4話 人として当然
街をぶらついていると色々な人とすれ違う。見るもの全てが真新しく、本当に別の世界へ来たのだと思い知らされた。
気が向くままぶらぶらと街の探索をしていると、既に時間は16時過ぎになっており、日が暮れ始めてきていた。チラホラと店の明かりが灯り始め、徐々に人影が少なくなり始めてくる。
人が少なくなるにつれ、町はかなり寂しくなり始めてきた。出店もなくなり、やることも無いのでギルドへ行ってみると、町の外から戻ってきた冒険者らしき人達が酒盛りをしていた。
「随分と気前が良いみたいですね」
カウンター席に腰掛け、カウンターの中にいた女性にそう言ってエールを注文する。すると、女性は注文をしたあと席を外してしまい、バルバスがニヤニヤしながらエールが入ったジョッキを俺に差し出してきたので受け取るのだが、ハゲたオッサンよりも若い女性の方が良かったなぁ……と、心の中で呟く。
「そりゃそうだろ。あいつ等は森の方へ行き、オーク共を狩ってきた連中だ。ランクはFランクばかりだが、それなりの腕っぷしはあるぜ」
オーク……確か自分がいた世界では豚の頭をした魔物だったはず。
この世界でも同じなのか分からないが、そいつらを狩りに行って酒盛りをしていると言うことは、かなり儲かったのだろう。
羨ましい。
1人で飲んでいると、自分と変わらないくらいの男2人が隣に座り、俺と同じエールを注文して飲み始めた。
そいつ等の会話に聞き耳をたて、何を話しているのか聞いていると、どうやらこいつ等も最近冒険者になったらしく、動物というか、猛獣との戦いに苦戦しているような会話をバルバスとしており、溜め息交じりで愚痴を溢していた。
話している内容から推測してみたところ、まだレベルが低いのであろう。2人がかりでなんとか数匹の猛獣を仕留めて戻ってきたらしい。
まぁ、俺みたいなチートアイテムを持っている訳ではないので仕留めた獲物を持って帰るのも大変なのだろうな。
そんな事を思いながらエールを飲み尽くし、金を支払い宿屋へ戻ることにした。
翌日、町の外へ猛獣狩りへと向かうことにした。
初めてこの世界へ来たときは、ウザったいと思うほど猛獣が現れたのに、今日に限っては全く姿を見せてくれない。
何か良い方法がないかスマホで検索してみると、探索系でいくつかのサイトが有ったのでタップして内容を確認してみる。どうやら地図アプリに課金することで、生き物の位置を探知する事ができるとようになると書かれており、このまましらみっ潰しに探してみても埒が明かないため、課金することにした。
しかしこの探知アプリだが、思っていたよりも金額が高く、課金額が300Gするため残金が12Gとなってしまう。昨日、酒なんて飲まなければよかった……などと思いながら探知アプリをインストールさせた。
本当に性能が良いらしく、直ぐに「インストールが完了しました」と、画面に表示され地図アプリが自動的に開く。
画面上に『しばらくお待ちください』と一瞬だけ出ていたと思ったら直ぐに地図画面へ切り替わり、地図上に何種類かの色が付いた印が現れた。
画面を縮小して町がどのように表示されるのか確認すると、町は青い人型の印と紫色の人型が沢山表示されたので、青色や紫色の印は人を表しているらしい。
赤い獣みたいな印と黄色い獣のような印が町から離れたところで表示されており、こちらのどちらかが魔物で、どちらかが猛獣を表しているのだろう。
また、自分は分かりやすく逆三角形の様な印で表示されており、他のキャラクターと区別されているため、自分がどこの場所に居るのか分かり易くなった。
スマホの画面をある程度拡大し、側に獲物がいないか探してしてみる。
すると、少し離れた場所に黄色い獣印があり、その印が獣なのか魔物かのどちらを示しているはず無ので確認するために向かう戸、印の場所に居たのはビッグラビ。
兎は草食動物なので草でも食べているのかと思いきや、よく見ると何物かの死骸を咀嚼していやがった。
