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演者達の宴 前編

一応、初まりの文がくどいのはわざとです。

 


 自分勝手なキルロスじっちゃんだが、ダイニングルームのこだわりには誰もが敬服をせざるをえない。


 例えるなら、ドラマ版ハンニ○ルのように金持ち趣味に嫌悪ではなく羨望を抱かせるような洗練された上品なセンスのように、あるいは、イタリア映画の得意とする光陰によって、ある一場面をあたかも一つの絵画のように映し出すかのような、あるいは、それのみで語りかけるかのようなというのを主眼としたような、一場面というものに異様なまでのこだわりを示す気質を受継いでいるかのようなダイニングルームは、意図的に舞台装置として作用するよう計算したとさえ見なしてしまうかのように高度に設計されており、そんな蝋燭の灯る小型劇場に足を踏み入れれば、誰もが自分は演者の1人であると錯覚してしまうだろう。


 さらに、それさえ収斂することすらも意図し、演者たらしめんよう高揚させ、日々の食事と歓待を、宴の長と演者達が飽かぬよう算定尽くした舞台に立つ演者は、あたかも自分もイタリア映画の中でまるで重要な会議に参加する使命を抱いた選ばれし一人として演じることへの意識の切り替えを他動的にさせられるのだ。

 もし奏者達によるヴェルディ作曲のオペラ運命の力の序曲が奏でられているのであればこの舞台装置は完成形をみるのだが、どうやらこの世界にはヴェルディがいないようで奏でられないのが残念でならない。


 まあ、毎日の食事で自然とこうなってしまうのはさすがに息が詰まるから、ファルペを除いた俺やサイドポニテ=スザンナ、当の設計者であるキルロスじっちゃんが率先して隣の応接間でゴロゴロしながらだらけた食事をするようになってしまった理由の一つとなったのは、さすがに計算外であっただろうし、責めるのは酷というものであろう。


 ともあれ、今回の目的である提案という使命を背負っていた俺は、自発的に使命を抱いた気分を植え付ける舞台装置に支えられたのはある種の幸運ともいうべきで、精神を高揚させられ、その舞台のもつ作用に助長されることで、臆することなく、イタリア映画の中の重役会議の出席者を演じるような多幸感を心の奥底で味わいながら、本日のメインディッシュを堪能することに挑むことができたのである。


 一言でいうのであるならば、あるいは平たく言うのであるならば、


 場の空気にあてられて自分が俳優にでもなったかの気分でテンション上がりながらビビることなく提案という名のお願いもしくはおねだりに臨むことができた、

ということである。


 ちなみに、料理は今この時から始まった。



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



「本日は我が家のユリアを手厚く看護していただいたトロワ・ルジェリオ様へアルバーレス自治領爵当主ファルペ・デ・ガスマンが我が家を代表して感謝の意を表すとともに、こうして我が家の食卓にお招きできたことは幸甚の至りであります。

 ユリアの恩人を迎え・・・・」


 高揚感と多幸感で満たされていた俺には、何だか日本の長ったらしい宴会前や式典前のスピーチのような、推敲までしたであろうファルペのご挨拶を聞く余地など残されていなかったため、宴のファルペが何を述べたかは記憶にない。


 だが、トロワしか客がいないのにここまで仰々しくやる目的は、来賓が来た時の宴会の仕方を忘れないようにするため、もしくは俺に宴の仕方の段取り見せるためだろう。

 なので一応耳にすべきかもしれないが、当事者のユリアあたりがきっとちゃんと聞いてるだろうから、あとで暇な時にでも何の話だったか聞いとけばいいだろう。


「では、お祈りを済ませたので、」


 え?もう?

