46話 実力の伴わない戦い
ニコニコと満面の笑みで説明をするマリーに対し、アオは素早い動きで昨晩同様、土下座をして震えていた。
アルフォンスと名乗った男は、ニヤニヤしながらその様子を眺めており、元盗賊の女は爪の手入れをして暇を持て余している。
「ふーん、なるほどね~。それで、貴方が魔剣使いのアルフォンス……」
「『さん』くらいつけたらどうだ? ボーズ」
呼び捨てにされて少しだけ眉を吊り上げるアルフォンス。
「アルフォンス……さん。年齢は何歳ですか?」
「24だよ。年上を敬えよ、ボーズ」
実年齢であれば自分とそれほど変わらないのに、転生した世界では年齢が若返っているため子供扱いされてしまう屈辱。この屈辱については今晩アオに憂さ晴らしする事にして、取り敢えず実力だけは知っておいた方が良いだろう。
「じゃあ、取り敢えずアルフォンス……さんの実力を知りたいので、アオと手合わせをして頂けないですか?」
実力を知りたいという言葉に対し、アオは急いで立ち上がって木剣を手にして、土下座した原因を作った奴をボコボコにして憂さ晴らしする気満々の顔をする。だが、アルフォンスは乗り気ではない顔をしていた。
「おいおい、ボーズ。そこは男らしく自分でやるもんじゃないのかよ?」
軽蔑したような顔をするアルフォンス。自分が何か聞き間違えてしまったのかと思って周りを見渡して自分に指をさして確認する。
「え? 俺が……ですか? 別に構いませんけど、本当に宜しいのですか?」
真面目に実力差がありすぎるため、「本気で後悔しても知りませんよ」と、言おうとしたら、アオが両手を広げ前に立ちはだかる。
「ちょ、ちょーっと待って下さい!! リョータ様が相手をする程の相手ではありませんよ! アオが『殺』ります! 殺らせて下さい」
そう言って譲ろうとはしなかった。
「いや、だって男らしくないって言うしさ……」
自分とやりたいというのなら、先ほどの屈辱を晴らすチャンスでもある。実力の差ってやつを見せつけてやれば、アルフォンスも黙ってくれるだろう。
「危険ですって! リョータ様!!」
アオの危険という言葉は、アルフォンスと戦うことが危険と言っている訳ではなく、アルフォンスが母rぼろにんることを指している言葉であるのだが、アルフォンスはアオの言葉を真逆の意味で理解してしまったらしく、こちらを挑発し始める。
「女に護られるなんて、情けないぞボーズ」
いちいち苛立たせることを言う奴である。マリーはワクワクしているのか、目を輝かせながらこちらを見ている。
「はぁ〜……。アオ、たまには俺がやらにゃいけない時もあるようだ……良いですよ、アルフォンスさん。俺と手合わせしましょう」
アオは止める事を諦め、アルフォンスの心配することも止めて、ギルドの練習場へと場所を移すことにした。
練習場へ到着し、アルフォンスは屈伸運動などして身体をほぐし、ニヤニヤしながらこちらの様子を窺っている。
「ボーズは真剣を使っても構わないぜ」
自分の実力に自信が有るのか、それともコイツは何かを勘違いしているのか分からないが、真剣を使って良いと言ってくる。
しかし、剣は残念なことに先日のドラゴンを斬った事で、ボロボロになっているので使用することなどできない。それに、真剣を使ったら本当に殺してしまうというか、団子の串でも十分過ぎてしまうだろう。
「マリー、爪楊枝とかで戦わないと殺しちゃうんだけど……もしくは、武器無しでやらなきゃ……」
取り敢えず殺しては駄目だろうと思い、マリーに確認をする。
「構いませんよ殺しても。馬鹿に付ける薬は無いと言われてますからね。とは言っても、大師匠にはそんなことができるはずもありませんよね……。申し訳ありませんが、大師匠は無手でお願いできますか? アルは魔剣で戦いなさい。これは命令よ! 師匠達に騎士団の実力を見せてあげて」
無手で戦うことに了承を得て、逆にアルフォンスは真剣で戦うことを命じられると、立場が逆転したことでアルフォンスは苦笑いをしながらマリーの方に向き直る。
「ひ、姫様〜、そりゃ危ないッスよ! 俺の魔剣はブラッド・ソードなんスよ!」
