Fourth Game―Childhood friend's defeat―
『それでは改めてゲームを開始します』
画面の文字はまるで愁など始めからいなかったかのようにアッサリとゲームの開始を告げる。
ただ、愁の死体が片付けられない所を見ると、どうやらゲーム終了まで彼の死体は放置されるらしい。幸市にとって二回目の“爆弾ゲーム”の折に燈がそうされたように、ゲームの裏技として利用するためなのかもしれないが定かではない。
『では皆様 円の中へお入りください』
ルール説明を省く旨のメッセージも表示されず、ただ単に事務的にゲームの準備を始めるよう促される。
当然、幸市も真帆も葵も逆らわず、大人しく円の中に入る。時計回りに幸市、真帆、葵の順。幸市の対面、真帆の左隣が空白になる形となった。
爆弾は幸市に手渡された。
『準備は整いましたね』
『ではゲームスタートです』
その最後のメッセージと同時に『05:00』のカウントも表示される。
「……」
三秒程爆弾を抱えた後、幸市は何も言わずに軽く葵へ投げ渡した。
葵はそんな幸市の様子を見て少しだけ悲痛な顔をしたが、すぐにいつもの笑顔へ表情を戻し、爆弾を受け取った。
葵もまた、特に何を言うでもなく今度は真帆へ爆弾を投げ渡した。
「クスクス……どうしたのかしら?元気が無いわよ?」
真帆は逆に少し気概を取り戻したといった風体だった。
葵が唐突に新参者であった愁を特権を行使して殺した事には驚いたようであったが、そのせいで幸市と葵の間に入った亀裂に勝機を見出したという事だろうか。
「そんな事はないですよ。それより真帆さん、このゲームで負けるのは貴女なんですから、今の内に覚悟だけは決めておいてくださいね。」
相変わらず歯に衣着せぬ物言い。比喩も隠喩も用いない直接的に殺意をぶつける言葉は、ここまで生き残ってきた葵だからこそ重みのある言葉となって真帆にぶつけられる。
『Count Out』『Leaving』に続き、葵の知る特権はこれで後一つ。その正体は分からないけれど、きっと葵はその手札に自信を持っているのだろう。そうでなければ、ここまで不遜な物言いなんていくら葵でも出来るわけがない。
「クス。減らないお口ねぇ。」
しかし真帆は余裕という態度。本当に何か、真帆にしか見えない勝機を見出したとしか思えない程、その口調は軽やかで一切の動揺も見受けられなかった。それが虚勢でハッタリだとしたら、むしろその方が大したものだと思える程に。
「減らないのはそちらですよ。
現在進行形で命を削っている自覚が無いんですね。」
相も変わらない不遜な物言いの葵。こちらも自分が負けるなんて微塵も思っていない口ぶりだ。
「(じゃあ、自分が死ぬかも知れないなんて思ってるのは……俺だけって事じゃないか。)」
葵は幸市を生き残らせると言っている。幸市も自分の彼女である葵を信じている――信じたいと思っている。
そして葵は真帆を殺すと言っている。しかし、真帆は何か策があるのか余裕といった態度を崩さない。
幸市には真帆が持っていた様な生き残る為の策なんて何も思いつかない。完全に葵頼みの状況だ。
もし葵の自信を真帆の策が上回った場合、死ぬのはきっと幸市なのだろう。
「(なんで葵は愁を退場させたんだ?)」
『何も分からない初心者をわざと狙って殺す』
言葉にすればこんなにも忌避感を感じる行動も無い。しかしそれでも、幸市と葵は生き残り、真帆はステージをクリアして離脱する。
なぜこうなるのがダメなのか、幸市には分からなかった。
『02:48』
気付けばゲームは中盤。三分が経過していた。
その間も真帆と葵はお互いを貶め合う様な挑発と軽口の応酬を続けながら爆弾を押し付け合っていた。まるで、「死ぬのはお前だ」とでも突き付けるように。
「クス……ところで――」
と、そこで唐突に真帆の口調の雰囲気が変わった。軽口じゃない、何か決定的な事実を突き付ける様な、そんな気配。
「ところで、貴女の使った特権……『Count Out』だったかしら?
