44話 アルフォンス=イマル=ザルツブーツ
熱気に包まれている部屋のホールを抜け、外に出て新鮮な空気を取り入れていると、マリーが頬を膨らませてやってきた。
「やっと見つけた! こんな所で何をしているんですか!」
頬を膨らませ、怒った様な顔して近寄って来るマリー。こちらとしては、マリーを何と呼べば良いのか迷い、顔を見合わせた。
「よ、よぉ……」
「ど、どうも……」
少し戸惑った声でアオと一緒に挨拶をしてみる。相手は一国の姫……自分たちはどのように対応すれば良いのだろうか……。なんて考えるはずが無い! 冷たく当たるに決まっているでしょう!
「さぁ、早く中で踊りましょう!」
一緒に踊りたいのか、手を掴んで部屋の中へ戻そうとするマリーだが、力で自分に敵うはずがなく、真っ赤な顔して腕を引っ張っている。
だが、全く動かない。
行きたくない場所へ戻される訳にはいかないのである。
「姫様だけお戻りになればよろしいのでは?」
冷たく言い放つとマリーは驚いた顔をしてこちらに向き直る。
「ちょっ! 姫は止めてください! 私は師匠達の弟子、マリーです!」
「じゃあ、なんでそんな格好してんの? というか、他に言う事もあるんじゃないのか」
冷たい目でマリーに言うと、マリーはたじろぐ。
「い、言う事?」
マリーが怪訝な顔して俺を見ると、アオが続いて言う。
「リョータ様の前に居られるのは、この国の姫様であられるマリエル様でございます。私のような愚民が御声をかけて頂けるなんて……とても光栄で御座います」
そう言って頭を下げ冷たく……冷え切った目で、マリーを上目遣いで見つめる。もし、自分がアオにやられたら泣いてしまうかもしれない。
アオに対してそう感じていると、マリーの目元は涙が溜まっており何時でもダムは崩落寸前だった。
「だ、だって、言えるはずないじゃないですか……」
そして、そのダムは崩落し、マリーは目の前で泣きじゃくる。だが、こちらとしてはどうすることも出来ないため、この場は一礼をして逃げるように去ろうとすると、「待って下さい!」と泣きながら言うマリーに対し、アオが立ち止まり振り返って一言。
「姫様、私の主を騙した事には変わりはありません。嘘を吐いても姫様が悪い事をしても、この国は何も言わずに許すでしょう。ですが、我が主と私は許すことなんて出来やしません。もし、この国が敵となるのなら……アオが主に代わってこの国に牙をむくでしょう……」
そう言って優雅に頭を下げ、そばで見ていた自分の腕を組んで歩き始める。
「あ、お姫様……この国の兵士に連れて行かれたマリー様に言っておいて下さい。『人が悪い事をしたら、親は子供になんて言いまか?』って」
そう一言言い残し、マリーを置いて中へ戻っていくのだった。パーティー会場の中では皆が楽しそうにしている……ように見えるが、空気は張り詰めているように感じる。
「リョータ様、この感覚は危険だと……」
アオが小さい声で囁くように告げてくる。
「そうだな、王様に挨拶をして撤収した方が良いだろう。変な話をされる前にな」
「御三方は如何致しますか?」
「自分の尻は自分で拭くものだろ?」
「かしこまりました……」
アオは小さい声で返事をして、話を合わせたかのように行動を始めると、道はアオが切り開くかのように作ってくれた。それやり方とは、アオのスキル【忍び足】があるため、後ろを付いていけば誰にも気が付かれることなく王様の側まで近寄る事ができ、距離を詰めて一気に話を進める事にした。
「陛下……」
王様の直ぐ側で片膝を付きながら話すと、急に現れたように見えた王様の身体は『ビクッ』と震わせる。
「お、おぉ……これは英雄殿……一体どうやってここまで」
近衛兵までもが驚いているのだが、別に俺達は忍び込んでやってきた訳ではない。前からやって来たのだが、アオの忍び足が発動していると、相手には姿が消えているかのように感じているらしい。
「別に正面から挨拶をしにやって参りましたが……如何致しましたか?」
シレッと近衛兵に言うと、王様は戸惑いをみせる。
確かに真正面にいるので「い、いや……別に……」と、言いつつも近衛兵や騎士団などの顔を見渡す王様。流石に恐怖は拭い去れない物なのだろう。まぁ、アオが居なくとも、自分一人だけでもここに来ることは可能だったが、一緒に帰るためにはアオが居なくてはならないのである。イチャイチャできないからね。
「我々はそろそろ失礼させて頂こうかと思い、挨拶に伺いました」
切り出した言葉に対して王様は更に動揺をみせる。それもそのはず、戦争の道具として使いたいのに話すらできていないのと、爵位という物を与えようとして拒まれてしまっており、飼い慣らすことが上手くいっていないのだ。このパーティーでどのような手を使って飼いならそうかと考えていたはずだが、アオが側にいるお陰で探すのも大変な状況だったのだろう。
「そ、そうか……」
王様の動揺が激しくうかがえる。
「とても楽しいパーティーに招待して頂き、感謝しております」
「そうか。リョータよ、あの話に関して……考え直さぬか?」
「あの話とは? あぁ、爵位の話ですか? もし頂いたとしても、その領土とは隣国側にあるのでしょう?」
この一言に対して王様は一瞬だけ頬を引く付かせた。睨み付けるような目で王様を見つめると、アオが話を終わらせようと横から口を出してきた……。
え? アオ、君は俺の奴隷だから喋ったりしちゃいけにはずだよね? ご主人様は自分だよね?
