101話 現実逃避
始めて倒した魔物。
ラビやヴェル等の猛獣は仕留める事ができていたが、魔物を倒したのは今回が初めてで、コースは今までの苦労を思い出して、嬉し涙が頬を伝っていた。
そんなコースを横目で見て、俺はようやく準備が整ったと、ホッと一息吐く。
「これで自分の身は守れるな」
俺の言葉に何度も頷くコース。
そして「これで特訓は終了だ」と、コースに告げた後、ゴブリンの死骸をコースに回収させて馬車へ戻るのだった。
その後、魔物を発見するたびに俺はコースへ始末するよう指示し、コースは何度か魔物を始末して自信を深めていく。
「そろそろ頃合いだな……」
馬車の手綱を握っていた俺が呟くと、アオはスマホから武器を取り出して装備を固める。
アオくらいの強さになると、防具など装備する事は無い。
だが、コースは別である。
アオはスマホから防具を取り出し、コースに皮の帽子とレザーアーマーを身に着けさせて万事に備えさせる。
唐突に防具を装備しろと言われ、戸惑うコースだったが、今まで防具を装備していないことがおかしい事に気が付き、言われるがままアオの指示に従い、レザーアーマーを着た状態で銃を取り出す練習を始めた。
夕方になり、そろそろ野営の準備を始める時間だとコースが思っているのだが、俺は手綱を緩めることなく馬車を走らせる。
それに対してアオは何もいう事は無く、黙って目を閉じて座っており、何かに対して集中している様子であった。
「あ、あのぉ……」
「――何か?」
日が暮れ始めているので、そろそろ野営を行ったほうが良いのでは? と、コースは言いたかったのだが、アオの雰囲気に気圧されてしまい、後ずさりして話しかけるのを止めようとしていたのだが、アオの目線が鋭く、黙ることも許してくれない。
「用があるのなら早く言って頂けませんか。時間が惜しいのですが……」
「えっと……、そろそろ野営の準備を……」
振り絞って出した言葉にアオは鼻で笑う。
「今夜は野営を致しません。と言うか、出来ないのです。今の状況が理解できていないみたいですね」
「――え? ど、どういうことですか……」
「ここら辺は貴女様の地元なのでは? 周りを見て、何とも思わないのですか?」
そういわれて馬車の外に目をやると、どこかで見かけた風景が広がっており、自分が住んでいた村へ近づいている事にようやく気が付いた。
「リョータ様の話だと村は魔物に占拠されているようです。翌朝に出発なんてしていたら、魔物の偵察隊がこちらを発見して巣へ戻って報告し、油断している私たちに夜襲を仕掛けてくると思われます。私たちはその裏をかき、逆に夜襲を仕掛ける手はずになっているのです」
「そ、そんな……」
村が魔物に占領されている可能性は、頭のどこかで想像していた事だった。
だが、どうしても信用したくはない気持ちが強かっただけに、コースはショックを受ける。
「ショックを受けている暇はないぞ。この先は魔物の巣窟になってやがるな……。アオは彼女を守れ。取り敢えず村の奴等は俺一人で始末してくる。村の中が安全と分かったら連絡する」
そう言ってスマホをアオにチラつかせるのだが、そんな事でアオが納得するはずがない。
「ちょ、リョータ様!」
「お前は村の状況を理解しているだろ。今の彼女に村の状況を見せるには、かなり刺激が強過ぎる。少しだけなら構わないだろうが、町から討伐隊が何組も行ったのに誰も帰って来なかったんだぞ」
「そ、それは分かりますが……。でも、お独りで行かれるのは危険です!」
「バーカ、大丈夫だって。俺が誰かにやられるほど、弱くはないのは、お前が一番知っているはずだろ? 直ぐに終わらせて連絡をするよ」
そう言ってアオの頭を撫で、走行している馬車から飛び降りて駆け出していく。
それでも納得が出来ない表情をしながらアオは見えなくなるまで俺の背中を目で追うのであった。
馬よりも早く駆け抜けていく俺。
走りながらスマホを弄り、ロングソードを取り出して装備する。
それから暫くしてアーチ状なよう物が見え、走るスピードを緩めた。
「どうやら、ここが村の入り口みたいだな」
そう言ってポケットからスマホを取り出し、周囲の索敵を行う。
すると、村の中には魔物がウヨウヨしており、少し寂しそうな目をしてゆっくりと中へ入って行った。
何かを引き摺る様な音が離れた場所から聞こえてくる。
「そうだよなぁ。無念だったよなぁ……」
悲しそうに呟き、音がする方へ身体を向けて銃を構える。
その頃、馬車で村に向かっているアオとコース。
アオは不機嫌な顔をしながら手綱を握っており、コースは八つ当たりを受けたくはないと思いながら隅っこの方で体育座りして息を殺していた。
そして、暫く馬車を走らせていると、アオの顔つきが変わりコースを呼ぶ。
「コース様! 何時でも戦える準備をして下さい!」
普段の冷たい侍女口調ではなく、敬語のような言葉で指示を出しており、まるで人が変わったかのようなアオに、コースは戸惑いを覚える。
「聞いているんですか! 戦闘は既に始まっているんです! 早く準備をして下さい!」
