39話 ぶち壊される大会
数日が過ぎ、ついに大会当日となった。ここ、王都には、大会に参加しようとしている者たちや、大会観戦者の人たちがたくさん集まり、自分たちの存在が霞んでしまうかのようだった。
「こりゃ随分と人が集まったなぁ」
「そりゃ、王国中の猛者が集まっているのですから当たり前ですよ」
マリーは準備体操をしながら言う。
「王国中の猛者……ねぇ」
マリーの言葉に、少し呆れながら答える。
何故なら、筋肉ダルマの集団が集まっているだけにしか見えないからである。筋肉は付き方によって、まるで違う。ただ筋肉をつけるだけだと俊敏力に欠けてしまうので、筋肉は均等につけていく必要があると、何かの雑誌に書いてあったことを思い出す。
マリーは目を輝かせながら筋肉ダルマたちが強そうだと語っていて、シールスや、アルたちも共感するかのように頷いていた。
マリーの話を聞いていても参考にならないため、集まっている人たちに目を向けると、まるでよくある格闘漫画で観たことのある感じに、王都中がお祭りでも始まったかのような騒ぎになっていた。
さっさと受け付けで自分の番号札を受け取り、会場の入り口側で時間を持て余していると、女性の群がりが見えたため、背伸びなどして中心を観てみる。
すると、イケメンの剣士に女が群がっているらしく、正直、少し羨ましく思えた。そのイケメン剣士は、シールスたちも見惚れるくらいに顔が整っており、世界は自分に優しくないのだと改めて思い知らされる。
だが、マリーは、「いけ好かない奴がいるようですね」と、イケメン剣士を毛嫌いしていたが、アルの頬は赤くなっており、女性の隙間からイケメン剣士を観ようと体を左右に揺らし、群がっている女性たちの隙間を探しながらイケメン剣士の方を見ていた。
なんにせよ、自分には関係のないことなので、放置することにして自分の番号が呼ばれるのを待つことにした。それからしばらくして、ようやく自分の番号が呼ばれたので受け付けの方へ向かうと、組み合わせの抽選札を引かされ、Hブロックに自分の番号札が張られた。
マリーやアルなども抽選札を引くが、自分とは異なるブロックとなり、仲間同士で当たることがなくてホッとしていると、先ほどまで女性に囲まれていたイケメン剣士と同じブロックとなっていることに気が付き、おかげで目立つブロックとなってしまい、項垂れてしまう。
だが、それぞれが決勝ラウンドへいかないと当たらないのは運が良かったのかも知れない。正直、アルと当たるのだけは勘弁してほしかったので、そのことだけは喜ぶべきだろう。
予選ラウンドの一回戦が始まるまで時間があり、誰にも話しかけられたくなかったので端っこの方でスマホを弄っていると、イケメン剣士が近づいてきて声をかけてきた。
「やぁ、今日の試合はよろしく頼むよ。君とは予選ラウンドの決勝まで当たらないようだけど、もし、決勝で当たったときはお手柔らかに頼むよ」
爽やかな笑顔で言い放つイケメン剣士。自分の側にいたアルは、まさかイケメン剣士の方から声をかけてくるとは思っていなかったらしく、会話が終わると、イケメン剣士に握手をお願いし、頬を赤らめながら握手をしていた。
アルの生活に関して手助けをしてあげているのはこちらなのだが、アルが自分に心を開いているようには感じられない。それどころか他人のフリをするときもあり、こちらとしては納得ができないことが多く、許しがたい気分となった。
もし、自分があのイケメン剣士と対戦することになった際は、手加減することなくボコボコにして情けない姿をさらしてやろうと、心の奥深くに刻み付けた。
一回戦が始まり、A組から対戦がはじまる。A組にはマリーが入っており、少し緊張したような顔をして武舞台に上がる。
マリーの対戦相手は自分よりも背が高く、筋肉ムキムキで動き難そうにみえた。武器は木剣を使用しており、相手の方が力が強いため、力業でマリーは押されていたが、虐めのようなアオの訓練に耐えただけあり、筋肉ダルマの力業を受け流しつつ、相手に打撃を与えて勝利をもぎ取る。
