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薄幸美女の自己紹介

「怪我はありませんか?」


 ユリアからそう聞かれて、はっと少女は我に返ったようだ。

 身なりはそれなりにいいものの、何だかひどく青ざめた顔をしている。

 まあ、馬に跳ねられそうになったからだろう。


「…!だ、大丈夫です。行く手を阻んでしまい申し訳ありません、えっと…」


「アルバーレス自治領爵ファルペの子ジルイドと、私の護衛のユリアです」


 未だ正式に所有権が移ってないので護衛という言葉でごまかそう。

 早く私の奴隷のユリアですと言ってみたいものだ。


「!りょ、領主様のご子息様でしたか…!

 初めてお目にかかります、トロワと申します。ご無礼をお許しください」


 青ざめたまま深く謝罪するトロワは、ユリアより3歳ほど年上といったとこだろう。

 その少し大人びた風貌と振る舞いから高等教育を受けていそうな、物静かで知的な薄幸美女といった感じだ。


「すごく青ざめた顔をしていますが、なにか危ない目にあったのですか?」


 ユリアはそう心配そうに聞く。

 顔を青ざめ、今にも倒れそうな美女のトロワは、人に対して、なんだかトロワを救い出したくなるような庇護欲を掻き立たせるような妖しさを漂わせている。

 きっと、ユリアもそんな気分にさせられたのだろう。


「…いえ、危ない目にあったわけではないのです。ユリア様は女性の方でいらしたのね。どうりでお綺麗だと思いましたわ」


 いきなり美人から綺麗と褒められ、きりっとしたクールフェイスの頬がほんの少し色を帯びる。

 よかったな、ユリア。同性からもきっとモテモテだぞ。

 かぁーわぁーいーいーっと言われたらどんな反応をするんだろうか。


「良ければ、何があったか話してくれますか?」


 青ざめた陰のある薄幸美女の助けとなるのは、騎士として当然の務めであろう。


「私は町医者をしている父と2人で暮らしております。

 人命を救う医師という職に誇りと情熱を注いで働く父の姿を見て、幼い頃より私も、

そんな父の助けとなれるような立派な医師になることに憧れていましたわ。

 ようやく最近父の仕事で手術や助産などの手伝いを実習としてするようになったのですが………」


 ユリアとそう変わらない年なのにしっかりしている。

 きっと父に恥じない立派な医者になることだろう。


「実は血が苦手でして……」


 前言撤回。

 この薄幸美女、もしかしてユリアを軽く上回るドジッ娘なんじゃないか?

 この世界の知的そうな美女はみんなドジッ娘属性でも抱えているのだろうか。


「手伝い始めたころは気を失うほどだったんですが、最近はなんとかめまいが起きるくらいには慣れたつもりだったんです」


 だめだめじゃねーか!耐性なさすぎだろ!

 確かに頑張ってる感はするけど!ミイラ取りがミイラになってるじゃないか。


「ただ、今日立ち会った治療は今までよりきつかったので、気分を晴らすために散歩しようと思ったんです。

 けれど、ずっと気分がすぐれずふらついたままだったので」


 ……なんだか嫌な予感がする。頭の中で危険信号が鳴り出す。

 その先を聞きたくない。

 もし当たり前のように俺が馬に乗ることができたのなら、すぐに2人をおいてここから逃亡し、無かったことにしたい。


「恥ずかしいながら、そばの麦畑のなかで長い間しゃがんでずっと嘔吐していましたの。 胃の中のものを全部出しきって、少し良くなったと感じて帰ろうとしたときに、

 ふらついてしまい、ジルイド様達とばったり出会い、馬を驚かせてしまったようです」


 ビンゴ……。

 嫌な予感が的中してしまったようだ。

 思い浮かびたくなかった単語。

 感染源。


「……まさか他の場所でも同じように吐いたりとかしてませんよね? 

 今熱とか体の痛みとかあります?」


「いえ、今日はそれ以外嘔吐しませんでしたわ。

 熱もありませんし、身体の異常もありません。

 今の私にあるのは医者に不向きな弱い自分に対する心の痛みがあるのみです」


 ついに自分で向いてないとか言っちゃったよ。

 わかってたんなら潔く諦めんかい!

 それに今心の痛みとか上手いこと言ったって絶対思ってるよこの薄幸。


 さて敵前逃亡以外に何ができるかどうするかと久々に必死で思索する。

 地面に落ちたユリアの乗馬用の鞭を拾い、土を払いながらユリアの目を見据えて話す。


「……同志ユリア。石灰は知っているかね?

 この辺りの農家にあるだろうか?」


「は!石灰でありますか。はい、知っております。

 肥料として使うことが多いので、置いてある農家があるかもしれません」


「同志ユリア。体に痛みや異常を感じるかね?正直に答えたまえ」


 はらい終えた鞭を確認するかのように、ひゅわっひゅわっ、と風を切る音を鳴らしながら振る。


「いえ、全くありません」


 ユリアは緊張した顔で息をのむ。


「同志ユリア、なるほど君が選んだこの馬は、確かに言う通りのいい馬だな。

 逃げ出さずにずっとこの場で主を待っているとは」


 振るのをやめて、鞭を両手で持つ。


「同志ユリア。馬で近くの農家へ行き、ここの麦畑が誰の所有かを尋ね、

 石灰、度の強いウォッカ、石鹸、大鎌、新鮮な水と火種を入手してきたまえ。

 それから、新鮮な水と石鹸で手洗いをし、ウォッカを手になじませて乾かした後、

 新鮮な水で君の傷口を洗い、新品の布で傷口を止血するように。

 必要ならこの我が家の使用人を証する指輪をみせるといいだろう」


「…で、ですが、同志ジルイドをお一人残してい」「これは命令なのだよ、同志ユリア」


「!!りょ、了解しました!」


「よろしい。では行きたまえ」


 碧い瞳を見ながらユリアに鞭と指輪を手渡すと、受け取ったユリアは踵を返して馬に乗り、鞭を叩きながら急ぎ駆けていった。

 日本で医療従事者ではないごく一般人だった俺にとって、ユリアに指示した内容が正しいかどうかなんてわからない。あの内容を思いつくだけで精いっぱいだ。


 使用人を証するなんて言ったけど、本当は俺のための指輪だし。

 まさかドジッ娘だからとて失くしたりするわけないよな。

 それにしても、馬に鞭をふるうユリアの姿は様になりすぎている。

 マゾッホに深い共感を抱く一部の紳士諸兄の女王様になれるだろう。

 俺には残念ながらにその共感はないが。


 ……あ、ユリアがこのまま妹達の下へ容易に逃げることができてしまうのを忘れてた。

 ふっと急に湧いて出たように、未だユリアを意図せず疑ってしまう。


 自分をかばった恩人に猜疑心を無意識に抱く自分に対する嫌悪感と、

 未だ良心の残片を捨てきれていない自分に対する苛立ちの、

 矛盾した相反する2つの感情がせめぎ合う。


 眩惑混迷に呑まれる前に、上手いこといって糊塗しよう。


 今の俺にあるのはユリアを疑う弱い自分に対する心の痛みがあるのみです。



念のため、作者は医療従事者ではないので、上記の内容に関し参考にしないで下さい。

作品は、医学的アドバイスや治療、診断等の代わりになることを意図したものではないです。


一応異世界のファンタジーの話なので…

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