43話 パーティー
アオは獣人であるためだけではなく、目が悪かった事もあり、通常の獣人よりも耳が良いようだ。
会場全体の声を拾っているようで、怪し気な情報を逐一教えてくれる。そして、用意されている食事を上品に食べながら、ジュースを口にする。
どこで作法を覚えたのだろうか……。
暫くすると、アオの動きが止まりある一点を見つめる。
「どうした?」
「いえ、王様が来場されるようです。兵士や騎士団等がそう仰有っています。それに他にも……」
そう言ってジュースを一口だけ口に含み、口の中を潤す。
アオが言ったように人の動きが騒がしくなると音楽隊の様な連中がファンファーレの様な曲を流し始め、王様が来場する。その後ろには王妃と思われる人や、その血族である、王子や姫達が素敵な衣装を着飾って、優雅に手を振りながら階段のような場所から降りてくる。
その中には不貞腐れた顔をしたマリーも含まれており、本当に王族だった事が判明した瞬間だった。
貴族の皆さんたちは頭を下げ、騎士団・兵士達は皆、膝を突いて王様を迎え入れていた。だが、どのように対応して良いのか知らないため、ただ眺めて見ているだけであった。因みに、アオも膝をついて頭を下げていた。
この世界の常識というものが分からないから仕方が無いのだが、最低限の礼儀は知っておいた方が良いかも知れない。
ファンファーレのような音楽が鳴り終わり、下げていた頭を上げて王様の言葉を待っていると、王様は「パーティーを楽しむと良い」と言い、玉座のような椅子に腰を掛ける。他の面々も同じ様に椅子に座り、パーティーを観ていた。
貴族達は王様や王子などに挨拶するため近くへ寄り、近衛兵らしき人等が許す限りの距離で挨拶をし始める。その中にはアル達の姿もあり、当然ながらマリーはその三人に対して近くまで来るよう側近に伝え、侍女らしき女性は三人をマリーの側へ連れて行く。
マリーの後ろには近衛兵らしき兵士が立っており、不審者が近寄らないように注意を払っていた。
三人はマリーと楽しそうに話を歯ていると、アオと自分が居ることを知る。
まぁ、元々知ってはいたのだろうが、立場などを考えると挨拶もしないやつを探せというのは、姫として色々問題があるのかも知れない。
遠目で見る形となるのだが、アオが必要な事を教えてくれるので誰がどの話をしているのか丸分かりである。
マリーと別れてまだ間もない期間だが、それでも懐かしそうに話をしているのと、アルがパーティから離脱するという話を切り出したようで、マリーは困った顔というか、寂しそうな顔をしていたのだが、シールスもアルと一緒にパーティを抜けようとしていると、アオが教えてくれた。元盗賊の女もシールスに誘われていた様なのだが、何故かやんわりと断られたようだ。
あの女は何を考えているのか少しと言うのか、かなり不明な部分があり、未だに名前も知らない。
「おい、シールスの話は初耳だぞ! アオ」
「アル様一人だと心配だという話をしていますね……」
「おいおい、アルはどんな冒険者よりも能力が高くて強いんだから、思いっきり油断さえしなければこの城で騎士団長すらやれるほどの実力があるんだぞ! 逆にシールスがいたら足を引っ張るんじゃないか?」
「それはアル様も分かっているようですが、『一人よりは』って、考えの様ですね。あの盗賊は見栄えが悪い訳でもありませんし、これからリョータ様が何かをするにも、お手伝いさんの様な方が居た方が良いかもしれません」
アオに何も言っていないが、アオもそれほど馬鹿ではない。と言うか、ステータスを上げたことにより、滅茶苦茶頭が良くなっているようだ。何故かと言うと、昨日、文字を教えようとしたらアルに習ったので問題ないと言って断られ、その代わり甘えさせて欲しいと言われた程である。