周囲の連中は、筋肉ダルマが勝つと思っていたらしく、マリーが勝利したことに少しだけざわつく。マリーは一回戦突破したことが嬉しかったのか、こちらを見つけたと思ったら、突然抱き着いてきた。
「やりましたよ! 師匠!!」
マリーに師匠と呼ばれたが、実際はアオが教えていたため自分には師匠だという実感がわかない……。それに、マリーはそれなりに可愛いため、抱き着かれたところを他の人に見られており、何やら殺気立った空気が漂っているように感じられるが、自分は悪いことなど一つもしていない。
他の組も始まっており、アルやシールス、元盗賊も順当に勝ち上がっており、自分が一回戦で負けたら恥ずかしいだけなのかも知れない。
自分の番号が呼ばれたため武舞台に上がると、部舞台の袖で声を張り上げながらマリーが応援してくれる。だが、周囲の目はとてつもなく冷たい。対戦相手も武舞台に上がってきているのだが、相手は声援を送ってくれる人がいないらしく、自分に対して怒りの表情を浮かべている。どうやら相手はこちらに対して良い印象を持ていないらしく、メッタメタの、ボッコボコにしてやろうと、鼻息を荒く気合いを入れていた。
だが、声援を送ってくれている子は、まだ14歳の少女であり、恥かしさの方が優っている。自分はロリコンではないので恥ずかしくって仕方がない。なので、全く嬉しくはない。
少し距離置いてからお互いに木剣を構えると、開始の合図が始まる。すると、相手は勢いよく猛突進してきた。
自分と相手の実力差は明白であるのか、自分には相手の動きがゆっくりに見えており、木剣を難なく躱して相手の後ろに回り込む。そして、後ろから相手の背中を押すように蹴ると、相手は前のめりに倒れてしまう。
それを観ていた野次馬どもから失笑されると、対戦相手は慌てて起き上がり、顔を真っ赤にして怒りの表情を浮かべる。実力差は歴然としているのに、まだやるのかと呆れた顔をしていると、力任せに木剣を振り下ろしてきたので、ヒョイっと攻撃を避けて、相手のお腹に飛び膝蹴りを入れると、相手はお腹を押さえながら膝をついて悶絶してしまう。
これ以上つづけても結果は見えており、審判をしている奴の顔を見ると、あっという間の出来事だったようで、呆然としていたので声をかける。
正直に言うと、元いた世界では、学生の頃はこの顔のおかげで喧嘩を売られることが多かった。だが、血の気が多かったのに対し、実力はまるで無く、喧嘩に勝ったことはほとんどなかった。だが、こっちの世界では、スマホのおかげで負けるという気がしない。
それから同じような形で勝利を積み重ねていく。一応、与えられた木剣を装備しているが、それを振ることは一度もなかった。多分、皆は武闘家か何かと勘違いしていると思われているようで、ヒソヒソと陰で話している声が聞こえてきていたが、言い返す気にもならないし、スマホのことがバレたら問題になるかもしれないし、説明するのも面倒くさいのでそのまま黙っていることにした。
「あと二回勝てば予選は終わりか……。さっさと終わらせなきゃな。このまま優勝なんてしたら、面倒ごとが増えること間違えないもんな」
そう呟きながらアオが待っている場所まで行き、みんなで昼食をとる。どうやらマリーは三回戦で負けたらしく、シールスは二回戦、元盗賊は三回戦敗退と、目も当てられない結果だったが、マリーが三回戦まで行けたのは少し驚きだった。アルはと言うと、今のところ楽勝で勝ち上がっているらしく、自分が想像していた通りの結果となっていた。
昼食後、少し休憩時間があったのち、試合は再開された。とは言っても、全て膝蹴りや、殴って気絶させており、実力の一つも出している訳ではない。
本当ならば苦戦しているフリをしなければならないが、相手が弱すぎて、演技すらする気にもなれない。本当にサクッと終わらせてしまい、決勝前に棄権などしてしまえば良いと思いつつ、ベスト16まで勝ち上がる。試合に勝つたび、武舞台の袖で観戦しているマリーが駆け寄り抱きついてくる。だが、膨らみかけた胸が腕に当たって気持ち良いという訳ではなく、マリーは皮の鎧を着ているので、胸の感触が全く分からない。
