32話 英雄という名のイジメ
できれば自分も強くなりたいとアルも言うため、二人のステータスを上げることにしたのだが、いきなり凄く強くなっても如何なものなのだろうかと思い、取り敢えず一人あたり5,000Gを使って、ステータスを上げることにした。
名前:アルケミ=エレ=サナタリ
年齢:19
Lv:3
HP:8
MP:10
STR:4→104
AGI:3→103
DEX:14→114
VIT:5→105
INT:10→110
スキル:【鑑定1】【家庭技術2】【弓1】【射撃1】
生活魔法:【浄化】
回復魔法:【リカバ】
名前:アオ
年齢:16
Lv:3
HP:43
MP:6
STR:23→123
AGI:25→125
DEX:29→129
VIT:24→124
INT:15→115
スキル:【超回復】【丈夫】【聴覚2】【嗅覚2】【剣技2】【狙撃2】【弓2】
生活魔法:【浄化】
所持金:113,652G
VITとINTを上げたことによりHPとMPは上がるはずだから、時間が経てば本来のHPとMPになっているはずだ。ステータスを上げたことを二人に伝えると、二人は椅子から降りて軽く体を動かし始める。すると、二人は声を揃えて今までよりも身体が軽くなったように感じると言う。
「本当に能力を上げられるなんて……『ちょっと』と言うか、かなり驚きますね。最初はあ信じられませんでしたけど、今までの言動を考えてみれば納得ができちゃう自分がいます……」
今まで両手で抱えるようにして持っていたツーハンデッドソードを、片手で持つことができるようになったアルが言い、アオも試しに持ってみたいと言うので、アルはツーハンデッドソードをアオに渡す。すると、アオも軽々と持ち上げ、驚きの声を上げるのであった。
「それが普通だと思うよ。俺だって今だに信じられない部分がある。だけど、これが現実ってやつなんだから仕方がない。それと、念のためアルにもこれを渡しておくよ。使い方はアオから説明を受けてるからわかるよね?」
スマホのことが信じられないと言われるのは理解できるので、自分が思ったことをアルにいうと、アルは少し苦笑いをしていたが、スマホから取り出した銃を差し出すと、アルは少しだけ嬉しそうな顔をして銃を受け取り、エアガンとの違いを確認し始める。
「それと、こいつも渡しておくよ。アオ、使い方などの説明は頼んだよ」
弾丸とサプレッサー、交換用のマガジンをアルに渡すと、アオは言われた通りにマガジンの交換や、サプレッサーの使い方を説明したり、安全装置についての確認方法なども教えたりと、銃について細かくアルに説明をしていく。
アオが銃の使い方などを説明している間に、スマホで必要そうな武器を選んで購入し、いつものように設置されていないはずのチャイムホンの音が鳴り響いたため、玄関へ向かい注文した武器を受け取る。
何度か注文をして分かったことなのだが、宅配業者を識別できるのはどうやら自分だけらしく、このチャイムホンの音が聴こえるのも自分だけらしい。
チャイムホンが鳴り響いた時、アルやアオに受け取りをお願いしたが、二人は口を揃えて「そんな音、聞こえませんでしたよ?」と、不思議そうな顔をしながら言われてしまったのである。そのため、この音に関しては自分だけが聴こえるものだと認識し、二人にお願いをしないで自分で受け取ることにしたのであった。
翌日の朝、いつものように三人で朝食を食べてからギルドへ向かうと、ギルドの前は沢山の冒険者で溢れかえっており、我こそはと自信ありげな台詞を述べている冒険者が沢山おり、自分らの出番はないのではないかと思いながら、その集団を見ていた。
しばらくギルドの前は自分の強さを語る者たちで騒ついていたのだが、突然、怒号のように挨拶をする副ギルドマスターが現れ、冒険者たちは一斉に静まり返る。そして、副ギルドマスターから何やら挨拶らしきものがあったらしく、静まり返っていた冒険者たちは一斉に怒号のような雄叫びを上げた。
その後、ギルド職員らしき人物から今回の魔物襲撃について何やら色々と説明があり、冒険者たちはその言葉に耳を傾け、今回の依頼に参加する冒険者たちは、何かの書類にサインを始める。
なんの書類なのか分からず、ようやく自分ところに書類が回ってくると、そこには今回の依頼で死ぬ覚悟があるかどうかと書かれていたもので、覚悟のあるものだけが参加できる仕組みとなっているらしい。死ぬ気はないが、取り敢えずサインだけすることにしてアオたちに回すと、アオとアルは真剣な眼差しでサインをするのだった。
そして、ギルドが指揮を取るらしく人員の配置を行なって行くのだが、何故か自分たちのパーティが前線へと送られることになっていた。最初の説明では、女性のいるパーティは後方へ配置され、支援を目的とした構成となると聞かされていたはずなのに……。
「ちょっと待って下さい! 何で俺達が前線なんですか? 女性がいるパーティは、後方で支援メンバーって言っていたじゃないですか」
この配置に納得ができず、たまらず冒険者たちを掻き分けて副ギルドマスターに確認する。
「エリエートのギルドから情報を貰っている! お前はHランクのくせにオークの集落を壊滅させたことがあるんだろ? それもたった二人で」
たしかにアオと二人でオークの集落を攻め落としたが、今回は状況が違う。納得ができないと副ギルドマスターに食って掛かるが、副ギルドマスターは「お前らなら問題ないとエリエートのギルマスが言っていたぞ」と、ニヤついた顔で言い放つ。クソッ! あの町は自分らに何か恨みでもあるというのか!