もしかして、アオは獣人の中でも最強の部類なのかも知れない。だが、世界は広くどんな奴が居るか分からないので確定はできない。
暫く周りの様子を窺っていると、アオが「そろそろ挨拶に行ったほうが良いかも知れません。貴族様達が騒ぎ出しております」と、耳打ちしてくれる。
確かにドラゴンを倒してお城に呼ばれた奴が挨拶しないのは問題だろう。
仕方ないのでアオを引き連れ王様の前へ行き、挨拶をする。
「オォ! この城を救ってくれた英雄殿、楽しんでおられるか」
勝手に開いたくせに何を言ってやがる。
「はい、陛下のお陰で十分過ぎるほどのもてなしを受けており感謝しております」
一応、周りの人がやっていたかのように片膝を付きお世辞の話を述べてやると、王子達らしき人物が自己紹介をさせてくれと言って来る。
挨拶なんて面倒だが、断るわけにはいかないため、営業などの仕事はしたことないが、それに近いスマイルをして頭を下げるという屈辱を味あわせてもらい、マリーの番となった。
「――お前に挨拶するのは今更だと思うのだが……」
「そ、そんな事を言わないでくださいよ〜。師匠!」
マリーの『師匠』という言葉に王子達が反応する。普段に比べ、お淑やか過ぎるというのも疑問の一つらしいが、更に師匠という言葉が出た事で王子たちの間でざわめきが起き始める。マリーは兄弟の中でも異端児扱いと言う事らしく、あまり仲が良い訳ではないみたいだった。
「基本的に物事を教えたのはアオだぞ。俺は何か特別なことを教えた事はないぞ」
「でも、アオさんの師匠はリョータさんではないですか! なら、私の大師匠となりますよ!」
これ以上言っても無駄だと思い、王様と話を進めていき、その場を後にしようとすると「師匠、後で一緒に踊りましょう!」と、マリーが言うので手を軽く上げてその場から去るのだが、王様一同、驚いた顔をしていたのには疑問を抱いてしまった。
その間、アオは情報収集をしていてくれたらしく、王子二人は正室の子供らしく姫達は側室、マリーだけ町娘の間で生を受けたらしい。王様の火遊びが火傷となったのだろう。
暫くの間その事が分からなかったらしく、マリーが7歳くらいの時に発覚し、王宮に保護されて王族の教育を受けていたらしいが、それに嫌気をさしたのと、憧れていた冒険者になるため家出して母親の姓を名乗って登録したらしい。これは侍女らしき女性が話していたのを聞いていたようだ。
そのため、王族の中では異端児のような扱いを受けているらしいが、本人は全く気にしていないらしい。確かに他の冒険者に比べて少しだけ様子が違うように感じたが、まさか姫様だとは思っていなかった。
「それと、先程お話した戦争の話ですが……」
「あぁ、他国が攻めて来るってやつか」
「現実味を帯びている様ですね……貴族達が兵を集めるように指示を出し始めています……」
「けど、何故、今ごろ他国が攻めてくるんだ?」
その質問に対してアオは難しい顔をする。考えて入るようだが、それが何なのか分からず少し困った顔をしていた。
「それはドラゴン騒ぎよ」
横から声をかけられ、振り返ってみると元盗賊の女が立っていた。
「どういうことだ?」
はっきり言ってこの世界の事情に疎いため、理解し難い。
「ふぅ……。本当に分からないの? アンタ、馬鹿なの?」
生意気な言葉に苛立ちを覚えさせる元盗賊の女だが、自分が手を下そうと思ったよりも早く、ドレスのスカートから拳銃を取り出して元盗賊の女のお腹に押し付けていた。
「貴女は今すぐに死にたいのですか? なら、今すぐに殺して差し上げますよ……」
一瞬の出来事に元盗賊の女は動く事すらできず、小刻みに震えながら小さく両手を上げ、顔を引き攣らせる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! こんな場所で争いを起こすつもりなの!」
