30話 生きて帰るからこそ
洞窟の中はヒンヤリとして肌寒い。どれくらいの冒険者が洞窟の中へ入ったのだろうか。
魔物らしき物と戦闘したと思われる痕をいくつか発見し、その都度、冒険者だった躯の首を斬り落として冒険者カードを回収していた。
「リョータさん……冒険者カードを回収するのは分かりました。ですが、ここで私達が帰れなかったときは……」
少し離れた場所で問いかけてくるアル。松明を持っているため、できれば近くに来てもらいたいのだが、どうやら死体を見て腰が引けてしまったようなので、松明をもう一本用意してアオに持たせている。
「アル、その問いの答えだけど、それは俺達の死を意味しているってことだ。だけど、俺は死ぬ気はないよ」
アルの言葉に対して呆れた声で答え、先を急ぐ。先行した冒険者達が魔物を倒しながら進んでいるため、魔物と出会う事はなく洞窟の奥へと向かうことができていたのだが、アルの足取りが重いらしく、ダラダラと洞窟の中を進む。
そんな中……。
「ところでリョータ様、ウィル・オ・ウィスプって何ですか?」
ウィル・オ・ウィスプとはいったい何者なのか疑問を感じたのか、アオがウィル・オ・ウィプスについて質問してくるが、この世界に暮らし始めたばかりの自分に質問されたところで、知るはずがない。自分がこの世界とは異なる世界の話であり、異なる世界の『ウィル・オ・ウィスプ』はと、鬼火伝承の一つであった。したがって、アオの問いに対して「分からないよ」としか答えることができなかった。
「ウィル・オ・ウィスプとは、ゴブリンや悪妖精達の集合体……と、言われていますね。私も聞いた話でしかありませんが、魂の塊……と、言ったところではないでしょうか」
人差し指を頬にあてながら、ウィル・オ・ウィプスのことを思い出すかのようにアルが教えてくれるのだが、そのような相手に対して、どの様に戦えば良いというのだろうかと疑問がわいてしまった。
「ふ~ん。それで、魂と言うことは、お化けのような奴ってことなんだろ? そのような奴に、剣や弓なんかが効くのか?」
触ることもできないやつと、どうやって戦えばよいのかレクチャーしてもらいたい。
「そこまでは……分かりません。ですが、討伐されていると言うことは、何かしらの対策があるという事……だと思われます」
そんなことはわかっている。少しだけ期待した自分が阿呆だったと思いながら小さく溜め息を吐くと、アルが小さい声で「申し訳ありません……」と、謝罪の言葉を述べた。
仕方がないので、スマホを使ってウィル・オ・ウィスプについて調べてみると、ジャック・オー・ランタンへ行き着く。要は悪魔との契約をした人間の成れの果てと言う事だ。コイツは聖なる祝福を受けた武器、又は魔法でないと倒す事ができないらしく、現状では自分たちが倒すことのできない相手である。
契約者は悪魔との契約を破棄させることも出来ず、黄泉の国へ行くことができない憐れな奴。それがウィル・オ・ウィスプの悪魔というらしい。しかし、その身体から形成される物は、とても高価な物らしく、皆はそれを狙って討伐の依頼を受けるようだ。
「やれやれ、こりゃとんだ無駄足だったな」
小さく溜め息を吐きながら言うと、アオが不思議そうな顔をしながら「どういうことです?」と、質問をしてくる。
「どうやらウィル・オ・ウィスプの悪魔とやらを倒すには、聖なる祝福を受けた武器、又は魔法でないと倒す事が出来ないらしい。俺達は、その様な魔法や武器は持っていない。したがって、そいつを倒す事は不可能って事だ」
面倒臭そうに説明すると、アオは「なるほど~」と、納得したように頷く。無駄足だったと言いながら引き返そうとすると、アルが落ちていたナイフを拾い上げ、目を細めながらナイフを見つめる。
「あの~……リョータさん。このナイフですが、聖なる加護を受けているナイフのようなんですが……。これであれば、その……ウィル・オ・ウィプスの悪魔を倒す事が出来るのではないでしょうか?」
落ちていたナイフを鑑定したらしく、鑑定したナイフを差し出してくる。どうやら身体から形成される物の正体を知っているらしく、目の色が変わっている。
