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スマホチートで異世界を生きる  作者: マルチなロビー
19/105

19話 チートでも無理な事はある

 スマホの地図アプリを開き、画面を見ながら町がある方へ歩み続ける。だが、オークに捕まっていた女性達の足取りは重い。何人かの女性は裸足で歩いてからでもあるが、やはりオークに掴まっていたと言う事がショックになっているのかも知れない。


「裸足で歩いているので足が痛いはず、治療をしますので少し休憩をしましょう」


 休憩と聞いて皆はホッと息を吐く。アオは袋からコップを取り出して彼女等に水を渡す。オークの集落では水すら飲ませていなかったことを思い出し、気が回らない自分が憎い。

 アオから水を受け取った女性たちは、久し振りに水を口にしたようで勢いよく飲み干す。その光景を見て、アオの心遣いが彼女たちの心を癒やしていることが分かり、気を遣えなかった自分が情けなくなって苦笑いをしてしまった。それを見ていた一人の女性が睨みつけてきた。


「な、何が可笑しいのよ」


 苦笑いをした事が気に障ったらしく、謝罪を求めてくる。だが、それはただの言いがかりであり、文句を言われる筋合いはない。本当に鬱陶しい……。


「いえ、申し訳ありません。ですが、慌てて水を口にすると疲れてしまいますので、皆さんゆっくりと口に含んでから飲んだ方が良いですよ」


 取り敢えず謝っていた方が無難だと判断し、謝罪を含め無難な言葉でその場を収めることにした。後々水すらくれない冒険者と言われても厄介なので、水がたっぷり入った樽をスマホから取り出し、女性陣の前に置く。そして、顔などを拭きたい者がいたら使うように言い、その間に周辺を調べてくると言ってその場から離れる。男性の自分が側にいたら、身体を拭き難いと思っただけではない。先ほど周辺を調べた時、魔物の反応があったのだ。

 魔物の正体はオークの集団であり、仲間から集落が襲われているとの話を聞いて、慌てて戻って来ていたのだろう。いま、彼女たちにオークの姿を見せるわけにはいかないため、ここで始末させてもらう事にし、卑怯なことに後ろから攻めさせてもらった。

 オークの集団を一蹴し、直ぐにアオ達がいる場所へ戻ると、先ほどまで不安そうな顔をしていた彼女たちはホッとした表情を浮かべる。


「アオ、何か問題はあったか?」


「だ、大丈夫です……」


「無理するなよ」


「あ、ありがとう……ございます」


 アオも不安だったのか、戻って来た時はホッとした顔をしていが、今は別なことに怯えているようだった。


「さて、足を怪我している人はいますか? 回復魔法で治療します。また、この布切れで足を保護してください」


 そう言って裸足の女性に布切れを渡し、足の裏を保護するように巻き始める。アオもできる範囲で協力し、再び町に向かって歩き始める。

 アオは殿(しんがり)を務めると言ってきたが、スマホがあれば殿をする必要はない。アオに殿をする必要はない事を伝えると、アオは少しだけ困った顔をして耳打ちをする。


「皆さまが後方から襲われたと……」


 先ほどの表情は後方について不安の声が上がっていた事だったらしく、アオは自分ができる事であればと言う。


「必要ないと言ったら、必要ない」


「――ですが!」


「自分達も冒険者なら、守られてばかりではなく自分で何とかしなきゃダメだろ。この先、誰かに甘えていくのは簡単だが、一人で生きていくのは難しい。俺達がいつまでも一緒にいられると思ったら大間違いだし、俺はアオを守るが、他の奴を守る義理はない。そして、アオは俺の何だ?」


 皆に聞こえるように言うと、少し周りはざわめき始める。


「ア、アオは……リョータ様の奴隷……です」


 アオは小さい声で自分が奴隷だとカミングアウトすると、周りにいた女性たちは驚いた声を上げるとともに、絶望に近い声を上げた。助けてやったというのに、なんて失礼な奴らだ。

