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奪幸美女との対話

 

「心配せずとも、ユリアさんはちゃんとあなたの下に戻ってきますわ」


 ユリアが駆け去る姿を眺めていた俺の心中をのぞいたのか気遣ったのか、青ざめた薄幸がわずかに艶笑しながら声をかけてきた。


 だが、大変遺憾ながら、伝染病の感染源として薄幸から奪幸に成りかけそうな美女とは距離を空けて様子をうかがう。


「じゃなきゃ困りますよ。それより、少し顔色が戻ってきたようですね」


「毎回そうなんです。青ざめてふらついて嘔吐して。父からは諦めろってその都度言われてます。

 でも男性医師は分娩に歓迎されないから、せめて助産は一人前になりたいの」


「はぁぉぉーーー」


 一気に足から力が抜けてしまい、大きくため息をつきながら地面に座り込んでしまった。

 まったくこんな迷惑を毎回かけてるのかよ。父親も大変だな。


「まったく、流行り病にでもかかっていると思いましたよ。

 まあ、でもよかったですよ、どうやらあなたが薄幸美女から奪幸美女にならずにすみそうで」


「あら、お上手。勘違いさせてしまってごめんなさい」


 美女という言葉に大して反応せずに口元を少し上げて艶笑するトロワがみせる余裕ある態度から、きっと男から口説かれることに慣れているのだろう。いなしかたも上手そうだ。

 どうやらはやとちりとして終わりそうだが、万が一を考え、感染の可能性を捨てないでおく。

 待つ間に聞いてみるとするか。


「これまでに王国や帝国でペストによる被害はありましたか?」


 中世ヨーロッパといえばペスト、ペストといえば中世ヨーロッパ。


 それくらい怖い。

 さすがにペストにかかってあっけなくのたれ死んで、せっかくの享楽的貴族生活が台無しになるのは嫌だ。


「害虫? 昔のことはわからないけれど、虫による飢饉とかは少なくとも私が産まれてからは発生していないと思うわ」


 そっちの意味のペストじゃない。


「害虫の意味のペストで無くて、伝染病のペスト」


「? 聞いたことないわ」


 別の呼び名で聞いてみる。


「またの名を黒死病というんですが」


「それも聞いたことは無いわね。どんな症状です?」


 なるほど、確かにそれを言うほうが早い。さすが知的奪幸美女。


「対策しないと発症から数日で死に至る病で、被害がかなり広範囲の地域に拡大します。

 首や肩、太ももの一部が腫れ上がったり、全身が黒くなるのが特徴です」


 リンパ節が通じるかわからないので首や肩、太ももの一部が腫れ上がるという表現にしておいた。

 リンパ節のことを聞かれても詳しく説明なんてできやしない。


「いえ、そんな恐ろしい病なんて聞いたこともないわ。

 そんな病が発生したなら、きっと人類は終わりでしょうね」


「それはよかった」


 どうやらこの世界にペストは存在しないらしい。

 すばらしい、暗黒の中世生活を送らずに済みそうだ。本当に一安心。

 都合がよろしい異世界万歳!


