28話 アルケミ=エレ=サナタリ
アルが席を立ち、空いた席にアオが腰かける。そして、暫くのあいだ自分の番号を呼ばれるのを待っていると、何人かが呼ばれ、自分の隣の席が空いたのでアオに座らせる。
すると、先ほどは逃げるかのように席を立ったはずのアルがフラフラとおぼつかない足取りで戻り、隣に腰掛けて途方に暮れた顔をして一点を見つめており、何と声を掛けて上げれば良いのか迷ってしまうが、事なかれ主義の世界で生活をしていたため、どのようなことが起きても目を背けてしまう習性が身についており、面倒ごとに巻き込まれない術を身に付けているはずだと自分に言い聞かせながら横目でチラッとアルを見た後、関わらないよう気が付かないフリをして、ポケットに仕舞っていたスマホを取り出し、どうでも良いニュースを読み始めた。
隣に座っているはずのアオがオロオロしているのに気が付いていたが、触らぬ神に祟りなし。そんなことを思いながら黙ってスマホでニュースを読んでいると、隣から鼻を啜るような音が聞こえ、ゆっくりと目線を横に移してみる。すると、アルが両手で顔を覆い隠し、涙を流していた。
まさかの展開に真逆に座っているアオの方にゆっくりと顔を動かすと、アオと目が合う。声を出すことをせずに横にずれるよう手で指示を出すのだが、アオには何のジェスチャーをしているのか分からず、「どうしたんですか? リョータ様」と、自分の隣に座っているアルにも聞こえる声で言いやがり、更に強く鳴き声を上げて自分の存在をアピールしてくる。
アピールなんかしなくとも、アルの存在には気が付いていたし、アルだってわかっていて座ったはずである。ようやくジェスチャーの意味を理解したアオだったが、時はすでに遅かった。
渋々隣に座っているアルの方へ顔を向け、どのように声を掛ければ良いのか分からないため、まずは自分が落ち着くために一度だけ深呼吸をしてから声をかけた。
「あ、あの……アル……さん?」
どうみても不自然で他人行儀な喋り方だ。だが、このような経験なんてしたことがないため、仕方がないだろう……。
「うぅ……リョータさ~ん……」
アルは鼻水を垂らしており美人が台無しだ。そして、その台無しになっている顔を人の服に擦り付けてきて、アオは少し驚いた顔をしたあとに、ムッとした表情をしてアルを見つめていたが、気にしたら疲れるような気がして無視することにした。
どうして泣いているのか、訳を聞くために再び声を掛けようとしたのだが、運が良いのか悪いのか……自分の番号が呼ばれてしまい、この場はアオに任せてカウンターへと向かう。
先ほどの様子を見ていたらしく、職員の人が不審者を見るかのような目で見てくるが、こちらが何かをしたわけではない。さっさとこの場を離れた方が良いと思い、職員に露店を開きたい旨を簡単に説明すると、職員の人は汚いものを見るかのような目で見つめたあと、書類を雑に取り出した。
何故このような扱いを受けなければならないのかと疑問に感じながら書類に目を通し、必須項目に記入していく。このような物は、他の場所に設置して、記載してから受け付けすれば時間の効率が良くなるのではないかと思ったのだが、このような雑な扱いをしてくる奴に話したところで、人の話をしっかりと聞くはずもない。文句を言うのも面倒だと思い、さっさと終わらせることにして書類を提出すると、手数料として100Gを支払うよう言われ、納得がいかないと言おうとしたが、先ほどの書類に100Gを支払う旨を記載されていたことを思い出し、渋々100Gを職員に差し出す。すると、職員の人は差し出した100Gを偽物ではないかと疑い、コインの重さや虫眼鏡のようなもので鑑定をして、ようやく本物だと理解して受け取った。失礼な奴だと思う以前にその行動が異常過ぎて呆気に取られてしまい、言葉が出なかった。
