29話 ウィル・オ・ウィスプの悪魔
翌朝、アラームが鳴り響き目を覚ますと、スマホの画面が昨日と異なっていることに気が付いた。アルを雇ったことで、スマホが自動的にアップデートされたらしく、新たに機能が追加されているようだった。
何が増えたのかわからないが、取り敢えずステータスのアイコンをタップしてみると、新たにアルの名が追加されており、アルのステータスがどれほどなのかわかる様になっていた。しかし、セリカが仲間になった時は追加されていなかったし、五人の少女たちが仲間になった時も追加されていなかった。どのような基準で追加しているのかわからないため、考えることを止めて追加された機能が何なのか確認することにした。
アップデートで追加された機能は、大まかに【ステータスのリセット】・【削除】・【追加】の三つで、注意書きに『【ステータスのリセット】を使用すると、課金されたぶんのステータスがリセットされますが、課金したお金の返却は出来ません』と、記載されており、ステータスをリセットする際は、よく考えてからりせっとしなさいよ……と、いうことを言いたいのだろう。
細かく確認すると、【スキルのリセット】と、いう項目があり、これは一つずつ選べるようで、全部をリセットすると訳ではないらしい。しかし、課金した金額の返金はしてくれないのは【ステータスのリセット】と同じだった。
【削除】という機能については、新たにゴミ箱のアイコンが増えており、まるでタブレットPCみたいだな……などと思いながら注意書きを読んでみると、【削除】とは別れた仲間や道具などをゴミ箱へ捨てることができ、必要なければ削除することが可能となるらしい。
だが、ステータスのリセットをしていない場合、仲間をゴミ箱へ入れたとしても、リセットされることはないらしく、削除するときはよく考えて削除しろと記載されていた。
ゴミ箱に入れかたはドラッグして、ゴミ箱のアイコンに持って行けばよいらしい。まぁ、タブレットはかさばるから、スマホサイズが丁度よい。
そして、【追加】に至っては間違って削除してしまった名前を再び登録することできるらしいが、新規に誰かを追加することは出来ないと記載されており、誰がどのようにして仲間と認識するのかが気になる。【追加】で戻したら、ステータスが戻ってしまうのかと思ったのだが、削除する前と同じ状態のまま戻してくれるようだ。
因みに、アルのステータスはどうなっているのか確認してみる……。
名前:アルケミ=エレ=サナタリ
年齢:19
Lv:0
HP:8
MP:6
STR:2
AGI:1
DEX:6
VIT:2
INT:6
スキル:【鑑定1】【家庭技術2】
レベルは0のくせに、どうしてか二つもスキルを持っていやがる。しかも自分よりも年上であった。しかし、この【家庭技術】というスキルは一体どういうスキルなのだろうか。
因みに、自分のステータスはこうなっている……。
名前:石橋亮太
年齢:18
Lv:7
HP:225
MP:124
STR:155
AGI:177
DEX:181
VIT:152
INT:145
生活魔法:【浄化】【飲料水】【ライト】
回復魔法:【リカバ】
土魔法:【クエイル】
状態回復:【キュア3】
スキル:剣技1
最初に比べかなり強くなっていることはわかるのだが、今まで仲間になった人のステータスを観たことがない。観たことのあるステータスは全て女性で、しかも奴隷や町娘だけなので、自分がどれ程度つよくなっているのか全くわからない。
だが、セリカと異なり、アルはステータスを上げることができるようになったのは良い。しかし、どのようにして上げていくかは、アルとではなく、アオと相談しながら決めた方が良いだろう。
アオは獣人という人種であり、自分たちとは身体能力が異なっている。一般人の強さが分からないうちは、能力を上げるのは控えた方がよいだろう。無暗に能力を上げて、常人離れした人になってしまっては、目も当てられない。
アルについての方針を取り敢えず決め、朝食の準備をすらために起き上がろうとして隣に目をやると、隣で気持ちよさそうに寝ているアオの鼻を掴むと、アオは痛みと驚きが混ざった声を上げて目を覚ます。
「いい加減に目を覚ませ。アホ」