「あら、どちらの良かった?」


 そうわざとからかうように微笑む。


「いままで聞いたこともないってほう」


 そんな軽口にこちらもわざとらしくつまらないお返しをする。


「けれど、なぜそんなことを知っているのかしら?」


 実は異世界転生により誕生しまして前世の記憶と人格を継承しており、だなんて馬鹿正直に言うわけない。

 ばれたら王国から厄介物処理場のアルバーレスの息子として、さらに厄介で面倒な要求をされかねない。

 それに異端審問というのがもしあるのなら魔女扱いされて、最悪火あぶりにだってされるかもしれない。

 大事なのは、俺の気楽な貴族生活を維持することだ。

 そんな俺はあらかじめ答えをもう用意してある。想定問答は基本である。


「領主の息子だからですよ」


 実にシンプルで使い勝手のいい言い訳である。身分が貴族未満の人間に対し有効だ。

 それ以上聞くなという意思表示でもある。

 きっと知的奪幸トロワなら、これは機密事項か何かに関係しているのでそれ以上聞くなというメッセージだろうな、と勝手に解釈して忖度してくれるだろう。


「領主の息子ともなれば、いろいろとご存じなのね」


 さすが知的薄幸トロワ。君なら期待を裏切るなんて奪幸じみた真似はしないと信じていたよ。


「けれど不思議な人ね、なんだかずいぶん大人のよう」


 トロワにスザンナからあーんと餌付けされるシーンを見せても、果たして同じことを言ってくれるだろうか。

 ユリアと同じように衝撃と畏怖を受けて顔が青ざめるかもしれない。


「私はただ、あのファルペの子として教育を受けたにすぎませんから。

 あなたのほうがよほど大人びていますよ」


 本日2つ目の想定問答の解答。

 あのファルペの子として教育を受けたと言えば、ああなるほどと大体が納得するだろう。

 ファルペのようになるつもりはさらさらないが。


「あら、まだ私17歳なのだけれど、それって老けてるように見えるってことかしら」


 わざとらしく挑発するように艶笑する薄幸にも、どうやら男に口説かれた時の自作の想定問答集があるようだ。

「少女ではだせないような魅力を漂わせてるということですよ、薄幸美少女トロワさん」


 こちらも想定問答にあるような答えをわざわざ言ってやると、くすくすとイタズラっぽく変わらぬ艶笑を見せる。

 どうやら自分の予想通りの解答を得ることができて満足したようだ。


「こんな会話をしているだけで、きっとあのかわいいユリアさんは妬いてしまいそうね。

 上下関係は厳しそうなのに、同志と呼び合う間柄だし、

 私にはできなかった恋に恋するなんてことさえしてしまいそうなほど純粋そうだから」


 同志ユリアという、2人の間だけのやりとりをトロワがいるのに、

 普通にしていたことに今更気づいて驚いた。

 すでに自覚無く自然となりきってしまっていたのか。


「そんな間柄のユリアは実は奴隷なんですよ」


 私の、とは言わない。


「あら、だから心配そうに見てたのかしら。けれど、杞憂に終わると思うわ」


「どうしてそう思うんです?」


「ユリアさんからあなたは大切にされているからよ。

 自分の身を挺したり、命令であなたの護衛ができなくなることを意見しようとしたり。

 だって、あなたを大切にするという事は、自分自身を大切にするということだから

 それに、きっと意見されても罰しないと想うくらいはあなたを信じているし、

 そんなあなたが大切なんでしょう」


 腐っても医者の娘だからだろうか、観察眼がかなり鋭い。


「トロワ先生、ユリアの診断結果に関する所見を続けてください」


 そういうと、その小さかった艶笑に深みが増していく。


「ふふっ・・・わかりましたわ。

 そうね、ユリアさんは純粋だけど、すごく責任感がありそうだから、

 きっともともと色々背負ったり過酷な目にあったんじゃないかしら。


 そんな状態へどんどん追い込まれていった時に、突然、

 今後の自分をどうするかを決める主が現れたら、

 自分を導く存在のように見えてしまうでしょうね。


 この人のいう事にさえ従っていれば、

 自分は安全を手に入れられる、

 この先あなたが過酷な命令を下すかもしれない不安以外の不安を感じずに済む、

 何も考えずに済む、

 自分のための自分の思考という仕事をあなたに丸投げしたのよ。

 あなたのことだけ気にかけていれば、それでいいのだから。


 まるで自分だけでなく他の何らかの大きなものを背負って、

 この先を生き残るためにはどうすればいいのか考えなければならなかったことから解放されたように。


 もともとあの子の自由は、重い事柄への思考の自由、いわば負の自由のようなもの程度しかなかった。


 けれど、その負の自由すら取り上げられ、あなたのための奴隷として彼女の自由を奪われたことで、

 自分に対して自分で意思決定しなくていい自由という、新たな自由を手に入れたとでもいいましょうか。


 いってしまえば、今のユリアさんはふっきれて第2の人生を送っているようなものかもしれません。


 ユリアさん、何だかまるで命令を受けることを楽しんでいるかのようだったわ。


 見ていてわかりやすかったですよ。だって生き生きとしていたもの。


 命令される際に緊張してすこしあがったりしてしまうのは、

 今は未だ管理される安らぎに気付きながらも戸惑いなれていないだけですよ。


 ただ、それに慣れたら、無条件で貴方に自分の全てを無自覚に委ねて、

 たとえ自分があなたからどんなにひどい目にあわされようと、