それからしばらくして、この町だけでしか適用されない営業承認札を渡される。この札は店を開く際に、皆に見える場所に設置する物らしく、営業許可書代わりといったところだろう。しかし、職員の人の説明は大雑把というか、説明する気が無いように感じられ、冒険者ギルトとは全く異なった組織のように思われて仕方がない。人間味が感じられず機械的に物事を進められていくさまは、まるでお役所仕事のように感じられる。
しかし、これでようやく営業することが可能となったため、アオが待っている席へと戻っていくと、アオは困った顔をしながらアルを慰めており、まるでアオがアルを泣かせたかのような光景になっていた。周囲の人たちは奴隷が主人を泣かせているかのように見えているため、周りがざわついていた。
人ごみをかき分け、アオの側へと近寄ると、アオは困った顔で奴隷という立場について説明を始める。どうやら奴隷が主人を泣かせるという事はあってはならない事であり、警備兵などが見た際には大事になってしまうらしく、最悪の場合、奴隷商館へ連れていかれて再教育などされるとの事で、慌てて泣きじゃくるアルを荷物のように抱え、人ごみをかき分けながら商業ギルドから逃げ出した。
取り敢えず泣きじゃくるアルを落ち着かせる必要があり、何故泣きじゃくっていたのか理由を聞かねばならないため、どこか適当なお店へ入ろうかと考えたのだが、抱えているアルの方から、とても嫌な臭いがすることに気が付き、店へ連れて行くのを止めて自分の家へと連れ帰ることにした。
泣きじゃくっているため落ち着くようにアルの名を呼ぶと、アオが聴き間違えをして返事を何度かする。呼び名が似ているのでややこしいため、アルの呼び名を変えてもらえたら助かるが、現状ではそのようなことを言っている余裕はない。
それからしばらくして家にたどり着くと、アオに付き添われる形でアルは家の中へ入って行き、リビングの椅子に座らせると、アオはその場から逃げるように水を汲みに行くと言って、リビングから離れてしまう。
それからしばらくして、「そろぉ~」っと、物陰から覗くようにアオが顔を出し、状況を確認してから水が入ったコップをテーブルの上に置き、その場から離れようとしたため、腕をつかんで椅子に座らせる。アオの表情を見る限り、水を用意する間に話が始まっていたら……と、考えていたのではないだろうか。アルがグズッており話は全く進んでおらず、アオは面倒くさそうな表情を浮かべており、「話を進めろ」と言わんばかり目でこちらをチラチラと見ていた。
後でお仕置きが必要だと思いながら深い溜め息を吐き、「ここは俺の家だ。取り敢えず何があったのか説明してくれないか?」というと、アオはようやく「と、取り敢えず……水でもお飲み下さい」と、コップを差し出して席を立とうとする。
そうは問屋が卸さない。逃げようとするアオの腕をつかみ、再び席に座らせていると、「い、いや……アオは……」と、首を横に振り嫌がる素振りを見せたので、「座れ」と、命令口調でいうと、ようやく観念したのか、アオは「はい……」と、項垂れたのだった。
泣きじゃくっていたアルが落ち着くまで30分ほどかかったのだが、この30分がとてつもなく長く感じたのはアルのグズッている声だけが家の中で鳴り響いていたからだろう。
落ち着いたアルはようやく重い口を開けてポツリポツリと話し始める。まず始めに、どうしてエリエートの町で勤めていた防具屋を辞めてしまったのかからだった。
「リョータさんがあの店に来る前からの話なんですが……。店長から何度も言い寄られておりまして……」
アルマの店長がどういう奴か知らない。だが、アルは何度も断っていたらしく、いい加減やめようかどうか悩んでいた時に自分があの店を訪れたらしい。
それからしばらくして、この町、リヒテンブルクにいる女性の友人から手紙が来て、一緒に仕事をやらないかという誘いがあり、転機だと思い、アルマを辞めることにしてリヒテンブルクへ行く商人にお願いして、リヒテンブルクへとやってきた。
