13話 醜い争い
目の前で起きている光景に、冒険者達は唖然とする。
突然、現れた目つきが悪い冒険者。
獣人の少女と共に魔物へ立ち向かっていく。
だが、相手が悪すぎた。
魔物の数は10匹以上いるし、いくら斬り付けてダメージを負わせても、魔物は超回復をしてしまうため、倒せることが出来ない。
一人の女性が自分たちの側へやってきて、回復魔法を唱えてくれて、なんとか動けるまでに回復した。
だが、その間に獣人の少女が魔物の腹に剣を刺したが、油断をしていたのか吹っ飛ばされてしまう。
しかし、目つきが悪い冒険者が少女の側に駆け寄り、回復魔法を唱えたらしく、獣人の少女は立ち上がった。
そして、目付きの悪い冒険者が囮になるかのような動きをして、自分達の側から魔物を引き離していく。
何か考えがあるのか、目つきの悪い冒険者が魔物の股下に潜り込み、足の腱を切り裂いて動きを止めるのだが、魔物の超回復の前では意味がない。
直ぐに足は元通り治ってしまい、再び目付きの悪い冒険者に襲い掛かる。
目付きの悪い冒険者は、次々と足の腱を切り裂き、魔物達の動きを封じようとするのだが、やはり超回復で治ってしまい、目付きの悪い冒険者に襲い掛かって行く。
目つきの悪い冒険者は、魔物から距離を取り、自分達から更に遠ざかっていき、完全に魔物は自分たちの存在を忘れているように思え、撤退の準備を始める。
だが、一瞬だけ何かが光ったように思え、再び目付きの悪い冒険者と魔物達を見ると、魔物達は少しひるんだように見えたのだが、何も起きた様子はなく、魔物達は怒りを露わにして目付きの悪い冒険者に襲い掛かる。
しかし、目付きの悪い冒険者は不敵な笑みを浮かべたと思ったら、目にも止まらぬ速さで目付きの悪い冒険者が魔物達に何かをした。
それは一瞬の出来事で、魔物達は動きを止めたと思ったら、膝から崩れ落ちて倒れこみ、魔物の首が転げ落ちる。
目つきの悪い冒険者は、冷たい目で転がった魔物の首を見つめ、何か四角い板のような物を見つめた後、剣に付いた血を振り払って鞘に収める。
どうやって倒したのだろうかと、皆が不思議に思っていると、獣人の少女が小走りに駆け寄り目付きの悪い冒険者を抱きしめた。
だが、目付きの悪い冒険者の目は非常に冷たく、汚い物を見るかのように魔物の死骸を見つめていたが、獣人の少女の頭を撫でたあと、怪我をした自分たちの方に目を向けて、深い溜め息を吐く。
そして、獣人の少女を連れながら唖然としている自分たちの方へやってくる……。
仲間が唾を飲み込む音が聞こえてくるかのように静けさが辺りを包み込んでいた。
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スマホでステータスを上げ、突如動きが速くなったため豚頭達は動きを捕らえる事ができなかったようだったが、再び股下を通られ、足の腱を斬られないために先頭に立っていた豚頭は棍棒を掬い上げるように振り上げる。
だが、同じ手をやる馬鹿はいない。素早さを上げただけではなく、器用さを上げた意味は豚頭を仕留めるために上げたものだ。
掬い上げる前に棍棒の上に乗っかり、棍棒と共に身体を掬い上げられ、その勢いを利用して、豚頭の顔面を踏み付けて後ろにいる仲間の豚頭めがけて横一線にアイアンソードを振りぬき、豚頭の首を斬り落とす。どんな生き物さえも、首さえ斬り落とされてしまえば動けなくなってしまうものだ(一部例外を除く)。
首を斬り払った豚頭の肩を蹴り上げ、次の獲物めがけて再び首を斬り、同じようにして次々と豚頭の首を斬り裂き、10匹いた豚頭は地面に崩れ落ちた。
その死骸に目をやり、再び動き出したらどうやって始末するのか考えなければならないから……。
だが、平将門のように首だけで動くことはなく、安どの溜め息を吐く。
