38話 ついに来ました王都です
やはり統率が取れていない集団はあっけなく壊滅する運命のようだ。
リーダー的存在だった女が行方不明になっただけで、盗賊たちは町への襲撃を止めてしまった。しかも、誰が次のリーダーになるのかで内輪揉めを起こし、A派、B派と派閥ができたようである。
これはスマホの地図アプリを使用し、盗賊の集団が分裂したのを確認しての推測であり、誰かが偵察しに行ったわけではない。
そして、ギルドが討伐隊を編成したことにより、盗賊たちは町へ攻め込む前に冒険者たちに追われしまい、散り散りになって消滅してしまった。
何と言えばよいのか分からないが、呆気ない最期であることには変わりはない。そのことを女盗賊に説明すると、深い溜め息を吐いて項垂れていた。
多少は未練があったのだろうか。もし、彼女が盗賊という生活に未練があったのならば、容赦なく始末させてもらうことになる。
できうる限り女性を手にかけたくはないため、それとなく未練があった場合について話をしてみるが、女盗賊は「未練というよりも、あんたが言っていた通りになったことに呆れてるのよ」と、呆れた目をしながら答える。
こちらとしては面倒ごとさえなくしてくれれば問題ないため、「俺としては余計な手間が減って助かるよ。今後ともよろしく」と、女盗賊に言うが、あまり良い顔をされることはなかった。
盗賊が攻めて来ないことで、ギルド主体で町は復興に向けて動き始める。ギルドが自分たちを逃がさないために馬を始末してくれたおかげ足止めを食らっていたため、商人が新しい馬を購入するため、マリーたちのリーダーと共にいくらかお金を出してあげることとなった。これに対しては女盗賊に対し、恨み言をいったが、女盗賊はギルドのしたことだから自分には菅家のない話だと、あっけらかんと答えたことに少しだけ苛立ちを覚えた。
だが、これでようやく王都に向けて移動を開始することができ、商人の護衛依頼を請け負っていたマリー達も移動を開始する。
この町から離れる旨をギルドに一言だけ告げると、ギルドの情報網で自分たちの事を知ったギルドマスターは、この町に引き留めようと必死だった。
だが、このような腐ったギルドマスターいる町に住むくらいなら、リヒテンブルクやエリエートの町へ戻った方がましだ。
それに、この町にとどまっていると、女盗賊の元仲間が現れた時が面倒なので、早めに出て行った方が良いだろう。
そういった理由もあり、自分たちもマリー達と共に王都へ向かう事となったのだが、女盗賊だけが膨れっ面をしていた。
「ねぇ! 何であんなに残ってくれと言われているのに、いちいち別の町へ移動する必要があるのよ?」
いちいち説明をするのが面倒くさいが、理解しないで連れて行っても五月蠅いだけだし、放置したら再び盗賊へ逆戻りなんてことも考えらえる。
説明をするのは簡単だが、もう少しだけ自分で状況を考えてくれても良いのではないか? などと思いながら、アルに説明するようお願いした。
アルなら快く引き受けてくれるだろうと思ったのだが、同じようなことを考えていたらしく、少しだけ頬を膨らませながら承諾し、女盗賊に説明する。
頬を膨らませたアルは、まるで子供のように可愛らしかったが、本当に面倒臭かったらしく、女盗賊へ大雑把に説明していた。
大雑把な説明では理解できなかったらしく、文句を垂れる女盗賊。考えてみればこの女の名前を聞いていなかったに気が付いたが、それはまたの機会にすればよいだろう。まずはこのバカ女に対して理解ができる程度の説明をすることの方が先決である。
「はぁ~……。あのなぁ、お前は馬鹿か? いくら盗賊から足を洗ったとしても、仲間だった奴から見れば、お前はいきなり行方不明になってチームをぐちゃぐちゃした裏切り者だ。そのような奴が、この辺を当たり前のように狩りなんっぞしてみろ。お前何やってくれちゃってんの? って、思われるに決まってんだろ。そしたら、直ぐに仲間を集め、言い訳なんていう暇がないレベルで殺されるに決まってるだろ。そういった面倒を避けるためにこの土地をさっさと離れるんだよ。もう少し考えてから発言をしろ。バーカ」
ハッキリ言ってこの程度のことを理解できないことに苛立ちを覚えるが、馬鹿に馬鹿といっても無駄なだけだから、ハッキリと言った方が手っ取り早い。