「では、我々二人は先に……あ、私の弟子が陛下の兵殿に連れて行かれましたが、彼女は元気でしょうか?」
その言葉に対し、王様は眉間に皺を寄せて隣にいるアオを見る。周りにいた近衛兵や、騎士団長もアオを見つめた。
「何が言いたい」
王様は頭を下げたままのアオを見つめるが、アオは話を続ける。
「隣国側に言ってしまえばよろしいのではないでしょうか……。陛下が連れて行った冒険者がドラゴンを倒したと……もしくは、倒した冒険者の中には姫がいた……など」
アオの言葉に対して王様だけではなく、周りにいたもの全てが驚いた顔をする。
「そういう話なら、戦争は起こらないのではないでしょうか。まぁ、我が主には関係ありませんが、私の弟子は返して頂きたい……これが私の望みでございます」
勝手に自分の望みをアオが言い、立ち上がって席を外す。恥ずかしい事にその後ろを付いていくような形となってしまい、兵士や大臣、王様等は、アオが主人のようにみえてしまったのは言うまでも無い話であった。
馬車の中ではお互い無言。宿屋へ戻り、自分の部屋へと急いで入って部屋の椅子に腰を掛ける。すると、アオは直ぐに前へやって来て、土下座し震え始めた。
「も、申し訳ありません!! アオはとても悪い子です!!」
「そうだな。俺が話している最中に割り込んできて、勝手に話を進めるもんな……アオは」
「お、お許しを!! アオはどうかしてました! 主である、リョータ様の言葉を遮ってしまうなんて……ど、どうか……ご、御慈悲を!」
尻尾の毛先まで怯えているのが分かるくらい、アオは怯えていた。
「まぁ、アオが言いたかった事は良く分かる。戦争を回避ためにするには、こちらにはドラゴンを相手にできる程の戦姫が居るぞと隣国に言ってしまえば、隣国だって攻め難くなるだろうからな」
怯え泣くアオに理解を示していたのだが、「お許し下さい」と、アオは言う。人の話は全く聞いておらず、ただ許しを懇願するだけであった。
これでは話が進むことはないので取り敢えずウザったいスーツを脱ぐことにして、席から立ち上がる。すると、アオの身体は飛び跳ねるかの如く『ビクッ!』として、お仕置きを覚悟したかのように目を瞑りながら顔を上げた。
「アオ、いい加減に人の話を聞けよ。アオが言いたいことは理解しているつもりだ」
恐る恐る瞑っていた目を開けるアオ。脱いだジャケットをテーブルの上に投げ、ネクタイを緩めてワイシャツにズボンの状態でベッドに腰掛け、スマホを取り出して何か新しい情報がないか調べ始める。
「お、怒らない……のですか?」
恐る恐る聞いてくるアオ。
「アオは俺のために言ってくれたんだろ? 戦争の回避と英雄もどきを作り上げ、この国に対して恩を売るようにさ」
改めてアオのやったことに理解を示していることを伝えると、アオの表情が徐々にだが和らいでいくのがわかる
「リョータ……様……」
「アオは良くやってくれている。だから怒らないよ」
スマホから目を離し、アオの方を見ながら言うと、「リョータ様!!」と、言ってアオは飛びかかるように抱き着いてくる。そして首元をペロペロ舐めはじめ、マーキングするかのようにスリスリと頬を胸に押し付けてくる。
「でもアオ、お仕置きはするよ。ほら、アオ」
顎をクイッと上げると、アオは「それはご褒美ですぅ!!」と言って、口でやいシャツのボタンを外して服を脱がし始める。アオは着替えていないためドレス姿のままだった。その日はアオのドレス姿のまま楽しんだという事は……言う必要はないだろう。