 主人の命令は絶対という訳ではないが、こちらの言い分は間違っていないためアオは言う事を聞かなければならない。アオは申し訳なさそうな顔して女性陣に目をやると、女性たちは自分に向けて物凄い勢いで睨んできていた。


「それだけ睨む元気があるなら、アオが殿をやる必要はないな。自分の尻は自分で守りな」


 そう言い残し、スマホの画面を確認しながら先を急ぐ。アオは渋々といった表情で自分の横を歩くのだが、時折後ろを気にするような仕草を見せる。


「アオ、さっきも言ったけど、これから先は自分の力で生きていかなければならない。彼女たちの仲間は既に死んでいるんだ。その現実を受け入れるためには、今をどうやって生きるか自分で決めなければならない。俺は彼女たちを守れるほど懐が深いわけではないからね」


「リョ、リョータ様はお優しい方です! アオはそれを知っております!」


「俺はアオだけが知っていれば十分だよ。他の奴が知っていても仕方がないだろ?」


 アオの頭をポンポンと叩くと、アオは悔しそうな表情を浮かべながら黙り込むのだった。それから何度か休憩をはさみ、日が昇るころに町が見え始める。すると、暗い表情をしていた女性たちは、歓喜の声を上げ始める。

 先ほどまでは重たい足取りだったのに、町が近づくにつれ足取りが軽くなり始め、自分の先を歩き始めていた。それを見ていたアオは、難しい表情でこちらを見る。


「現金な奴らだな。ここまで来れば、もう安全だろう。ようやく肩の荷が下りた気分だよ」


 笑いながら言うと、アオは申し訳なさそうな顔して質問をしてくる。


「リョータ様はわざと冷たい対応をしていたのですか?」


「さぁ、どうだろう。でも、これから先、落ち込んで生きていくのと、希望を持って生きるのでは全く違うだろ? アオならどちらを選ぶ?」


 もちろん答えを聞かずとも、誰だって希望をもって生きていきたいと思っているはずだ。アオはそれ以上何も言うことなく、黙って隣を歩きエリエートの町へ向かう。

 町の入り口へ辿り着くと、警備兵達が驚いた顔をして近寄ってくる。警備兵に状況を説明すると、慌てて女性達を町の中へ入れ、安全な場所まで連れて行き保護する。ようやく安全な場所に辿り着いた女性たちは、助けられたという実感が湧いてきたのだろう……緊張の糸が切れたらしく、声を上げて泣く者がいれば、安心感で意識を失う者もいた。

 女性達の事は警備兵達に任せ、アオと共にギルドへ向かう。女性冒険者たちが助けられたことがギルドに伝わっているらしく、酒場は騒然としており、ギルドスタッフは助けられた者たちの身元や状況確認に奔走しているようで、助けた自分たちの事は何も連絡が入っていないようだった。

 呆気にとられ立ち尽くしていると、突然名前を呼ばれる。


「リョータ!」


 呼ばれた方に顔を向けると、声の主はイルスだったらしく、手を上げて招くような素振りをみせたため、イルスがいる場所へ向かう。いつもなら隣に立つはずのアオだったが、珍しく後ろに立つ。


「よぉ、随分と騒がしいな」


「大変な出来事が起きたみたいだからね」


「あぁ、オークに掴まっていた人が解放されたんだっけ?」


 白々しく言うと、イルスは少し興奮気味に「10人程助けられたって話は珍しいからね!」と、目を輝かせていた。


「へぇ~。そうなんだ。そりゃ凄い話だな」


 まるで他人事のように言うと、アオが背中を抓ってくる。何故、抓られたのかは謎である。


「しかし……どのパーティがやったんだろう。オークの集落って話だから、かなりの人数で襲撃したと思うんだけど……」


 辺りを見渡して襲撃したと思われる冒険者を探す仕草を見せるイルス。実際のところ、その冒険者は目の前にいるのだが、教えたところで後ろにいるカルキダが信用するとは思えず、知らない振りを続けると、再びアオが背中を抓ってきた。