しかも、力の差は歴然としているのだから、逆らおうものなら殴り倒してしまえばいい。
「なっ!! この私に向かって馬鹿って――」
女盗賊がヒステリックになって言い返そうとしたが、一般の冒険者では目にも止まらない速さでアオが装備していたダガーを女盗賊の首元に押し付けるようにして黙らせる。
命を助けた人に対する言葉遣いが悪かったから、アオが珍しく怒りを表に出して女盗賊を睨みつけていた。
「いい加減に黙って頂けませんか? せっかくリョータ様が、貴女へ慈悲を与えて下さったんです。それを無下にするのならば、いっそうのこと死んでください」
文句を言うのならこの場で殺してあげると遠回りに言い放つアオ。女盗賊は「ごめんなさい……」と、両手をあげながら返事をするしかなかった。
似たようなことを何度かされたシールスは、発言する言葉を選び、尚且つアオではなく、言葉が通じそうなアルに話しかけている。
それから何事もなく数日が過ぎていく……とは言っても、それなりに魔物などは現れたのだが、マリーたちの冒険者グループの手で対応しており、どうしても手に負えない魔物に関しては、こちらで対処していた。
それからしばらくの時間が過ぎ、ようやく遠くの方にお城のような建物が見え始め、何と言うか、感動に似た声をあげてしまった。
何故なら、こちらのお城というものは小田原城や大阪城などとは違い、ヨーロッパなどにありそうな建物だったからだ。
海外に行けばそのような建物を観る機会があっただろうが、そのようなお金があるわけでもないし、海外なんて行く機会なんて全くなかった。
だから遠くに見えるお城に対し、感動してしまったのである。
「あれが……王都か」
近づくにつれてその大きさに圧倒されてしまう。そして、徐々に見え始める城下町……遠目からでもわかるほど、とてつもなく大きい町である。
「――はい、あれが目的地のオルランド城です」
いつの間にか隣を歩いていたマリーがお城の名前を教えてくれる。アオも初めてお城を目にしたのか、嬉しそうに尻尾を大きく振って喜びを表しており、アルはようやく宿屋でゆっくりできると思ったのか、ホッとしたような顔をしていた。
シールスと女盗賊(まだ名前を聞いていなかった)の二人は、同じようなタイミングで深い溜め息を吐いており、これから先のことを考えているように思えた。
城下町に入るための入り口で冒険者カードを提示して検問を通り抜ける際、女盗賊とシールスの二人は緊張したような顔をしていた。
やはり、過去に行っていた行為が知られてしまうと面倒なことになるという事なのだろうか。しかし、あの腐ったギルドマスターがいた町で冒険者登録ができたので、検問は問題なくパスすることができ、二人は安堵に満ちた顔をしている。
あの腐った町で冒険者登録ができたことは、本当にラッキーだったとしか言い様がない。
入り口を潜り抜けるとようやく町の中へ入ることができた。マリー達の冒険者グループは、依頼を完了させるために商人と話をして報酬を貰ってる間に、まずは宿の手配をしようとスマホでマップを開いて宿屋がある場所を探す。
幾つか宿屋を見つけ、アオやアルに宿屋がある場所を説明していると、マリーが服の裾を引っ張ってくる。
「あ、あのぉ……。この後、リョータさん達はどうするんですか?」
報酬の受け取りが終わったことから依頼終了となり、マリーたちのパーティは解散となったらしく各々が軽い挨拶をして来ていたが、どうやらマリーは自分たちに付いてくるようで、今後について聞いてくる。
普段であればアオが間に割り込んでくるはずなのだが、初めての城下町という事で、人通りが多いことに感動しており、マリーの質問には気が付いていない様子だった。
できればあまり人と関わりたくないのだが、知らない人でもないため簡単に答えることにした。
「ん~……。取り敢えず宿屋を探し、そこでこれからについて考えようかと思ってる。あの二人のこともあるしね」
チラッと女盗賊とシールスに目を向けて言うと、マリーも納得したような顔をして頷いていた。
「それに、ギルドとかでは俺たちの情報が届いている可能性もあるから、しばらくはひっそりと身を隠しておいた方が良いだろうしな」
