21話 寄せ集め
ギルドを出ると若手冒険者の少女たちが囲むようにして話し掛けてきた。
「リョータさん、先ほどの女性と何かあったのですか?」
目を輝かせながら興味津々で聞いてくる少女たち。あの屑女とラブロマンスでも期待しているのだろうか。あり得ねー話だ。
「いや、彼女とはさっき初めて会ったばかりだよ。何を期待しているのか分からないけど、余計な事は考えないように。俺にはアオがいるからどうでもいい。それよりも、俺は君達の事……全く分からないんだけど、せめて名前と年齢、得意な分野くらいは教えてくれないか?」
話を逸らす訳ではないが、何と呼べば良いのか分からないと困るし、さっさとこの町から移動したい。それに、これからの事を考えないといけないのだ。くだらない女の話をしている暇はないのである。
しかし、道端で止まって話をするのは通行人にたいして迷惑なだけである。ゆっくりと話ができる場所といえば、ギルドかアスミカ亭の食堂のどちらかだけで、昼時という事もあり、アスミカ亭で昼飯を食べながら自己紹介をしてもらう事にした。
アスミカ亭に辿り着くと、客を連れて来た事に喜びの声を上げるライフリ。この店は意外と繁盛しているのだが、やはり客がたくさん来るのは嬉しいらしい。だけれど、客を連れて来たのだから少しでもサービスしてくれても良いのではないだろうか……。取り敢えず適当な席に座り、ライフリに彼女たちの分も含めて食事をお願いする。いざ自分の事を話すとなると緊張するらしく、彼女たちは顔を強張らしていた。仕方なしに先ずは自分から名を名乗ることにした。
「今更だけど俺は石橋亮太。歳は18で、基本的に剣士かな? リョータと気軽に呼んでくれ。そして、彼女はアオ。俺の従者だよ。年齢は16で、基本的に剣で戦う……のかな? 今は他の方法も試している状態だね」
あえてアオの事は奴隷とは言わない。なんとなくだけれど。アオは立ち上がり、片膝をついて頭を下げながら挨拶をする。
「よ、宜しくお願い致します……お、お嬢様方」
少しだけ戸惑いつつも礼儀良く挨拶するアオに、少女たちは緊張した顔で「よろしくお願いします」と、頭を下げた。幾らアオを従者といったところで、後々アオが奴隷と分かったときに彼女たちから煩く言われる事がない対応だろう。もしかしたらアオの慕っているお姉さんとやらの教えかも知れない。
アオの挨拶が終わり、続く様に少女たちが名前を名乗り始める。先にこちらが言ったため、話しやすい雰囲気になったのだろう。
「わ、私はシサル=ベリア=セレスタです。14歳になりました……」
金髪のポニーテールで、身長はアオと変わらないくらいの少女。胸に関して革の胸当てを付けているのでなんとも言えないが、まだ14歳というのは若いだろ。アオだって16歳なのに。
武器はショート・ソードを腰に下げているので、彼女は剣士なのだろう。……というか、全員ショート・ソード装備しているので剣士なのかも知れない。魔法は誰も使えないのか?