そして、ようやくリヒテンブルクへとやって来て、友人のお店を訪ね、アルは新しい町で仕事を始めたらしい。新しい仕事は道具屋だったらしく、道具屋で扱っている商品は防具屋で扱っている物とは異なっているため、覚えることが沢山ありそれなりに楽しい日々を送っていた。
だが、楽しい日々はそんなに長く続く事は無く、ある朝、アルが職場へたどり着くと、警備兵が店を囲んでいた。
何故、いったい何が起きているのかさっぱり分からず、野次馬の人に尋ねてみたところ、アルが働いていたお店は、ぼったくりや、道具を横流しで仕入れていたらしく、町の治安部隊がついに踏み込んだとのことだった。
まさかの展開で職を失ったアル。しかし、生活をするためにはお金が必要で、商業ギルドに仕事の斡旋を受けに行くのだが、罪を犯した店で働いていたこともあり、仕事の斡旋を受けられずにいたらしい。それから全く仕事にありつく事ができず既に1週間が過ぎ、手持ち金が底を尽きそうになっている事など、泣きながら教えてくれた。
「――けど、所持金が少なくないか?」
「……この町へ来る時に、相乗りさせてもらった馬車に食事代や護衛料の少しを支払ったから……」
たしかにタダで載せてくれる奴なんて早々いるはずがない。
「実家に連絡とかは?」
「私の実家……王都よりも遠い場所にあるの。手紙を送ったところで返事が返ってくる前に私の生活が持たないし、実家へ帰るには今の所持ち金で帰ることなんかできない」
切実な声でアルが言う。現在、どこへ住んでいるのか聞いてみると、どうやら以前住んでいた場所はお店の宿舎だったらしく、その宿舎は取り上げられてしまっているため、今は宿屋暮らしの生活を送っているのだが、自分たちが住んでいた雷の剣亭よりも安い宿屋だったが、それでも一泊30Gもするらしい。
「で、これからアルはどうするのさ?」
その問いかけにアルは「わからない」と首を横に振りながら答え、今後の見通しが立っていないことに項垂れてしまう。
アオはこちらの会話には一切口を挟むことはせず、黙って聞いており何も答えることなく俯き話に耳を傾けていた。
アルの切実な現状を聞いたが、自分たちに何かができるわけでもないため、無駄に時間は過ぎていく。どれほど長い沈黙が続いたのか分からないが、どこからともなくお腹が鳴く音が聞こえ、取り敢えず昼ご飯を食べることにしての準備を始めた。ただ座っているだけだと何も案が浮かばないし、この場をどうにか切り抜けたいという気持ちもあった。
アオに火を付けてもらうあいだ、井戸の水をくみ上げ桶に入れる。早く水回りをどうにかした方が良いだろうと思いながら、ジャガイモをスマホの中から出して洗い始める。
ジャガイモが恐ろしい物ではないという事が分かったのか、火を付け終わり、湯を沸かす作業を終えたアオも一緒に洗ってくれる。
洗いはアオに任せてジャガイモの芽を取る作業を行い、綺麗な水の中へ芽を取ったジャガイモを入れていく。「次は何をすればよろしいでしょうか?」と、好奇心に満ちた目で聞いてくるアオに、ジャガイモに切れ目を入れてもらい、まだ沸いていない鍋の中へジャガイモを投下させる。
何故、沸いていない状態でジャガイモを投下させるのかというと、熱で崩れやすくなるのを防ぐためである。
しばらく放置してジャガイモが茹で上がるのを待っている間に、肉をスマホから取り出し、その肉を細かく切る様にアオに指示する。
ついこの間まで目が悪く、おぼつかない包丁さばきだったアオとは異なり、今では器用に包丁を使いこなしている。
茹で上がったジャガイモを串で刺し、引っかかることなく突き刺さり、芯まで茹で上がっていることを教えてくれる。そして、鍋からジャガイモを取り出し、アオに皮を剥かせる。剥き終わったジャガイモをすり潰すように指示している間に、細かく切ってもらった肉をフライパンで焼き始め、すり潰したジャガイモを皿に盛り付けさせ、焼き上がった肉をジャガイモの横に添えた。