三回戦で敗退しており、これ以上戦うことなんて無いのだから、皮の鎧なんて装着していなくても良いのではないだろうか。決してマリーの胸の感触を味わいたいからではない……。
時間は少し戻るが、予選突破を果たした際、三人が予選落ちしたことを知り、仕方がなくアルと二人で決勝トーナメントの抽選会へと向かう。
抽選会場に到着すると、そこには身体がムキムキなオッサンや、あのイケメン剣士が勝ち残っていた。アルは「みなさん強そうですね……」と、小さい声で呟く。しかし、スマホでステータスを上げているため負けることはないと思うが、アルが不安になる気持ちは分からなくもなかった。
抽選箱を持った人が来るまでの間、予選突破した皆が自分の方を見ており、自分が何かをやらかしたのか? と、考えを思い巡らせていたが、最初は自分のやらかしたことに気が付かなかったが、ふと、予選で対戦相手をほとんど一撃でギブアップさせていた事を思い出し、無駄に目立っていたことだったと、しばらくの間、後悔をするのであった。
それからしばらくして、抽選の箱を持った係員がやって来て、A組の勝者からクジを引いていく。そして、トーナメントの順番がどんどんと決まっていき、自分はアルと別の山となり、決勝まで勝ち上がらないと対戦することはないらしく、どこで棄権しようかと考えていると、身体の筋肉がムキムキのオッサンこと、『剛力』と二つ名を持ったイワンとかいうオッサンと対戦することとなった。どうやらこいつは、マリーと対戦して負かした相手らしく、自慢げに自分が倒してきた相手のことを語っていた。
これ以上目立つのも嫌だったが、マリーの仇を取ってやるのも師匠の役目。あまり目立ちたくはなかったが、こいつ程度はやっつけといた方が良さそうだと思い、とりあえず棄権するのはもう少し後にすることにした。
「お前が相手か!」
対戦表が決まって、自分のそばへやって来たイワンが見下した目をしながら言ってくるが、正直、口が臭くて鬱陶しい。
「えぇ、そうみたいですね。どうかお手柔らかにお願いしますね」
一応、社交辞令で言ってみただけなのだが、どうやらイワンは勘違いしているらしく、「地面に這いつくばって許しを乞えば、手加減してやるぜ」と、意味不明な台詞を吐いてきた。
その場は適当に答えてあしらっておいたが、どうして自分が地面に這いつくばって許しを請わなければならないのか理解できず、取り敢えず許しを乞うまで泣くまで殴りつけてやろうと、心から思うのだった。
抽選結果は三試合目。イワンは準備運動をして身体をほぐしているように見えるが、こちらを睨んでいる。
別に睨まれたところで尻込みなどはしないが、目の敵のようにされているのは気になるし、止めてもらいたい。自分がイワンに何かした訳ではないので睨まれる必要も、イチャモンをつけられる必要もない。だが、イワンは手加減などしてくれる雰囲気は全くなかった。
それから少しして自分たちの名前が呼ばれ、指定された扉を開ける。すると、場所は武舞台から闘技場に変更されており、闘技場の周りには観客席が設けられていて、そこには敗退したマリーたちの姿もあった。大観衆が見つめる中、自分とイワンの二人が武器を構えて開始の合図を待つ。
歓声の声を聞いていると、イワンもそこそこ名前が売れているらしく、イワンを応援する声が聞こえてくる。イワンはその応援に酔いしれているのか、少しだけ頬を緩ませていた。
「なぁ、お前……。降参するなら今だぜ?」
「さて、どうしましょうかねぇ〜」
少し馬鹿にしたかのように笑いながら言うと、イワンは自分の力にかなり自信があったらしく、顔色が変わって怒りの表情を浮かべる。
そして、開始の合図がなると、イワンは手にしていたモーニングスターを振り回しながら襲い掛かってくると、棘の付いた鉄球が振り落とされてくる。それを難なく躱して距離を取る。
