餌づけされる悦び
「さ、ジルイド様、あーん」
転生した俺は、美しい20代の乳母に膝枕してもらいつつ、1つ1つ食べやすいようにして「あーん」と口に運んでくれたものを食べる,
という素晴らしい食事スタイルを味わっていた。
餌付けされるよろこびを教えてくれた貴族生活たまんねえ。
食べてるのはザリガニだけど。
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--この日の朝--
「ジルイド、今日はザリガニとりをしてきなさい」
ふかふかのベッドの上で、結んだ薄いブロンドを肩から手前へと流したロングのサイドポニテがトレードマークの母性溢れる乳母スザンナに、頭をナデナデしてもらいながら微睡み心地でうつらうつらしていると、
いきなり父のアルバーレス自治爵ファルペ・デ・ガスマンが部屋に入ってきた。
「父上、おはようございます」
俺の名はジルイド・デ・ガスマン、ファルペの長男として優雅な貴族生活をしている。
「こ・ん・に・ち・は だ。もう11時だぞ。
それと、スザンナに甘えすぎるのはいい加減やめないか。
まったく夜が怖いなどと言って未だにスザンナと一緒に寝るとは……」
嘘である。夜が怖いと適当な事言ってスザンナと一緒に甘えながら寝たいだけである。
「ジルイド、お前はついこの前に13歳になったのだぞ。
少しはアルバーレス自治領爵の長男という自覚を持て」
「ふぉ、久々にファルペの顔をみたのぉ」
といきなりじっちゃんのキルロスがやってきた。
「ジルイドの母であるマリアは、ジルイドを産んで天に召されていったのじゃ。
実の母がいない淋しさからスザンナに甘えてしまうのもおかしくなかろう」
じっちゃんから俺へのありがたい助け舟に感謝。
ファルペが顔をしかめて何かを言いたそうにしていたが、キルロスには言い返せないというのが欠点の一つであり、ジルイドとキルロスにとっては長所でもあった。
「それで、他になんの話をしていたんじゃ?
なに、ザリガニ捕り?ザリガニ祭りは夏じゃろ」
「父上、別にザリガニをわざわざ捕らなくても、領内の漁港からエビを送ればいいのではないですか?」
わざわざザリガニ捕るとか面倒くさい。
というか、なんで領主の息子がやんなきゃいけないの?
そう俺が疑問を言うと、ファルペは少しため息をつきながら言った。
「ジルイド、それはお前に領民達の暮らしを観察するということと、
少しは金に対して倹約というのをしってほしいからだ。
作物が納入されるとはいえ、贅沢な食事のしすぎで、食費がかかりすぎだ。
まったく、私が視察でいない間に最高級のアマアマロブスターだの、ミルクガニだのを買い寄せて食べ続けていたとはな。
スザンナ、甘やかしてばかりいないように、ザリガニ捕りに行かせろ。わかったな」
「はい、かしこまりました………」
自分でザリガニ捕まえて食費を浮かせろという貧乏貴族みたいな内容に不満だったが、
顔を臥せ小さい声で答えたスザンナの落ち込んだ姿というレアイベントを見れたので、
これはこれでアリだななどと思い気を取り直す。
「わかりました、父上!たくさんザリガニ捕ってきます!あ、父上もご一緒ですか?」
「いや、私はこれからまた執務室でずっと仕事だ。
スザンナ、後で昼食を部屋に持ってきてくれ」
「わしもザリガニまっとるからのォ、久々じゃから楽しみじゃ」
そう言い残し、キルロスとファルペは部屋を後にした。
「ジルイド様は昼食はどうなさいますか?」
「うん、ザリガニ捕りの場所で食べることにするよ。
スザンナ、ザリガニたくさん捕ってきたら、ごほうび、くれるよね…?」
そう聞くと、スザンナは少し頬を赤く染めてもじもじしながら言った
「っーー……もちろんですよ、ジルイド様」
ーースザンナもまんざらでもないんだよな
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ジルイドは未だ乗馬訓練をしてないので、昼飯をのせたロバを連れて小川へと向かう。
温暖な気候であるアルバーレスでは、米の栽培が盛んで、王国では重要な食料基地のひとつとなっている。