本当はバターをすり潰したジャガイモの上に置きたかったのだが、牛乳を購入するのを忘れていたのと、面倒事に巻き込まれてしまったため、塩胡椒などで取り敢えずは味付けしてテーブルに持っていく。
リビングへ戻ると、まるでお通夜のように空気が重く、アルは俯きながら黙って座っていた。重い空気の中、食事を運んでいくと、アルが慌てた素振りで立ち上がった。
「ご、ごめんなさい! 食事……だよね……」
あのような話を聞いた後で、彼女を追いだすなんてことができるはずがない。小さく溜め息を吐き、「遠慮するなよ」と言い、アルは申し訳なさそうにして再び席に座った。
実は食事を作っている途中、アルの事についてアオと少し話をしていた。このまま仕事が見つからなければ、アルはどうなってしまうのかと……。
それに対し、アオは難しい表情で「何とも言えませんが、現状のままですと娼館で働くとか……そういった感じの仕事にしかつけないものかと……」と、答えた。
どこの世界も働き口が無いと選択肢は限られてしまう。たぶん、アルの頭の中ではそのような言葉が渦巻いているという事であろう。だけれど、自分がどこまで協力できるのかは限られており、結局のところはアル次第ということになる。
「口に合うか分からないけど、取り敢えず食べたほうがいいよ。俺がいた所では『腹が減っては戦はできぬ』という言葉があってな、お腹が空いていると思考が低下し、動かなきゃいけない時も動けなくなってしまうという事の意味らしいぞ」
慰めにならない言葉だが、お腹が減っていては考えもまとまらないのは確かである。
「……ありがとう」
再び涙を零すアル。だが、好意には甘えてくれるらしく、ゆっくりと差し出した食事に口をつけ始め、アオはホッと息を吐いて自分も食べ始めた。
ゆっくり食べていくアルだったが、次第に手の動きを止め、我慢の限界が訪れたようで、声を上げて泣き始めてしまう。アオは手を止め、アルの横にって慰めようとするのだが、どのように言葉を掛ければよいのか分からず、困り果てた表情でこちらを見る。
「はぁ~……。まったく……アル、これからどうするのかと聞いても答えはでないだろう。そして、今のままでは宿代も支払えなくなる。もし、仕事が見つかっても、住み込みで働かせてくれるところでなければ今のままではどうしようもない」
このままでは埒が明かないため、仕方なく無理やり話を進めることにした。案の定、自分の置かれている立場を理解していたアルは、更に声を上げて泣き出してしまう。
背中を擦るアオは何も言えず困った顔をしており、その眼は悲しく寂しいもので、胸が締め付けられる。「どうする?」と、頭の中で自問自答を繰り返す。ハッキリ言えば自分には全くと言って良いほど関係は無い。セリカ同様、アルがどうなろうとも知ったことではないのだ。
しかし、アオは目が悪かったことがあり、現在不自由な生活を送っているアルに対し、同情に近い気持ちがあるようだ。できることならば慈悲の言葉をかけてほしそうな目を向けており、一度深い溜め息を吐いてから、飲み込んでいた言葉を出す。
「なぁ、アル。先ほどの話だと、これ以上は生活することが難しいんだろ?」
その言葉にアルは泣きながら小さく頷く。
「なら、しばらくの間だけはこの家で暮らすか? 俺たちしか住んでいないから、今のところ部屋は空いているし……」
当面の間は面倒を見るしかない。結局、面倒なことに巻き込まれてしまったのだが、アオは嬉しそうな顔をしており、慈愛に満ちた目でアルを見つめる。どれだけ優しいやつなのだろうか……。
「で、でも……そこまでしてもらう義理は無いし……」
鼻をすすりながら言うのだが、一度は断りを入れた方が良いだろうと言う意味合いで言っているはずだ。アルはセリカのように図々しさを持ち合わせているようには思えない。