ドラゴンを始末できたのだから、ここにいる連中なんて一瞬で始末することが出来る。そう言いかけたが、話を続けることにした。
何故かって? 面倒だから。
「で、どうしてドラゴン騒ぎで戦争が起きるんだ?」
「ど、ドラゴンが襲って来たということは、それだけ戦力を持って行かれたと言う事になるわ。普通わね。退治されたことは他国に知れ渡る。それだけ国に被害が出ると他国は想像し……」
「これは好機とみて攻め入ると言う事か……」
「そう言う事よ……。だけど誤算が生まれてる。だから戦争の準備が出来る」
「俺の存在……か?」
元盗賊の女は小さく頷く。こいつ、思ったより頭が回るようだな。
「で、どうやってアンタを引き入れようかと王族は考えてるわ。一人を除いてね」
その一人とは、マリーの事だろう。
「戦争に興味はないな」
「でしょうね。だから爵位を断ったんでしょ?」
「え? あ、あぁ。そうだよ」
実は違います。
面倒臭かったからです。
爵位のような権力者よりも、アオとイチャイチャしている方が最高に素敵だと思ったからです。
はい。
「で、どうするのよ?」
カチャリと音がし、物凄く低い、恐ろしい声で「言葉に気を付けてください。間違って引き金を引いたら肉片が飛び散りますし、間違いなく死ねますよ」と、アオが呟く。
トリガーに掛けている指に少しだけ力が入っているようで、これは冗談ではないということが分かる。
「『どう致しますか』ですよね? 先程も言いましたが、言葉使いには気を付けた方が良いかと思いますよ。間違って指が動いちゃったら……大変ですから」
小さく両手を上げながら泣きそうな顔している女魔法使いに再び言うアオ。相当な恐怖を感じているのだろう。女魔法使いのお腹にグイッと押し付けるアオ。目は怒りに満ちているかの様にみえるのだが、口元は笑っている。
「どうすると言われてもな……面倒事は嫌だから、この王都から離れるのが一番マシかもな」
「そう簡単に事が済むと思う?」
元盗賊の女の言い方が気に入らないのか、アオがトリガーを引こうとするので止めさせ、話を続ける。
「生きた心地がしないわ……まだ分からないの?」
「どういう事だよ」
「アンタはドラゴンを一人で倒したの。そんな逸材を国が手放すはずないでしょ?」
普通に考えればその通りであるが、自分にはこのチートなスマホがある。課金すれば時空魔法だって覚えることが可能で、この場から直ぐにでも逃げる事ができるのだ……が……。
「だろうね。さてさて、どうしたものかねぇ……」
戦争が起きたらどうなるのか……。それはこの元盗賊が物語っている。
先ずは国がギルドに依頼し、冒険者がその依頼を受ける。多分だが、その冒険者たちの中にはセリカ達も含まれており、自分たちと一緒に過ごした連中も含まれているだろう。
そして、国同士のくだらない戦争という名の乱暴劇が始まり、折角助けた生命や身体が失われるかも知れない。そんなことを考えていると、王子達がダンスのために席を立ち、ホールに現れる。曲も優雅に流れ始め、貴族の娘達も踊り始めた。
その中で一人だけポツンと立ち尽くしているマリー。一応、ダンスの教養もあるはずなのだが、踊りたくないのだろう。周りを見渡し、誰かを探しているようだった。
アルやシールス、元盗賊の女は、貴族の男共にダンスの相手を求められ、断るのが苦手なのか、それとも乗り気なのか分からないが、アルは断ることもせずにぎこちない動きで踊っており、周囲から浮いていた。
シールスも同じ様にぎこちなくダンスの相手をしていたが、元盗賊の女は上手くダンスの相手をこなしていく。
自分にも貴族のお嬢さん方が相手を求めてくる。だが、ダンスなんて一度も踊ったことがないので丁重にお断りし、アオにゆっくりと休めそうな場所はないかと聞いて、ベランダ? のような場所へ連れ出してもらったのだった。