「だからって数百もいる相手に女性を二人連れて前線へ行けっておかしいじゃないですか! しかも、俺たちは一番ランクが低いHランクなんですよ!」
最もらしいことを言ってみる。普通に考えてもありえない話だ。
「なら、リョータ、お前だけ前線で、女性二人は後方支援……」
一人だけ前線へ行けと言おうとした副ギルマス。その言葉にアオが「嫌です!! アオはリョータ様と常に一緒です!! アオだけ安全な場所にいるなんてありえません!!」と、愛らしいことを言ってくれるが、今は時と場所を選んでいる場合ではない。
「では、三人とも前線へ行くように! これ以上、無駄な時間を使いたくはないし、変更はない!」
勝ち誇った顔をしながら副ギルマスが言い、自分たちの配置は前線と決まってしまったのである。前線と決まってしまったことに唖然とするアル。もう少しで自分は後方支援となっていたはずなのに、アオの一言で再び前線送りへとなってしまったのだ。唖然とする気持ちは分からなくもない。
「だ、大丈夫だよアル。俺が守ってやるし、それに他にも冒険者もいる。Hランクの冒険者は俺達だけだど、他にもランクの高い冒険者がいる。何かあったら直ぐに後方へ下がれば良いし」
そう、前線で戦うのパーティは基本的にランクの高い冒険者ばかり。Hランクのパーティは自分たちだけである。
だが、いくらフォローの言葉を掛けてもアルは首を垂らしたまま町の外へと出ていく。しかも「私こんな場所で死んじゃうんだ……」などと呟きながら、今にも泣きそうな顔で歩いていた。
そんな原因を作ったアオは、離ればなれにならずに済んで嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべながら手を握って勇みよく歩いていく。このギャップの違いは何だろうかと疑問に思いながら指定された場所へと向かうのだった。
指定された場所へ到着したが、魔物の群れらしいものは目視することができない。本当に魔物の群れがこちらへ向かってきているのか確認するため、スマホを取り出して調べてみると、指示があった方角が真っ赤に埋め尽くされており、本当に魔物の群れが町へと向かっていた。
いったいどれ程いるのか確認しようとしてみたが、数が多すぎるため数えることができない。とにかく沢山の魔物が町へと向かってきていることだけは理解ができたのであった。
それからしばらくして、土埃が目視できる距離まで魔物の群れがやってくる。
「なぁ、取り敢えず弓で先制攻撃したらどうだ? 1匹でも減らしたら生き残れる可能性が増えかもしれないぞ」
もの凄い適当なことを言ってみると、項垂れていたアルが顔を上げて言う。
「そ、そうですよね! 相手は遠くから攻撃する事ができないですもんね!」
その考えは間違っており、オークには弓を使う奴もいる。しかし、それをいまアルに教えたら、また泣かれてしまうかも知れないので黙っていることにした。
少しでも敵の数を減らせられるのであればと、アルとアオが弓を構え始めると、周りにいた冒険者たちも弓を構え出す。他の冒険者たちも同じ事を考えていたのか、それとも……二人が弓を構えたので真似をしてみたのか……。多分、冒険者たちの顔をみると後者なのであろう。慌てて弓を取り出して構えている奴もいる。
狙いを定め、アオとアルの二人が矢を解き放つと、周りの冒険者たちも合わせたかのように矢を解き放つ。沢山の矢が魔物の群れに向かって飛んでいくのだが、土煙がなくなることはなかった。
「まだまだ敵は沢山いるんだから、沢山矢を撃たなきゃ意味がないぞ〜」
和やかに言ってみるのだが、和やかな返事が返ってくる訳ではなく、アルは慌てて次の矢を放つ準備を始める。それを見て、周りの冒険者も同じように矢を放つ。少しでも敵の勢いが減ればと頑張っているのだが、スマホで状況を確認してみても魔物の数が減っているようには見えなかった。
「リョータ様、銃を使っても良いですか?」