ブラッド・ソードとは随分と面倒な剣を使用しているのだな。と、心の中で思いつつも、取り敢えず顔面を殴っても問題ないことに喜びを覚えるが、顔には出さず話がまとまるのを待つ。
「大丈夫よ。何と言っても、リョータさんは竜殺しをいているんだから……。アンタこそ、本気でやらないと一瞬で地面に転がっている事になっているかも知れないわよ」
素気なく言うマリーだが、言っていることはあながち間違いではない。今のステータスを考えると、どんな相手でも一撃で叩きのめすことは容易いだろう。
だが、仮にもアルフォンスは騎士団に所属しており、しかも魔剣の使い手でもあるので、マリーの言葉を簡単に信じるはずがないだろうし、プライドの問題というのもあるだろう。
マリーが冒険者という扱いだとしても、一国の姫である。しかも、自分を救ってくれた相手であるのなら身内贔屓しても仕方がない。それに、アルフォンスは騎士団長たちの話を聞いてるため、リョータよりもアオの存在の方が怖いことになっている。
だが、その考え方も間違ってはいない。アオのスキルには【冷酷】が付与されているため、リョータが手加減するなと言えば絶対にしないし、リョータを守る事なら国ですら喧嘩を売る覚悟を持っている。
しかし、リョータにはそのような考えなど一切持っておらず、普通の冒険者……に見える。だが、本当のところはチートアイテムを所持している冒険者であり、ある意味、そのアイテムを所持している限り無敵と言っても過言ではない。それに、尋常ではない敏捷力をもっており、どのような剣を使用してもドラゴンの硬い鱗ですら斬り裂く事が出来る力と技術を持ち合わせているのだ。
実際のところ、ドラゴンを倒しているのでリョータは更に強くなっている事を、本人とアオ以外、知る者はいないのである。
因みにリョータのステータスは次の通りである。
名前:石橋亮太
称号:竜殺し
年齢:18
Lv:17 → 22
HP:380 → 431
MP:287 → 337
STR:273 → 327
AGI:1,297 → 1,364
DEX:311 → 368
VIT:273 → 332
INT:196 → 261
生活魔法:【浄化】【飲料水】【ライト】
回復魔法:【リカバ】
土魔法:【クエイル】
状態回復:【キュア3】
スキル:【剣技1】【投擲1】【危険察知能力】【毒無効化】
どうみても有り得ないくらい阿呆なステータスである。ドラゴン一匹を仕留めても、レベルが5しか上がっていないが、それでもあり得ることのないステータスであり、人類最強を名乗っても間違いではない。だが、リョータ本人は、世界最強などという称号よりも、人並みの生活を送れる人生と、自分の奴隷であるアオとのスローライフ生活を送れれば、他のことなどどうでも良いのであった。
「じゃあ、アオが審判をしてくれる?」
「かしこまりました。ですが、どうか……」
「分かってるよ。アオは心配症だな」
そう言って頭を撫でると、アオは嬉しそうな顔をするのだが、宿屋に戻ったらお仕置きはするのだけれども。
「大丈夫だよ、奴隷ちゃん。ちゃんと手加減してあげるからさ」
勘違いとは恐ろしいものである。元盗賊の女と、マリーの二人は結果が見えているのかニヤニヤしながらアルフォンスと自分の戦いを観戦しており、自分の過ちに気がついていないアルフォンスは、アホみたいに姫様と元盗賊の女に手を振る。
アオはチラッとこちらを見て、本当に手加減するよう訴えかけている。常識の範囲内でアルフォンスの顔面を殴る事は決まっているので、早く始めるようアオに促した。
何か面白い事が始まるという事でギャラリーが集まり始める。アルフォンスは自分の末路がわからないため、アホみたいに見物人の女性に手を振ってアピールをしていた。
「それでは……始め!」
アオの掛け声でアルフォンスが剣を抜いて構えるが、こちらは無手なので構えることなどできやしないため、ポケットに手を突っ込んで仕掛けてくるのを待っていた。
アルフォンスは何かに気がつき警戒しているのか、それとも様子を窺っているのか攻撃を仕掛けてこない。
「ボーズ、一分だけ時間をやる。お前さんの攻撃に対して反撃しないでやるよ」
おや? コイツは本当に勘違いをしているのか?