黄色の獣印はだということが分かったが、あいつ……肉食だったのかと思い、初めて出会った時の事を思い出し、能力を向上させていなければ、あの様に食われていたかも知れないと、ホッと息を吐いた。
流石は異世界。
以前いた世界では考えられないほど半端無い……。だが、お食事している時ほど油断しているものである。ゆっくりとショート・ソードを鞘から抜き出し、勢い良くお食事中のビッグラビ目掛けて駆け出した。
普通の兎であれば逃げ出すのだが、ここの兎は人を襲う。
ビッグラビの食事を見て、相手が逃げないと踏んで攻撃を仕掛けたのだ。
虚を衝かれたビッグラビ。
慌てて振り向き前脚を上げて攻撃を仕掛けてくる。
流石に殺伐とした自然界で生き残ってきただけはある。
しかし、その行動も読み切っており、前脚を躱しビッグラビの懐に潜り込み心臓付近にショート・ソードを突き刺して縦に切り裂く。
昨日は、後ろへ回り込んで攻撃をしていた。だが、頭の中で懐に入るイメージが浮かび上がり、そのまま身体がイメージ通りに動いた。
ビッグラビは一撃で絶命し、ビッグラビの血を払ってから剣を鞘へ収め、死骸をスマホに収納。ここまでの動きが剣技1のなせる技能なのだろうか。
しかし、まだ一兎だけしか仕留めていない。
ビッグラビの肉は30Gで、毛皮が20G。合わせても50Gにしかならない。
本当にチートな生活を送るならば、どんどん課金して能力を上げ、どんな依頼でも簡単にクリアできなければならないだろう。
再びスマホのマップを開き、次の獲物を探しに行く。黄色い印が猛獣と分かれば、無理に赤い獣の印へ近寄る必要はない。
夕方になるまで猛獣(といっても兎や猪、鶏だけ)を狩り続け、空を見上げると日が暮れ始めており、猛獣を狩り続けた疲れが出始めたので町へ戻ることにした。
町に辿り着いて直ぐに宿屋へ向かうことはせず、まずはギルドへ向かう事にした。
ギルドの中に入ると、冒険者達が食事をしていたり酒を飲んでいたりして、店内は喧騒に包まれていた。
取り敢えずバルバスを探してみるが、何処を見渡してもバルバスの姿は見えず、他の店員に猛獣の換金を依頼する。
スマホから解体した肉や毛皮を出すと、職員だと思われる男は驚いた声を上げるのだった。バルバスは見ているので知っているが、他の人は知らないから当たり前だろう。
今回の報酬は850G。
剣技が上がって戦いやすくなった。
しかし、頭の中に浮かんだ攻撃ができるのかと不安になってしまい、幾度か躊躇してしまう事があったのでこの金額である。
だが、今日の経験が明日に繋がる事は確かだと思わせる一日だった。
ギルドでお金を受け取りアスミカ亭へ戻ると、受け付けの女の子が食事は何時頃にするのかと聞いてきたので、今から食べられるかと聞くと、女の子はリッツに食事の準備をするよう指示した。
子供が顎で大人をこき使っている様子は、異様なものだ。
暫くして食事が部屋に運ばれてきて、部屋で食事を食べながらスマホのステータスを確認すると、ステータスの数値とレベルが上がっていることに気が付く。
「おぉ! レベルが上がってる」
レベルが上がったお陰でステータスが向上していおり、お金を使わずともステータスの数値が上がることが分かった。
身体を動かし実戦経験を積んだ事がレベルアップに繋がったのだろう。
しかし、今の状態では不安が残る。
もう少し力と速さ……いやいや、全体的に10ポイント程上げておいた方が良いかも知れない。
500Gほど課金し、全体のステータスを10ポイント上げて明日に備え、今日は眠ることにした。
所持金:362G
翌朝、ギルドへ向かい掲示板の依頼内容を確認する。
依頼にはゴブリン討伐や素材集めなどがあり、報酬は依頼内容によってバラバラである。
素材集めの報酬は安い。
やはり決まった場所へ行き採取して来るだけだからかも知れないが、魔物討伐はそこそこ良い報酬額だ。
猛獣駆除は想像よりも値段が高かった。