「キリト=サラ=ミリタリアです。歳は14……です」
「イース=ナタリ=オルトニ、15歳……です」
「フォルト=ランラ=ケミスト……16です」
「マリー=タランタ=ブルフォント、14歳です」
シサルが名乗ると、次々と名乗り始める。キリトは金髪でショート、身長は140センチくらいだろうか、イースは160センチの黒髪ショート、フォルトは金髪ロングで150センチほど、マリーは青髪のショートで140半ば? といったところだろう。
「で、誰も魔法は使えない……で良いのか?」
「えっと……」
困った顔して残り4人を見るシサル。何か問題でもあったのだろうか。
「実は、私達……オークに捕まったときに知り合っただけで、お互いの事をあまり……というか、全く……知らないんです……」
申し訳なさそうに答えるシサル。アオと共に頬を引き攣らせながら先行きの不安を覚える。名前と年齢を名乗っただけで、それ以上の情報を寄越さないつもりなのだろうか。
「じゃ、じゃあ……魔法が使える人は手を挙げてくれる?」
その問いかけに誰も手を挙げず、彼女たちは俯いてしまう。アオは頬を引き攣らせながら5人を見ており、正直に言って彼女らにたいして呆れてしまっている。
この子達に常識を求めてはいけないのだろうか。ゴミ女のセリカでも、文句を言いつつも質問には答えてくれた。今思えば、あの屑でも多少の常識を持っていたのかも知れない。
「えっと……俺に教えてして欲しいって話だけど、俺も冒険者になったばかりだ。しかも、ランクはH5。教えられる事は少ないと思うが……それでも良いの? この町にはGランカーがそこそこ居るって聞いているけど……」
できれば諦めてもらおうと思い、自分の冒険者ランクがどれほどなのか説明する。
「で、でも、バルバスさんは凄腕の冒険者だって言ってましたし……オークの集落を潰せるほどの実力があるのは事実じゃないですか!」
何故か喋るのは全てシサル。他の4人は俯き黙っている。何よりムカつくのはフォルトで、アオと同い年のくせに年下のシサルに全て任せっきりなのが苛立たせる。
「シサルが言いたい事は分かった。だけど、名前と年齢だけ言えば良いって訳じゃないだろ? 暫く一緒に行動するのだから、俺は君たちの事を理解しなきゃならない。別に手の内を明かせとは言わないけど、俺は君たちを守らなければいけない義務があり、君たちは俺を信頼する義務がある。もう少し積極的に話をしたらどうなんだ? この先、冒険者で生活していくのであれば人と話す勇気が必要になる」
少し苛立ちながら言うと、余計に萎縮してしまったようで誰も喋ろうとしなくなってしまった。そのタイミングでライフリが食事を持ってくる。アオは「ありがとう御座います」と、お礼を言って食事を受け取り5人の前に並べていく。
「リョータ、お前とアオのはもう少し待ってくれるかい?」
客が増えてきた事により、こちらは後回しにしていたらしく、少しだけ待ってくれとライフリは言う。もちろん逆らうと本気のパンチで殴られるので笑顔で了承した。何故かライフリは厳しい人だった。
「せっかくの飯だ、温かいうちに食べないと勿体ないから、さっさと食べちまいな。今回は俺が奢ってやるからさ」
そう言ってスマホを取り出し、ニュースを読み始める。すると、「すいません……」と、小さな声で詫びの言葉を言い5人は食事を食べ始める。横目で彼女たちが食べるのを見て、この先、彼女たちは冒険者としてやっていけるのだろうか……と、少し不安になりながら、再びスマホのニュースを読み始める。
4人は久し振りにまともな食事らしく、必死になって目の前のおかずを食べており、いったいどうやって暮らしてきたのだろうか……。
「アオ、この後道具屋に行って、旅の支度を済ませる予定だけど、大丈夫か?」
スマホを観ながらアオに問いかけると、アオは少し考えながら答えた。
「ん~~。アオは問題ありません。リョータ様のご指示に従います……。ですが、お嬢様方は……大丈夫なんでしょうか……」