痛そうに鼻を押さえながら「申し訳ありません……」と、小さい声で謝罪の言葉をのべながら布団をたたみ始めるアオ。その間に食事の準備をするため台所へ向かうと、既にアルが起きて、朝食を作ってくれていた。一応、冷蔵庫らしき箱を購入していたので、数日分の生ものをその箱へ収納していて、アルはその食材を使って料理をしたのだろう。だが、冷蔵庫らしき箱から水漏れがしており、冷蔵庫の役目をはたしているようには思えなかった。
「あ、おはようございます!」
昨日とは異なり、元気に挨拶をしてくるアル。昨夜はよく眠れたらしく、何か吹っ切れたような表情をしていた。
「あ、あぁ……。おはよう。起きるのが早いな……」
「いえ、住ませて頂いているのだから、これくらいさせてもらわないと……」
本来、食事などの用意をするのは、奴隷であるアオがやらないといけないのである。しかし、アルに仕事を奪われてしまい凹んでいるのかと思いきや、全く気にした様子をしておらず、アルが作った朝食の匂いをクンクンと鼻を鳴らしながら嗅いでおり、お腹を擦っていた。
「アオ、アルにお礼を言いなさい」
アオの頭を軽くたたくと、アオはキョトンとした顔してこちらを見て、何故頭を叩かれたのか一瞬考えた素振りを見せる。
「あ、あぁ……そうですよね。アル様、申し訳ありません。アオがだらしないばかりに……」
頭を下げたアオに対し、アルは苦笑いをして答える。
「別に良いのよ。この程度、大したことではないから」
大人の対応を見せるアルに対し、アオは「ですよね~」と、苦笑いをしながら答えたため、再び頭を叩き教育的指導を与える。
「アオ、お前はお礼の一つも言えないのか? 俺はそんな教育をした覚えはないぞ」
冷たい声で言うと、アオは自分の立場を思い出したのか、顔を青ざめさせた。
「も、申し訳ありません……。アル様……本当にありがとう……ございます」
耳をペタンと閉じ、落ち込むアオ。反省が出来ると言うことは、素直に自分の非を認めたという証しであり、アオの成長にもつながるはずだ。「よく言えたな」と、頭を撫でてあげると、アオは嬉しかったのか、尻尾をユラユラ揺らし、耳は元気が出てきたように起き上がらせていた。
その後、アルの作ってくれた朝食を食べつつ、今日の予定について説明をすると、二人は説明を理解したて返事をした。
予定と言っても、アオが庭でアルにエアガンの使い方を教えるだけであり、これと言って難しい話ではない。二人が練習している間に、別室で足りていない食材などについてスマホで調べていると、調味料などが宅配で注文することができることに気がついた。
「これって……道具を購入するのと一緒なのか?」
誰もいない部屋で一人つぶやきながら足りていない物を注文してみると、スマホに保管している現在の残高が減り、自動で引き落とされたことがわかった。
しかし、どの様して荷物が配達されてくるのだろうと考えていると、家のチャイムが突然鳴り響き、誰かがやって来たことを知らせる。
アオかアルのどちらかが応対してくれるだろうと思い、再びスマホに目を向けると、再びチャイムが鳴り響いてから、『石橋さ~ん、お届け物で~す!』と、外から自分を呼ぶ声が聞こえる。
チャイムは外まで聞こえるはずなのだから、庭で練習をしている二人の内どちらかが対応してくれてもよいはずだ。だが、耳を澄ましていても二人は応対してくれず、再びチャイムが鳴り響いたので、仕方がなく玄関へ向かいドアを開けた。
そこに居たのはいつもの宅配員で、笑顔を絶やすことなく荷物を持っており、伝票にサインか印鑑を求めてくる。もちろん印鑑など持っているはずもないため、いつもの宅配員にボールペンを借り、伝票に受領のサインをして、宅配員から荷物を受け取った。
『ありがとうございました~』
宅配員は元気よく挨拶をして次の現場へと向かうため、走り去っていく。その姿を見送ってから部屋に戻り、荷物を床に置く。
中身を確認しようと段ボールに手をかけた瞬間、ものすごい違和感が頭の中を駆け巡り、手を止めた。ここは元居た世界と異なる世界であり、中世に近い文明のはずだ。そのため、チャイムホンなどある筈が無い。なのにチャイムの音が鳴り響いた。
