言ってみろ!」
可愛い声で殺意全開に満ちた表情で言うアオ。忠誠心100%のアオ。そのアオが持っている【冷酷】というスキルが発動しかけているのだろうか……天使を怒らせると怖いという事を教えてもらっている状態だった。
何が起きたのかさっぱり理解できないアルフォンス。踏まれている胸がミシミシと、音を出しているかのように苦悶の表情を浮かべる。それだけ強く踏まれているのだろう……だが、下着姿でこの場所に来たことは頂けない。
「アオ、誰がお前の素肌を見せて良いと言った? そんな事する暇があるのなら、着替えてから踏み付けろ」
「あっ! こ、これは申し訳ありません!! 直ぐに着替え――」
「次、同じ事をしたらお仕置きだからな」
「……はい……」
逆立っていた毛と耳、尻尾が落ち込んだようにダランと垂らし、アオは踏み付けていた足を退ける。
だが、下から見上げる形になっていたアルフォンスが見たアオの顔は、まるでゴミ等そういった汚物を見るような目をして自分を睨みつけ、その口元は「次は心臓を踏み抜く」と呟いた様に動いたように見えたのだった。
アルフォンスは真っ青な顔して椅子に座り直す。だが、マリーはニンマリと笑いながらアルフォンスを見ており、自分に戦い方を教えてくれた二人が、国の精鋭である騎士団で、しかも魔剣の使い手に圧倒的な力の差を見せ付け、黙らせたことが嬉しかったようだ。
暫くしてアオが戻り、下着姿を晒したことに対し改めて謝罪の言葉を述べてきた。取り敢えず次は気を付けるように言い、アオはホッと息を吐いてから食事を取り始めるのだが、アルフォンスに向けて殺気を放ちながら食事をしており、アルフォンスは蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなってしまう。
しかし、このままだと話が進まないため、アオに「空気が重い」と、一言いうと、アオは殺気を放つのをやめて食べる事に集中する。
「それでは話を始めようか。昨日はアルフォンスさんが俺の実力を知りたいと言っていましたが、分かって頂けましたか?」
「あ、あぁ……。まぁ……な」
なんと歯切りが悪く、認めたくなさそうな声を出すのだろう。そう思いながら目線をマリーに移すと、マリーは立ち上がる。
「私の事は今まで通りに扱って下さい! 足手まといと分かっておりますが、戦姫と呼ばれてもおかしくないよう努力し、師匠達の名を汚さいように頑張ります!」
そう言って頭を下げるマリー。そして、アルフォンスに「アンタも挨拶しなさい!」と、命令する。
だが、正直に言って気不味いものだろう。自分よりも年下相手にボコボコされ、更には下着姿で細身の女性に足蹴にされたのだから。
そういうこともあって「別に挨拶は昨日済ませているから必要ないよ」と、フォローのつもりで言う。すると、癪に障ったのかアルフォンスはギリッと歯を鳴らした。コケにされたと思っているのだろうか……。
「それよりも、もう一人名前を名乗らなきゃいけない奴がいるだろ。いい加減、早く自己紹介を始めろ」
元盗賊の女に向かって言うと、ニヤッとして立ち上がり自己紹介を始める。
本当にクセが強い奴だ。
「私の名前はラングリシャ=ファラ=オスタニア。ラスクとでも呼んで頂戴」
その言い方にマリーは一瞬だけアオを見るのだが、アオはアルフォンスの言い方が気に食わなかった時みたいに怒ることはなく、スマホを弄り使い方を復習するかの様に集中していた。
「何故師匠は……?」
心の声が漏れ、つい口にしてしまうマリー。その疑問に対して答える。
「それについては簡単なことだろ。多分、俺に敵意が無いからだ。そいつは今までもそういう喋り方をしていたからな。それが当たり前なんだよ」
アオの中では仲間と認められているという事だと遠回しに言うと、少し悔しそうな顔をするマリー。自分達はまだ仲間だと認められていないと言うことを理解したのだろう。
ようやく元盗賊の女の名前を知る事が出来たが、それが本当の名前でないと言う事を気が付いているのは……自分とアオだけだろう。