相手の獲物がモーニングスターなので、近くに寄り難い。どうやってボコボコにしてやろうかと考えていると、イワンは笑いながら喋りかけてくる。
「逃げているばかりじゃ勝てっこねーぜ!」
イワンは自分がモーニングスターを振り回しているため、こちらが近くに寄れないと思っているらしく、余裕を見せている。だが、こちらとしてはイワンの攻撃はゆっくりに見えるため、イワンのそばに近づくことは容易である。
だが、簡単に倒してしまう訳にはいかない。こちらとしてはマリーの仇を取るつもりだし、泣くまで殴り続けるつもりだから簡単に終わらせるつもりはない。それに、イワンはこちらが武闘家だと思い込んでいるらしく、接近戦に持ち込まないようにしている。
「攻撃なんて当たらなければどうと言うことはない!」
一度は言ってみたい台詞をイワンに言うと、イワンは怒りを露わにしてモーニングスターを振り回しながら襲いかかって来る。
ギリギリのところで鉄球を躱したように見せながら避けると、イワンの身体は隙だらけとなっており、取り敢えずイワンのお腹めがけて横蹴りを入れた。
油断していたと思われるイワンは、まさかの攻撃に身体をヨロめかせる。イワンからの攻撃はないことが分かっているので顔面を殴りつけると、イワンは横に吹っ飛び壁にぶつかって膝から崩れ落ちる。
審判が確認する前にイワンのそばにより、頭を掴んで顔面を何度も殴りつけると、呆然としていた審判が我に返り、イワンが気絶していることに気がついて試合終了の合図を告げたため、殴る行為をやめて、掴んでいたイワンの頭を離す。
まるで大波乱が起きたかのように唖然とする観客に対し、大はしゃぎしているアオとマリーの二人。二人のいる場所に手を振って控え室へと戻って行く。
控え室へ戻るとアルが誰かと話をしているが、相手が柱の陰に隠れていて誰なのか分からないため、確認してみると、あのイケメン剣士と話をしていた。
イケメン剣士の立ち振る舞いは格好良く、アルの目がハート型になっているのが離れているのに良くわかる。そんなにあのイケメン剣士が良いのだろうか。
自分はアルの境遇を変えてあげたというのに、アルは自分になびくことは全くない。結局、アルは中身ではなくて外見で判断するということなのだろう。
それから他の者たちが次々と試合を行なっていき、再び自分の出番が回ってくる。闘技場に姿を出すと歓喜の声を上げるのはたった二人のみ。アオとマリーの二人だけである。
おかしい……。仲間と言えるのかどうかわからないが、アオとマリーの他に、シールスと元盗賊だっているのだから、何か一言くらいあっても良いのではないだろうか。せめて「頑張れ」の一言くらいあっても良いはずである。
そのようなことを思いながら対戦相手が出てくるのを待っていると、あのイケメン剣士が出てくる。
どうやら次の対戦相手は、あのイケメン剣士のようで、白い歯がキラリと光って見えたような気がしたとおもっあら、大歓声というか、黄色い声援がイケメン剣士に降り注がられる。
この差は一体何であろうか。しかも、シールスや元盗賊も一緒になって黄色い声を上げており、こちらには眼中にないといった感じである。
ゆっくりとこちらに近づいてくるイケメン剣士。何か用でもあるのか? いきなり殴ってしまいたい気分になるが、グッと、握り締めた拳を背後に隠してそっけない素振りを見せる。
「やあ、今日はお手柔らかに……ね?」
そう言ってイケメン剣士はウインクをしながら言い放つ。すると、周りにいた女どもが「あんな目つきの悪いヤツ、ボッコボコにしてやってー! イグニス様ぁ〜!」などと、まるでこちらが悪者役のように言われる始末だ。
たしかに、生まれつき目つきが悪くてヤンキーから絡まれることが多かった。だが、別に自分がヤンキーなのかという訳ではないし、生まれつき目つきが悪いことに関して誰に文句などを言われる筋合いもない。誰が悪い訳でもないのに、目つきが悪いことに対して文句を言われるのは納得ができず、女たちに苛立ってしまうが、我慢をした。