再び玄関へと向かい、押し釦があるか確認してみるが、もちろん釦などあるはずがなく、疑問がさらに膨らんでいく。だが、スマホなどチートな道具を使用しているのだから、普通の人とは異なることが起きてもおかしくはない。これ以上、考えても仕方がないので、先ほど届いた荷物の中身を確認すると、確かに注文した品物が中に入っていたので、スマホの中へ収納した。
ようやく店を開店させるための資材が揃い、いつでも店を開ける状態となった。だけれど、今から店を開店させるには遅いため、今日は町の外へ出て狩りをすることにし、外にいるアオに声をかける。
「アオ、ちょっと狩りに行ってくる」
庭でアルに指導していたアオに声をかけると、アオは「はーい、気を付けて……」と、返事してきたが、直ぐに驚いた声を上げた。条件反射で返事をしたのだろうか……。
「ちょ……ま、待って下さい!」
慌てた声を出しながらアオが呼び止める。先ほどは『気を付けて』と言っていたくせに。そして、アルに練習を中断する旨を伝え、慌てて家の中へと入っていき、自分の防具を持ってきて装着し始めた。アルは何が起きているのか理解していないようで、ポカーンと口を開けてこちらを見ており、それに気が付いたアオが指示を出す。
「アル様! 急いで戸締まりをしてください!」
「は? えぇ、わかった……」
アオの指示に従いアルは家の戸締まりを始め、アオは急いで身支度をしていた。どうやらアオは付いてくるつもりだ。
「リョータ様、アル様は実戦を経験されておりません! 狩りに行かれるなら、アル様も経験をされたほうがよろしいかと思いますので、我々もお供させて頂きます!」
身支度を終えたアオが言い放ち、アルは驚いた顔をしている。どうやらアルに拒否権はないらしく、何か言いたそうな顔をしていたが、アオの気迫に負けて項垂れてしまう。
しかし、アルが装備できる武器が手元にはないため、仕方がないので自分が使うはずだったアイアンソードをアオに使わせ、アオが装備していたショート・ソードをアルに持たせることにした。
自分にはツーハンデッドソードがあるから別に構わないが、ツーハンデッドソードでは得物が長すぎるため、できることならアイアンソードがよかった。
アイアンソードを受け取ったアオは、そのことに気が付いたらしく、少しばかり申し訳なさそうにしていたが、仕方がない話である。時間があるときにでも武器を買いに行くことで納得させた。
昨日の今日で冒険者として生活する羽目になったアルの足取りが重かったが、次第に何か吹っ切れた表情になりついてくる。どうやら覚悟を決めたみたいだ。
町の出入り口へと到着し、警備兵に冒険者カードを見せて町の外へ出る。直ぐにスマホを取り出すことはせず、しばらく道なりに歩き、町から離れたことを確認してからスマホを取り出して辺りを確認する。すると、少し離れた森の方で獣の反応があり、まずはその場所へ向かうことにした。
アルからしたら、こちらが何を見て判断しているのか理解していないはずだが、何も聞かずに黙って付いてきてくれる。
先頭を歩いているのは自分で、その後ろにアルが付いてくるように歩いており、殿はアオが務めていて、まるでRPGのフィールドを歩いているように進んでおり、頭の中で某名曲が流れ、ゲームでもやっている気分だ。
森の中へ入っていくと、後ろを歩いていたアルが袖を掴んできた。自分たちが森に入るのはいつものことだが、アルは初めて踏み入れた場所となるため、不安になるのは当たり前なのだが、袖を引っ張られて歩き難い。
「アル様、リョータ様の袖を掴んでおりますが、それではリョータ様が歩き難いかと……。いつ、魔物などが襲ってくるかわかりません。アル様は戦闘をおこなった事がありません。ですので、私かリョータ様が魔物などの相手をいたしますので、少しリョータ様から離れていて下さい」
後ろを歩いているアオが、アルに注意をする。少しだけ声に怒気のような声が含まれているように感じ、アルは「ご、ごめんなさい」と言って、掴んでいた袖を離して少しだけ離れた。
確かに邪魔だと思ったが、何かの拍子で腕に掴まるのではないかと期待してしまった自分がおり、少しだけ情けない気分になった。
「さて……と……」