それは一体何秒程度カウントを進められる物なのかしらね?」
正しい答えなんて期待していないだろう、あくまで「軽く雑談でもしよう」と提案するかの様な軽薄な口調。
真実なんて答える義理も無い。むしろ「嘘を教えて罠に嵌めてください」とお願いしているかの様な愚かな問いかけのようにも思える。
しかし幸市には予感があった。葵がきっと嘘をつかないであろうという予感。何故だか葵はその質問に正直に答えるだろうという予感。きっと真帆もそうだったのだろう。
「やっぱり気になりますよね。ふふ、良いですよ教えてあげます。
七秒ですよ。七秒。『Count Out』を使った場合、カウントは七秒進みます。勿論、それで数字が0になれば……言うまでもありませんよね。」
葵はアッサリとそう答える。嘘かどうか判別する方法はないが、しかし葵は幸市の知る限り嘘をつく様な性格では無いのだ。
「(七秒……か。)」
つまり、残り七秒以内の時点で真帆に爆弾を持たせれば、後は葵が特権を行使して、そしてゲームは終了という事。
幸市と葵の勝利条件はそれで確定する。それならば――
「(真帆の勝利条件は一体何だ?)」
『Count Out』の特権は、それを用いることでほぼ100%勝利が確定する。
なんせ七秒も進められるのだ。“爆弾ゲーム”のルール上、七秒あれば、必ず自分以外の誰かが爆弾を所持している時間がそこに発生するのだから。
『Count Out』の特権がある限り、真帆に勝機は無い。だとしても真帆は余裕という表情を崩さない。真帆は一体何に勝機を見出しているのだろうか。
「クス。あら、素直にありがとう。じゃあ素直ついでにもう一つ。
貴女の持ってるもう一つの特権――どんな物か教えてくださる?」
なんて真帆もまた何でもない会話であるかの如き口調でそう尋ねる。言外に、どうせ貴女が勝つのだから教えてくれても良いでしょう、とでも語っているようだ。
その口調自体からは、そんな負けを認めているかのような雰囲気は一切感じ取れないのだが。
「ええ教えてあげますよ。冥土の土産ってやつですね。」
そんなものは何の痛手でもないとばかりに葵は挑発的にそう告げる。
確かに幸市も葵の知る特権がどんなものなのか気にはなっている。だとしても、何故葵はそう易々と教えようとするのか……今度も多分、嘘は言わないのだろう。
「実演してあげますよ。ついでにね。」
そう言うが速いか、葵は丁度自分が持っていた爆弾を、幸市と真帆の間の空間目掛けて投げだした。当然、幸市からも真帆からも手は届かず、爆弾は地面を転がる。どちらかと言えば、幸市に近いか――
『戸田幸市様』
『五秒以内に爆弾を拾いゲームを続行してください』
即座に画面に現れるメッセージ。
葵の行動の意味も分からず、幸市はとにかく爆弾を拾おうと円から走って出ようとし掛けたが――
「幸市くん待って。」
葵が幸市を引き留めた。
「特権執行――Shift――」
葵がそう告げると同時、画面の文字が切り替わる。
『戸島真帆様』
『五秒以内に爆弾を拾いゲームを続行してください』
「なっ!」
その文字を見た真帆は、やや焦りを表情に出しながらも慌てずに円から飛びだし、爆弾を拾った後に円の中へ戻った。次いで、爆弾は幸市に向かって投げる。幸市は今の一連の流れに唖然としながらも何とか爆弾は受け取る事が出来た。
「……」
「まあそう言う事。落ちた爆弾を拾わせる相手を変更できます。」
それはそれで誰かを殺せる最強の特権ではないだろうかと幸市は考える。
例えば、自分の後方へ投げる。自分に拾う指示が出るが『Shift』を行使して別の誰かに拾わせる。葵の後方にある爆弾は、別のプレイヤーにとっては五秒以内に拾ってまた円まで戻るのは物理的に難しい距離になる。つまり、そこでゲームオーバー。その誰かはルール違反で射殺される。そしてゲームは続行される。