矢を放っても、相手に届くまでに時間がかかるので、銃を使いたいとアオは言う
「アオに任せるよ。だけど、音が大きいからサプレッサーは付けろよ」
できれば周りに銃の存在を知られたくはない。
「はーい」
銃の使用許可が出たため、アオは弓矢を魔法の袋の中へしまい、サプレッサーを取り出して銃に装着させる。そして、狙いを定めることなく撃ち放つ。あれだけ魔物が沢山いるのだから、狙いなんて必要がないと悟っているのだろう。取り敢えず弾が尽きるまで撃ちまくり、新しいマガジンに替え、再び弾丸が尽きるまで撃ちまくる。
アオとは全く異なり、アルはガッチガチに緊張しているらしく、時折セットした矢を落としたり、あらぬ方向へ放ったりと、慌てているのが良く分かる。
土煙のスピードをみる限り、魔物の群れがここまで辿り着くには、あと一時間ほどかかるだろうと予測し、いつでも動けるようにストレッチはしておいた方が良いだろう。
屈伸運動などのストレッチをしていると、ついにアルの緊張が限界を迎えたらしく、大声を上げて泣き始めて座り込んでしまった。
「おいおい……何泣いてるんだよ」
いくら怖いからといっても、泣いていたって仕方がない話であるし、魔物の群れは直ぐそこまで迫ってきている。
「だって……だって……」
泣きながらアルは「あれほど魔物がいるのだから勝てるはずがない。何で私は後方支援ではないのよ……」と、泣きながら喚き散らかす。それを見ていた周りの冒険者たちもドン引き状態となり、哀れんだ目でこちらを見つめている。この中の何人かは同じ気持ちになっているらしく、及び腰になっている者もいた。
「全く……仕方がないなぁ。アオ、アルを頼んだぞ」
身体を解し終わり、スマホからツーハンデッドソードを取り出して地面に突き刺し、身体を思いっきり伸ばしてから突き刺したツーハンデッドソードを手にする。
「え? ちょ、どういう事ですか?」
なにを任せると言ったのか理解ができなかったらしく、アオが聞き返す。
「ん? いや、ちょっくらアルを安心させてくる」
そう言ったあと、手にしたツーハンデット振り上げながら魔物の群れに向かって駆け出しすと、続くように他の冒険者たちもついてくた。
「お前ばかりに良いところは持って行かせねーぜ!」
自分の横に並んだ冒険者が死亡フラグのような言葉を言いながら走って行く。別に勝算がなく立ち向かうわけではない。以前、オークの集落を襲撃した際に、自分のステータスは他の冒険者よりも上だと分かったからであり、死地へ行くつもりなどもうとうないのである。
両手でツーハンデッドソードを振り回すかのようにして目の前にいた魔物を斬り倒す。他の冒険者も負けじと剣を振るい魔物を斬り倒していくのだが、流石に多勢に無勢、魔物の数は思っていた以上に多く、次々と冒険者たちは戦線を離脱していく。
そして、気が付いた時は自分一人だけになっており、沢山の魔物に囲まれ、逃げ場を失っていた。
「おいおい、本気ッスか……。まぁ、それでもこんな奴らに負ける気はしないけど、それでも数が多いなぁ」
愚痴のような言葉を吐きつつ、剣を振るうのをやめる事はせずに、魔物の屍の山を築き上げていく。
だが、身体よりも先に剣に限界が訪れてしまい、とうとうツーハンデッドソードが折れてしまった。
直ぐさまスマホからアイアンソードを取り出して襲いかかってくる魔物の群れを薙ぎ払うかのように切り捨てていくが、やはり多勢に無勢。ついにはアイアンソードも折れてしまい、武器が無くなってしまう。
魔物たちは勝ち誇ったような顔をしてこちらを見つめていたが、武器は足元に沢山転がっている。魔物たちはそのことに気がついておらず、地面に転がっていたゴブリンの錆びた剣を足で蹴り付け、目の前にいた魔物の首に突き刺さる。
そのまさかの行動に驚く魔物たち。しかし、攻撃の手を緩めることはせずに転がっていたオークの棍棒を拾い上げると、次々に魔物たちの頭を棍棒でぶん殴って倒していく。