そして、少し離れた場所で転がっている冒険者達に目を向けると、冒険者達は安堵の表情ではなく、恐怖に満ちた目で自分を見つめていた。
セリカは魔法と薬を使いながら冒険者達の治療を行っているが、普段は見せない優しい顔を見せ、優しい言葉を冒険者達に掛けていた。
何と言うか、自分とは扱いが違い、どうも納得ができない。
「セリカ、そっちの様子はどうだ?」
アオも治療の手伝いをするため、セリカの側にある傷薬を手にして治療を手伝い始めたが、セリカは「うるさい! 治療の邪魔をするな!!」と、邪魔者扱いする。
口の悪い寄生虫だと思い、舌打ちをして周りの様子を確認し、スマホを取り出して魔物や猛獣がいないか確認した。
周りに魔物などいないことを確認後、仕留めた豚頭のところへ向かい、豚頭が復活したら厄介だと思い、脳天にアイアンソードを突き刺して、確実に生き返ることのないまで突き刺してからスマホの中へ収納する。
スマホの中へ収納した魔物の名を確認すると、『リザネオーク』と書かれており、その魔物について調べて事にした。
『リザネオーク:オーク種 オークの亜種。通常のオークと変わらない力を持ち、尚且つ超回復する』
流石チートなスマホだ。
生息地等も記載されているし、弱点まで載っていた。が、その弱点は想像していた通り、リザネオークの首を跳ね飛ばす事だった。
生息地を確認してみると、ここ辺で現れる事はあり得ない魔物らしく、ボルネチ大陸の山奥に生息している……と、書かれていた。
そして、冒険者のランクはF5の集団でようやく1匹を倒すことが出来る……と、記載されている。
F5でようやく1匹を倒すことが出来る? しかも、集団でようやく倒せるとなると、今の自分はどのランクまで上がっているのだろうか……。
スマホでランクについて調べようとしたら、アオが服の裾を引っ張っていることに気が付き、顔を向けると「この冒険者の方々は如何致しますか?」と、聞いてきた。
どうやら治療が終わったらしく、この後に付いて確認してしてきたようだ。
深い溜め息を吐いた後、冒険者達の方へ向かった。
「怪我は……大丈夫そうですね。良かったです」
取り敢えず優しい声をかけてみる。
「あ、ああ……ありがとう。感謝するよ」
少し怯えた声で返事する冒険者。
「ところで先ほどの魔物ですが、俺が回収してしまったんですが……」
「あ、あぁ……それは問題ない。君が全て倒したんだ。それに、倒した魔物や獣などは冒険者カードに記載されているからね」
冒険者カードに記載? 言われている意味が理解できなかったため、後で寄生虫にでも聞いてみる事にしよう……。
「それで、貴方達は町へ自力で戻ることは可能ですか? 戻れないのなら、暫く俺達がここに留まり周囲を見張っていますけど……」
「い、いや……大丈夫だ。心配ない……。ところで……君の冒険者ランクは……」
「はぁ? 冒険者ランク? 冒険者ランク……あぁ、俺はまだランクHですよ。あの寄生……もとい、治癒術士はどうか知りませんが、俺と彼女は冒険者になったばかりなんですよ」
自分の冒険者カードを取り出し、ランクを確認してから言うが、助けた冒険者達は顔を引き攣らせていた。
それもそのはず……普通に考えて、ランクF5の冒険者が集団で1匹をようやく倒せると記載されていたのに、冒険者なり立てのHランクがあっという間に10匹も倒してしまったのだから。
だが、アオは胸を張って自慢しているかのように、自分の主人は最高であるといった顔をしている。
一通り治療などが終わったセリカ。
自分の魔法で出来る限りの治療を行ったが、魔法を覚えたての自分が本当に治癒できたのか不安だから、町へ連れて戻り、ギルドの治癒術士に見せた方が良いと言う。
確かに、セリカが言う通りだと思う。