アオが言いたい事は良く分かる。アオはそれなりに戦えるようになったが、この5人の実力が分からないため連れて行って良いのだろうか。いや、怖ければ来なくて良いだけの話だし、追い払えるチャンスかもしれない。バルバスにも次の町へ行く事を伝えていることだし、これで嫌がるなら他の冒険者に教授してもらえば良いのだ。1人で納得し、ライフリが持ってきた食事を受け取ってアオと食事を食べ始めた。
食事が終わり、全員分の金を支払いアスミカ亭を出る。そして、今後の予定を5人に伝えると、誰一人として嫌がりはせず、「分かりました」と、素直に答えた。
いくら何でも全員が納得するとは思ってはいなかった。最低でも1人くらい嫌がると思っていたが、当てが外れて少し残念な気持ちになった。だが、顔に出すことはせずに道具屋へ行き必要な物を購入し、食材なども買いに向かった。
道具や食料を買い揃え、時間を確認すると、既に16時を過ぎており、日が沈み始めていた。この世界は地球と同じで1年は365日あり4年に一度、閏年も存在していた。そこは地球と同じなので少しホッとしたが、この地方は四季もあるらしく冬になると雪が降るらしい(これはアオが教えてくれた)。
スマホの日時は9月27日となっており、本当に地球と似ていることが分かる。時計に関しては町に時計台が設置されており、皆はそれで時間の確認をしているようだ。スマホの時間と比べてみても、ほぼ同じなので間違いはないだろう。
全ての準備が終わったので5人を引き連れ町の外へ向かう。町の出入り口に到着すると、警備兵達が怪訝な顔して質問をしてきた。
「お前たち、こんな遅くに町の外へ出るのか?」
「あぁ、隣町へ行く予定なんだ」
「こんな遅くに?」
意外としぶとく聞いてくる。心配していると顔に書いているが、自分の事ではなく後ろにいる6人に対して言っているように思える。どうやらオークの集落襲撃事件の冒険者が誰だったのか知っているらしい。
「活動拠点を移そうかなって思っていてね。思い立ったら行動を起こさないと、何時までもこの町に残ってしまうからね」
「そうか。だが……大丈夫なのか?」
チラッと後ろに控えている6人に目を向ける警備兵。心配する気持ちは十分理解できる。しかし、アオを除く5人だけが心配なのだが……。
「駄目なら死ぬだけだよ。それが冒険者だろ?」
そこまで言うのならと、警備兵は道を譲るように通してくれた。確かに心配になる気持ちは分からないでもない自分よりも一回り近く離れた少女達が、この時間から旅立つというのは……。そんな事を思いながら町を出ていき、歩きながらスマホを取り出し、隣の町がどこなのか改めて確認しながら進んでいく。
日が沈み始めているため、辺りが暗くなり始めている。アオはそれほど怖がっているようには見えなかったが、後ろを歩いている5人の足取りをは重い。このまま先を急いでも意味が無いし、この5人を守るというのは性に合わないため、成長させる必要がある。とは言っても、隣町に行くのは初めてだし、野営をするのも初めてだから、先ずは自分たちが野営に慣れる必要があるだろう。
「アオ、二時間ほど歩いたら適当な場所でテントを張るよ」
先ずは明確な目標をアオに知らせる。
「かしこまりました。ですが、一つ気になる事があるのですが……」
アオは少し困った表情をして、話してよいのか迷っているようだった。
「どうした?」
「アオはリョータ様の所有物なので物を買う必要がありません。ですが、お嬢様方は……如何なんでしょうか? 一緒に道具屋へ行きましたが、お嬢様方は物を購入していませんでしたし、魔法の袋をお持ちになっているようにも見えませんが……あれ? リョータ様?」
アオの話を聞いて歩くのを止めた。確かにアオの言ったとおりだ。5人が何かを購入しているところを見ていない。そして、彼女らは冒険者になったばかりだと言っていたし、オークに捕まった阿呆共である。はっきり言ってセリカの方が己の実力を理解しているぶん扱いやすい。だが、彼女らは自分の力を理解しているのだろうか。
「ど、どうしたんですか? リョータさん……」
不安そうな声を出すシサル。急に止まったことで不安を抱いたのだろう。だが、一番不安に思っているのはこちらの方である。
「ちょーっと、正直に答えてもらいたんだけど……良いかな?」