自分のことを応援してくれるのはアオとマリーの二人だけ。二人は周囲の者たちに負けないよう、必死に声援を喰ってくれているが、周囲のイケメンを応援するパワーが強すぎて、二人の声援はかき消されてしまう。
だが、声援をおくってくれる二人がいるだけでも嬉しいものだ。気持ち的にほんの少し楽になった。
しかし、イケメン剣士は悪いが公衆の面前で無様な姿にでもなってもらうことにして、このモヤモヤした気持ちをはらさしてもらうとしよう。
お互いの名前を呼ばれて闘技場へと向かう。そして、お互いに距離を取ると、イケメン剣士は声援に答えるかのように手を振っていた。
開始の合図が鳴り響くがイケメン剣士の声援が大き過ぎて、本当に開始の合図が鳴ったのか聞こえ難かった。イケメン剣士は格好良く剣をスラリと抜いた。剣と言っても、本当に斬られてはいけないため、刃を落としている鉄の剣である……が、このイケメン剣士が何をしても絵になってしまうのが、それまた苛立たせてくれる
キャーキャーと、イケメン剣士に向かって喚く女ども。アオとマリーの二人だけが自分の応援をしていてくれる。
取り敢えずこちらも剣を抜くが、黄色い声援などは全く聞こえてくることはなく、少しだけ惨めな気分になってしまい、今すぐにでも帰りたくなる……が、先に攻撃を仕掛けてきたのはイケメン剣士であった。
油断していたためイケメン剣士の攻撃を紙一重で躱し、少しだけイケメン剣士と距離をとって、今の攻防について観客がどのように反応していたのか耳を澄ませてみるが、相変わらずキャーキャーとイケメン剣士に向かって黄色い声援をおくっており、耳障りに感じて試合に集中できない。
「よく、今の攻撃をかわしたね!」
そう言って今度は剣を重ね合わせるように鍔迫り合いをしてくる。観客席の方から、こいつの二つ名らしき名前が聞こえてきた。どうやらこいつは、雷光のイグニスと呼ばれているらしく、『雷光』という名の二つ名で呼ばれているらしい。
思っていた以上に早くてしなやかに剣を振ってくるが、動きが見えているため受け流しながら捌いていく。こいつよりも自分の方がステータスが上らしく、攻撃はゆっくりな動作で行なっているようにしか見えない。
「ーー凄いな。この僕の攻撃を受け流せるなんてね!!」
攻撃を止めて少しだけ間合いを取るイグニス。そして、少しだけ気を切らせながら自分の攻撃を受け流して躱されていることに驚きを感じているようだった。
「まあ、何とかね……。正直に言って、ギリギリ受け流せているだけだよ。やっぱり二つ名を名乗っているだけあって、凄い攻撃だ」
一応、相手を褒めるのことは忘れてはいけない。こちらも「必死でやっている!」を、アピールをしなければ観客の皆さんも喜びはしないだろう。……特に、イグニスファンが。
「そうかい……。じゃあ、これは躱せるかなっ!!」
そう言い終わると同時に、イグニスは一瞬で間合いを詰めたつもりで三弾突きを行う。彼にとっては一番得意な技であり、突きの速さが早いようにやっているつもりだろうが、正直にいって遅く感じている。だが、これも観客を喜ばせる演出をしなければならないと思い、必死に躱したフリをして、息を乱しているようなフリをした。
まさかのことに、イグニスは驚いた顔をしてこちらを見る。
「凄いや! まさかこの技を躱すなんて……」
驚きの声を出しながらこちらの隙を窺っているイグニス。
「な、何を言ってるんだ……。こっちは必死だよ」
そう……必死に、必死に演技をしているのだ。イグニスを始末するのはとても簡単作業だが、そんなことをしてしまうと、彼を応援している人たちに失礼かと思い、わざと必死に避けているフリをしているのである。それに、次の試合で負けるための布石も作っておかなければならないと、思っているからでもある。
そんなこととはつゆ知らず、イグニスの表情は少しだけ険しくなりながら、必死で剣を振って攻撃を繰り出しくる。その攻撃を剣で受け止めたり、受け流したりしながら、相手に合わせつつ攻撃を躱していく。
