男は骨を探し求める
お付き合いくださってる方、ありがとうございます。
ロイグの正式な名前はラフ・ロイグと言います。
ヒロインを適当にシェリーにしたので、お酒で統一しようと適当な名前を探していたら、とあるウィスキーのページに行き当たり、その味の説明が「好き嫌いが、はっきり分かれるがハマる人はハマる」となっていて、これだー!これしかない!!って決めました。
早まったかな…と今は思ってます。
でも、そのままにします。面倒なので。
次に目が覚めたとき、俺は家の前に大の字に寝転んでいた。
腹の傷は跡形もなく、消えていた。
そして、スケルトン・シェリーもいなくなっていた。
残っていたのは腹が切れた軍服。
それと、俺のそばに寄り添うように、残っていた死神の紫ローブ。
それを取り上げたら、ころん、と中から濁った青い石が一つ転がりでた。
それがネクロマンサーが、蘇生の儀式に使うと聞く、「命の石」のなれの果てなのだろう。
俺はその石を手に、笑うしかなかった。
だから、涙が出たのはそのせいだ。
なんてこった。
俺は好きな女を2度も死なせたのか。
次の日、普通に職場に出勤した俺を見て、死霊をみたようなナタリーだったが、そのあと安堵のタメ息をついてたから、許すことにした。
俺の腹の傷を消してくれたシェリーが助けたかったのは俺だけじゃなくて、きっとナタリーも、だったはずだから。
そう言うわけで、俺の生活は普通に戻った。
ただ、一つを除いて。
俺はその日から、中身が変わったのか?と危ぶまれるほど、仕事に邁進した。
さては、女に捨てられたの、ついに愛想つかされたの外野は騒いだが、全く気にならなかった。
俺の目的はただ一つ。
スケルトン・シェリーの産みの親、ネクロマンサーを探し出すこと。
そのために、目を皿にして、鬼のように申請書を、とっては裁き、とっては裁きして、時々突っ返して。
上司の信頼と、トップシークレットに当たる魔術がらみの申請担当をついに、勝ち取ったのだ。
スケルトン・シェリーが消えた日から、ちょうど二年が経っていた。
スケルトン・シェリーが残した二つのもの。
そこから、俺は1つの可能性を見いだしていた。
そして、その細い糸を手繰り寄せて、俺はようやく、ここにたどり着いていた。
何の変哲もない扉を前に、俺は武者震いが止まらなくなっていた。
こんなに緊張したのは、入隊のとき以来だ。
二人の親に先立たれて、嫌々入ったこの世界で、どうなるのかと不安で一杯だったあの日と。
扉をノックしようとした、手が震えているのを見て俺は一つ、深呼吸をした。
そして、胃を決して扉を叩く…つもりが思いっきり殴っていた。
ガンガンガンッ…!
夜の街に予想以上に大きな音が響く。
なんつーか、これじゃ押し込み強盗か、押し売りかって感じだよな…
「…は、はい、どちら様ですか…??」
案の定、相手の声は震えていた。
初手からまずったらしい。
「忘れ物を届けにきたのですが…」
今度は失敗しないように、自分が持てる一番優しい声を出すように頑張った。
頼む、開けてくれ。
ここに来るまで、二年もかかってるんだ。
俺の祈りが通じたのか、それでも怯えながらも、扉が少し開く。
「ワザワザご免なさい…忘れ物って…わっ…!」
隙間から見えたのは、此方を窺う青い瞳。
そして、紫のローブから少しだけ見えた鎖骨に、浮かぶ笑みが隠せなくなった。
俺は賭けに勝った。
待つのももどかしくて、小さな身体を力任せに引き寄せる。
「…ようやく捕まえた」
そこでキスするのが、鎖骨なのはご愛敬だ。
嗜好は変えられないし、この鎖骨が俺を導いてくれたんだから。
「え?!え?!ロイグ…??」
耳朶まで真っ赤に染める、スケルトンじゃないシェリーに。
「どうして、ここ…??」
大人しく抱き締められたままなのは、まだ事態に頭が追い付いていないからだろう。
その間に俺は、久しぶりの抱き心地を楽しむ。
ナタリーと比べると全てが小ぢんまりしてるけど、肌は白くてすべすべだ。
特に喉元から鎖骨のラインは、流れるように美しい。
両方くっきり浮く鎖骨の完璧なラインは、いうまでもなく素晴らしい。
鎖骨から目が離せない俺に、シェリーはムッとしたらしく、俺の胸元をぽかりと叩いた。
「ラフロイグ!きちんと説明してってば!!」
そんな小さな抵抗すらも可愛く感じる。
ひたすら、ニヤケが止まらない。
有無を言わさず、連れ去って色々イタシタイ。
でも、今はちゃんと話をしないといけない。
俺がシェリーの優しさに甘えて、見ないふりをしてた話を。
本当はずっと前から、聞きたくて仕方なかったシェリーの話を。
「あー、説明するから、その代わりお前も説明しろよ?」
その言葉に、シェリーは青い瞳を少しだけ大きくして、そしてこくり、と頷いた。
紫のローブのフードは、見上げたせいで落っこちて、シェリーの顔がよくみえる。
際立って美しい訳じゃないけど、目が離せない不思議な顔立ち。