このままこの場所に留まっていても、危険だと言うことは変わらない。一度、彼等達を町へ連れて帰り、ギルドにリザネオークが現れた事を報告する必要があるだろう。
冒険者のリーダーらしき人に説明して、町へ戻ることを勧める。
リーダーらしき人は理解を示してくれ、町に戻ることとなった。
彼等は『アペルベンテ』というパーティ名らしく、冒険者ランクはGで構成されているらしい。
一応、魔法使いもいるのだが、リザネオークとの戦いで魔力を多く消費したらしく、回復魔法まで使うことが出来なかったようだ。
セリカに魔力が回復する道具等あるのか確認したのだが、魔力を回復させる道具や薬草等は、エリエートの町では販売していないとの事だった。
そんな事も知らないのかと、セリカに世間知らず扱いをされてしまったのは、言うまでもない話だ。
近い内に、必ずこの寄生虫に仕返しをしてやる事を胸に深く刻み、町へ戻るのだった。
町に辿り着くと、セリカは入り口を警備している警備兵達に森で起きた出来事の説明を始め、町のギルドに所属している治癒術士達を呼んでもらった。この様な場合、セリカは積極的に行動する生き物のだな……と、思っていたら、どうやらお気に入りの冒険者がアペルベンテの中にいるようで、その冒険者から離れずに介抱していた。
冷めた目でセリカを見ていたが、アオはどのような反応をしているのかが気になり、チラッと横目でアオを確認してみると、まるで汚物でも見るかのような目でセリカを見ていた。
「あ、アオ?」
「……え、あ、はい? 如何致しましたか?」
名前を呼んでみると、アオは満面な笑みを浮かべながらこちらを見る。
だが、目の奥は笑っているように思えず、まるで憎悪のようにも感じられた。
「えっと……。セリカの奴、あの様なのがタイプだったのか?」
「……どうですかね。私はリョータ様がいれば問題ありません。ですが、リョータ様にこんなにも沢山な恩恵を貰っていたにもかかわらず、他の人に尻尾を振る奴は最低だなぁって思います」
可愛い顔の割には毒を吐くアオ。
どうやらアオは、セリカの事が気に入らないようだ。
「んー……俺がいた所では、十人十色と言う諺がある。一人一人の性格や趣味趣向は異なるという言葉の意味だ。当然のことだがアオとセリカは全く別の人間だ。従って俺ももちろんセリカと性格は違うし、好みも違う。それはアオも同じだろ? 一人一人考え方は異なるんだ。けど、アオは今のままで良いと思うよ。俺はアオの考え方も一人の人間だと思っているから」
頭を撫でながら言うと、アオは言葉の意味を理解しているのかどうか分からないが、嬉しそうな表情で「エヘヘ……」と笑うのだった。
セリカの魔法は十分と言って良いほど効果があったらしく、ギルドの治癒術士達は簡単な治療だけで事なきを得た。町の警備兵からリザネオークについてギルドに報告を求められ、セリカも連れてギルドへ向かおうとしたのだが、セリカはこの場所に留まると言い張ったため、仕方がなくアオと二人でギルドへ向かった。
ギルドに到着し、カウンターに立ってコップを拭いている禿げたオッサンもとい、バルバスに森の中で起きた出来事を説明すると、この町にいる冒険者達全員が分かるよう、注意勧告の張り紙を掲示してもらう事となった。
そして、冒険者カードをバルバスに渡すと、バルバスは「しばらく待ってな」と、言い残してカウンターの奥へ向かった。
バルバスが戻ってくるまで暇だったので、椅子に座って水を飲んで待っていると、バルバスが眉間に皺を寄せながら戻ってきて、冒険者カードを手渡される。
カードを確認してみると、Hランクとしか記載されていなかったカードが、H5と記載されていた。
どうやらリザネオークやビッグヴェルなど強敵を倒したことで、冒険者としてランクアップしたらしいが、ギルドから何か貰えるのかと期待した。