その晩、パーティーを楽しんだアル達が帰って来ていたが、酔っているのかこちらが先に帰って来ていることすら気が付いていないようで、笑い声が宿屋の中に響き渡ったと思ったら、すぐに笑い声は聞こえなくなった。多分、ベッドに寝転がったら眠ってしまったのだろう。
翌朝、アルとシールスが挨拶しに来た。二人は暫くの間コンビを組んで一緒に行動するらしい。稼いだ資金で自分達のお店を作る事を目標にするとのことだった。二人はそう言って自分とアオの前から姿を消し、そして、新たな面子が自分たちの前に現れた。
「アオ師匠! 改めて今日から宜しくお願いします!」
頭を下げるマリーと、知らない男が後ろに立っている。
「宜しくな、リョータと奴隷ちゃん」
知らない男が自分に手を差し出してくると、マリーが慌てて男の頭を叩こうとしたのだが、それ以上に速い動きでアオが行動に移す。元盗賊の女は一歩だけ後ろに下がり、自分には関係がありませんと言うような表情をしながら傍から見ている。
「貴様、ナニモノダ……」
素早い動きで男の前に立ち塞がり「グルルル……」と、獣のような声を出して威嚇をし、両手にはこの世界に存在しない武器を構えるアオ。それは自分が与えた銃である。
ようやくマリーが頭を叩いた人間に対し、殺意を抱きながら問い掛ける。それに対してどのように対応すれば良いか分からなかったため静観することにした。
「アルフォンスだ。アルフォンス=イマル=ザルツブーツ……。一応、姫様の御守り係だ」
ドス黒い剣を装備し、金髪のイケメン騎士がそう言いながらアオの頭越しにこちらを睨み付けると、アオの殺意がどんどん大きくなっていく。確か昨日のパーティーで、他の王子達の護衛をしていた時に見かけた記憶がある。
しかし、再びマリーがアルフォンスの頭を叩いた。
「アルの馬鹿!! 師匠に向かってなんて口をきくの! アンタが師匠に勝てる筈がないでしょ! 私をオークの集落から救ってくれた人なんだからね」
「え、えぇ~! なんて事を言うんですか〜。そんなの騎士団で俺たち魔剣士だったら余裕ですよ……。それに、こんな奴隷ちゃんに俺が負ける? 冗談キツイですよ〜」
なんとも軽い口調で言うアルフォンスと名乗る男。それに対してハラハラした顔をするマリー。魔物を倒せるようになり、ある程度は実力の違いというのもを知ったのだろう。その中で、アオと何度も手合わせをしているのだから、実力の違いとういものを肌で感じているのかも知れない。
アルフォンスと名乗る男は、アオの身体が細いのと奴隷だということを知っており、見た目で判断しているのか完全に実力差を見余っていると思われる。
「アオ、弾が勿体無い。それだけでゴブリン数匹分もするんだぞ」
アオが装備している銃は、何時もの銃の他にスミス&ウェッソンM500と言う名の化け物を装備している。普通の男性が撃ったのなら、その反動に負けて吹っ飛ばされてしまうものであろう。
だが、アオはそれを片手撃ちする事ができる。特殊訓練を受けていない人がやったら肩が外れてしまう物を、玩具の銃が如く扱えてしまうのだ。鋭い目をしながら銃をホルダーに仕舞い、腰に装備しているダガーの柄に手をかける。いつでも抹殺できるように。
完全に敵意を剥き出しにしているアオ。だが、それよりも……。
「何で姫様と騎士団の人が、この様な場所にいるんだよ」
アルとシールスがいなくなって、これからアオと二人で改めて生活が始まるのかと思いきや、いらない厄介ごとが迷い込んできたように思え、顔を引き攣らせて聞いたのだった。