目的地が近くなったのでスマホの中に収納していたツーハンデッドソードを取り出して装備する。よくよく考えてみると、この武器を使用する機会はほとんどない。いつもアイアンソードを使っており、宝の持ち腐れ状態であった。改めて装備してみてわかったのだが、得物が長いと小回りがし難く、アイアンソードくらいの長さが動きやすくて使いやすい
そんなことを考えつつスマホで周囲を確認していると、獣の印はすぐ近くにあり、警戒を強めるようにとアオに指示をだそうとしたら、アオは少しだけ眉間にしわを寄せながら耳をピクピクと動かし、印がある方に目を向ける。どうやら何かが近づいている音に気が付いたらしく、腰に収めていた銃に手をかけて臨戦態勢にはいる。
「アオ、アルに銃の威力がどれほどのものか、理解してもらう必要がある。頼めるか?」
初めて冒険者として町の外へ出たアル。普段町の外へ出るときは、必ず冒険者が護衛をしてくれており、安全な経路を通っていたが、これからは立場が逆になる。しかし、いきなり一人でどうにかしろと言うのは無理話であり、お手本を見せなければならない。だが、自分がやるには相手が弱すぎると思ったため、アオに任せることにした。
「承知いたしました!」
元気に返事をしているが、目線は音がする方に目を向けているため、どのような表情をしているのかわからない。安全装置の状態を確認してから銃を構える。動いている音でどの程度距離が離れているのか把握できているらしく、余裕を感じる。
両手で銃のグリップを握りながらゆっくりと相手の死角に入るように木の陰へと場所を移す。スマホで確認すると、獣の数は四つ。親子なのかわからないがこちらに気が付いていない様子である。
ようやく姿を見せた獣は、プルスやヴェルではなく、熊のように身体が大きいが、じゃれあうようにしてこちらに近づいてきていた。
その光景にアルは少しだけ笑みを零すが、現実はそんなに甘いものではない。この世界は弱肉強食の世界であり、こちらは獲物を狙っているハンターだ。
微笑ましく見つめているアルを尻目に、アオは相手に気が付かれないようサプレッサーを取り付けて銃を構える。
「アオ、眉間を狙え。あいつ等はそこが弱点だ」
スマホで相手の弱点を調べ、アオに伝えた。
「承知しました……」
小さい声で返事をして、獲物に狙いを定めるアオ。そして、乾いた音が二つ鳴り、アルは音が鳴った方へと目を向けた。自分が練習していたBB弾とは異なる音に驚いているのか、それとも微笑ましい光景を目の前で壊されたことに怒っているのかわからない。しかし、アオの視線はアルに向けることはなく、鉛球を食らわせた獣だけを見つめていた。
ゆっくりと倒れこんだ獣に対し、再びアオは弾丸を浴びせると、獣は動かなくなった。獣を仕留めたかどうかスマホで確認してみると、先ほどまであった獣の反応は消えており、獣はアオの手によって仕留められた。しかし、アオにはそのことを知らないため、銃を構えながらゆっくりと獣の側へと近づき、腰に下げていたアイアンソードを手にして、倒れている獣の心臓付近を貫く。
その光景に「ヒィィィ!」と、声を上げるアル。そりゃ、今まで経験したことがない出来事が目の前で行われているのと、アオのような可愛い顔した少女が、容赦なく剣を突き刺しているところを見たら怖いだろう。
「合計で四匹のようですね。周囲には……どうやらいなさそうです」
音で索敵をおこなえるのは獣人特有の特技らしいのか、アオは耳をピクピクと動かして周囲の音を確認しながら述べる。そして、周囲に危険はないと判断して警戒を解いていく。スマホで確認しているのだから、周囲に危険がないことはわかっていたが、これも経験のため何も言わずに黙って頷いた。
「取り敢えず……こいつは仕舞っておくか」
そう言ってアオが仕留めた獣をスマホの中へ仕舞い込み、マップ画面を開いて次の獲物を探し始める。そんな事を何度か繰り返し、日が暮れ始めたので町へと戻ると、ようやく落ち着ける場所へ戻ってこられたことにホッとして、腰を抜かしたかのように座り込んでしまったのだった。