 少しだけ世間話をしてからイルス達と別れ、ざわつくカウンター内にいるギルド職員に話し掛け、換金をお願いする……が、量が桁違いに多い。仕留めたオークの数は68匹。冒険者の亡骸の件も話すと、驚いた顔をされて別室へと連れていかれ、冷凍室のようなクソ寒い部屋でオークの肉や素材等をスマホから出す。そして、換金している最中に他の部屋に連れていかれ、冒険者の亡骸をスマホの中からだすと、ギルドの人でも亡骸を直視するのは気が引けるようだ。

 オークの集落で発見した状況を説明するが、あまり信用していないように見受けられ、少しだけ気分を悪くしたが、それは仕方がない事だと自分に言い聞かせ、換金を行っている部屋に戻る。

 換金を行っているギルド職員は、今日中に鑑定するのは難しいから明日の朝、再びギルドへ来てくれと言い、量が量だからと思いつつカウンターでジュースを飲みながら待っているアオを連れて、アスミカ亭へ戻る事にした。

 ようやく安心する場所へ戻ることができ、アオはホッとした顔をしてこちらを見る。


「飯食って部屋に戻ろう。今日は疲れたよ」


 笑いながらアオに言うと、アオは少し元気なさそうな声で「そうですね」と答え、アスミカ亭の食堂で食事をするのだが、普段は慌ただしく食べるアオは、黙々と食べている。疲れているのだろうか。

 食事を終わらせ、部屋に戻りベッドに腰を掛けると、アオは椅子に腰かけて深い息を吐き、安堵の表情を浮かべる。


「いやぁ……長い一日だったなぁ」


「本当にそうですねぇ……。まさか、本当にオークの集落を攻め落としちゃうとは思いませんでしたよ」


 苦笑いをしながらアオは答える。1人で集落を襲うと言っていた奴の言葉ではないなと、心の中で思いつつアオの腕を引っ張り、隣に座らせて頭を撫でる。


「俺はアオのためなら反則級に強くなるからな」


 撫でながら言うと、「そうなんですか?」と、困った顔して笑うアオ。疲れているのだろうか、元気がないように感じた。


「どうした? 疲れたか?」


「……いえ……。ただ……」


「ただ?」


「ただ……何が正しくて、正しくないのか……」


 困った顔というよりも泣きそうに近い顔だろう。そして、何が正しいとか、正しくないとの言葉については、オークの家族を始末したと言う事と、女性が凌辱されていた現実を目の当たりにしたことに対してだろう。


「アオ、その疑問に答えはない。俺達にとって魔物は敵だ。魔物にとって俺達が敵であるように……」


 もっと分かりやすく説明ができれば良いが、そんな気やすめな言葉を言う事はできない。アオは自分に言い聞かせるように「はい」と、返事をしたのだが、納得が出来ていないかのような顔をしていた。


「けど……あの中にアオがいたら……俺は嫌だな」


「――え?」


 何が嫌なのか分からないアオは、こちらに顔を向け続きを聞きたそうな顔をする。


「アオがオークに捕まり、あのようにされるのは嫌だ。アオは俺のだからね。『誰かに』とか考えたくない」


「リョ、リョータ……様……」


 アオは目を潤ませながら見つめてくる。チョロいッス!! アオさん、チョロ甘ッス!!


「リョータ様……アオの全てはリョータ様のためにあります。アオの全てをお受け取り下さい」


 そう言うと、アオはベッドから立ち上がり、恥ずかしそうに服を脱ぎ始めた。そして、産まれたままの姿を見せると、恥ずかしそうに手で胸を隠す姿が『萌える』。

 開けた窓を閉め、少し震えているアオを抱きしめてベッドに押し倒す。アオは「初めてですので……優しくお願いします」と、恥じらうかのように言い、その唇を塞ぐようにキスをするのだった。


 お互いに色々なことが『初めて』で、アオを気遣ってあげることができず、自分勝手に事を進めてしまった。しかしアオは自分とは対照的に、包み込むように優しく抱きしめ、痛いはずなのに我慢して全てを受け入れ、終わるまで耐えていた。