 俺がしてなかったのをファルペは気付かなかったのかな。危ない危ない。

 お手を拝借して、とはさすがに言わないようだ。


「さっそく目の前の子羊の丸焼きにナイフをいれて、宴を始めたいと存じます」


 こんがりと黄金色に焼きあがった子羊の肉にファルペがナイフを入れていくと、とろとろした肉汁がじゅるっじゅるとナイフと共に溢れ出していった。


 以前の家で妹達に肉を切り分けたりしていたのだろうか。入刀し終えた子羊肉をユリアは慣れた手つきで切り分けて皿にとりわけ配っていき、自分も席に着いて食べ始めた。

 奴隷なのにユリアも同席しているのは、トロワが同席していることや、落馬した際に自分の身を挺してファルペをかばった事へのねぎらいでもある。

 ユリアの自己犠牲を伝えたのはスザンナである。スザンナが料理を作るために部屋から退出する前に、ジルイドが話すつもりだといったので、先にファルペ達へ話して置き、席を設けてもらえるように気を遣ったためだった。実に細かいところによく気が付く大人なお姉さんである。


 この異世界は食事の道具もそれなりのものがそれなりにそろっていて、フォーク、スプーン、すでに先端が丸いナイフ、さらにお箸まである。

 お箸があるのはコメが主食だからだろうか。


 切り分けられた鮮やかな赤身の子羊肉はその見た目通りの柔らかさで、噛むとすぐに口の中で肉汁と噛みごたえの無さという舌触りを愉しむと、わずかの間でその肉を愉しむことができなくなってしまうため噛むことさえ躊躇われる。


 ただ、この宴では、話すことも少々躊躇われる。

 もともと食事の際はあまり話さないファルペが宴の主であるため、かちゃかちゃとナイフやフォークによる音が奏でられているくらいで、会話らしい会話はあまりなく、静謐で厳かな空気に包まれながら食事が続く。

 舞台装置もそれに拍車をかけているのは言うまでもない。

 何だか圧されているような感覚で食事をするのは、少しきつい。

 こんな時に必要なのは、やはり酒であろう。


 だがしかし、王国では14歳からの飲酒が推奨されている。

 あくまで推奨であって、いつ飲ませるかは各家庭の責任に拠っている。

 一方、清廉領主ファルペの下では、10歳未満の飲酒は禁じられ、また14歳からの推奨がより強くアピールされている。

 何故こんなに早いのかと言えば、やはり成人とみなす年齢が早いのはこの世界でも同じようで、14歳でほぼ成人扱いされる。

 加えて、王国はとにかく税収入を増やしたいので、手っ取り早く酒税で賄うために推奨年齢を低くし、対象者を増やしているという事情もある。

 ただし、ファルペの意向は14歳からなので、1歳たりない俺はそのファルペの意向を無視できずに忖度するしかなく、もんもんと断酒中なのであった。


 テーブルを見れば、俺とユリア以外は全員美味い料理を旨い酒で味わっている。イイナー。ファルペやスザンナは子羊肉に良く合うこの世界にしかお目にかかれない産地限定の青ワインを上品に味わっている。

 内心今年も過去最高の出来で自然の云々とか思いながら飲んでそうだ。イイナー。

 キルロスじっちゃんはいつものようにがばがばウォッカをロックで空けていき、その飲みっぷりに劣らぬくらいにトロワも対抗して飲みっぷりをみせている。

 緊張をほぐすために呑んでいるのか、ここぞとばかりにタダ酒を飲めるだけ飲みたいだけなのか定かではない。イイナー。

 ユリアはすでに14歳で飲めるはずだが、飲むに飲めないでいる主の俺に気兼ねしてか、最初に口を付けた程度ですませている。タイヘンダナー・・・。

 よくできた娘だ。日本の飲み会でもよく気配りして立ち回るのが上手そうだ。

 きっと社畜の素質があるに違いない。


「ジルイド、お前もそろそろ14歳になるだろう。

 その祝いの練習としてこの宴での飲酒を許可する」


 いぃぃよっっしゃああああ!!!

 きっと拗ねているように見えた俺の気持ちを察したのか、はたまた厳かな雰囲気をさすがにファルペもちょっと変えようと思ったのか。

 とにかく、ようやく酒を飲めることができたわけである。

 そんなわけで、ウォッカをストレートで飲んでいく。

 あぁ、さすがは命の水、生き返る・・・。


「おお、いい飲みっぷりじゃのォ。

 まさかわしが生きとる間に孫のジルイドと飲み交わせる日がこようとは・・・!」


 泣かせることいわねーでくれよじっちゃん!!