強いて言うなら愛嬌がある、と言ったところか。
その顔を、神秘的な輝きの銀髪が縁取っている。
ナタリーほど大きくない瞳は、冷たいアイスブルーなのに、暖かいと感じる不可思議な瞳だ。
この瞳で見つめられると、落ち着かなくてつい下を向いてしまう。
それで、この理想の鎖骨に出会ったわけだけど。
今も?その破壊力は抜群だ。
何にも言えなくなる前に、俺は目を逸らして、シェリーにお願いした。
「とりあえず、中入れてくれる?」
シェリーの家の中は、干した薬草で一杯だった。
あとは色とりどりの綺麗な石だ。
それに、すり鉢と計量に使うらしき天秤と。
「イモリの黒焼きとか、羊の心臓とかはないんだな…」
そんな俺の呟きに、くすりとシェリーが微笑む。
「そんな前時代的なもの、必要ないもの。私が必要とするのは、素材と魔道石…あとは根気位よ」
いつも通り、きっかり用法通りに入れられた紅茶。
きちんと対面に座るのは気詰まりで、立ったままカップだけ、受けとる。
そして、その紅茶のいつも通りのうまさに、背中を押されるように話始める。
「驚いた。シェリーが…上級魔術師だったなんて、な」
ヒントは色んなところにあったのだ。
分量のあるものは、キッチリ計らないと気がすまないのは、魔術師として計量が板についていたから。
死神と間違えた紫のローブは、国家が認める高位の魔術師のみが着れるもの。
そして、俺が命の石と見間違えた青い石。
物が多いわりにきちんと整理された机に、並んでいる綺麗な石の中から、一際輝くそれを、俺は手に取った。
「あ、そ、それはダメ…!」
自分用にいれたカップで、紅茶を楽しんでいたシェリーが、慌てて取りかえそうと立ち上がる。
「スターサファイア…幻術に使う石らしいな?酷く高価な品物だから、備品扱いになってる…つまり、国の所有物なんだよな?」
手を伸ばしてくるシェリーから、とれない位置に石を掲げて、俺は彼女を見下ろした。
唇には意地の悪い笑みが浮かんでいるんだろう。
そうじゃないと、顔面が崩壊しそうだ。
恋心は恐ろしい。
気づいたとたんに、世界が全てひっくり返る。
今は鎖骨なんか見えなくたって、可愛くて仕方ないこの生き物を、慈しみたくて堪らなくなる。
でも、この変容を恐れられる気がして、俺は必死に圧し殺す。
まだ、その時じゃない。
「…備品は壊れたら申請しなきゃいけない。損失として、経理にな。だから俺はこの二年、必死に探したんだ」
それは1つの疑問だった。
スケルトン・シェリーが消えたあとに残された二つのもの。
でも本来ならそれは、三つあるはずだ。
一番大事な、依代となるはずの、シェリーの骨。
それは、どこにもなかった。
召喚されたネクロマンサーに、家を出ると消えてしまう、という術をかけられたというスケルトン・シェリー。
そんな死霊召喚が、あるのだろうか。
普通に考えて、あり得ない。
元々は使役するために、召喚するはずのスケルトンが、ある場所から抜けられないなど、言語道断だろう。
範囲が限られる魔術。
そして、残された青い石のなれの果て。
暇を見つけては漁った魔術書で、俺は1つの可能性を見いだした。
「あのスケルトンは…シェリーが幻術で造っていたものなんだろう?」
スケルトン・シェリーの正体。
それはネクロマンサーが召喚したスケルトンではなく、幻術でスケルトンに見せていたシェリーそのものだったのではないか、と。
スケルトン・シェリーは、けして俺の身体に触れなかった。
あの、最後の瞬間までは。
癒しの魔道を使うには、術者と対象者が接触しなくてはいけない。
だから、シェリーは俺の額にキスをくれたのだ。
スケルトンではない、と気づかれる危険を侵して。
シェリーが浮かしていた腰をすとん、と落とした。
その顔は蒼白で、唇は真っ青だった。
…どう考えても喜んでない…よな?
「絶対…バレないと思ったのに…」
ショックを隠しきれてないシェリーに、俺も動揺を隠せない。
二年かけて探し当てたって言ったのに、この反応って?どうなんだ?
もしかして、ナタリーとの浮気を疑われてるのか?!
「そもそも、なんでロイグは探したの?!そんなに、鎖骨が惜しかったの?!」
シェリーの青い瞳は、涙を浮かべてキラキラ光る。
まるで幻術のスターサファイアだ。
あの時みたいに、俺は言葉を忘れる。
鎖骨じゃなくて、シェリーが好きなんだ。
その一言がどうしても言えない。
それこそ、湯水のように使ってた言葉が、シェリーの前では凍りつく。
口先だけじゃなくて、ほんとの言葉は重すぎてなかなか出てこないものだ、って今更気づいた。
その反応をどうとったのか、シェリーの頬を涙が伝う。
初めて…ではないか、スケルトン・シェリーは見たから。
それでも、初めての泣き顔。
「ロイグがそんなんだから…私がスケルトンになったんじゃない!」
…は、話が見えないです、シェリーさま。