「義理とかそんなことは関係ないだろ? 全く知らないやつだったら話は別だけど、一度だけとはいえ話をしたこともあるし、知らないやつではない。それに、俺の住んでいたところは、困っている奴がいたら手を差し伸べろって教えられるんだよ。それじゃあ、俺はアルの部屋を準備するから、アルは今泊まっている宿屋から荷物を持ってこいよ」
「で、でも……」
「無理強いはしないけど、明日はどうやって生活をすれば良いのか分からないんだろ。だったら厚意に甘えておけよ。アオ、アルの手伝いをしてやれよ」
「はい! リョータ様!!」
元気いっぱいに返事をするアオに対し、アルは不安そうな顔して席を立つ。これだけ親切な対応をしているのに、何が不満なのだろうか。
「それでは行きましょう! アル様」
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私の手を取り歩き出す少女。たしかこの子はリョータさんの従者だったはず。この少女はいったいリョータさんの何なのだろう。前に店へ来たときにはいなかったはず……。
商業ギルドで会ったとき、あの珍しいアーティファクトを見て、彼のことを思い出したが、かなり前のことだったので記憶は曖昧だ。
あの時は眼つきが悪い人だと思ったが、喋った限りだと悪い人とは思えなかったような記憶もあるし、一度しか会ったことがない私に優しくしてくれた。
「あ、あの……貴女はリョータさんの……」
彼女が彼の何なのかわからないため、一応たずねてみる。すると、少女は片膝をついて頭を下げて言う。
「挨拶が遅くなり申し訳ありません。私はリョータ様の奴隷で、アオと申します。以後、お見知りおきを……」
奴隷と言われてもピンとこないが、礼儀はとてもよかった。
「ど、どうも……アルケミ=エレ=サナタリ……です……」
私の名前を聞いて、満面の笑みでアオと名乗る少女は立ち上がり歩き出す。私よりも少し背が低いし、胸も私より貧相だ。だけれど、この元気の良さには救われている。
「ね、ねぇ……貴女のご主人様はどんな人なの? 見ず知らずの私を助けてくれるなんて……どこかの貴族様だったの?」
普通に考えて、一度だけしか面識がない人を助けたりするなんて、どう考えてもおかしい。貴族の息子か、どこかのお金持ちが道楽気分で楽しんでいるだけなのかもしれない。
「いえいえ、違いますよアル様。リョータ様は貴族様ではありません。私なんかとは考え方が異なる冒険者様です。少し難しいお言葉を述べますが、その方を想ってのお言葉で、本当はお優しい方なのです。アオは目が不自由で、治癒術師様が色々な魔法を試されたのでしたが、アオの目は治りませんでした。自分は売れ残ると思っていましたが、リョータ様がなけなしのお金でアオを購入して頂き、アオの目を治してくれたのです! 他にもリョータ様はアオのためにしてくれました。リョータ様は、自分の事は二の次にして先ずは相手の事を思いやる。素敵なご主人様です! 目つきが鋭く、周りの方から勘違いされがちですが、とてもお優しく素敵なご主人様です!」
笑いながら教えてくれるのだが、いま少し彼のことが分からない。
「もう少し……もう少し彼のことを教えてくれる?」
そう言うと、アオと名乗る少女は、笑顔で「わかりました!」と、自分の主人がどれほど凄い人なのかを語り始める。まだ二度しか会った事のない人を、簡単に信じるというのは難しい。私はもう少しだけ踏み込んだ話を聞く事にし、これから自分がどのようにして生活をしていかなければならないのか考えることにした。
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日が暮れ始めたころにようやく二人が荷物を持って戻り、アルのために準備した部屋へ案内し、「取り敢えず必要だと思うものは準備しといたけど、足りない物があれば言ってくれ」と、言い残してリビングへ戻ろう部屋の扉を閉めようとすると、アルが慌てた声で「ちょっと待って!」と、呼び止めた。そして、少し間を置いたあと「私を雇ってくれませんか」と、何かを決意した顔で言った。