一方、小麦は主にウォッカの原料として栽培されていた。
そのため、アルバーレスでの主食はパンというよりも米であった。
(しっかし、この世界の植物の葉っぱは青いなー。
土の中から何か地球の時とは違う物質を吸い上げた結果なのだろうか、
葉緑素が特殊なのか?葉青素というべきなのかな。
地球の植物より成長早いし、土壌も豊かで収穫量が多いから飢饉の話も聞かないし)
すると、小麦畑にいた農夫が作業を止めて声をかけてきた。
「これはジルイド坊ちゃん、昨年の小麦からできた今年のウォッカもいいできになりましたでさあ!」
「じいじに伝えておくよ、ところで、ザリガニ捕るのにいい場所しらない?」
一通り教えてもらった場所へと向かう。
意外にも、ジルイドに対する領民の態度はファルペが人気の領主なので良好である。
ふぅ、やっとついた。とりあえず、飯だな。
っと、いつものことだがすごい量を持たせたな、スザンナ…。
倹約という今回の趣旨をガン無視してる、軽く3人分はあるようだ。
中身はおにぎりが10個と、3,40枚のチーズとハムか。
おにぎりの中身は干し魚を焼いたものだろう
ふと横をみると、買い物から帰ってくる5人のブロンドの少女達がこちらに歩いてくるのが見えた。
……スザンナは、素でたくさんつくってもたせたかっただけだろうが、俺にはこのために使えと言っているとしか思えない。
「あ、ジルイド様、こんにちは。何をしてるんですか?」
「ザリガニ捕りをしようと思ってね。それより、ごはんはもう食べたかな?」
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---30分後、俺はザリガニ捕りに精を出すわけでもなく、川辺で寝そべりおにぎりをぱくつきながら、ザリガニを網や釣竿で捕る少女達を眺めていた。
ずいぶん手慣れたもんだな。ほいほい釣ったり捕ったりしていく。
簡単に捕れて安いザリガニは貴重な庶民の味方か。
ハム、というより豚肉がまだそこそこなごちそうらしい、それか子供が食べるのはまだ早いってことか?
農奴ならただ働きさせるのもできたんだろうが、従属先が俺じゃなくファルペだから、
命令したのがばれたら面倒なことになりそうだしなあ、という理由で
おにぎりを一人ひとつずつ渡して、4つのツボ一杯にザリガニを捕ってくれるならハムとチーズをあげよう、って言っただけで、あんなに夢中になってくれるとは。
ザリガニ捕りは子供の遊びというのもあるし。これがやりがい搾取というやつか。
---さらに1時間後、俺がうたたねをしていると、子供達からザリガニでツボがいっぱいになったといわれた。
どうやってとったのかとファルペ父に聞かれたら面倒だな。
領民に見本をみせてもらい、自分で捕ったザリガニもいるという事を言えればいいか。
傍にいた光沢が強いブロンドの長い髪をした小さい女の子に聞いてみた。
「どうやってザリガニを捕るのか、教えてくれない?えーと…」
「アンナです!うん、ジルイド様!えと、こうやってね、こう…ひょいっと」
「そうやって、そうして………………ひょい、ね」
ん?ザリガニの体色が明るい水色しているんだけど、珍しいザリガニなのかな……
…って、ツボの中のザリガニ全部水色かよ!うわあ、普通のザリガニまで青系の色をしてるよ……
口実づくりのためのザリガニは1匹捕れればいいから、きりあげて帰るか。
ハムとチーズは10枚くらいはすでに自分で食べていたので、残りを少女達に渡すと、
少女達はピュア以外の何物でもないような満面の笑顔で、
「ジルイド様、ありがとー!」と元気に応えた。
この娘達はずいぶんかわいいな。あと2,3年したらかなり化けるだろう。
せっかくなので、他の少女達の名前も聞くと、少女達は姉妹同士ということだった。
少し雑談した後少女達と別れ、そのままわざとらしく胸を張りながら帰ることにした。
ーー父上、ジルイドは、父上の今回の指示の狙いを忖度し、農民達と触れ合いながら、 金を使わずにたくさんザリガニを手に入れることをやり遂げてみせました!