「じいじはずっとぼくといっしょにのむからながいきでるよー」


「そうじゃのォ!そうじゃのォ!ジルイドのいうとおりじゃのォ!」


 俺が飲み始めたからか、ユリアも遠慮がちに飲み始めた。

 本当によくできた新入奴隷だ。安心しろ、この世界のビール瓶にラベルはないはずだから、酒瓶の表面がどうとか気にしなくていいぞ。

 スザンナもスザンナで料理をぱくつきながらワインを飲むスピードがあがっていき、これが大人のお姉さんの楽しみ方というものよとでもいってるかのような余裕を見せつけている。

 トロワはトロワで、ユリアの頭を撫でながら豪快な飲みっぷりを披露し、

 ユリアから驚かれながらも尊敬のまなざしをうけてご満悦。

 なんだかいつもと比べてみると、ほんのり和気あいあいな雰囲気のある、そんな宴になっていた。



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



 ―――決して忘れていたわけではない。


 自分が抱く崇高な使命を忘れるはずがない。


 ただ、話を切り出すタイミングをずっと掴みそこねているだけである。


 確かに、久しぶりの、13年ぶりの、宴会を純粋に楽しんでいて、

 とぎれとぎれに宴のことしか頭になかったが、全体の流れの7,8割方では忘れていたわけではない。

 むしろどうしようかと頭の片隅でずっと留めながら機会を伺っていた。


 ―――だがら、そんな顔で睨むな、トロワ。


 わかってる。おまえが言いたいことはわかってる。

 いつになったら話しだすつもりなのよと顔でいってるのもわかってる。

 何度もにらんでくるのもそれを伝えたいからというのもわかってる。

 崇高な使命を忘れてないって何回俺だって顔で伝えてると思ってるんだ。

 わかってるけど難しいんだよ、お前だってわかってるだろ。


 野兎のラグーのパッパルデレやら鴨肉と鹿肉のローストやら仔牛のシチューやら白身魚のムニエルやら珍しく大層豪勢な料理がところせましと並んでいる前で


 化膿の話なんかできるか?

 病院の話なんかできるか?

 手術の話なんかできるか?

 清掃の話なんかできるか?

 消臭の話なんかできるか?


 酒も飯もまずくなるだけじゃねーか!

 せっかくのちょっと珍しい和気あいあいとなった雰囲気、ブチ壊しなの確実じゃねーか!


 ちょっと手洗いにウォッカを使いたくてぇ―

 とか

 手術とか病院の掃除でちょっと新しいアプローチをはじめたくてぇー

 とか

 今までの化膿に対する見解を過去のものにちょっとしてみたくてぇー

 とか


 ・・・言えるわけね―じゃねーか!


 トロワ、おまえが話をきりださないのだって、その難しさがわかってるからだろ。

 だいたいおまえだって、提案するにはいい機会だっていってたじゃないか。

 おまえだって始まってから気付いただろ、こんなビギナー向け盲点なんて。

 俺だって、もう飲み会というものをすっかり忘れてたんだよ。


 今の俺にできるのは、言い出せない元凶と化した次々と出されてくる料理を片っ端から平らげて宴が終盤に近づいたころに頃合い見計らって話を切り出すしかないんだよ。

 だからトロワそれまで待ってくれ、無理だろうがこの変更案を忖度してわかってくれ。


 わかってるから。キルロスじっちゃんがファルペ父に絡み酒して小言以上苦言未満のことを延々と話しているのもわかってるから。

 しかもその内容がさっさと再婚しろファルペに弟か妹の顔をみせてやれとかいう内容がほとんどだっていうのもわかってるから。ファルペ父の胃に穴でも空きそうだな。


 わかってくれ。スザンナが俺がそばを離れないようさりげなく振る舞ってるのをわかってくれ。注いで回る文化じゃないから慣れてないんだよ。

 ほんのり火照ったスザンナの身体を何度もさりげなく密着させて、サイドポニテや吐息の存在まで何だか色っぽくって、ウォッカに色んな果実のリキュールを混ぜたほどよい強さのカクテルをなくなった傍からつくって渡してくれて、色々な具を皿に何度も何度も俺に取り分けて、ずっと俺の顔を見ながらいつもの柔らかな微笑みに色っぽい艶笑が加わった笑顔で、美味しい?とかずっと聞いてきて動くに動けないのわかってくれ。


