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シェパードパイ ~ユニオンジャックに征服されて~


「ユ、ユリアであります、よ、よろしくお願いします、ご、ご主人ひゃみゃっ!!」


 目の前で、ズボンをはいた短髪のクールビューティーな少女は、ドジッ娘だった


 --------------------------------------------------


「今日のお夕飯はジルイド様の好物ですよ」


 サイドポニテ効果で余計に料理上手に見えるスザンナからそう言われるが、

なんだろう、もう3日続いたザリガニはしばらくいいんだけど。

 ……ん?この焼けたチーズのにおいは、まさか!


「わあ!シェパードパイだぁ!」


 シェパードパイとは、マッシュポテト、ひき肉、チーズをたっぷりつかい、オーブンで焼き上げるイギリスの伝統的な家庭料理である。

 

 前世でもシェパードパイが好物の1つであった俺はこの世界でもシェパードパイを食べれることに感激を覚えたものだ。


 きっとイギリス料理がまずいという人は、美味しいシェパードパイを食べたことがないのだろう。

 美味しいシェパードパイを食わずして、イギリス料理を語るのはもぐりとすら思える。

 

 なぜイギリスの代表料理の座はシェパードパイではなくフィッシュアンドチップスにあるのだろうか。


 ジルイドの頭の中がユニオンジャックに征服されていると、さっそく、スザンナがまだジュウジュウいっている黄金色にこんがり焼かれたシェパードパイに、パリッパリッという音とともにナイフを入れる。

 食べやすい大きさに切られたシャパードパイは、皿に移すときの断面からトロ~ンと零れ落ちそうに糸を引くチーズ、ひき肉から溢れ出すてらてらと滴る肉汁、その肉汁を存分に吸い込んでいるであろうマッシュポテトがよだれを誘う。


 ―――ん?扉のところに誰かいるぞ


「スザンナが切り分けとる間に紹介しておこうかの。ユリア、入ってまいれ」


 そう言われ、きりりとした目鼻立ちをしてツンという言葉が似合う同い年くらいの綺麗な子が現れた。

 だが、どうやら緊張してナーバスになっているらしく、歩く様子がぎこちない。


 ユリアというから女の子なのだろうか、いや、でも、濃いブロンド色をした髪はショートヘアーで、しかもなぜだか乗馬用のズボンを履いてるから男の子なのか?


「ユ、ユリアであります! ほ、本日より、よ、よろしくお願いします、ご、ご主人ひゃみゃっ!!」


 あ、噛んだ。男装の麗人のイメージにぴったりで女性たちからユリア様ー!って黄色い声があがってきゃっきゃな人気が出そうなクールビューティーが、まさかのドジッ娘だ。

 下向いてめっちゃくちゃ赤くなってる。


「ユリアはわしからの奴隷の贈り物じゃ」


 …え?贈り物!?まじで!?

 っていうか、奴隷の扱いそんな簡単でいいの?

 いや、せっかくだしもったいないから、じっちゃんからの好意を無駄にしないためにもありがたくもらうけど?!


 あまりにも衝撃的過ぎて口をポカーンとした俺を見て、じっちゃんは満足したように笑った。


「どうやらサプライズプレゼントは成功したようじゃの。ま、まずは食べるとするぞい。

 どうせファルペは来ないじゃろうから残ったのを持ってけばよかろう。

 さて、話の続きは食べながらっと……。

 ほっくほくじゃのう、どれ、ぱくっと……

 ふぁっふふぁっふ、ふぉ、あふぃふぁらふぁずふんまいふぉお」


 何を言っているのかがわからないが、なんとなく言いたいことはわかってしまう。

さて、たべるか…

 っとよだれを垂らしていたらしく、サブリナがナプキンで口をふいてくれた。

 ありがとう、サブリナ。

 

 今回はさすがに「あーん」はなしだ。チーズでドロドロになってしまう。

 フォークを刺してチーズをこぼさないようにっと。


「おいひぃ~~!」


 ほかにあっつあつでろれつが回らない。

 口の中でほっくほくのマッシュポテトとスパイスのきいた肉にとろとろチーズが絡み合う絶妙な味わいに夢中になってしまう。

 横をみると、サイドポニテを揺らし、目をぎゅーーっとつぶってその美味しさを噛みしめながら、少し汗ばんだ額と、糸の引いたチーズを口から垂らすスザンナがおいしそう。


 みな話すことを忘れ、一心不乱にもくもくとシェパードパイを口へ運ぶ。

 5,6切れ食べ終えたところで、壁に立っていたユリアの存在をすっかりスルーしてたことに気付いた。


 えーと、ユリアは…って、うわあ!

 めっちゃキリっと固まった表情してるのによだれめっちゃだらだらたらしてるよ!

 上の口はずいぶん正直だな、オイ!!