アオは項垂れて深い溜め息を吐く。そりゃ、実力が高い奴だったら格好が良い台詞だが、実力が伴っていない奴が言う台詞ではない。
一分だけ時間をやるっと言われていたが、何もせずにただ一分が過ぎるのを待っていると、アルフォンスは首を傾げ馬鹿者扱いして来る。
「おいおい、俺は王国騎士団で、魔剣の使い手だぞ……。これ好機を逃したら、ボーズに勝機が無くなるんだぞ?」
やれやれといったポーズをするアルフォンス。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。俺はそのような物は入りませんし、負けませんから。逆に一分だけ時間をあげますから、さっさと攻撃してきて下さいよ。反撃なんてしないであげますよ」
挑発された仕返しに挑発を仕返すと、アルフォンスはかなり怒りをみせて鞘から真っ黒な剣を抜き、振り上げ襲い掛かってくる。だが、その一撃を紙一重のところで躱すと、アルフォンスは驚いた顔をする。
「ボ、ボーズ……!!」
寸止めするつもりだったかも知れないが、最も簡単に避けられてしまいアルフォンスの顔は真っ赤になる。プライドを傷つけられたアルフォンスは、意地でも一撃を与えようと剣を振り回すが、後ろに下がることすらなく攻撃を躱されてしまい、アルフォンスは奇声のような声を上げながら剣を振り続ける。
アルフォンスの攻撃はスローモーションのようにゆっくりで、ステータスの差がここまであることを改めて実感しながら、スマホをポケットから取り出してアルフォンスが使用している魔剣の特性を調べ始める。
まるで馬鹿にされているかのような行為にアルフォンスはムキになりつつも、攻撃を止めて一歩だけ後ろに下がった。
「なるほど、その魔剣は持ち主の血が大好きなんだな……。相手の血でもかまわなが、当たらなければ魔剣が血を吸うこともできやしないという訳か」
本人や騎士団しか知り得ない情報を曝け出し、一瞬だけアルフォンスは動揺を見せるが、直ぐに気を引き締めた顔をする。
「ボーズ! お前は俺を本気で怒らせちまったようだな……」
先ほどから苛立っているのに何を言っているのだろうか。ついでだから剣の特性も暴露してしまおう。
「えっと、その剣は形を変える事が出来る……ね。そりゃ凄いが、相当血を持っていかれるようですね。生レバーは食中毒になるかも知れませんから、火で焼いてから食べた方が良いですよ」
アルフォンスの挑発も気にすることなどせず、魔剣の情報を全て暴露してスマホをポケットの中へしまった。馬鹿にされていることに気が付いたアルフォンスは、自分の掌に傷を付けてブラッド・ソードの柄を握り締める。すると、剣の刀身は真っ赤に染まっていく。
多分、アルフォンスの血を吸って力に変えているのだろう。アルフォンスの剣が真っ赤に染まりきり、血に飢えている様にみえる。
頭に血が上っているアルフォンス。「降参するなら今だぜ……。ボーズ!」と、目が血走りながら言い、手加減するという話すら忘れているようで、マリーが「リョータさん! 気を付けて下さい!」と、心配した声を出すのだが、アオは横目で「まだ続けますか?」と、問い掛けている目でこちらを見ていた。
馬鹿にされたままでは終われないアルフォンス。その表情から読み取れる大きな怒り。小さく溜め息を吐いて頷くと、アオは再開の合図を出す。