少し休みたいとアルは言うが、アオは容赦することなくアルを家へと連れて帰り、庭で訓練を再開させた。アルは目に涙を浮かべながらアオの指示に従い、文句を言うこともせずに訓練をしており、セリカとは大違いだと思いながら、夕食の準備を始めた。今日は狩りで手に入れた肉を使用し、唐揚げを作ることにした。サラダを下敷きにして唐揚げを乗せて盛り付ける。肉料理ばかりだと飽きるので、卵をお湯で煮ている間に芋を蒸かす。この世界にはバターはあるのにマヨネーズがない。今朝がた調味料と共に注文しておいたマヨネーズをスマホから取り出し、茹で上がった卵の殻を割って、ゆで卵をすり潰す。そして、芋がしっかりと中まで蒸かされているのかわからないため、爪楊枝のような棒で芋に突き刺して出来上がっているのか確認し、棒は何にも引っかかることはなく貫通したので、蒸かした芋を取り出して先ほどすり潰したゆで卵を入れ、マヨネーズをかけて蒸かした芋をすり潰しながら卵と絡めていく。
やはり芋があるとレパートリーが増えるし、調味料があるおかげで味付けにも困ることがなくなった。このような食べ物がない世界に住んでいる人たちは、人生の半分を損しているのではないかと思う。そのようなことを考えながらポテトサラダを完成させ、肉の横に盛り付ける。
久しぶりにまともな料理を食べられる喜びをかみしめながらテーブルへ運び、外で練習している二人に声をかけた。
食事の準備が完了したと言われ、ようやくアルはアオから解放されて地面に座り込んだ。アオはアルの存在を忘れているのか、すぐに返事して家の中へと入っていく。
「ずいぶんとシゴかれていたようだな」
疲れ切った表情をしているアルに向けて言うと、アルは苦笑いをしながら立ち上がり、ヨロヨロしながら家の中へ入っていく。そして、テーブルに並べられた料理を目にすると、二人は驚いた声を上げた後、適当な場所に座りフォークを手にした。
アオと共に行動していて気が付いたのだが、この世界では箸を使う文化がないようである。したがって、アルも箸を使用することができるわけがないと判断し、フォークを用意したのだが、どうやら正解だったようだ。
アオが元気よく「いただきまーす!」と、元気な声で言い、目の前にある唐揚げにフォークを突き刺し、唐揚げを口に運んで食べ始める。それを確認するかのようにアルはアオを見つめており、問題ないと判断してから、それに続くようにして唐揚げにフォークを突き刺して口の中へ放り込んで咀嚼する。
「こ、これ、美味しいわ!」
アルが驚いたような声を上げながら唐揚げを食べる。2人は勢いよく目の前にある食べ物を口の中へ入れていく。そして、人が手を付ける前におかずは全て平らげられてしまい、作った張本人は、余った芋だけを食べるという仕打ちを受けたのだった。
当初は芋を使った料理の露店を構える予定だったのだが、露店を開くための移動式店舗などや道具が揃っていないのと、アルが仲間になったことから、暫くは店を構えるのを諦めることにして、先ずはアルの練度を積ませることに時間を使うことにし、アオにアルをシゴいてもらう日々が続いていた。
シゴかれているアルを見ていて、他に教えるものがあるのではないかと考えていると、魔法のことを思い出し、シゴキを中断させ、セリカに教えた要領でアルに魔力の流れを覚えさせてみる。回復魔法の一つでも使えるようになれば、自分たちと別れても術士としてやっていけるから。
アルは魔法を使うことに憧れがあったのか、積極的に魔法を覚えようとして、魔力の流れを掴もうと集中していたが、セリカのように簡単に流れを掴むことができず、悔しそうな表情を浮かべる。
魔力の流れさえ覚えてしまえば、簡単な生活魔法をなどは使えるようになるとスマホには書かれてあった。しかし、課金さえしてしまえば簡単に覚えることができるのだが、できれば自分の力で魔力の流れを掴んでもらい、魔法を使えるようになってもらいたい。
それから数日が経つが、アルは魔力の流れを掴む事はできず、諦めて課金でもしようかと思いを巡らせていると、ようやく魔力の流れを理解することができ、アルは大いに喜んでいた。
しかし、魔力の流れを掴む練習は長い時間できないため、空いている時間はアオによってシゴかれたのは言うまでも無い話である。