考えてみれば、ここはウィル・オ・ウィスプの悪魔とやらがいる洞窟なのだから、先に来た冒険者が倒し方を知らない訳がない。ここで倒れた奴の武器を使うのは気が引けるが、倒せる武器があるのであれば、それに越したことはない。だが、どうやってナイフ一本で、悪魔と呼ばれている奴を倒せと言うのだろうか。相手の実力も分からないのに……。
まぁ、『もしも』という時のために、貰っておくのは悪い事ではない。落ちている物なのだから。
「そのナイフがあればウィル・オ・ウィスプって奴を倒す事が出来るんですね! じゃぁ、ボコボコにしてやりましょう! リョータ様が!」
自分ではなく、人任せというところはアオらしいが、ご主人様にもしもの時があったらどうするつもりなのだろうか。
それに、相手はウィル・オ・ウィスプではなく、ジャック・オー・ランタンなのだが、そんなことを言っても理解されるわけではないので言わないでおこう。
しかし、相手をボコボコにしてやるというのは、こちらの実力が上だと思っているアオだからこそ言える言葉であろう。何故なら、オークの集落を襲撃し、ほぼ1人で壊滅させてしまったのだから。
「でも……いくらリョータさんでもそれは難しいのでは?」
先ほど煽っていた奴の台詞とは思えない言葉を口にするアル。本当にどうしてほしいのか言ってもらいたいものである。
「リョータ様は凄腕の冒険者なんですよ! どんな冒険者よりも強いんですから! アル様はそれを知らないから脅えておられるんです! どんな魔物でも、リョータ様にかかればイチコロですよ!」
まるで自分事のようにアオは言う。しかし、悪い気はしないが、全く戦闘をしていない人に対して実力を知れというのは、そもそも無理な話ではなかろうか。アルも困惑しており、どのように返答してよいのか、言葉を選んでいた。
「そ、そのぉ……。リョータさんが凄腕の冒険者……だとしても、成り立ての冒険者には変わりはないでしょ? 聞いた限りだとゴブリンやオークなどを倒したくらいで、もっと凄い魔物と戦った若ではないじゃない」
ひどい言われようだが、あながち間違いではない。確かに戦った相手はどこにでもいる冒険者と変わりない。だが、オークの集落を襲撃し、リザネオークを仕留めたことは伝えていないため、アオも言葉に詰まってしまう。
「ウッ……。そ、そうかも知れませんが……」
少し悔しそうな顔をしていたアオ。しかし、そんなくだらない話をしている暇はなかった。
「おいおい、2人とも……そんな話をしている暇はないぞ。聞こえないのか? あの音や声が……」
奥の方から冒険者らしき人達の声が聞こえてくる。多分、何者かと戦っているのだろう。金属と金属が当たるような音が奥の方から聞こえるし、誰かが叫んでいるかのような声も聞こえた。
アオが耳を澄ませながら状況を確認すると、どうやら苦戦しているようで、助けに向かった方が良いらしい。一応、何かあっても困るため、アルはアオから離れないように指示し、奥へと向かっていく。
徐々に全貌が見え始めてくる。自分たちよりも先に入った冒険者と思われる者たちが、牛のような化け物と戦っていた。
二足歩行で動き回る背丈が2mほどある、牛のような化け物。斬馬刀のような、石で出来た武器を振り回しながら冒険者らしき者たちに襲い掛かると、冒険者らしき者は、剣で攻撃を受け止める。
だが、どう見ても相手の方が力が上であり、攻撃を受け止めている冒険者らしき者は押されていた。その側には仲間らしき者たちがいたが、地面に倒れていた。
生き残りは戦っている者だけかと思ったのだが、どうやらまだ意識があるらしく、微弱だが身体が動かしており、仲間を助けようとしているように思える。
「リョータ様!」
自分に聞こえる程度の声でアオが呼ぶ。するとアオは、銃に手をかけており、いつでも牛のような化け物と戦えるといったそぶりを見せる。
「狙えるか? アオ」
相手はこちらに気が付いていないため、不意を衝くチャンスであり、狙いどころによっては、相手を一撃で仕留めることができるはずだ。
「やってみます……」
相手に気が付かれないために小さい声で答えるアオ。そして、音をたてないよう、慎重に銃を構え、標的に狙いを定める。こういう時、スナイパーが使うようなライフルがあれば、少しは異なった戦い方ができるだはずだし、今持っている銃では仕留められないどころか、弾かれてしまう可能性だってある。