だが、この程度のランクアップでは、ギルドから特別報酬などは貰えないようだった。所詮、Hランクには変わりないので期待するだけ無駄だと言う事だろう。
冒険者ランクについて細かく説明を聞こうと思ったのだが、寄生していたセリカが戻ってこないため、渋い顔をしているバルバスに、冒険者ランクについて質問すると、一つ一つのランクに10段階あるらしく、Gランクになるにはまだまだ先だと説明された。
どうやってランクを付けられているのかは不明だが、新人の冒険者は、一年間はランクHから逃れられない決まりとなっているとも言われた。
基本的に、新人は雑用が主な任務らしいが、それは先輩冒険者がいての話であり、イルス達のような冒険者はそのような縛りが無い。
そのため、一年後に冒険者カードを更新してみると、ランクが一気にFへ上がる者もいるとの話だが、そのような者は稀な例であり、大抵の者は一年後もHランクか、G10ランクだと言われている。
だが、リザネオークを倒せるランクは、Fランクの集団でようやく一匹倒せると記載されていた。
なのに、自分はリザネオークを一人で倒せるだけの能力を持っているのに、H5ランクなのはどう考えても納得できる話ではない。
バルバスが渋い顔をしていたのは、自分が思っている事を顔で表していたらしく、もう一度冒険者カードを預からせて欲しいと言われた。
しかし、アペルベンテの冒険者達はGランクの冒険者で耐えていた事から、妥当とも考えられた。
そして何よりも、目立つのは避けたいところである。
バルバスに再確認の件は断り、リザネオークやビッグヴェル等を引き取ってもらうことにしたら、まるで臨時収入のような金額が手元に入った。
リザネオークの肉はオークの肉よりも高級肉として扱われているらしく、1匹辺り3,000Gで引き取ってくれるようだ。そして、肝は回復薬や毒消し薬等に使われる素材だと言う事で、1匹辺り1,000Gで買い取ってくれる。
しかも、リザネオークはこの辺りで現れる事のない魔物で、新鮮な食材と言う事で特別手当を支払うとのこと。これはとても美味しい話で、今回倒したリザネオークの数は10匹! そしてビッグヴェルを仕留めた数は1匹。
ビッグヴェルは前回も買い取ってもらっているので金額は同じ1匹1万! 毛皮が3,000Gで買い取ってくれる。
他にもヴェルやビッグラビ、ゴブリン等も仕留めているため、それなりのお金が手に入って懐が暖かくなった。
所持金:84,810G(臨時収入+2万G含む)
換金が終了し、スマホと魔法の袋の中にお金を分けて収納し、再びカウンターの椅子に座って水を貰う。
「随分と稼ぐことができたな」
ホッと息を吐くような仕草を見せると、アオはニッコリと笑いながら「流石リョータ様です!」と、褒め称えるが、アオは稼いだお金の事よりも、自分を褒めたいだけのようにしか思えない。
だが、その一言を言われると、この娘を選んで良かったと心から思えた。
それから暫くして、町の入り口にいるはずの寄生虫を迎えに行く事にし、アオと共にギルドから出て行く。すると、見た事のある顔とすれ違った気がした。
「――リョータ! 久し振りだね」
気のせいかと思っていたが、声を聴いて名を呼んだ人物が誰かを思い出し、振り返る。
すると、護衛の依頼を受けていたイルスとカルキダがギルド前に立っており、イルスは嬉しそうに手を振っていた。
「よお、イルス! 無事に帰って来れたようだな!」
イルスが嬉しそうにしていたため、こちらも嬉しくなってしまい、イルスの方へ駆け寄った。
「まぁね。でも、今の僕等では……隣町での生活っていうか、依頼を熟すのは難しかった。魔法職の仲間がいれば、もう少し何とかなりそうだったんだけど……カルキダと相談して、戻って来る事にしたんだ。で、リョータの方はどうなんだ?」