アルが魔法の流れを掴んでから数日後、街のようすがおかしく、なんだか町全体が騒がしい。何が起きているのか調べるためギルドへ寄ってみると、今まで見たことのない依頼が張り出されており、皆はその依頼について騒いでいたようだった。
その依頼書には、『ウィル・オ・ウィスプの悪魔討伐』と、記載されており、北の洞窟に現れた、悪魔の化身を討伐してほしいという内容であった。
その依頼書が張り出されてから、かなりの冒険者がウィル・オ・ウィプスの悪魔とやらを討伐しに出かけたらしく、どうやら自分たちは出遅れてしまったようだった。しかし、自分の知っているウィル・オ・ウィプスとは違うはずなので、情報を集める必要がある。とりあえず、武器屋と防具屋にてそれなりの武具を購入する必要があるため、まずは装備品を集めることから始める。
正直に言って、出遅れたってかまわない。水先案内人が多くいると考えれば良いのだから。
今回、初めての洞窟ということで、ポーション類や食料を十分補充し、武具屋で武器や防具を購入してから洞窟がある場所へと向かった。
ギルドに張り出されていた地図をスマホのカメラ機能で写し、スマホの地図アプリと照らし合わせながら向かっていく。アルは多少の訓練を行ったおかげで怖がる様子は見せず、しっかりとした足取りでついてきており、こういうところはセリカと大違いだと思いながら洞窟が見える付近へと到着した。
洞窟の入り口には、沢山の冒険者がいるものだと思っていたが、冒険者の姿はなく、少し妙な気持ちになりながら洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中ではツーハンデッドソードは不向きなため、アイアンソードをスマホの中から取り出して腰に下げる。このような洞窟では、小回りの利いた武器が良いとギルドの職員が教えてくれたのである。
LEDランタンなんて物は道具屋で売っているはずがなく、木の棒に石炭を取り付け、生活魔法で火をつけていると、松明の出来上がりである。それをアルに持たせて奥へ進んでいくと、冒険者の死骸に出くわした。
「随分とまあ……食い散らかしているな」
散らばっている肉片を眺めながら呟くと、アルは顔を青くして物陰に隠れ、今朝食べた物を吐き出していた。アオはギルドで習った通り、死体の首を斬り落としていたが、見慣れた光景ではないため、少しだけ眉間にしわを寄せていた。首を斬り落としたのは、冒険者がアンデッドになるのを阻止するための行動であるが、人だったものを斬るのは気が引けるのだろう。アルは顔を真っ青にしてその光景を見つめていた。
これから先はアオにやらせるのは気が引けるため、仕方なく自分がやることにして、死骸から冒険者カードを回収し、道具袋から必要そうなものがあるかも知れないため、道具袋の中を確認してから道具袋をアオに渡すと、アルが驚いた顔して「リ、リョータさん! 何をしているんですか!」と、声を荒げながら言う。
「へ?」
唐突な出来事に間の抜けた声を出してしまい、何を言われていたのか頭の中で整理をしていると、アオが代弁するかのように答える。
「何をと言われましても……必要そうなものがあるか確認し、道具袋を回収しているんですが……」
と、少し困ったような声色で言うと、アルは逃げ腰になりながら「そ、その方はお亡くなりになっているんですよ!」と、声を荒げながら言う。
「えぇ、ですからこうやって必要そうな物を……」
「し、死体から物を取るなんて!」
憤慨するような声を出すアル。その言葉にアオは少しだけ呆れた顔をしながら答える。
「死人が持っていても仕方がないじゃないですか。それに、ギルドで説明を受けなかったのですか? 冒険者の死体を見つけた人がもらってよいとの話を……」
「ど、泥棒じゃない!」
その言葉にアオは困った顔して、こちらに助けを求める目で見てきたので、小さく溜め息を吐いてからアルに言う。
「ギルドで確認してこいよ、死んだ人間の荷物は貰って良い事になってるんだよ。連れて帰れない場合、首を落としてやる決まりなんだ。アンデッドにならないようにな。まぁ、関係者が必要だと言ったら返すけどな」
あまり納得できていないといった顔でアルはこちらを見つめているが、これ以上、話を続けても埒が明かないと思ったのか、溜め息を吐いて項垂れるのであった。