あの腐った町でも自分たちの情報が伝わっていたのだから、王都のギルドにも既に情報が行き渉っているはずである。数日はギルドへ顔を出すのをやめておいた方が良さそうだと思いながらマリーに言う。
「そうなんですか~……。なら、私もそうしよっかなー」
別にお前は身を隠す必要は無いのでは? そう言いかけたが、口にすると後々面倒臭そうだったので話を打ち切り、再びスマホに目を向けて、安い宿がないか検索を始めた。
検索ワードに『オルランド 安い宿』と、入力して検索をかけてみる。
すると、宿屋のホームページのようなものが画面に現れた。この世界にインターネットなどあるはずがないため、小林氏のような奴らが作ったものだと自分に言い聞かせつつ、宿屋のサービスポイントや、値段などを確認していく。
宿代はピンキリで、物凄く安い宿だと隣の部屋にいる人の声が普通に聞こえるらしく、設備も良くないようだ。安すぎる宿に泊まるのを諦め、少しだけ宿のランクを上げて絞り込み、それなりにサービスが行き届いている宿が見つかったので、地図に表示された場所へと向かう。
宿にたどり着き中へ入っていく。すると、「それなりの宿ね……」と、後ろから女盗賊が生意気な台詞を吐く。すると、女盗賊の後ろに立っていたアオが、女盗賊の太腿辺りにローキックをかます。自分は何も命令をしていないのだが……。
不意に蹴られた女盗賊は、蹴られた場所を押さえながら「グォォ……」と、痛そうな声を上げてしゃがみこんだ。
「何を愚かなことを言っているのですか。リョータ様がいるから貴女方は宿に泊まることができるのです。リョータ様の優しさに感謝するのが当たり前なのに、我が儘なことを言うなんて失礼な方です!」
まるでゴミ虫でも見るかのような眼差しでアオが言う。もちろん、シールスは関わらないよう黙ってアルの後ろに隠れていた。
店の者に部屋が空いているのか確認すると、部屋は空いているとのことで、この宿に泊まることにして、宿帳に自分たちの名前を記帳していく。
自分とアオが同じ部屋で、アルと女盗賊が同じ部屋にした。アオが女盗賊と同じ部屋でもよかったのだが、アオがすごい剣幕で拒み自分と同じ部屋でなければならないと言い張るため、仕方なく女盗賊はアルと同じ部屋にしたのだった。
シールスは一人部屋になる予定だったのだが、マリーも泊まるというのでシールスと同じ部屋に泊まってもらうことし、シールスの部屋代は折半する形となった。
店の従業員に案内された部屋の中へと入る。部屋の内装はアスミカ亭と似ており、なんだか懐かしい気持ちになり、ベッドに腰かけて一息吐きながらライフリたちは元気にしているのだろうかなんて、少しセンチメンタルな気持ちになった。
この宿屋には食堂が完備されており、いちいち外食をする必要がなく、久し振りにゆっくりとアオと共に宿屋で休むことができた。
翌朝になり、皆と一緒に食堂で朝食を食べながら今日の予定を話し合うとマリーはギルドへ行きたいと言う。だが、リヒテンブルクの町での件が、王都のギルドに伝わっていないとは限らないため、自分とアオは、ギルドへ行かない方が良いだろう。しかし、あの戦闘にアルは殆んど参加していなかったため、アルはギルドへ行っても問題はないはずだ。 できる限り厄介ごとは避けたいので、自分とアオは城下町をうろついて王都について情報を仕入れることにし、アルとマリー、女盗賊にシールスの四人でギルドへ行ってもらうことにした。
だが、マリーは納得ができないといった表情をしていたが、前の町でのことを思い出させると、渋々納得して四人でギルドへと向かうのであった。
四人が宿屋から出ていくのを確認後、再び部屋に戻り布団の中へと潜り込むと、アオが不思議そうな声で質問してくる。
「リョータ様、城下町を探索するのではなかったのですか?」
「ん? あぁ、あれね……。今日はパス。どうせアルたちがギルドで適当に情報を仕入れてくるだろうから、いちいち俺が街に出なくとも問題はないよ」
「ですが――」
「大丈夫大丈夫。何の問題もない。ここ最近、しっかりと休んでいなかっただろ? 今日くらいはゆっくりと休ませてもらうぜ。それに、俺にはこれがあるから何の心配もいらないよ」