「俺はランクがH5になった。と言っても、さっきなったばかりだけどね。彼女は俺の相棒で、アオっていうんだ」
そう言ってアオの事を紹介すると、アオは「初めまして! イルス様。リョータ様の奴隷をさせて頂いているアオと申します。以後、お見知りおきを……」と、アオは片膝を付き頭を下げると、イルスは若干戸惑いを見せていたが、順応というか、奴隷制度を受け入れるのが早く、「こちらこそ宜しく」と、アオに握手を求め、アオは慌てて手を服で拭いてイルスと握手して、再び頭を下げた。が、カルキダは軽蔑の眼差しでこちらを睨んでおり、言葉を一切交わすことはなかった。
「彼女の事は少し驚いたけど、もうランクが上がっているなんて、やっぱりリョータは凄いよ! リョータは冒険者になって半月も経っていないのに、冒険者ランクがH5になっているなんて……なんだか差がついちゃったな。でも、流石リョータだ」
まるで自分がランクアップしたかのようにイルスは嬉しそうな声で言う。
それを隣で聞いていたアオは、まるで自分が褒められているかのように誇らしい顔をして隣で聞いていた。
だが、カルキダは相変わらずこちらを避けているかのような雰囲気を醸し出しており、それに気が付いたアオは少しだけ苦笑いをした。
「なぁ、イルス。早くギルドで換金して宿に行こうぜ。長旅で疲れちまったよ……」
ようやく口を開いたかと思えば、話を早く終わらせろと言わんばかりなセリフを言う。
「全く……。分かってるよ、今行く! じゃあ、またねリョータ」
「ああ、イルスも頑張れよ」
イルスと握手を交わし、お互いの健闘を祈りながら別れる。
アオは深々とイルスに頭を下げると、イルスは優しく微笑んで「リョータの事、よろしく頼むね」と、アオにお願いをしてその場からギルドの中へ入っていく。
正直に言って、アオの存在に対し何か言われるかと思ったのだが、イケメンのイルスは違った。
だが、その相棒のカルキダは全く違う態度だったのは言うまでもなく、アオもカルキダのような性格の人間は苦手だったらしく、困った表情を浮かべていた。
町の入り口に到着し、セリカの姿を探すのだが全く見当たらず、アオも耳を澄ましてセリカを探すのだが、発見することはできなかった。
仕方がないので対応してくれた警備兵にセリカの行き先を聞く事にし、話しかける。すると先ほどまでここに居たのだが、お気に入りの冒険者達を宿まで送って行ったらしく、どこかで入れ違いになってしまったようだった。
手に入れた情報をアオに伝え、近くにあの阿呆がいるか確認してもらう事にし、しばらく様子を見てみる。
「リョータ様、セリカ様はこの辺りにいないようです。セリカ様の声すら聞こえません」
首を左右に振り、困った顔でアオが言う。
「ん、そうか……なら仕方がないな。俺達もアスミカ亭に戻って、これからのことを考えるか……」
ここに居ても仕方がないためアスミカ亭へ戻ろうと言うと、アオは「かしこまりました」と返事をして、アスミカ亭がある方へと歩き始める。
今日の晩御飯は何が出てくるのかとアオと話しながらアスミカ亭に入り、食堂に居るライフリとリッツに飲み物を頼んで、空いている席に座って今日の出来事を笑いながら話していると、寄生虫がやって来る。
「やっぱりここに居たわね……」
少し苛立った声を出す寄生虫。
「おう、探したぞ。寄生虫」
寄生虫と呼ぶと、セリカは「まだその名で呼ぶのか……」と、頬を引き攣らせながら空いている隣の席に座り、ライフリに飲み物を注文した。奢るつもりはないので、ハッキリさせておく必要がある。
「自分の分は自分で払えよ。ちゃんとお前に報酬を渡してるんだからな」
冷たい声で言うと、寄生虫は悔しそうな表情をして「わ、分かってるわよ……」と、小さな声で言う。
何故、コイツは先ほどの冒険者たちと異なり、横暴な態度を取るのだろうか。