ここは元居た世界とは全く異なった世界であり、相手の身体が鱗で覆われていた場合など、色々な状況を想定しないといけない。今はもう少しだけ威力の強い銃を目標にお金を貯めるべきであろう……。
そのようなことを考えながら相手を見ていると、相手の動きが単調で、力任せに武器を振るっており、そのことをアオに伝えると、アオもそれに気が付いたらしく、一つ息を大きく吐き、トリガーを引いた……。
洞窟内に響く銃声……。
多分、この辺りにいる魔物や冒険者などに気が付かれたはずであるが、弾丸の速度は、秒速340mほどであり、通常の生き物が目で追える速さではない。したがって、アオが撃ち放った弾丸は牛の化け物の蟀谷を貫き、牛のような化け物は、膝から崩れるようにして、前のめりに倒れこんだ。
唖然としていた顔をするアルと、牛のような化け物と戦っていた冒険者らしき人物。アルは幾度か見ている光景だったが、まさかあのような化け物までも倒せるとは思っていなかったようで、驚きのあまり声を出すことができないようだ。
そして、冒険者らしき者に至っては、自分たちが手古摺っていた魔物が突然倒れたことに驚きを隠せずにいるようだった
だが、そんな奴らにかまっている暇はなく、倒れている人の側に近寄って怪我の状態を調べ始めると、思っていた以上に危険な状態であることがわかり、アオに周囲を警戒するよう指示して、一番けがのひどい奴から治療を始める。
「あ、アンタ達は……」
先ほどまで戦っていた冒険者の剣士らしき青年が問いかけてきたが、今はそれどころではないため、言葉を無視してリカバの魔法をかけて治療する。
「お、おい! き、聞いているのか!!」
冒険者らしき青年は、声を荒げながら肩を引っ張るようにして掴んできた。
「うるさい! 俺たちのことを気にしている暇があるのであれば、少しは仲間を心配しろ! 見た限りだとかなりひどい状態だぞ!! 死んでも良いのかよ!」
耳元でゴチャゴチャうるさく騒いでいるため、少しだけ怒気を込めて言い放つと、冒険者らしき青年は仲間の存在を思い出したらしく、慌てて他の倒れている仲間の状態を確認し始める。
周囲を警戒していたアオだったが、誰かがこちらへ来る気配は感じられなかったのか、警戒を解いて側へとやってきた。
「アオ! 道具袋の中に、道具屋で購入したポーションが入っていたろ! それを飲めそうな奴に飲ませてやれ!」
そう指示すると、アオは少し戸惑った顔をした。
「ですが……」
このポーションは自分たちが使うかも知れないため、出し惜しみをしているようだ。
「早くするんだ! このままだとこいつらは死んでしまうぞ!」
怒鳴りつけるように言うと、アオは慌てて道具袋の中を漁り、袋の中からポーションを何個か取りだして、倒れている冒険者らしき者たちの側へ向かい、飲ませ始める。
アルに指示をしようとしたが、完全に怯えており、とても手伝える状態ではなかった。無理にやらせようとするのは止め、今は危険な状態になっている者を治すことに集中した。
傷ついた冒険者らしき者たちを、ポーションやりカバの魔法を使って一命を取り留める。だが、まだ身体を動かす事はできない様子で壁に寄りかかり、項垂れているかのように座っていた。
確かにあの化け物は強いと思うが、この先にいるジャック・オー・ランタンは、あの化け物よりもさらに強いと思われる。
彼らがこの先へと進むのは止めておいた方が良いだろう。
「言い難いが、あんた達がこれ以上先に進むのは危険だ。今回は引き返した方が良いと思うぜ」
すると、先ほどの剣士らしき冒険者が立ち上がり睨みつけるようにして言う。
「こ、ここまで来て引き返せというのか!!」
怒りをあらわにして言う剣士らしき冒険者。どのような言葉で制止をしても無駄だと思い、話を終わらせることにした。
「あっそ。この状況で先に進むというのなら、俺たちはこれ以上何も言わないよ。死にに行きたいのならば奥へと向かえば良い。だけどな、俺たちはウィル・オ・ウィスプの悪魔とやらを絶対に討伐しなければならないという訳でもないのも知ってる。奴はこの洞窟から出ることはできないし、町が襲われる訳ではないのだから、俺だったら一度引き返してから、再び挑戦をするね。命は一つしかないんだから」