そう言ってアオに向けてスマホを見せるのだが、アオは言葉の意味を理解していないらしく、不思議そうな顔をして首を傾げている。主人が出かけないというのなら、自分も出かける必要はないため、アオは取り敢えず武器や防具の手入れを始めるのであった。
アオが武器の手入れをしている間、ベッドに横たわりながらスマホで王都について調べていると、近々王国主催の武術大会らしきものが行われるようなのだが、参加する気がない自分には全く関係がない行事であった。
しかし、そのようなことが行われるのであれば、この国にいる強者冒険者たちが集まってくるはずで、この国で強い冒険者の実力が分かる可能性は非常に高いはずである。
そんな事を考えていると、武器の手入れを終えたアオがベッドにやってきて、ベッドに腰を掛ける。防具などを外しているため、アオの服装はシャツとショーツのみであり、まるで何かを期待しているかのように思える。そして、尻尾はユラユラと揺らして、触ってほしそうな動きをしていたため、スマホを仕舞い、アオのお尻に触れると、アオは触れた手を掴んで振り向いて自分の胸に手を滑り込ませた。
滑り込まれた手の指を突起物に触れてみる。すると、アオは一瞬だけ身体をビクンとさせたが、特に嫌がる様子はなく、むしろ嬉しそうな表情を浮かべているため、アオの身体を引き寄せ、唇にキスをしてベッドに押し倒し、その日は久し振りにアオの身体を堪能した。
ゆっくりと目を覚ましてスマホで時間を確認してみると、どうやら夕食も食べずに眠ってしまったらしい。久し振りにベッドで休むことができたことと、お楽しみをすることができたため、どうやら力尽きて眠ってしまったようだ。
「おはよう御座います! リョータ様」
起きたことに気が付いたアオが、朝の挨拶をしてくる。昨日はアオの身体を堪能していたため、アオは服を羽織っておらず、生まれたままの状態で腕に抱き付き、胸を押し当ててくる。
それに気が付いた時には自分の息子は元気になっており、アオはハニカミながら「リョータ様、アオが暴れん坊をあやしてあげますね」と、いたずらな笑みを浮かべた後、顔を息子の所へ持っていき、暴れん坊をいさめるように口にほうばって鎮めてくれた。
アオに息子の世話をしてもらったのち、着替えてから朝食を食べに食堂へ向かう。すると、食堂にいたアルたち四人に冷たい目で睨まれた。
何か悪いことでもしたのかと、疑問を抱いたのだが、特に思い当たる節は見当たらず、首を傾げながら近くの席に腰を掛ける。
すると、マリーが昨日は何をしていたのかと聞いてきたので、部屋で休んでいたことを伝えると、深い溜め息を吐いて残念な奴を見るような目でみられながら、昨日の調査報告を伝えてくる。
内容的にはスマホで調べたものと変わりはなかったが、近くの村でコボルトによる被害事案が多発しており、調査並びに討伐依頼が出ているとのことだった。しかし、スマホで調べた内容と、誤差が少ないことに驚きを通り越して恐怖を感じてしまう。
コボルトの件についてどうするのかとマリーやアルが聞いてきたが、自分やアオが対応すると、ギルドで騒ぎになる可能性もあるので、アルやマリーの四人に対応してもらい、自分とアオは、しばらくの間は宿屋に身を潜めることにした。
かなり目立つことをしてしまったのだから仕方がないとアルとマリーは理解をしてくれるのだが、シールスたちは理由を知らないため納得ができないような顔をしていたため、後でアルが説明をしてくれることとなった。
数日間の予定が決まったので、アルたちはギルドへ依頼を受託しに行く。宿屋に身を隠す予定だったが、暇すぎるので王都見学へ行くことにし、アオと共に街中をぶらつくことにした。どうせギルドなんかに寄らなければ問題ないだろうと思ったからである。
城下町をぶらぶらとうろついていると、冒険者の噂話が聞こえてくる。だた、その噂話は自分のことではなく、他の冒険者についての噂話で、まるで自分たちがやったことは大したことがないような内容であった。
その冒険者についてアオが聞き耳をたてながら説明してくれるのだが、どう聞いても自分のことを言われているようにしか思えず、笑いを堪えてアオの話を聞く。
どうやら誰かが自分の手柄のように言いふらしているらしいが、そいつもそれなりに実力があるようで、二つ名を持っているらしい。