苦笑いをしながら振り返り、5人の少女に質問する。シサルは「は、はひ!!」と、不安そうな顔して返事をした。アオは苦笑いしており、何を質問するのか分かっているようだ。
「君達、夜はどうするんだ? 俺はテントは1つしか買ってないし、食事は2人分しか購入していない。傷を治すポーションだって2人分しか購入してないんだが……」
その言葉に5人の表情が真顔に変わり、一斉に唾を飲み込んだ。それを見ていたアオは、「やっぱり……」と、小さく呟いて項垂れる。今さら町へ戻るのも気が引けるし、どうしようもない状態である。水は生活魔法があるのでなんとかなるから問題はない。だが、食料などは別の話である。
「だから話をするのは大事だと言ったんだよ……。もしかして、君達はお金を持っていないのか?」
その問いかけに頷く事しか出来ない5人。今さらながら気がついたのだが、装備している武器や防具は、全て真新しい。もし、ギルドから支度金が出されたとして、全員が阿呆みたいに装備に注ぎ込んだ可能性がある。いや、注ぎ込んだのだろう。
確かに武器は必要だと思う。しかし、獣が相手であれば、防具はそこまで必要はない。それに、宿代だって必要だったはずだ。泣きそうな顔して見つめてくる5人。こちらが泣きたい気分だというのに……。
「仕方ない。どうせ不寝番もしないといけないのだから、交代でテントを使おう。アオ、悪いけどそれで良いか?」
「アオは構いませんが……食料は如何致しますか?」
5人に聞こえない声で食料の事を聞いてくるアオ。いざとなればスマホで食料を購入することだって可能だろう。だが、これは良いチャンスだ。
「それについては今から手に入れるしかないだろ……」
その言葉を聞き、アオは「ですよね~」と、苦笑いをする。先ずは獣狩りから始める事にして、スマホの探索機能で周囲を確認する。
それから暫くして、離れた場所にプルスが羽を休めているの発見する。ここは彼女らの実力を知るため、5人で協力して獣を狩ってもらうしかないだろうと、5人に説明すると、驚いた顔をする。
「――え? わ、私達が……仕留めるんですか?」
驚いた声で聴き返すシサル。他4人は状況を見守るだけで、心配そうな顔で見守っている。自分達の事なのに、他人に委ねるのは如何だろうか……。
「うん。実力を知るため、戦ってみてくれる? 大丈夫、何か起きても魔法で治療できるか」
さも当たり前のように言ってみると、シサルたちが動揺しているのが分かる。もしかして彼女たちは一度も獣たちと戦ったことがないのか? 全員が目を泳がしており、まさかが本当だと教えてくれる。そんなシサルは後ろにいる4人をチラリと見て、「分かりました……」と、元気の無い声で答え、離れた場所にいるプルスを1人で狩りに向かう。
シサルが一人で行ったことで、物凄い違和感を覚える。何故、14歳の少女一人で狩りに出かけているのか……と。5人で行けば直ぐに片づけられるはずなのに……。もしかして、プルス一匹だけならシサル1人で仕留めることができると思っているのか? 。
だが、相手は猛獣である。剣を振り回すことができたのなら、問題はないだろう。だが、どう見ても剣を握っているシサルの後ろ姿は素人そのものだ。自分とアオは、スマホで剣技のスキルを付けたため素人の動きはしない。そして、剣技のスキルがあるため、相手が剣を手にした時に、相手の実力が多少分かってしまう。
「アオ、分かっているな?」
「はい、いざとなればアオが助けに向かいます」
自分でやればあっと言う間に始末することができるが、あの程度の相手に自分がでしゃばる訳にはいかない。それに、彼女たちにアオがどれほど実力があるのか理解してもらう必要がある。それに、プルスは本当に弱い。この世界に来て初めて倒したのはラビだが、プルスの方が一番仕留めているのだ。何と言っても、プルスは食料にしやすいため、いくら狩っても損する事はない。それに、冒険者になりたてのアオですら仕留める事ができたのだから、誰だって仕留めることができるものだと思う。
そんな事を思いながらアオと二人でシサルの後ろ姿を見守るのだった。