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夕食になり、スザンナと、ウォッカを飲んでいるキルロスと一緒にテーブルにつくと、まずザリガニのパエリアのパエリアが運ばれてきた。
キルロスがファリペに一緒に食べるのか聞いてくるように使用人に言うと、さっそく食べだした。
「食事の前のお祈りなんてしてたら冷めてしまうからのォ。
ほじほじっぱくりっと、おお、身がぷりぷりしててうまいのォ」
じっちゃんは信仰心ゼロだなほんと。
いろいろアレな手を使って策略を練ったり、自分の欲求に忠実に生きてきたことをよく聞かせてくるじっちゃんとは気が合う。
さてさっそく食べてみるか……おっ、ザリガニはじっちゃんのいうとおりだが、パエリア自体も出汁とスパイスがきいててこれはイケる!
「美味しいですね、ザリガニのパエリア。
ジルイド様の捕ったザリガニの中でも大きいものをまずパエリアにして、
残りのザリガニは後から運んでくるようです」
少し汗ばみながらザリガニパエリアを上品にぱくぱくと食べて美味しそうな顔をするスザンナが、とてもおいしそう
あっという間に空になってしまったが、使用人の給仕が塩ゆでされたザリガニで一杯の鍋と、から揚げにした小ぶりのザリガニを山盛りにした皿を運んできた。
その際、ファルペは仕事中で自室にて後で食べることを伝え、空になった皿を下げて部屋をあとにした。
と同時にジルイド達は寝そべりながら飲み食いするためソファーへと皿を持ってった。
「いや~お行儀のよいファルペがいると格式ばった食事せにゃいかんからのォ。
だらしなく肩ひじついて寝そべりながら飲み食いするのが一番じゃ」
「じいじの言う通り!」
行儀が悪いことこの上ないが、楽だし享楽感が半端ないのでやめられないしやめるつもりもない。
「さて、続きじゃ。すでににおい消しのためにハーブを少し使って茹でたようじゃがな、 念のため泥臭さを消すためのレモンを絞ってかけるかのォ。
ほじほじっと……うむっ!!
濃厚でクリーミーなザリガニときゅっと強い冷えたウォッカがよう合うわい!
どれ、から揚げはそのまま食べてみるとするかの…
…んん!スパイスで下味されたザリガニがカリッカリにようあがっとって酒がすすむすすむ!!」
一方のジルイドも、スザンナに膝枕をしてもらいながらひとつずつ殻をむいたザリガニを「あーん」をしてもらいながら食べるという、濃密なごほうびを堪能していた。
ジルイドはスザンナにいつも恥ずかしげなく甘えるのは、ジルイドは日本で死んだ時には享年29歳でスザンナより年上であったため、これ幸いとバブみを堪能するためである。
ファルペを除いた周りからは、産まれた直後に実母が亡くなってしまい、
かわいそう、気の毒に……と暖かい目で見守られているのをわかったうえでやっているため、余計にたちが悪い。
一方、甘やかすスザンナに対してファルペが暇を言い渡さないのは、スザンナの身の上の事情を不憫に思っているためであった。
もともとスザンナはファルペの妻マリアの侍女であった。
マリアの嫁入りの時に一緒にアルバーレスにやって来たのだが、すでに年上の婚約者の子供を身ごもっていた。
だが、婚約者は別に愛人をつくって婚約解消を目的にそのまま行方知らずとなり、さらに出産時に子供を流産で亡くしてしまった。
そのため、同時期に産まれたジルイドに対して特別の愛情を注いでいき、やがてジルイドは、年上の男に捨てられた未婚のスザンナの心の拠り所へとなっていた。
「そのスザンナに甘えてる姿、ファルペには見せられんのォ、かっかっか。
ジルイドを見ていると、わしの若いころを見ているようじゃ」
ファルペは自分を厳しく律し、派手な生活や浪費を好まず質素清廉を旨とした公明正大な人格者、1日16時間自室で自領と王国の書類仕事に励み、ついたあだ名が"書類公"。
領地開発にも精力的に行い、人口や生産物の収穫高も安定的な成長をしていて、
領民へは良心的な施策をもって統治するために支持も厚く、王国からは高い忠誠を誓うファルペへの信頼も厚い。
このじっちゃんからどうやってどこをどうやったらあんな理想的な領主ができるんだ。
そのうち過労死でもするんじゃないのだろうか?もしかしてドMなのか?