立ち聞きも何だから、近場の喫茶店のような店に入り、適当な飲み物を注文してゆっくりとアオの聞いた噂話についてスマホで調べてみる。
スマホの検索ワードに【オルランド城 二つ名 冒険者】と、入力し、検索ボタンをタップすると、数十人も二つ名を持った冒険者の名前が検索に引っかかる。
「二つ名を持った冒険者って、こんなにいるのかよ」
中二病全開の二つ名を観て、笑いが込み上げてくる。だが、彼らにとってはそれは名誉な名のだから笑ってはいけない。だが、どうしても中二病患者が名付けそうな名前だから、直ぐにその画面を閉じてスマホをポケットの中へ仕舞い込んだ。これ以上みていると、本当に笑ってしまうからである。
この様子では、ギルドへ行っても特に問題になりそうにないので、注文した飲み物を飲んだら、ギルドへ向かってみることにした。
ギルドに到着し、取り敢えずギルドの中へ入ってみる。すると、店内での噂話はアオの言っていた冒険者たちのことばかりで、自分たちのことなんか眼中にないようだった。
これはラッキーだと思い、今まで倒してきた魔物や猛獣などを換金を試みるが、やはり自分たちのことだとは誰も気が付いていないようで、無事に換金を済ませることができたのだが、アオは自分たちの手柄が取られていることに納得ができていないらしく、頬を膨らませていた。
換金したことでそれなりにお金が手に入り、取り敢えず武具を新調することにして、スマホで評判が良いお店を調べ、そのお店へと向かった。
お店はデパートのように広く、色々な武具が展示されており、今まで見てきたお店と異なっているため、まるで田舎者のようにキョロキョロしながら店内をうろつき、自分に合う武具を探していく。
現在のステータスだとそれほどダメージを受けるようなことはないと思うが、万が一っていう事もあるため、現在装備している皮製の防具から鉄製の防具へ変更することにして、陳列されている防具を眺めていく。
防具にもいろいろな種類があり、自分に合った防具を選んだ方が良いため、できればアルが傍にいてくれれば助かるのだが、自分で厄介払いをしてしまったのだから仕方がない。
そんなことを思いながら陳列されている防具を観ていくと、フルプレートの防具が目に入った。フルプレートの防具で思い浮かぶ人物と言えば、ドン・キホーテだろう。馬に乗って妄想と現実が区別できなくなった人物……だったかな?
しかし、この世界は現実であり、妄想ではない。本当に命の危険が付きまとっている世界である。この先、これくらいの装備が必要になるかも知れないが、今のところは大丈夫だと思うし、いざとなればスマホでステータスを爆上げしてしまえば問題を解決できるかもしれない。
取り敢えず、今回は籠手と胸当て、兜に盾を購入することにして店員に話しかけると、アオが服の裾を引っ張ってきた。
「リョータ様、防具を揃えるのは理解できますが、盾も購入されるのですか?」
「ん? あぁ、敵の攻撃を防ぐのに必要かなって……」
普通に考えれば盾で身を守るのは当たり前のことだが、アオは釈然としない顔をする。
「何か問題でもある? 盾を使った訓練もしただろ?」
「まぁ……そうなんですが、こちらには銃という武器がありますので、相手が近寄って攻撃をしてくることがないかなって思いまして……」
たしかにアオの言うとおりである。銃で牽制すれば敵が近寄ってくることはないし、弾速についていける人がいるかと聞かれれば、ほとんどの生き物が反応できるはずがない。
よく、漫画で弾丸を避ける描写が描かれているが、あれは弾丸を避けているのではなくて銃口の位置を観て動いているに過ぎないだけである。拳銃の弾丸は秒速200~600mで、中間の秒速400mだとしても時速1440kmと、とんでもない速さで飛んでいくため、弾丸を見極めてから避けるというのは、普通に考えて無理だろう。
しかし、弓矢を使う相手だとしたら話は別だろう。人は身を守るしぐさをするものであり、突然の出来事に対して身体の弱い場所を守ろうと動いてしまうため、盾を身に着けている事に越したことはないはずだ。
「万が一って事もあるだろ? 矢の雨なんか降ってきたら逃げようがないから、持っていても損はないし、使わなければ仕舞っておけばよいだけの話だ」