アルフォンスはブラッド・ソードで斬りかかってくるので、先ほど同様、紙一重で躱したのだが、頬に軽い痛みが走り、頬を触ってみると薄皮一枚斬られたらしく、頬が少しだけ熱を発していた。
だが、血が出るほどではなく、アルフォンスは「なっ!!」と、躱されたことに対して驚いた声を上げ、距離を取った。
確かにブラッド・ソードを避けた筈だったが、剣が変形して棘のような物が飛び出たまでは分かり、それも紙一重で避けたつもりだったが、想定以上に棘のような形になった剣が伸びて、こちらの血を求めてきたのだろう。
「確かに厄介な剣だこと……」
厄介な剣だということを改めて理解し、言葉にする。
「今更命乞いをしても、許してはやらん!」
アルフォンスがようやく本気になり、騎士流の構えをする。ハラハラ・ドキドキしているマリーを他所に、元盗賊の女は大きく欠伸をしながら昼間からお酒を飲んでいる。あとでアイツにもお仕置きが必要だろう。アオと異なるお仕置きをしなければならないが……。
「ようやく本気になってくれましたか……。茶番は終わりにして、全力で来てくださいよ」
まるでブルー○・リーのように手を『クイッ』とやり、更に挑発をしてみる。アオは横目でどのように動くのか監視しているようで、いざとなったら止める気だろう。だが、そんな余裕は与える筈がない。
幾度もなく挑発をされてブチ切れているアルフォンスは、剣を構え襲い掛かってくる。「魔剣ブラッド・ソードよ! アイツの血を搾り取れぇぇ!!」等と、狂気じみたことを言いながらアルフォンスは剣を振りまくる。
怒りに身を任せているため隙だらけのアルフォンス。その後ろに回り込んで、アルフォンスの背中に向かって前蹴りをすると、アルフォンスは前のめりに倒れ込んだ。
「これが騎士団の実力ですか? 騎士団と言っても大した事ないですね……。これではアオだけで十分過ぎませんか? アルフォンスさん程度の相手をするのはね」
更に挑発してみると、物凄く鼻息を荒くして怒りを露わにするアルフォンス。急いで立ち上がり、再び剣を振り回し攻撃を仕掛けるのだが、動きがゆっくりにみえるため油断などすることもなくアルフォンスの動きを見極め、避けたついでに足払いをしてアルフォンスは再び地面に這いつくばるのだった。
意地になるアルフォンスに対し、アオは試合終了の合図を出すのだが、騎士団で魔剣の使い手とあらば、馬鹿にされるのは屈辱以外の何事でもない。アオを静止を振り切りこちらへと向かって来る。
「その元気だけは認めてあげるよ……」
そう呟いてアルフォンスの顔面を殴りつけ、三度アルフォンスは地面に這いつくると、今度こそ動くことができなくなって、アオは「勝者、リョータ様!」と、声を高らかに上げて再び勝利宣言をするのだった。
それを見てマリーはホッとした顔をし、元盗賊の女は賭けをやっていたらしく一人勝ちで嬉しそうに冒険者から金を巻き上げていたのだった。
アオは側に近寄り「お疲れ様です。この者は如何致しますか?」と、声を掛けてくるので「マリーがどうにかするだろ。取り敢えず宿へ戻ろうぜ」と言って、魔剣の使い手であるアルフォンスをその場に置いて、ギルドの練習場から出て行き、宿屋へ向かう。
部屋の隅ではアオが昨日同様土下座をしており、震えていた。確かに悪い事をした訳ではないが、アオの勝手な行動が生み出した事であり、マリーが再び自分と共に行動する事となったのだが、余計なお馬鹿まで連れてくるとは思っていなかった。