「はぁ? 雇うって……アルは冒険者じゃないだろ?」
「いえ……一応、私も冒険者の登録もしているんです。お店を開くにはギルド登録が必要ですから……」
そういえば、商業ギルドに行った際、冒険者カードを提示したことを思い出す。
「だ、だからって……戦ったりする事はできないだろ? そんな事ができるのなら、自分で稼げば良いし……」
「――確かに武器などは使えません。足を引っ張ることも分かっています。ですが、商業ギルドで仕事を斡旋してもらえない以上、私はお金を稼ぐ術がないんです! 何か一つでも……一つでも良いから、自分でお金を稼げる術を身に付けたいんです!!」
たしかに、商業ギルドで仕事を斡旋してもらえないという事は、ハローワークに行っても、面接どころかPCすら触らせてもらえないことになる。単純に考えると、アルに残されている道はたった二つしかなく、娼婦になる奴隷として生きていくかの二択しかない。その選択を回避するためには、自分で稼ぎ方を覚えるしか方法はないだろう。そして、覚え方というのが……『冒険者』となり、自分の力で魔物や猛獣など仕留めるか、アシスターとなり、サポートして稼ぐとしかないだろう。
「はぁ~……まぁ、仕方がないかな。でも、アルが使える武器って言ってもなぁ……」
腕を組みながら立ち尽くしていると、様子を見に来たアオが服を引っ張る。アオは耳が良いので何を話していたのか聞こえているらしく、「リョータ様、これを使っていただくのはどうでしょうか?」と、エアガンを取り出して見せてくる。
「エアガン? たしかに……それを使えれるようになれば銃を渡すことができるけど、余っている銃が……って訳でもないかぁ。俺が持っている銃を渡せば良いだけだし……。う~ん……分かった。じゃあ、アオ、お前が責任を持って使い方を教えろ。分かったか?」
「かしこまりました! アオができうる限り、アル様のお手伝いをさせて頂きます!」
まるで指導しろと言われることを知っていたかのようにアオはアルを見ており、アルは嬉しそうな顔をしていた。
「それと、剣や弓についても同様に教えるんだぞ」
「もちろんです!」
なにか二人の企みにハマったかのような気分になるが、気にしていても仕方がないし、このまま何もできない状態のまま生活させるわけにはいかない。
「で、冒険者になるのはわかったけど……アルは魔法を使用できるのか?」
「え? ま、魔法……ですか? いえ……使えませんが……」
簡単な魔法が使えるのならば攻撃魔法を教えることもできる。だが、できないのならば基本的なところから教えていくしかないだろう。まぁ、セリカよりも素直で真面目そうだし、話をしている限り残念な性格をしているわけではない。
「わかった。使えないのなら、取り敢えず練習をしてみよう。もし、アルが魔法を使えるようになったら、仕事の幅が増えるだろうし、俺たちと別れて他の人とパーティを組んでも重宝されるだろう。どうだ? これから大変だろうけどがんばろうな」
「は、はい! あ、ありがとうございます!」
嬉しかったのか、アルは顔を覆い隠しながら泣き始めてしまう。喜んでいるのだから何かしら優しい言葉をかけようとしたのだが、どうしてか思い浮かばず、取り敢えずこの場はアオに任せることにして、逃げるように部屋から出ていく。
ようやくアオと二人きりでのんびりとした生活を送れると思っていたのだが、新たな風が舞い込んできたため、思い描いていた生活もしばらくはお預けだ。
この選択が吉となるか、凶となるかは……今の自分では全くわからない。だけれどこれ以上、波乱な人生は歩みたくないものだ。