盾について説明すると、アオは「それもそうですね! 流石、リョータ様です!」と、納得した顔をして自分に合う盾を選び始めた。
防具を一通り選び、店員にお金を払う。だが、アオの身体には獣耳や尻尾などがあるため、防具の調整が必要となり、受け取りは後日となった。
次は武器を選ぶのだが、考えてみると大抵の武器は途中で使い物にならなくなってしまっているため、できれば耐久力の高い武器が欲しい。
陳列している武器を観ていくと、鉄とミスリルの合成品で作られた武器が飾ってあり、店員に話を聞く限りでは、この店……というか、この王都では、この武器より耐久力が高く、一番切れ味が良い武器は無いとのことだった。
王宮の近衛騎士団が装備しているミスリル製に比べれば、数段劣ってしまうらしいが、この国では王宮の近衛騎士団以外が完全ミスリル製品を取り扱うのは禁止されているらしく、この国で最高の武器はこれしかないとのことだった。
反乱など考えたら強い武器は王宮内で管理するのは理解できるが、全てを管理するというのはやり過ぎのような気がする。しかし、店員が悪いわけではないため文句を言うこともできず、アオと自分用に半ミスリルソードを購入することにしたが、アオは切れ味の良さそうなダガーを選ぶ。
ダガーはクナイみたいな物なので、投擲武器として扱うこともでき、得物が短いため隠密活動に使用することもできる武器だが、自分は全くと言ってよいほど使用することがないため、正直に言って必要がないと思っている。……だが、アオは自分が使うので購入してほしいとお願いしてきたので、それも含めて購入することにした。
しかし、銃にダガー……アオはアサシンでも目指しているのだろうか。そう思わせる装備類。まぁ、自分を守ってくれるなら構わないだろう。
武器はその場で受け取り、アオは剣を腰にかけてダガーを見えない場所に仕舞い込む。自分は剣だけ装備することにして、アルたちと合流するためにギルドがある方へ向かっていくと、アルたちが前からこちらへと向かって来ていたため、合流することができた。
そして、昼飯の話をしていると、マリーがニヤついた顔をしていたため「何か企んでいるのか?」と、問いかけてみた。
「えへへぇ……。リョータさん、武術大会の登録は済ませてありますからね! 思う存分暴れて下さい!」
言われている意味が理解できず、一瞬だけ時間が止まったように、マリーを除く全員が固まる
「は? 今……なんて……」
何か聞き間違えたのかと思い、再び質問をしてみる。
「ですからぁ、武術大会の参加に登録をですね……」
爽やかな笑顔でとんでもないことを口走るマリー。慌ててアルの方に顔を向けると、アルは引き攣った顔をしながら頷く。
「ち、ちょっと待て! 俺は出る気なんて更々ないぞ!」
自分の意思とは関係なく登録する奴が何処にいるというのだろうか。
「え? だって、リョータさんなら、優勝は出来ずとも、良い線まで行けると思いますけど……」
そういう問題ではない。面倒な事に巻き込まれる可能性が高い、武術大会に参加したくなかっただけである。
「それに、上位に食い込めば王宮の人に目を掛けてもらえたりしますし、仕事にも困らないですよ!」
そういうことは他人が勝手にやってくれれば良い話で、自分には必要のない出来事だ。また、王宮なんかで働く気もない全くないし、評価なんてしてもらいたくない。何故、勝手なことするのかが分からず、目が点になっている自分をよそに、マリーは楽しそうに武術大会について語っている。
楽しそうに語っているマリーを背にして、スマホで武術大会の概要について確認すると、奴隷のアオは参加することができないらしく、一般の冒険者のみが参加できる大会らしい。
何故、奴隷が参加することができないのかというと、王家の者が観覧するらしく、奴隷は主人の言うことを聞かなければならないため、万が一暗殺を企てている者がいたら危険だということで参加ができない規則らしい。
しかし、奴隷でなくとも暗殺を企てる奴は、どの様な手段でも使って暗殺を行うはずである。多分、捨て駒を出させない目的の1つなのだろうとは思うが、安直すぎて笑いしか出ない。だが、主催側にとっては大真面目で考えたのだろう。