 全てを受け入れてくれたアオと対象に、事が終わると満足感が込み上げてくるが、痛みに耐えていたアオの顔が目に映り、身勝手な行動に対して情けない気持ちが込み上げてきた。

 アオを抱きしめながら痛みがあるかと聞くと、無理して首を振る。だが、アオの表情は嘘を吐けておらず、無理矢理笑みを作っていた。

 せめて、少しでも痛みが和らいでくれたと思い、回復魔法をアオにかけると、痛みに耐えていたのが急に痛みが消え、痛みに隠れていた快楽が一気にアオの身体に駆け巡ったらしく、アオは再び身体を求め始めてきた。無理をしなくて良いと言うが、アオは無理なんてしていないと甘えた声で言い、そのあと何回か身体を重ね合わせ、お互いに精根尽き果てたところで眠りについたのだった。


 翌朝、昨日と異なり満面な笑顔で朝食を食べるアオ。落ち着いて食べるように何度か言うが、アオは軽い返事をして朝食を胃の中へ流し込む。まるで、昨日減らした体力を一挙に回復させるかのように……。

 まぁ、アオの気持ちも分からないでもない。アオが自分を受け入れてくれたことは本当に良かったと思うし、これからも一緒にいられたら良いのにと思わせてくれる。しかも、朝起きた際、目を開けるとアオが気持ち良さそうな顔して寝ている姿を見て、オークとの一戦を忘れさせてくれる。

 お互いにスッキリした気分で朝食を食べ、アスミカ亭を後にし、報酬を受け取るためギルドへ向かう。ギルドに到着すると、酒場には冒険者たちが朝から大声でオークの集落を襲撃した冒険者について話しており、アオは自分たちの話をされていることが嬉しいらしく、満面の笑みを浮かべながら手を握ってくる。絡まれたら面倒なので冒険者達を避けるようにしてギルド職員を探し、昨日の件について話を進める。そして、報酬をもらい商館へ向かおうとしたところ、バルバスに呼び止められる。


「リョータ、ちょっと話がある」


「はい? 俺は特に話す事などありませんが……」


 早く商館へ行きアオを安心させてやりたいし、余計な詮索をされるのも面倒だ。


「こっちがあるんだよ! マスターがお呼びだ」


 バルバスが顔を赤くして言う。バルバスが言うマスターとは、多分ギルドマスターの事だろう。今後の事を考えると、ギルドとは別の町でもお世話になるわけだし、ギルドマスターからの呼び出しを無下にするわけにはいかない。仕方がなくバルバスの後を付いていく。

 ギルドマスターの部屋はギルドの二階にあり、バルバスがノックをして、返事を確認してから扉を開ける。部屋の中には金髪で若い男性がソファーの様な物に腰を掛け、優雅にカップを手にして微笑んでこちらを見ていた。見た感じの印象としては、キザ野郎と言ったところだろう。アオの反応を確認してみると、怪訝な顔してギルドマスターらしき人物を見つめていた。

 バルバスに促されて部屋の中には行っていくと、バルバスは一礼をしたあと扉を閉め、何処かへ行ってしまった。


「やぁ、はじめまして」


 満面の笑みであいさつをしてくるが、こちらとしては笑顔で挨拶するつもりはない。


「どうも、俺は――」


「リョータ君だよね。そして、隣にいるのが奴隷のアオちゃん」


 名を名乗ろうとしたが先に名前を言われてしまい、少しだけ戸惑ってしまったが、向こうは冒険者の情報をいつでも確認できるため、知っていても不思議ではない。


「それで……ギルドマスターが俺達の様なランクが低い冒険者にどの様なご要件ですか? できれば早く解放してもらえると助かりますが……」


 自分の顔を鏡で観なくとも、不愛想な顔で言っているのは分かる。


「まぁまぁ、邪険にしないでくれたまえ。報告によると、君達がオークの集落を壊滅させたと聞いているんだが……本当かい?」


 ニコッと笑いながらギルドマスターが昨日の件を聞いてくる。


「えぇ、報告通りだと思いますよ。『二人で』オークの集落に攻め込みましたよ」


 アオは何か言いたそうな顔をしていたが、目で制止させると何も喋らずギルドマスターらしき男を見つめる。二人で集落に行ったのは間違いないが、戦いはほとんど自分だけで行っていた。