 俺のユリアへの若干引いた視線で、どうやらじっちゃんとスザンナもユリアの存在を思い出したようだ。


「……そのまま下がらせるつもりじゃったが、ジルイドに忠誠を誓ったら食わせるとするかの、ジルイド?」


 ―――俺が食べる分減るじゃんっ!と思ったが、見たらまだまだ充分ありそうだ。


 食べながら大きく頷いて肯定を示すと、


「ジ、ジルイド様の寛大なるお、お心遣いに感謝し、忠誠を誓うであります!」


「ごっっふぉぐぉっふぉ」


 だめだ、ユリアがいちいち放つ軍人口調に思わずツボに入り、むせこんでしまう。

 というか、シェパードパイで忠誠誓っちゃったよ、この子。


 そんな俺をしり目にユリアはダッシュで席に着き、無我夢中で食べだした。


「ユリア、もっとお行儀よくしないといけませんよ?」


 俺の背中を叩いてたスザンナがそんな様子を見かねたのだろう。

 膝枕あーんを見ていないユリアには説得力のある言葉のようだ。


「も、申し訳ありませんでした、奥様」


「あら、私、奥様ではないわ、ジルイド様の乳母よ」


 そう言われてふえっと驚くユリア。


 本来なら使用人は普通主人たちと一緒にご飯を食べない。

 さらに、主人達が食べ終わった後に、食べ残しや残り物をいただくのだ。

 そんな使用人スザンナが一緒に食べるのは単純な理由がある。

 

 俺が綺麗なお姉さんと一緒に美味しく料理を食べたいからだ。あーんしてもらえるし。


「けど、私の作った料理をそんなに喜んで食べてもらえるのはうれしいわねぇ」


 どうやら奥様と言われて上機嫌になったらしい。

 スザンナのちょろさポイントが上がった。


 一通り食べ終え、もう動けないという態度を各々がとった後、キルロスが話の続きを思い出してウォッカ片手におもむろに語りだす。


「話の続きじゃがのォ、前にアルセア帝国の公用語をマスターしたいと言ってたじゃろ。

 すでに王国と隣国のワ―トスリデルン語を問題なく使えるのに、

さらに帝国語まで学びたいとは、勉強熱心で感心してのう」


 語学学習は吸収の速い今のうちにやっておかないとっていうのもあるが…


 単純にもし将来、自分の立場が危うくなったり、王国が戦争や経済で帝国に敗北したりした時に帝国に寝返るための保身として身につけておきたいってだけなんだけどな。

 

 ずいぶん前向きな敗北主義者のようにみえるだろうから当然こんな理由は言わない。

 


「ユリアはそのための奴隷じゃ。

 それにユリアは乗馬もできるそうじゃからな。

 ついでじゃからユリアから乗馬を身につけるとよい」


 ああ、それでか。ユリアがズボン姿なのはさっきまで馬の世話でもしてたのだろうか。


「ただ、所有権について正確に言うと、まあ、実質的な所有者はお主なんじゃがな。

 

 あくまでユリアの"正式な所有者"は今だにわしじゃ。

 

 そしてジルイドはユリアの"管理者"じゃ。


 乗馬と帝国語をマスターしたときに、お主に正式に所有権を渡そう。

 

 じゃから、ユリアを処分したり、価値をほぼゼロみたいにやたらと下げるでないぞ」


 そういうオチかよ!なんかあるだろうなと思ったら……。

 処分や価値という言葉からして、じっちゃんはきっぱりと奴隷のことを資産と見なしているようだ。

 もともと奴隷はそういう扱いだが、じっちゃんの場合数字重視なのだろう、

それがよりストイックに感じる。


 ユリアに目をやると、自分のことを言われているのにまったく耳に入らずに、目の前のシェパードパイをようやく平らげたようである。


 ふぅ……っと再び涼しい顔に戻ってクールビューティーになるべく冷却モードにはいっていた。


 ふと空っぽになり果てた大皿をみていて、キルロスははっと何かを気付いたようだ。


「…あぁ、なんということじゃ……。

ファルペ用としてとっておいた分まで無くなってしまったのォ……」


 キルロスがわざとらしくオーバーに残念がると、腹を膨らませた一同が一斉に自分のことを棚に上げてユリアへと視線をやる。

 ユリアは、自分が食べてしまったせいでなくなった事で、ちょっと涙目になっていて、

 なんだかくっころとでも言いそうな顔をしている。


「……仕方ないのォ、まあ、あやつには代わりに切ったハムとパンをユリアが持ってけばよかろう」


「了解しました!」


 そう元気よく答えてダッシュで去っていくユリアには、今度軍人コスをしてもらおう。そうしよう。


「さて、ユリアを席から外したからのォ。

ようやくユリアについてもう少し詳しく話せるわい」


 ……やっぱりキルロスじっちゃんは油断ならない




シェパードパイがあるだけイギリスはまだましです (´;ω;`)

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