 それが最終的には自分のためになるっていうくらいに信じて疑わなくなるでしょうね。

 その間にユリアさんに対してどうあなたが応えるか、があなたにとっての問題となるでしょう」


「頼られるより、頼りたい、か」


 聞きたくない言葉だった。


 過酷な日本社会で疲弊している日本人の1人であった俺と

 中近世な異世界で突然どん底まで追い詰められたユリアが

 同じような指針をもっていたことに。


 俺は頼られたくない。

 そのはずだったのに、俺の望む指針とは逆の役割をしなければならないことに。


 ユリアが俺を頼っているだなんて。俺がユリアに頼られているだなんて。



「私があなた達の心の媒介者になれたのなら嬉しいわ」


 これはどうやら俺もお返ししなければならないな。


「私もあなた達の心の媒介者になれたら嬉しかったんですがね」


「あら、何のことかしら」


 ぴくっと小さく驚いた素の反応をみせた。


「あなたは毎回顔を青ざめさせるまでに自分に振り返ってほしいのか」


 父親と二人暮らし、

 医者になりたいのは他人の命の助けではなく父の助けのため、

 恋に恋できなかったのは、そうなる前にすでに恋する人がいたから、

 毎回諦めろと諭されても従わないのは、毎回父に介抱されたいからだろう、

 おおよそこんなところか。

 20歳にもなってない少女が、諦観が見え隠れするような達観じみたこと言うというのは、つまりそういうことだろう。


 見透かされちゃったか、という仕草で肯定を示した。


「私は別にあなたのそれが、タブーであろうが何だろうが、どうするつもりもありませんよ。

 たとえあなたがこの場で告白したとしても」


 話したいなら話せばいいと促しているようなものだ。時間ならある。


 今までずっと刺さっていた心のつかえがはずれたのだろう。

 深く大きな息を長く吐いたあと、空を仰ぎ見ながら話し出す。

 まるでシャンパンの栓がはずされ中身が一気に自由を得たように。


「助産の話とかは本当なんですけどね。母は助産師でしたわ。

 けれど赤ん坊を産んですぐ亡くなるような妊婦が少なくなくて、

 無力さを感じていた母が、出産直後に妻を亡くした男と一緒に失踪。

 2人とも同じように慰みを欲していたのね」


 俺の母マリアとスザンナのようなケースは珍しくないということか。


「深く悲しみ、落ち込んでいった父はそれから逃れるために、以前に増して仕事に没頭しましたわ。

 幼い子供がそんな父の助けになりたいと純粋に思うのは別に自然でしょう?


 けれどだんだん私が母に似ていくにつれて、会話するのが苦痛と感じるんだろうって、とぎれとぎれに顔の動きでわかってしまうのよ。

 本人はそれを隠したつもりなんでしょうけど。


 父を助けたい支えたいに、父から必要とされたい頼られたい、という気持ちが加わって、余計に想いが強くなっていったわ。

 父が私に素直になってしまえば、そのまますべてを受けとめて私が管理してあげるのにって。


 そんな私に対して遠慮している父の心情を常に想察してしまうんです。

 娘という立場の私か、医者であるがゆえに維持したい高度な良心のどちらをより大事に思っているのかしら。

 良心を捨てられない自分に苛立ってるのかしら。

 色んな欲がせめぎあってるのかしら。

 そんな自分に怒っているのかしら。

 気付いたらどうしようもなくもっとあの人のことを知りたくなってしまうんですわ」


 まるで愛と承認欲求が混一しているかのようだ。

 負のスパイラルに陥っている中で、もはやこの程度で済んでいると言わざるを得ないのは、

 トロワの父が良心的人間だからだろう。

 それが彼女にとっての救いでもあり、また、悲哀でもあるが。


「私はいるだけであの人を辛くさせてしまうのよ」


 ずっと上を向けていた顔を、俺へとむけるトロワの頬には、たまっていた涙が伝っていた。


「あなたの言う通り、わたしは奪幸ね」


「美少女が抜けていますよ」


 それしか俺にはいう事が出来ない。だが、その言葉だけでも満足したようだ。

 いや、否定しなかったということに、だろうか。


 精神医療などこの世界にはまだないだろう。

 ましてや、この彼女の独白を告解室でしようものなら、もし異端審問があれば火あぶりにされかねない。

 結局、鋭利なまでに研ぎ澄まされた観察眼をもつ血が苦手なトロワにとって不幸なのは、精神医療の分野がないのであれば、

 精神科医になるという道がないことと、トロワのための精神科医がいないことだろう。

 あたりまえながら俺にはどうすることもできない、



「あなたの言う通り戻ってきましたね」


 競馬の騎手のような姿勢をしたユリアの姿がこちらに向かってきているのが見えだした。

 あれが襲歩という全速力の歩法なのだろう。


 そんなユリアの姿を見ていたトロワが、風が吹く中ぽつりとひとりごとをこぼした


 ーーあの娘が羨ましいわ。自分が求めたものが手に入って。


 ーー私は、管理すらされなかった。
















どうやってトロワは推察したのか→

トロワをひかずに馬に上手に乗れるという事からそれなりの家で育ったんだろう、人を前にのせて馬に乗ることから人に乗馬を教え慣れているんだろう、普通に考えて14歳の少女がその方法で乗馬を教える相手は弟か妹だろうという感じです。ガバガバですみません。





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