「なるほど……。どうやって二人で壊滅させたのですか?」


「どうやってと言われても……普通に殴り込んでいっただけですけど?」


 間違っていない。ただ異なるのは『殴り込んで一方的に虐殺しただけ』である。この事はどうやっても説明できない。ギルドマスターらしき男は、納得したようには見えないが、これ以上話せる内容はない。アオもその事を理解しているのか、顔色を変えることなくギルドマスターらしき男を見つめている。


「そうですか……。ですが、貴方達は冒険者に登録してまだ日が浅い。我々としてもどのようにしてオークの集落を攻め落としたのか教えてもらいたいのですが……」


「そう言われても、目の前の事に無我夢中だったので……説明しろと言われても困るんですが……」


 とぼけた顔して答えると、ギルドマスターらしき男は小さく溜め息を吐いて別の話を始める。


「オークは女性を攫い、凌辱します。攫われた人を救うのもギルドの約目です。君たちの活躍は素晴らしいものです」


「褒めて頂けるのはありがたいですが、その前に若手冒険者が強い魔物に攫われないよう、若手冒険者を育てるのが大事だと思いますけどね」


 嫌味の様な台詞を言うと、アオが小さい声で「あの御方は耳が長いですね……」と呟く。そう言われてみると、ギルドマスターらしき男の耳は長いように見受けられる。まさか噂に名高いエルフと言うやつなのだろうか。獣人がいるのだから、エルフがいてもおかしくはない……か。

 若手を育てた方が良いという言葉を聞き、ギルドマスターらしき男は少しだけ驚いた顔をして納得する。


「確かにごもっともな意見だ。考える必要はあるね」


「申し訳ないですが、俺達は急いでいますので、話がないのなら失礼させて頂きます」


 そう言ってアオの手を握り、部屋を出ていこうとドアのノブを握ると、ギルドマスターらしき男は少し慌てた素振りで呼び止める。


「やぁ、ちょっと待ってくれ! 最後に一つだけ……」


「なんですか?」


「助けられた冒険者の何人かが、君達にお礼を言いたいそうだ。昼くらいにここへもう一度来てくれないか?」


「え? お礼ですか……。まぁ、それくらいなら……」


 本当は断りたかったのだが、変な噂を立てられるくらいなら、お礼を言われて終わりにした方が良いだろう。バルバスがしたように部屋を出るときに一礼すると、ギルドマスターらしき男は何か企んでいるような笑みを浮かべていたが、気にする必要はないためそのまま部屋を後にして商館へ向かった。だが、世の中そんなにうまくいくはずがない。そう、言われているかのように商品は売られていた。

 もちろんアオは茫然として立ち尽くしていたが、崩れ落ちるように座り込んでしまったので、無理矢理立たせた。


「いる場所を教えてもらいたいと言っても、無理ですよね……。では、彼女にこの子の気持ちを伝えて頂く事はできますか?」


『ええ、もちろん』


 商人の言い分は理解できるので、代わりに思いを伝えて貰う事を約束し、商館を後にする。暫く街をぶらついていると、小さな声でアオが質問をしてきた。


「お姉さんは……幸せになります……よね?」


「多分ね。多分、幸せになると思うよ……」


 顔を見なくともアオが泣いていることは分かる。


「お別れの言葉を……伝える事ができませんでした」


「そうだな」


 それしか言えないのは本当に情けない。もう少し優しい言葉をかける事はできないのだろうと、自問自答を繰り返す。だが、優しい言葉は浮かぶことはなく、アオを抱きしめ慰めるしか思いつかなかった。

 アオは声を殺しながら胸で泣く。いくらチートなアイテムを持っていても、全ての事がうまくいくとは限らないと改めて思い知らされ、自分自身の無力さを恨むのだった。

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