多分、性格が捻くれているのだろう。アオの純粋さを見習ってほしいものだ。
「セリカ様、先ほどの冒険者達は何処へ行ったのですか?」
気になったのか、アオが質問をする。
確かにそれは気になっていた。セリカが冒険者達を宿まで送って行ったと言う事までは聞いているが、その後は分からない。
「彼等は宿屋で別れた。荷物を置いた後、神殿に顔を出してから酒場へ行くと言っていたわ。私も後で合流する予定。『誰かさん』とは違って、彼らは奢ってくれるんですって」
誰かとはいったい誰のことなのだろう。
俺やアオではないは誰かを指していれば良いのだが、この席には自分達だけしかいない。
なら、先ほど換金した報酬金はクソ安い金額にしてやる。
「一応確認しておくが、お前が言う『誰か』とは、俺の事を指しているのか?」
「他に誰がいるっていうのよ?」
その言葉が出た瞬間、魔法の袋から1,000Gを取り出してテーブルの上に置く。
セリカはチラリと置かれたお金を見たが、気にした様子はない。
「これがお前の報酬だ」
そう言うと、セリカはテーブルを叩き、前のめりになりながら主張し始めた。
「!! はぁ? 何言ってんの! ビッグヴェルだって仕留めたじゃん!! そんなに安い報酬じゃないじゃん!」
唾を飛ばしながら言っているため思いっきり顔にかかってしまう。
正直に言って汚い……。
「お前は何か勘違いしてないか? お前はいったい何をしたんだ? 他の冒険者を治療しただけじゃんか。これは治療した分の報酬だよ。お前は全く戦っていないし、何のフォローもしていない。アオはちゃんと魔物や獣を仕留めたりして、結果を残したんだぞ。文句あるのなら火魔法の【ファイア】でも覚えてから言えよ。これに納得ができないのなら、別の冒険者に雇ってもらえ。ゴミムシ女!」
回復魔法を覚えた日、セリカに火魔法の覚え方も教えていたのだが、全く練習しているようには見えなかった。
回復魔法を覚えただけで満足しているように見える。と言うか、攻撃魔法を覚えたら、魔物や獣等と戦わないといけないという考えがあるのだろう。
相変わらず武器らしい武器はナイフしか持っていない事が全てを裏付けている。
「頭にきた!! もう良いわ! 私、あっちの冒険者と共に行動する! 先ほど送って行ったとき、魔法使いを探しているって言われて誘われたのよ。後悔したって知らないんだからね!!」
「はいはい、寄生宿を変えるんだな。俺としても役立たずを守る必要がなくなって清々するよ。お前が居ると違う町へ行くこともできねーからな。助かるよ」
手で追い払う仕草をすると、セリカは目に涙をため、大きい声で「死んじゃえ!! バカ!」と叫び、席を立ちアスミカ亭から出て行く。
だが、ちゃっかりとお金は持っていき、あのバカが注文した飲み物代も支払わされたのである。
深い溜め息を吐き、馬鹿が飛ばしてきた唾を拭いていると、注文した飲み物が運ばれてくる。
馬鹿の分も置かれたのが、その席にはライフリが腰を下ろし、馬鹿が注文した飲み物に口を付けてから話しかけてきた。
「ねぇ、リョータ……ちょっと言い過ぎじゃないのかい?」
「別に構わないと思いますよ。奴は俺の奴隷じゃないですし、独り立ちできるだけの能力はあります。それに、俺に甘えすぎなんですよ。あのバカは」
正論を言うと、ライフリは小さく溜め息を吐く。
「そうかい、アンタがそう言うのならわたしゃ何も言わないけど、他の町へって言っていたが……本当に行くつもりなのかい?」
チラッとアオを見るライフリ。
なんとなく言いたい気持ちは理解できるが、この小さな町で一生を終わらせるつもりはない。
「えぇ。近いうちにこの町から、隣町へ移動する予定です」
その言葉を聞いて、ライフリは小さく溜め息を吐き「寂しくなるねぇ……」と言って、仕事に戻っていくのだった。
所持金:83,807G




