第11節 薄氷
「…ということは、最初に敏がレツィンを蛮族呼ばわりした、次に激高したレツィンが鎌でもって敏に打ちかかり、争闘となった。それで間違いないか?」
「――相違ございません」
正堂の床に正座させられた若い男女は、蚊の鳴くような声で主人の問いに答えた。二人の両手首には荒縄が巻き付いている。弦朗君は椅子に腰かけ、とん、とんと指で卓を叩いている。その指の動きが止まり、両の眼がきらりと光った。
「まず、敏の罵倒は話にならない。第一、蛮族とは誰のことだ?恥ずべきことに、我ら烏翠のなかでラゴ族を『蛮族』と馬鹿にする者がいるが、ただ食べるもの着るもの住まうもの、生計の道が我らと違うだけ、優劣などどこに存在しよう。どうして互いを尊重できない?敏、そなたも恥ずべき人間の仲間か?ラゴ族は烏翠と代々交誼を結んで従っているが、決して隷属しているわけではない。烏翠とて、かたじけなくも天朝と御祖を一つにする国であるが、我らが『開国の君』の賜りし国号が二字ゆえ、一字国から侮りを受け、むかしより『蛮族』もしくは『中途半端な国』『二字国』と嘲り、誹りを受けているのをよもや知らぬわけはあるまい。そなたも、面と向かって蛮族と罵られたら腹も立つであろう」
「……はい」
「さて次に、レツィンのしたことも全く感心しない。誇り高いラゴ族の者として、蛮族と呼ばれ、軽侮されればそれは腹も立つであろう。しかし、だからといって、暴力でそれを返すべきなのか?農夫が麦を刈り取るように敏の首を鎌で刈り取って、それでそなたは満足するのか?」
「……いいえ」
弦朗君はそれまで二人を見据えたままだったが、すっと立ち上がって花窓に歩み寄る。そして、視線を窓外に投げたまま静かな声を出した。
「敏もレツィンも、一年もせずしてここを出て、王宮で仕えることとなる。今からそのようなことで、生き延びられると思うかい?きっと三か月も持たず、二人とも骸と化すであろう。感情に任せて動けば自滅する。現に私が生き、そなた達もこれから生きる世界とはそのようなものだ。敏は命官として、レツィンは一族の立場と盟約を担う存在として、それぞれの立場を背負って宮中で働くことになるが、自身を保つことは薄氷を踏むがごときもの。そして、自分の身が危うくなることは、家族や一族、ひいては国を危うくするのだ。それを肝に命じなさい」
その淡々とした口調のなかに苦さがまじっているだけに、レツィンはかえって辛く、穴があったら入りたいほどであった。彼女は横にいる敏の顔をまともに見ることさえできなかったが、それは敏も同様らしい。二人は頭を床に擦りつけるようにして詫びを繰り返した。
「やれやれ、説教はされるのもするのも嫌いなのに。敏もレツィンも、昨日今日私に仕え始めたわけではあるまいし、そのことくらいは知っているだろう?」
「本当に、本当に申し訳ありません。深く反省しております」
さらにレツィンは弦朗君の母上が気がかりだった。あの尋常ではない言動…もしかして夜にときどき聞こえてきた奇妙な呻きや鳴き声は、あの方のものだったのだろうか――。
ともあれ、レツィン達の真情が伝わったのであろう、弦朗君の怖い顔つきはふっといつもの柔和なものに戻り、二人に仕事に戻るよう言いつけた。
だが、ともに聴取から解放されて正堂を出た時も、レツィンは敏に声をかけることはおろか、彼のほうを見ることができなかった。敏も彼女を振り返りだにせず、お互い別の方角を指して、足早に歩み去った。