なにが起きているのか理解ができていな魔物たち。次々と自分たちが持っていた武器を奪い取られ、その武器で仲間たちがやられていく。
これではどちらが魔物かわからない状態となっており、魔物たちは今起きていることが現実なのか理解できておらず、恐怖に慄き敗走を始めると、戦線を離脱していた冒険者たちが再び息を吹き返して逃げる魔物を追いかける。
その中にはアオの姿もあり、離れている魔物には銃で攻撃し、近くにいる魔物には剣を振りかざして魔物を仕留めており、物凄く頼りになる相棒がやってきた気分になる。
「リョータ様ー!! ご無事ですかー!!」
そう言ってアオは側に来て、怪我がないか確認をしてくれて、怪我をしていなかったことにホッと息を撫で下ろしていた。
「リョータ様!! ご無事で何よりです!」
嬉しそうにアオは言う。
「アオも元気そうで何よりだよ」
「アオはリョータ様の側にいることが幸せなんです! ですから、置いていかないで下さい!」
このような会話をしている間も、アオと共に魔物を倒しており自分たちの会話は全く緊張感というのものが感じられず、近くで戦っている冒険者も笑っているほどだった。
だが、アオのステータスは一般の冒険者に比べ比較的にならないほど上がっており、この程度の魔物に不覚を取られたりすることはなく、襲いかかってくる魔物はたちまち始末されてしまうのであった。
それから数時間、チリジリになって逃げていく魔物たちを追走し、できうる限り始末してから町へ戻ると、アルが心配そうな顔をして待っており、街にも被害らしい被害はなくホッと息を撫で下ろす。
アルはこちらに気がつくなり謝ってきた。だが、正直アルの存在を今の今まで忘れていたため、アオと合わせて苦笑いしていたのは内緒だ。
討伐された魔物の群れはギルドの方で回収するとの話になり、自分たち冒険者は怪我の治療を優先するよう言い渡されるが、報酬に関しての査定が必要なため、一時的に冒険者カードをギルド職員に渡し、数日後にギルドヘ受け取りに行くこととなった。
今回の襲撃で、何人かの冒険者が命を落としたらしいのだが、あの死亡フラグのような言葉を吐いた冒険者は生き残っており、意外としぶといやつだと言うことがわかった。
その後、町では今回の騒動に対して完勝したことと、命を落とした者に対して慰霊を込めたお祭りをギルド主催で開催し、町は夜通しどんちゃん騒ぎをしていた。
今回の功労者は自分ということになっているらしいが、ほとんど一人で戦っていたため物凄く疲れており、アルに事務的なことをお願いして、家でゆっくりと休むことにした。
翌朝、いつものようにスマホのアラームで目を覚まし、隣で寝ているアオを起こしてリビングへ向うと、テーブルにうつ伏せの状態でアルが眠っていた。
「どうしたんだ? いったい……」
普段であれば朝食を作ってくれているはずのアル。しかし、今はまるでうなされているような表情をしてテーブルにうつ伏せており、声を掛け難い。
「さぁ……どうしたのでしょうか? 少し外がうるさい気がしますが……」
寝ぼけ眼でアオが言いながら布団を畳み始める。昨日はアオもそれなりに疲れたらしく、家へ帰り着くと直ぐに布団へと入り込んで眠りについてしまった。
普段であればスマホのアラームが鳴り響くと、少しばかりうるさそうな反応をするのだが、今日に限っては全く反応を示すことはなく、揺さぶって起こすほど眠り込んでいたのだ。
なので、アオ自身もアルがどうしてこのような状態になっているのか理解しておらず、二人揃って首を傾げてしまう。しかし、この状態のままにしておくわけにはいかないため、疲れ切っているアルに毛布を掛け、朝食を作るために台所へ向かうと、突然玄関のドアが強く叩かれ、何事かと思いながらアオが玄関へと向かう。
どうせ昨日飲み過ぎた酔っ払いが、家を間違えているのだろうと思いながら朝食を作り始めると、アオが慌てて台所へとやって来る。
「リョ、リョータ様! 大変です!!」
「どうしたんだよ、慌てて……アルが起きちゃうだろ?」