 いつもなら嬉しいんだけど、今日のこの場ではやらなきゃいけない使命があるから、楽しめてない事わかってくれ、スザンナとトロワ。


 わかってる。わかってるから、睨んだあと、ユリアのコップをみて、ユリアのホットフェイスをみて、また俺を睨むのはやめろ。

 おまえが管理者だろって俺に言いたいその気持ち充分わかってるから。

 途中から飲みすぎないようにユリアを上手く管理してるのもわかってるから。

 わかってる、一杯当たりめちゃくちゃ量を少なくして、水でめちゃくちゃ薄くして、

 何度か酔ってる?とか気持ち悪くない?とかトイレ行きたくなったら一緒に行こうね?とか

 何度も体調確認して、何気にめちゃくちゃ気を遣ったうえで飲ませてるのもわかってるから。

 さすがは腐っても医者の娘だよ、今日のこの場では尊敬するよ。


 ユリアもほわぁーっとしながら飲んでるのもわかってるから。えへへ~とか言い出したぞ。

 ユリア、日本じゃないんだから、飲まなくていいんだぞ。断ってもいいんだぞ。

 もっとぉ~とか言わなくていいんだぞ。


 なぜだろう、ユリアを見ていてたらなんだか日本にいた時の飲み会がフラバしてるのかな。

 ごめんなユリア、飲ませるなってこの場ではっきり言えないタイプのダメ主人で。

 

 この世界の奴隷制度に心を痛めたことは無いけど、

 もっと言うならユリアが奴隷であることにぶっちゃけあんまり心を痛めたことは無いけど、

 まるで自分が飲み会というのを入って間もない後輩に予め上手く教えてなかったダメ先輩みたいな感覚に猛烈に襲われていく。

 日本にいた時の社畜時代の価値観や想い出がどうやら今の状況とシンクロしているようだ。

 あれ、なんか視界がぼやけてきたな。


「!?ジルイド様、なんだか涙を流してらっしゃいますが、どうかなさいましたか?

 もしかして、私が何かいけないことでもしましたでしょうか?」


 顔を覗き込んで聞いてきたスザンナから聞かれて自分がどうやら泣いてることに気付いた。

 場がいきなりシンと静まる。

 まったくしらけさせんなよぉ~みたいな事を言われはしないが、やってしまった感が半端ない。

 とにかくこのどうすんだよ感をどうにか修復しないと、言い訳を、ごまかすための言い訳を。


「いえ、なんだか、おいしい食べ物を囲みながら、初めてのお酒をこうやってみんなと同じように一緒に飲むことができるようになれて嬉しいなって」


 けっこう厳しい厳しい言い訳だったが、無理やりなんとか笑顔をつくりながら言ったので、どうやら一同ほっとしたらしく胸を撫で下ろしたような雰囲気に俺もほっとした。


 すると、いきなりユリアがコップを持ちながらおもむろに立ち上がった。


「えへへ、わたしもぉ~じるいどさまとぉ~はじめていっしょにぃ~おさけをのむことができてぇ~うれしいですぅ~。

 きょうはぁ~じるいどさまとぉ~さいごまでぇ~ずっといっしょにいてぇ~のみますう~」


 チックゥショオオオオォォォォォォォォォォォ!!!




文がかなり長いことに気付いたので前後編に分けようと思います。すみません。



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お読みいただきましてありがとうございます
もし『ブックマーク評価感想をしていただけたら
もうかなり嬉しいですし助かりますのでよろしくお願いします
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