一度参加登録を行うと、取り消すことができないらしく、深い溜め息を吐くことしかできなかった。
だが、この大会には奴隷であるアオを除いた全員が参加するらしく、ギルドの練習場でアルやマリー等は、お互いの剣術などを磨き合っていた。どうやらアルも結果を残して王宮で仕事をしたいようだ。
しかし、アルのステータスはスマホで弄っているため、そこら辺の奴らなんかには負けるはずもない。そのため、マリーが繰りだす攻撃を、意図も容易く躱してしまう。
シールスも加えて二対一で戦うのだが、アルに打撃を与えることなく、膝を突いて息を荒く吐いていた。
「アルさん、とても強いですね!」
尊敬の眼差しでアルを見つめるマリー。
「そう言われても、実感がないけどね……」
スマホを使ってステータスを向上させているから強いのであり、本当ならばそこら辺にいる町娘と同じ程度の強さしかない。スマホの機能については口外しないよう伝えているため、アルは苦笑いをしながら答えている。
「これほど強いのならば、もしかして師匠よりも強いのかも知れませんね!」
マリーの言う師匠とは、アオのことなのか、それとも自分のことを指しているのか分からないため、聞こえていないふりをしながら、知らぬが仏と、昔の人はよく言ったものだと思っていると、アオが気に障ったらしくマリーに言う。
「リョータ様の方が強いに決まっています! いくらマリー様でも、言って良い事と悪い事があります!」
余計なことを言ってしまったことを反省しているのか、マリーはアオにひたすら頭を下げるのであった。
そんな二人のやり取りを聞こえないふりをしながら大会について考える。
スマホで観た内容では、大会で活躍した者は王宮の戦士として雇ってもらえたり、王宮内の何らかの仕事を貰えたりするらしいが、そのようなことはに全く興味がない。なので、一回戦でわざと負けしまっても良いのである。
大会に出場したところで、別に冒険者としての品位を問われるわけではないし、相手絵がそれなりに強かったことにしてしまえば、文句を言う奴はいないだろう。
欠伸をしながらそんな事を考えていると、アオに許しを得られたマリーが稽古を付けて欲しいとお願いしてきた。
正直言って面倒だから断ろうとしたが、ここのところまともに戦いをした記憶が無い。このまあでは腕がなまってしまうと思い、マリーの相手をしてみる。
だが、ステータスに開きがあるため、マリーは何が起きたのか分からないうちに空を見つめることになってしまう。マリーが特別に弱いという訳ではない。能力値の問題なのである。
マリーのステータスは、優しく見積もっても二桁になったばかりだろうが、自分のステータス値は三桁もあり、マリーのスペックで自分の相手をするというのは自殺行為に近い。
仕方ないので手を抜きながらマリーの攻撃を木剣で受け流していると、だんだんと飽き始めてくる。マリーは必死にやっているため、そんなことはないだろうが、こちら側としたら隙だらけにしか見えず、大人が子供の相手をしているようにしかみえない。
「なぁマリー……。俺とお前では実力の差があり過ぎて稽古にならん。ここはアルやアオに訓練してもらった方が良いと思うぞ」
マリーの攻撃を受け流しながら言うと、マリーも実力の差に気が付いているらしく攻撃の手を止めた。
「そ、そう……ですね」
ガックリしながらマリーは手を止めると、自分とマリーの稽古を眺めていたアオが立ち上がり、不気味な笑みをうかべる。どうやら話を聞いていたらしく、アオは木剣を手にしてマリーの側へと寄った。
「マリー様、その程度の実力しかないのに、私のリョータ様と訓練しようなんて、早すぎというよりも身の程をわきまえた方がよろしいかと思います。その舐め腐った性根を、アオが鍛え直してあげますよ……うふふ……」
まるで人が変わったようにアオが言う。聞き間違いではないかと思ったのだが、どうやら聞き間違いではなかったらしく、マリーの顔は恐ろしい物でも見ているかのように強張らせており、訓練とは名ばかりで、隙だらけのマリーに対し、一方的に木剣を打ち込みまくるのであった。
空気の状態になっている元盗賊としシールスの二人は、触らぬ神に祟りなしといった様子で、アルに稽古をつけてもらうのであった。