どうやら酔っ払いでは無いらしいが、誰がやってきたのかは見当がつかない。
「も、申し訳ありません……ですが、外に沢山の人が!!」
「は? ひ、人?」
アオの言っている意味が理解できず、聞き直してしまう。再び魔物の襲来ならわかるが、沢山の人と言われても理解できるはずがない。
「ですから、沢山の人が押し寄せてきたのです!! どうしましょう」
沢山の人が押し寄せてきたとアオは言うが、別に悪いことをした訳ではないため、アオが慌てる意味が理解できない。言われている意味を理解するために仕方がなく玄関へ向かってみると、そこには大勢の若い冒険者たちが家の前へ押し寄せており、なにが起きているのか整理することすらできないで呆然と立ち尽くしてしまう。
「な、なにが起きているんだ……これは」
何とか出た言葉がこれしかなかった。
「あ、貴方がイシバシさんですか!!」
目の前にいたの冒険者らしき人物が聞いてきたので、「そうだけど……だれ?」と、戸惑いながら答えると、その瞬間、集まってきていた連中が、雄叫びのような声を上げて大騒ぎになってしまう。
いったい何が起きているのかさっぱり理解ができず、アオは恐怖のあまり腕にしがみついてくる。自分もその光景に恐怖して震え上がってしまった。
「あちゃ〜……。外に出ちゃったか……」
後ろから気だるそうな声がしたので振り返ってみると、アルが疲れた顔をして立っていた。
「あ、アル! いったい何が起きているんだ! あいつらは一体、何者なんだよ!」
慌てて玄関のドアを閉めてアルに問いかける。すると、アルは大きな欠伸をしたあと、ジト目でこちらを見つめる。
「リョータさん、本当に自覚がないんですね。自分たちが何をしでかしたのか覚えてないんですか?」
呆れたような声でアルは言う。
「ヘ? 昨日? 魔物の群れを退けた……しか記憶にないけど、他に何かしたか?」
何かとんでもないことをしたらしいが、全く記憶にない。昨日は魔物の群れを退けたあと、家に帰って直ぐに眠ってしまったはずであるが、あの言い方だと自分たちはとんでもない過ちを犯してしまったように聞こえる。
「それですよ」
「はぁ?」
何のことだかサッパリ理解できず、まの抜けた声を出してしまう。
「もう! 二人は、魔物の脅威から町を救った英雄となってるんですよ! そして、皆はその英雄を見に来た野次馬と、弟子の志願者なんです! 特にリョータさんの活躍が凄すぎて、この街でリョータさんの名前を知らない人はいないほどなんです。少しは自覚を持ってくださいよ」
言われている意味がサッパリ理解できず、金魚のように口をパクパクと動かしてしまうが、何と答えて良いのかわからず目を泳がせてしまう。
「冷静になって考えてみて下さい。魔物の群に突っ込み、戦線を離脱する者がいた中、一人だけ更に奥へと進んで行き、武器が壊れても相手の武器を奪い取って魔物どもを退けさせたんですよ! 皆はその勇猛さに感化されて逃げる魔物の群れを追撃するに至ったんです。そんな人を英雄と言わずとして、何と言うんですか……」
グッタリとしながらアルは言い、ようやく状況を飲み込むことができ、膝から崩れ落ちるように座り込み笑ってしまう。というか、笑うことしかできない。
家にいることがわかった奴らは、庭の方へ回り込んで家の中へ上がろうとしているのにアオが気がついて、急いで各窓などの戸締まりをして、リビングの椅子に座り耳を押さえながら項垂れる。
どうやらテーブルにうつ伏せになって眠っていた理由は、押し寄せてきた野次馬などを追い払っていたからであり、朝までどんちゃん騒ぎに参加していた訳ではなかったようだ。
「別にリョータさんが何か悪いことをした訳ではないですが、この調子では暫くの間、大人しく家で身を潜めているしかありませんね」
苦笑しながらアルは言うが、実に笑えない話である。いったい、いつになったらこの騒ぎが収まるのかと、途方にくれるのであった。