怒鳴るように言われ、慌てて銃を手にするコース。
アオは左手で手綱を握りつつ右手に銃を持って、暗闇の空へ向かって弾丸を放つと、空に明かりが灯る。
アオが放ったのは照明弾であり、闇に隠れていた魔物達は何が起きたのか理解が出来ず、慌てふためいて空を見上げていた。
「敵の姿が見えている今なら、コース様でも倒す事が出来るでしょ!」
魔物共々その明かりに驚いていたコースに向かって、アオが再び怒鳴るように言うと、コースは我に返り、慌てて目視できた魔物めがけてトリガーを引く。
照明弾をホルダーに仕舞い、別の銃を取り出して行く手を阻もうとしている魔物に向かってアオはトリガーを引き、道を切り拓いて行く。
魔物の種類はゴブリンとヘルオオカミが主に現れ、馬車に向かって襲い掛かってくる。
何故、亮太が襲われなかったのかと言うと、亮太の走る速さに魔物が対応する事が出来なかったからである。
亮太の走り去った後、魔物達は呆気に取られてしまい亮太が通り過ぎた道の真ん中へ姿を現し、その間にアオは魔物の足音を聞き分け、照明弾を空に放ち姿を現した魔物共を討伐しているのである。
姿を見せなかった魔物に関しては相手にする必要はない。
魔物の親玉を叩けば全てが解決するのだから。
アオはコースにそう説明をして、視界に入った魔物だけを射撃して倒していくのだった。
自分に襲い掛かてくる死霊達は俺がどんどん仕留めていく。
元々冒険者だった者たちだったが、魔物に殺され生きた屍となってしまった者たちである。
「こんなのを彼女に見せるわけにはいかないもんな……。やれやれ、いつも損な役をやらされるよ」
背後から襲い掛かってくる屍に対して回し蹴りで頭を吹っ飛ばし、身体に蹴りを入れて屍の群れに突っ込ませる。
「あーやだやだ。ギルドはこんなに冒険者を送り込んだのかよ。いったい、何人いるんだ? 全く……」
深い溜め息を吐きつつ屍をどんどん始末していく。
あとどれほどの時間でアオとコースが村へやってくるのか考えながら、先ほどよりも速い動きで死霊達を片付け始めるのだった。
それから暫くして死霊を片付けた終わった俺は、廃墟の中に置かれていた椅子に腰掛けながらスマホを弄りながらアオとコースが来るのを待っていると、遠くから馬車の音が聞こえて来る。
怠そうに立ち上がり、懐中電灯の灯りで自分の居場所を知らせると、徐々に俺がいる方へ音がやって来る。
「よお、随分と時間が掛かったようだな」
「リョータ様の脚が速いんですよ! 馬だってヘトヘトになっているんですから……もう」
アオと俺のやり取りを見て、先程までの出来事が無かったかのように思えてくるコース。
「そう言われても、困っちまうんだけどな。それで、状況は?」
「はい、やはりヘルオオカミに騎乗したゴブリンが襲ってまいりましたし、コボルとなどもおりました」
「やっぱり誰かが指揮を執っていると言うことかな?」
「おそらくは……」
アオはそう言って周囲の臭いに反応した素振りを見せ、自分の後ろにいるコースを気に掛ける仕草を見せた。
アオも死屍累々に気が付いており、それを俺が仕留めていたことは理解していたが、想像していたよりも数が多いことに、少しだけ難しい顔をした。
「俺の方も粗方終わらせているぞ。だが、想像通り村は全滅しているようだな」
全滅しているという台詞に、コースは淡い希望が崩れ去った音が聞こえた気がしたらしく、絶句して膝をついてしまう。
派遣された冒険者たちが戻ってこなかったので、その可能性もあるとは覚悟していたが、実際に目の前で現実を突きつけられると、動くことが出来なくなってしまったようだ。
優しい言葉を言いたいが、その様な言葉が浮かぶことがなく、目を逸らすことしか出来ない自分に少しだけ苛立ってしまう。
しかし、どうしてこの様なことが起きたのか、原因を調べる必要があるため、彼女には申し訳ないが立ち上がってもらわなければならない。
「コース、この様な状態でかける言葉が見つからなくて申し訳ないが、先へ進むぞ」
遠い目をして無表情で涙を流しているコース。
気持ちは分かるが、どうにか踏ん張ってもらわなければならない。
仕方がなく、茫然としながら涙を流しているコースの頬を引っぱ叩き、現実に戻ってもらおうとしたのだが、現実に戻ったコースは、声を上げて泣き叫んで自分の知っている冒険者たちや、家族の名前を呼びかける。
何時までも待ち続ける訳にも行かないし、アオに助けを求めるが、アオは首を左右に振る。
「だからって、死んだ奴が戻ってくることはないんだぞ」
冷たい言葉だとは分かっているが、言わないといけない気がした。
「ですが、リョータ様も理解されているではありませんか……」
俺の表情を見てアオが諦めてくれと言わんばかりに言う。
「なら、ここから先は俺が一人で片付けてくるから、アオは彼女を頼む」
その台詞にアオは反論しようとしたが、先ほど自分が言った言葉を思い出したのか、少し顔を歪めて小さい声で返事をし、俺は二人を残して『先へ』と、調査に向かうのだった。