バルバスがいたので理由を聞いてみると、猛獣共は田畑を荒らしたりするらしく、駆除しても減る事がないのと、食料にもなるので喜ばれるとの事。
ある程度依頼に対して理解ができたが、まだ依頼を受けるのは止めておき、街の外へ出て猛獣狩りをして一稼ぎする事にした。
ステータスの数値が上がった事と、この世界に順応してきたのか分からないが、昨日よりも順調に狩りをする事ができた。
昼頃には昨日の稼いだ額に近付き、少し休憩をする事にして木陰で身体を休める。
スマホで仕留めた猛獣の数を観て頬を緩ませる。
まだ昼なのに昨日と余り変わらない数。
どう考えても昨日の額は超える。
ウハウハな気分でマップを開き、次の獲物を探し始める。
拡大表示でマップを動かしていると、少し離れた場所で青い人型が赤い獣印に囲まれており、両方の印は激しく動き回っていた。
どうやらこのアプリはリアルタイムで探知されていて、今現在、人と魔物が戦っている様だ。
しかし多勢に無勢。
このままでは青い人型が負けるのは時間の問題だろう。
徐々に人型の動きが鈍くなり始めている。
しかし魔物と戦った事が無い自分が駆け付けたところで、今現在戦っている人の足を引っ張るだけかも知れない。
スマホを見つめながら少しだけ迷ったのだが、助けない事で負い目を感じるのならとスマホをポケットへ仕舞い、戦いが行われている場所へと駆け出した。
徐々に姿が見え始めてきて、剣を鞘から抜き出し飛び掛かる。
耳の尖った魔物が、ナイフらしき武器で冒険者らしき人に襲い掛かろうとしていた。どうやら自分の存在に気が付いていない様子だったので、走っている勢いを利用しながら背後から魔物を斬り飛ばし、一匹目の魔物を始末して戦況を覆す。
やはりステータスの数値が上がっていると、身体が軽やかに動き、油断していた魔物をあっと言う間に倒す事に成功する。
ビバ! チート!!
「ハァハァ……。た、助かったよ……」
息を切らしながら魔物と戦っていた冒険者が話し掛けてくる。
俺はVITが上がっているためか、息の一つも切れていない。
「無事なら良かったよ。先ずは……この得体の知れないコイツ等をどうするかだな」
「コイツ等はゴブリンだよ。知らないのかい? 気が付いたら囲まれてしまってね……ハハハ……」
苦笑いをする冒険者。
よく見たら先日ギルドでバルバスの奴に猛獣狩りで上手くできなかった事を愚痴っていた奴ではないか。
彼は『イルス=デル=アリアリ』、どうやら同じ18歳らしい。
お互い自己紹介をして、自分が仕留めたゴブリンを貰って良いかと確認してからスマホの中へ収納し、「じゃあ、頑張れよ」と彼に言って、その場から離れようとしたのだが……。
「ちょ、ちょっと待ってくれないか!」
次の獲物を狩りに行こうとしたところ、イルスに呼び止められた。
「ん? どうしたのさ?」
「い、一緒に行動しては……駄目かな?」
恥ずかしそうに言い、少し考える。
一緒に行動するのが駄目と言う訳ではないが、彼は同じ駆け出し冒険者。
正直に言うと足手まといになる可能性が高い。
しかし、ここで無下に扱いギルド内で自分の事を悪く言われたらたまった物ではない。
どうしたものだろうか……。
「えっと、イルスさん?」
「イルスで良いよ、リョータ」
自己紹介をして間もないのに、いきなり呼び捨てされた。
ここで彼を呼び捨てにしなければ、ここから先、誰も呼び捨てする事ができなくなるかも知れない。
そんな事を思いながら彼に回答する。
「じゃあイルス、一緒に行動するのは構わない。けど、先程みたいな事があって、助けてくれと言われても、俺も駆け出しの冒険者だから助けることはできないかもよ。それでも良いか?」
「か、構わないよ!」
嬉しそうにイルスは喜び、一緒に狩りを行う事になった。
日が暮れ始めてきたので町へ戻ることにして、ギルドで換金を行う。
今日はゴブリンを8匹にビッグラビを9兎、ヴェルを6匹、プルスを10羽仕留めることができた。
だが、本当であればもう少し稼ぐことができたのは事実。