ジャック・オー・ランタンがこの洞窟から出ることができないのは、先ほどスマホで調べたときに知った。ただ、ジャック・オー・ランタンを倒すと、ジャック・オー・ランタンは魔石に変わる。その魔石がとても高価な物なので、皆はその魔石欲しさに挑んでいるだけの話であった。
たしかに魔石という素材は魅力的だが、正直に言って、そこまでして欲しいという物ではないし、アルが戦力にならない今、この先へと進み、彼女をこれ以上危険な目にあわす必要はない。もう少し経験を積んでからこの洞窟へ再挑戦しても構わないのだ。
思っていた以上にあっけなく手を引くことに戸惑いを見せる冒険者らしき一団。アルはともかくとして、アオは出直すことに対して拒否することはない。
「俺やアオはともかくとして、アルにはこの案件は少し早いようだ。取り敢えず俺たちは出直す事にして町へ戻ろう」
そう言うと、アルは少し腰が引けた様子で頷き、アオは撤収の準備を始めた。
「あ、その魔物は俺たちが仕留めたんだから、俺たちが回収しても構わないよな?」
少し睨みつけるようにして剣士の冒険者らしき者に言うと、剣士の冒険者らしき者は、獲物の価値を知っているかのようで、少しだけ悔しそうな声で「構わない」と答え、スマホを取り出して化け物をスマホの中へと収納した。
「じゃぁ、俺たちは町へ戻るから。生きていたらどこかで会うかもな」
そう言って来た道を引き返すように歩き始めると、アルはようやく我に戻ったらしく後を追いかけるように付いてくる。アオは冒険者らしき者たちに頭を下げてから、歩き始める。
冒険者らしき者たちと別れてから暫くして、アルが少しだ疑問に満ちた声で質問をしてくる。
「あのぉ……本当に先へ行かなくて良かったんですか?」
腰が引けていた奴が何を言うんだ? そんな気持ちになったが、顔に出さないようにして答える。
「取り敢えず今は無理をする必要は無いだろ。俺は二人に怪我をさせるつもりはないし、するつもりもない。冒険って奴は、生きて戻ることが第一なんだよ」
その言葉に対してアルは首を傾げ、言葉の意味を考えるようなそぶりを見せる。どうやら意味が分からないのだろう。
「あのなぁ……生きて戻るという事は、その時に学んだ経験を伝えるということなんだ。俺たちが培ったノウハウを次の世代に教えることによって、そいつらの生存率が高まるだろ? この旅で学んだ経験は金で買えるものじゃない。それは武器や防具だって同じことだろ? 武器や防具を作ろうにも、誰かが教えてくれなければ作ることはできない。そして、それを作るにも経験を積まなければ上質な武具なんか作れっこないだろ?」
武器や防具などで例えて話をすると、アルはようやく戻る意味を理解したようだ。
「はぁ……。なるほど……リョータさんはそんな先のことまで考えていたんですね」
今まで何も考えていないで行動していたかのように思っていたのか、少しだけ尊敬したような口調でアルが口にする。人を何だと思っているのだろうか……。
「だから無事に町へ戻ることが大事になるんだ。風が吹くままに旅をするにしたって、誰かに物を教わる。その理由は、旅先でどんなことがあったのか、どのような町なのかなど、色々な情報があった方が準備に事欠かないだろ? 無茶と無謀は全く違う意味だからな」
アルは「なるほど~」と、感心しており、少し考えるそぶりを見せながら付いてくる。無事に戻る意味の説明を終わらせ、先を急いでいると、アオは駆け寄り腕に掴まって「リョータ様は必ず生きて帰れます! だって、アオが一緒に居るのですから!」と、根拠のないことを言いながら、自分の胸を腕に押しつけてくる。しかし、皮の胸当てが思ったよりも固いため、胸の感触が伝わってこないのが残念でしかたがない。
それから数日が経ち、ギルドの掲示板を確認していると、ウィル・オ・ウィスプの悪魔討伐と記載されており、誰も討伐していないことを示していた。また、あの時に救った冒険者らしき者たちだが、半数のみしか町へと戻ってきていなかった。そして、あの剣士の姿が見当たらないため、あの洞窟から戻ることが出来なかったのだろう……。




