衝撃と畏怖を、君に。
カッカッカッカッカッカッ
秒針のように規則正しいユリアの歩く音は、もはや目覚ましとなっている。
「おぉはようございます!どう……ジルイド様!スザンナ様」
「ん~おはようユリア、今何時?」
「10時過ぎであります!」
「んじゃ朝食適当につまめるもの持ってきて」
「了解しました!では、引き続きお楽しみください!」
そう答えてユリアは勢いよく反転してドアを閉めて去っていく。
まだお楽しみしてないんだけどな。
だが、俺とスザンナがベットの上にいることには慣れたようだ。
順応するのが早い。そうだ、まだ見せていないあれをしよう。
「お料理お待たせしました!」
ユリアがチーズをハムで包んだつまみと、鮭や鳥そぼろが具材のてまりおにぎりをのせた皿を運んでくると、スザンナが受け取ってそばの棚に置き、俺の頭を膝の上に当たり前のようにのせた。
「ユリアちゃんがきてからお仕事助かるわ。はい、ジルイド様、あーん」
今日もサイドポニテが良く似合うにんまり笑顔のスザンナが皿から一口つまみを俺の口にあーんしていく姿に、どうやらユリアは不意打ちを食らって衝撃を受けているらしく、目を見開いたまま直立不動で動かずに呆然と立ち続けている。
確かに昨日あんななりきり尋問で有無を言わさぬ上官役を演じて上下関係を染み込ませた人間が、お姉さんからあーんで餌づけされているのをみたら衝撃と畏怖を抱くのも無理はない。
だが、日本での過労死経験を振り返り、異世界では頼られるより頼りたいがモットーとなり、理想の女性像もそれに準ずるようになったので、まったく省みるつもりはない。
「もぐもぐ、どうしたんだいユリア、なにかあったのかな?」
「……!い、いえ、なんでもありません!」
そういって、いつものクールフェイスに戻る。
が、ちらっちらちらっちら、とこちらへ無意識に何度も目線を向けているのは隠しきれていない。
「ユリアはきっとお腹を空かせているんですよ」
「ああ、なんだ、そういうことか。美味いなこれ。
ユリアもスザンナにあーんしてもらう?」
そう言われるとユリアはすぐにあわあわしだした。
「い、いえ、す、空いているといえば空いておりますがお気になさらず。
残りものを食べます」
「あらそう?美味しいわよ?子供なんだから遠慮しなくていいのにねぇ」
身体の70%が母性でできているようなスザンナがちょっと寂しがる。
「もぐもぐ、そういえば、なんで騎兵服を着ているんだ?」
「は!騎兵服がすでに支給され、さらに快晴なので、本日より乗馬訓練を行うものだと」
きりっと答えて既に臨戦態勢に突入しており、カラビニエリしてる軍服が様になっているユリア。
ようするに、ユリアは久々の乗馬に待ち切れずにいるわけか。
「そういえば、2種類の軍服の出来には父上も想像以上だったようで満足したようだ。
なんでもお抱えの衣服工房で新たに大量生産するつもりらしい。
一般用に販売するのではなく、軍用として流通させるとか。
これを機に一度軍服を統一したいのかな。
軍服ができるまでの間にあれこれ考えていたそうだ。
何であれ、一儲けできればいいんだけど」
「確かに着た軍服はかっこいいし、機能性もあるのですが、多くの兵士達は甲冑を装備しているので、何故軍用に大量に流通させるのか疑問ではありますね」
「そう、そこが気になるんだよ」
何か新たな戦術や兵種でもできるんだろうか?
「ジルイド様、スザンナは悲しいですわ。私用の軍服は試させていただけないなんて」
スザンナがこういうことを言うのは珍しい。
ユリアはなんだかいづらそうにそわそわしている。
きっとこういうことに慣れてないんだろう。
どうやら早くも女同士の争いが始まったのだろうか。
「スザンナ、妬いてるの?」
せっかくなのでにやりとしながらスザンナにダイレクトに聞いてみることにした。
「っ、ジルイド様、からかわないでください」
そう聞かれて頬を薄く染めて照れながら答える20代のスザンナは、今日もかわいい。
「スザンナ用の軍服を用意しなかったのは、スザンナに万が一にも外で危ない目にあってほしくなかったからだよ」
「まぁ、ジルイド様、嬉しいわ!それなら、おっしゃる通りやめておこうかしら」
そう答えたスザンナは、再び慈愛にあふれたような笑顔に戻る。
さすがこの程度の言い訳で満足してくれたスザンナ、裏切らないチョロさである。
そわそわが止まったユリアもほっと一安心したのかクールビューティーに戻る。
せっかくだし、ユリアからもスザンナのようにあーんしてもらおうかな。
妹がいるんだから、意外なお姉ちゃんキャラを見ることができたりして。
……いや、まて、軍服姿のユリアからあーんで餌付けされるのは、なんだかギブミーチョコレートしているようで、敗戦国の子供になった気分になりそうだからやめとくか。
「ユリアもベッドに座って一緒に食べちゃって。そしたら食後すぐ乗馬訓練できるから」
「よ、よろしいのですか?では、お言葉に甘えさせて頂きます!」
すでに半分ほど平らげ、そこそこ満たされている俺とスザンナは、残り物に見えないように少しつまみつつ、残り物のほとんど処理をユリアに任せた。
どうもユリアは食べる間少し油断するようで、表情がほんわり解けて柔らかい顔を見せる。
この表情からして、残り物を食べているとは気づいてないだろう。
「ユリアさん、ジルイド様の身をお守りしてね」
「お任せください!」
ほっぺたにご飯粒を付けてそう快活に答えるユリアを見て、どうやらスザンナはユリアは敵ではないと判断したようだ。