男は骨を渋々受け入れる
読んでくださる方、本当にありがとうございます。
一気に完結まで上げるので、最後までお付き合い頂ければ、幸いです。
シェリーは、よく笑う女だ。
俺が言うどんなにつまらない話も、くすくすと笑って続きをねだる。
話のネタにした同僚に会いたがって、職場に連れていった時は、話がつまらないことで有名な上官の話にさえ、白い喉をさらして笑い転げていた。
なんとなく、嫌な気持ちになったので、後でお仕置きした。
もちろん、誰にでも笑顔をばら蒔いていたからじゃない。
頭をのけ反らせて笑うから、折角隠しておいた俺の大事な鎖骨が、見せびらかされていたからだ。
もちろん、俺の仕事部屋に連れ込んで、鎖骨を甘咬みして、ついでに首筋にもわざとキスマークをつけてやった。
もちろん、俺の鎖骨に手を出させない牽制に、だ。
そして、シェリーは天然な女だった。
俺の仕事は何度説明しても、国を守る大事な仕事だし(本当は軍の経理、俺は痛いのや辛いのは嫌いなのだ…あんなもの訓練だけで充分)、俺が鎖骨を一日一回は愛でないと死んでしまう体質だ、という嘘はきっと別れてからも気づいてない。
俺の同僚が、やけに訪ねてくるようになったのも、上司が見回りと称して花を持ってやってくるのも、俺が人気者だからと勘違いしてた。
なんかムカついたから、やつらがきた日は塩をまいた。
上司には、シェリーは特別な花粉アレルギーだと嘘をついた。
そしたらシェリーが、飾る花がなくなってしょんぼりしていた。
それがうっとおしかったから、毎日花を買って帰るようになった。
シェリーが居なくなってからもしばらく、習性で買ってしまう位。
今日飾られているのは、シェリーが好きなアネモネだ。
家の近所に自生してるから、摘んできたんだろう。
花言葉は…わすれた。
女神の涙とも言われるピンクの花は、どこかシェリーに似てる。
そこではた、と気づく。
「っていうか、どうやってここまできたんだ?!」
近所付き合いはそんなにないが、だからと言って、スケルトンが普通に訪問してきたら、通報してくれる位の人情はあるはずた。
青くなる俺に、スケルトン・シェリーはヒラヒラと手…の骨をふった。
「大丈夫。ネクロマンサーさんには、ここで術かけてもらったの。この家の中が私の行けるとこで、ここからでると元の骨に戻るんだって」
俺の動きが止まる。
と、言うことは何とかして、この家から追い出せば、こいつは始末できるってことか?
俺は、その良からぬ考えを気取られないように、横目でスケルトン・シェリーを伺った。
やはり天然な彼女は、自分の失言に全く気づいてないようだ。
それどころか、鼻唄を歌いながら、お茶を入れている。
普段は抜けている上に、おおらかすぎるシェリーだが、紅茶を入れるときは別だ。
きっちり分量をはかり、そしてきちんと温度を管理したお湯で、時間通りに蒸らす。
そうやって真剣に入れたお茶を、俺が一口飲むのを正座して待っているのだ。
そのキラキラした瞳に負けて、仕方なく。
「うまい」
といえば、心底嬉しそうに微笑んで、誇らしそうに。
「愛が籠ってるから!」
というのが常だった。
俺はカップを持ち上げて、ちらりとスケルトン・シェリーを見やる。
だぶっとした服のせいで見えないが、やはり正座はしているようだ。
その虚にしかみえない眼窩に、綺麗なアイスブルーが見えた気がして、俺は慌てて目をそらす。
情が湧いて置いてやるなんて、言語道断。
こいつは犬や、猫じゃない。
骨なんだから。
「うん、うまい…」
骨だけになっても、その淹れた紅茶は旨かった。
「愛が籠ってるからね!」
誇らしげな口調に、目の前の骸骨にまた、笑ってるシェリーが重なって、俺はそれを一気に飲み干した。