だが、こちらも防戦一方という訳にもいかないため、隙を見てイグニスの腹に軽く蹴りを入れてみる。すると、イグニスはカウンターという形でお腹を蹴られたため、「うぐぁぁ……!」と、お腹を押さえて跪く。
案外と呆気なく終わってしまったものだと思いつつ、自分の勝利を確信したかに思えた……のだが、急に空の日差しが無くなってしまい、太陽に雲が翳ったかのように暗くなる。
何が起きたのかわからなかったのだが、まだ、イグニスは降参していないため目を逸らす訳にはいかなかったため、空を見ることなくイグニスの方を見つめていると、観客席にいる誰かが、突然悲鳴のような声を上げた。
まさかイグニスがカウンターを受けたから悲鳴でも上げたのかと思ったのだが、その悲鳴は恐怖に満ち溢れている悲鳴で、何か只事ではない出来事が起きたのだと感じ、周囲を見渡すが、特に異変はなかった。
だが、観客の誰かが大きな声で空を指差しながら何かを叫ぶと、皆は一斉に空を見上げる。
『ど、ドラゴンだ!!』
『ドラゴンが現れたぞ!!』
いきなりのことで頭が回らず、空に浮かぶ物体に目を向ける。
「へ? ドラゴン?」
何が起きているのか理解できずに突っ立っていると、観客席に居た者たちは我先にと、一斉に逃げ始める。呆気に取られていると、イグニスも試合どころではないといった感じに逃げて行くのを眺めていると、観客席にいたはずのアオとマリーの二人が駆け寄って来て、慌てて腕を引っ張り、「早くこの場から逃げましょう!」と、声を荒げながら言ってくる。
こんなに沢山の冒険者が大会に参加しているのに、どうして逃げる必要があるのだろうか。みんなで戦えば、多少の犠牲者が出るかもしれないが、ドラゴンの一匹くらいは倒せるのではないだろうか。
「お、おい! ちょ、ちょっと待て。こんなに沢山の冒険者がいるんだぞ! ドラゴンの一匹ぐらい、皆で協力すれば倒せるんじゃないのかよ」
腕を引っ張るアオとマリーに言うが、二人は反論してくる。
「たしかに沢山の冒険者がいますが、だからと言って、ドラゴンなんかに勝てるはずがないじゃないですか! ここには『ドラゴンハンター』が居る訳ではないんですよ!」
珍しくアオが血相を変えながら説明しつつ腕を引っ張る。マリーも同じ様にこの場から離れるために、必死になりながら背中を押して来て、闘技場の出口へと押されていく。
その頃、翼を羽ばたかせながら、上空にいたドラゴンはゆっくりと地上に降りて、暴れ始める。ドラゴンの大きさはというと、バスで表すならツインライナーと同じくらいのデカさに似ている。
周りは阿鼻叫喚に包まれ、それはまるで地獄絵図のように見えた。ドラゴンは、その尻尾を振り回して建物を薙ぎ倒し、口から火炎を噴き出して辺りの建物を燃やしていく。
ここは王都の城下町であり、お城から兵士たちがやって来ては勇敢に向かっていくのだが、ドラゴンの肌が堅すぎるらしく、兵士の剣は突き刺さらず、ドラゴンは尻尾を振り回して兵士たちを薙ぎ払って蹴散らす。ドラゴンの前に兵士たちはなす術なく倒されていき、沢山の兵士たちはどうすることもできなかった。
逃げ惑う人々を尻目に、自分のステータスならばドラゴン相手にも何とかできるのではないか……と、手にしていた刃を落としている剣を、ドラゴンめがけて槍投げの要領で剣を投げつけてみると、剣は鋭い勢いで飛んでいき、ドラゴンの身体に突き刺さった。
どうやら自分のステータスであれば、あのドラゴンと戦おうことができることが分かり、逃げ惑う人々に目を向けて深い溜め息を吐き、スマホから自分の剣を取り出して逃げ惑う人々と反対方向に歩き出すと、アオやマリーは必死に何かを言っているが、この状況を何とかしないといけないので仕方がなくドラゴンのいる方へと向かう。
このような状況で、アルやシールス達はどこへ行ってしまったのだろうと、頭の片隅で思いながらドラゴンに向かって駆け出した。