「(酷いなそれ……『Count Out』も『Leaving』も『Shift』も、確実に誰かを殺せる特権ばかりじゃねぇか……葵はステージを勝ち上がるたびに、特権を得て、誰かを殺し続けて、ここにこうして生き残ってきたのか……)」
逆に、そこまでしなければここまで一九回も“爆弾ゲーム”を生き残ることは出来なかったとも言える。
葵が奈美、真帆、幸市のいるこの場をボーナスステージと表現したように、葵の様なステージクリア者がいるゲームでは、幸市の体験した“爆弾ゲーム”とは全く別の異質な命の取り合いが行われてきたのだろう。
それは葵が乗り越えてきた本当の意味での死線なんだろう。冷静に思い返せば、一度たりとも自らの力で死線を乗り越えたことのない幸市には与り知らぬことであった。
「これで、私がステージを突破する事で教えられた特権は全部ですね。」
葵はこれで手の内を全て晒した。
結局、葵の行動の意味も意図も幸市にはさっぱり理解できない。
何故真帆を殺す必要があるのかに始まり、どんな理由でもって愁をわざわざ退場させたのか、どうして手の内を明かすような真似をするのか、何も分からない。
が、それでも時間だけは刻一刻と無情にも過ぎている。
画面に表示されているカウントは『00:29』――気付けば残り三十秒を切っていた。
「クス。もう終わりね。楽しい時間だったけどこれでおしまい。」
真帆が何かを締めくくる様にそう告げる。
死ぬのは葵か、あるいは幸市であると突き付けるように。
「さて、どうでしょう?勝負は最後の下駄を履くまで分からないって言うじゃないですか。」
そう受け流して見せる葵にも余裕が見てとれる。真帆がどのような策で来ようと余裕で対応できると言わんばかりだ。
「(なんで葵はそんなに余裕なんだ?何があるって言うんだ!?俺は何を見落としてる!?真帆は何に勝機を見てる?同じ条件なんだ。真帆に気付くなら俺にだって気付ける筈だ。葵の言葉に何かヒントが――)」
そこまで考えて、幸市は思い至る。
葵の言葉。葵の態度。そして、真帆の見出している勝機――気付けば当たり前の、それに。
「(葵は気付いているのか!?気付いてる筈だ。でなきゃ、おかしい。でもだったら!クソッ……じゃあもう、『Count Out』なんて、必勝の特権でも何でも無いじゃないか!)」
残り時間『00:11』――爆弾は真帆から葵に渡る。
そこで葵は一旦手の中で爆弾を止める。残り七秒で確実に真帆を殺す為に。
「(気付いて……ない、のか?まさか!そんなわけない!)」
葵の言葉――「それでね、これはステージを突破した人しか知らないんだけど、突破する度に一ゲームに一回使える裏技を教えてくれるんだよ。」
『裏技を教えてもらえる』と葵は言った。裏技は元々あるんだ。それを教えてもらえるだけ。つまり――
カウントが進む――『00:08』
「クス……特権なんて言葉で誤魔化してもダメよね。」
そうだ特権は最初からそこにあって、ただステージを突破した者にだけ与えられるものだって勝手に思い込んでいただけで……つまり知ってさえいれば、特権は――『Count Out』も『Leaving』も『Shift』も、誰にでも使える物なんじゃ……
残り時間『00:07』
「葵!爆弾を!」
「離せ」まで言い切ることは出来なかった。葵が幸市を見て、あまりにもキョトンとした顔をしていたから。
まさか分かっていないとは思えない。ここまで完璧とすら言える立ち回りを見せた葵が、まさかまさかまさか、特権は誰にでも使える物だなんてことが――分かっていない筈がない。
でも、それを告げるより、真帆が言葉を発する方が速い。
「特権執行――Count Out――」
葵が何か小さく口にしているようにも見えたが、それが何なのか、幸市に知るすべは無かった。