「いやー、今だからいっちゃえば、ファルペの幼い時に、子育てとか領主としての教育とか考えるのめんどくさいわぁと思うてしまってのう。
王国の教聖院に教育って名目で丸投げしたんじゃわ」
すぐに納得のいく答えをするじっちゃんさすがです、期待を裏切らない。
「けど、まわりから白い眼で見られそうになってのう。
あわてて、王国へ期間限定の人質をだす事で忠誠心を示し、また幼いうちからの教聖院内でのコネづくりのために仕方なかった、
っていういかにもそれっぽい建前をばあさんや臣下達の前で涙ながらに説明したんじゃ。
みんなもらい泣きしてたのォ、ふぇっふぇっふぇ
14歳になったからって、ずいぶんと敬虔で品行方正になったファルペが戻ってきたらのォ、本当に自分の子供かどうか疑ったほどじゃわい。
ばあさんに聞いたら殴られて歯が折れちゃったけどの」
聞いたのかよ!! 確かめたい気持ち少しわかるけど!
「教聖院で所領管理の一部を教わったようじゃったから、そのあたりのワシの仕事を丸投げしたら問題なくきっちりこなしていってのう。
だんだんと領地経営のすべてを任せていったのじゃ。
評判よくてキルロスは領民からは好かれて慕われていくようになったのォ」
うん、きっとじっちゃんを反面教師にしたんだろうな。
「ファルペが18歳になったと同時に自治領爵の位を任せたんじゃ。
おかげでずーーーーっと気楽な悠々自適の生活を送っとるわい、ふぇっふぇっふぇ」
「さすがじいじ、ぼくもじいじのようにありたいです!」
うん、俺はファルペ父さんを反面教師にしよう。
「おおおお、感心じゃな。うむうむ、よくできたかわいい孫じゃわい、ほんと」
ーーん?ってことはまてよ、ファルペ父さんが自身のスタイルを俺にさせようと考えているとしたら…
教聖院送りにされるかもしれないってことか?!これはマズイ!
「ん?どうかしたんか?」
そう聞かれて俺はわざと顔を俯かせた後、じっちゃんの顔をうるうるした目で見つめながらお願いした。
「じいじ、ぼくはずっとじいじと離れず暮らしたいです」
一瞬虚を突かれたように驚いたが、すぐに満面のデレ顔にもどり、
「うれしいことを言ってくれるのォ、頭のいいジルイドはかわいいからの、安心せい。
あやつには教聖院で修行僧の生活などさせんようにいっておくからの」
っっよっし!おねだり大成功!テレパシーのような迅速な以心伝心ファインプレー!
「さすがじいじやさしい!これからも長生きしてね!」
キルロスがうむうむと頷いた後、ザリガニがなくなったので夕食はお開きとなった。
スザンナはそのまま顔を近づけ俺の口周りの汚れを丁寧にふき取り綺麗にしてくれた。
ほんと、この食後の満足感はなかなか味わえるものではないな
「さ、ジルイド様、冷えますから、一緒にお風呂へ参りましょう」
「うん!スザンナだいすき!」
ジルイドは嘘偽りのない言葉を残してスザンナと風呂場へと向かった。
(ーーうむうむ、生きてるうちにひ孫の顔を見れるのは、案外早いかもしれんのォ)
そんなジルイドの様子を見て、キルロスもまた食後の満足感を得たのだった。
実際に乳母と恋愛関係になることは意外とあったそうですね。
また、ザリガニパーティーは北欧でポピュラーなイベントのようです。