一緒に行動をしていたイルスにも少し稼がせる必要があり、譲り合いながら狩りをして、思ったより狩ることができなかった。
しかし、今日はゴブリンと戦う事ができたのは収穫だろう。
これからは赤い獣印でも近寄って確認し、戦う事ができるだろう。
【本日の報酬】
ゴブリン:8匹 討伐報酬 800G(1匹=100G)素材 240G(素材1匹=30G)
ビッグラビ:9羽 肉 270G 毛皮 180G
ヴェル:6匹 肉 300G 毛皮 120G
プルス:10羽 肉 100G
[合計]2,010G
所持金:2,372G
やはり午前中に稼いでいたことが良かった。
イルスが思った以上に足手まといだったが、ギルド内での印象を悪くしないためには仕方がない。
「リョータ、1杯奢らせてくれよ。色々とお礼をしたいんだ」
別れようとしたが、イルスが奢らせてくれと言う。
悪い奴ではないのだ。
お言葉に甘えてイルスに奢ってもらう事にして頬を緩ませ返事する。
今は出来る限りの情報が欲しい。
スマホ以外でこの世界についての情報を得るため、冒険者イルスから引き出せるだけ情報を引き出すのだった。
どうやらこの世界には『魔法の袋』というアイテムがあるらしく、皆それを購入して道具や獲物を仕舞っているらしいが、その魔法の袋に収納できる数が決まっているようで、イルスが持っている袋は畳四畳半程の荷物しか入らないらしい。
他にも、ギルドの地下には練習場があり、駆け出し冒険者達は引退した冒険者達に戦いの志等を教えてもらえる様だ。
これは有意義な情報を仕入れた。
「リョータ、明日も同行させてくれないか?」
「あー……、明日は――」
明日の事は一人で町の外へ行きたいので断ろうとしたのだが……。
『いた!!』
後ろの方で声がして振り向いてみると、そこに立っていたのは先日イルスと一緒に飲んでいた冒険者らしき男だった。
「イルス、随分と探したんだぞ! お前が中々戻ってこないから心配したんだぞ!」
「あ、悪い……。カルキダ」
「悪いじゃないだろ! 全く……」
いきなり現れたカルキダと呼ばれた男。
コイツはいったい何者なのかさっぱり分からなく、ポカーンと口を開けたまま二人を見ていた。
すると、カルキダと呼ばれた男はこちらに気が付き、指を差しながら「誰だ? コイツ……」と言ってきやがった。
随分と失礼な奴だ。
「あ、リョータ! 紹介するよ。彼はカルキダ=ミュズ=エスタシオ。僕と一緒の村で育ち、彼と一緒に行動をしていたんだ」
「そ、そうなの……。えっと、俺は石橋亮太。リョータと気軽に呼んでくれよ」
挨拶くらいはしておくのは人として当たり前のこと。
そう思い、カルキダに手を差し出すのだが、カルキダは愛想のない顔で「あっそう。宜しく」と、差し出した手を握る事すらせず、イルスの方に向き直る。
仕方がなく差し出した手を引っ込め、ジョッキを手にして二人の様子を眺める。
もしかしてカルキダはそちら系なのだろうか……。
「で、イルス。今日の稼ぎはどうだったんだよ?」
「聞いてくれよカルキダ! 今日はリョータのおかげで過去最高の報酬を手に入れたんだ。それに彼は、僕が魔物に襲われているところへ現れ、見知らぬ僕を助けてくれたんだ! 誰かさんは昨日飲み過ぎて、宿屋のベッドから起き上がる事もできずに――」
どうやらやけ酒をしたらしく、二日酔いで動けなかった様だ。だらしねー奴だ。
「ちょ、そりゃ……悪かったよ……。えっと、リョータ……とか言ったか? ありがとうな。コイツを助けてくれて」
こちらへ向き直り、カルキダはお礼の言葉を言う。
だが、その目はお礼を言っているようには感じられず、渋々言っているように感じた。
「あー……いやいや、同じ冒険者として当たり前の事をしたまでだよ。じゃあイルス、今日はこれで帰ることにするよ。明日も頑張れよ」
そう言って席を立ち、カルキダに席を譲ると、イルスは「あっ……」と、何か言いかけたのだが、追加で頼んだ飲み食いした代金を置いて、その場から立ちさり、アスミカ亭へ帰るのだった。