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爆弾ゲーム  作者: 柳条湖
7/9

Fourth Game―A newcomer's death ―

 その時確かに一瞬だけ時間が凍ったように幸市は感じた。

 葵が何を言っているのか分からなかった。


「(真帆に死んでもらうだって?なんでだ?どうせ放っておいても勝手にいなくなるんだから、少なからず特権執行の事を知っている真帆よりも新参者の方が殺し易いだろうに……)」


 葵がゲームに参加してくる前と同じように、幸市は自分が生き残る策――他者を殺す算段を冷静に立てる。

 冷静に冷酷に何も分かっていない新たなる参加者を殺そうと、冷徹に冷淡に殺す算段を立てる。

 間違いなく奈美を殺害したと言える葵に対して畏怖を覚えた幸市であったが、その実気付けば幸市の内心は葵と共に生き残る為に、他者を見捨てて、都合よく殺してしまおうという思考に陥っていた。


「クス……一応、理由を訊いても?

 なぜ、私は生かして貰えないのかしら?」


 真帆からすれば当然の質問なのかも知れない。

 わざわざ自分を殺そうとする合理性、或いは合目的性を問い質そうというのだろう。

 まさか葵が真帆を気に入らないからなんて幼稚な理由でもあるまいに、殺し易い新参者でなく、少なからずゲームに慣れている熟練者を殺そうとする理由。


「私からすれば、まだまだ真帆さんなんて素人も良いところですけれど、自分が熟練者のつもりなんですか?」


 質問には答えず、葵はただ真帆を挑発する。先程奈美にそうしたように、冷静さを奪うように。


「クス。質問の答えになってないわよ?」


 そんな挑発などどこの吹く風といった風体の真帆だが、しかしやや苛立ったような口調で言う。

 幸市は気付いていないが、真帆の額には隠しきれない青筋が浮かんでいた。


「何も知らない初心者よりも俄か知識の自称上級者の方が罠に嵌めやすいってだけですよ。

 何事においてもそうでしょう?」


 それは一見納得の理由に思える。

 確かに物事は何も分かっていなかった頃よりも慣れてきて油断している時の方が危険だ。

 奈美がアッサリ爆発に巻き込まれて死んだように、常に危険と隣り合わせにある緊張感は持っているべきなのだ。


――しかし、


 それにしても、と幸市は考える。


「(このゲームが終われば、この“爆弾ゲーム”から離脱するにせよ次のステージに進むにせよ、いなくなる人間に固執する理由にはならないよな。)」


 今後も真帆がこの場に残るのなら、摘み取れるうちに摘んでしまって初心者を残す方が生き残り易いという考え方はある。

 しかし真帆はいなくなるのだ。

 なのにわざわざ殺そうとする理由。

 幸市にはいくら考えても分からなかった。


「幸市君も気になる?」


 と、自分の思考の中に陥りかけていた幸市に葵が声を掛ける。

 イエスかノーで言えば、当然イエス。気にならないわけがない。

 でも今は生き残る為にも葵だけが頼りの状況――葵がそう言うのなら必要なんだ、と幸市は自分自身にそう言い聞かせた。


「いや、俺は俺と葵が生き残れるなら、別に、良いよ。」


 そう幸市が言うと葵は信じてたと言わんばかりに破顔して頷いた。


「ありがと。幸市君。」


 その葵の感謝の言葉と同時に部屋の一角の扉が開かれる。

 新たな参加者が運び込まれてきたのだ。

 黒服の男は肩に担いでいた参加者を放り投げるように地面に落とし、即座に部屋から出て行った。その雑な扱いから幸市は新たな参加者が男性であると当たりをつけた。


「クス。あらあら来ちゃったわね。」


 気付けば既に奈美のいた区画はすっかり綺麗に掃除・・されてしまっていた。

 話に夢中だったとはいえ、幸市は全く気付かず、相も変わらず見事な手際だと感心する。


「……って~……」


 やがて運び込まれてきた男が眼を覚ます。

 不健康そうな男であった。痩せこけた頬。整えられてもいない無造作に伸ばされた脂っぽい髪。死んだような眼の下には酷い隈が出来ている。

 体系は見るからにガリガリで細く病弱そう。見えている腕なんて骨と皮ばかりで男性らしい筋肉の付き方を一切していない。そんな腕ではまともに箸すら持て無さそうに見える程だ。

 さらに、白いTシャツ一枚にデニムジーンズという出で立ちからは自分が他人からどう思われていようが全く気にしていない様子が窺える。


「あん?ここ、どこだ?」


 葵以外の誰もが口にした現状を問う言葉。

 つまりこの男は葵と違って新参者。初心者。殺し易いニュービー。

 真帆を執拗に殺すという葵の意図は幸市には分からないが、幸市はより簡単に生き残る為の標的にその男を見据えた。


「クスッ。まあ何でも良いんじゃないかしら?それより自己紹介でもしましょう。

 私は外島真帆。六回目よ。よろしくね?」


 どうやら真帆は奈美の続けていた自己紹介と現在の参加回数を伝える恒例を引き継ぐつもりらしい。


「俺は、戸田幸市。四回目。」


 思わず幸市はそれに乗っかってしまう。

 奈美が続けていた意味不明に意味不明を重ねてプレッシャーを与える手法は、葵のいる現状あまり意味のあるものとは思えなかったが、意味が無い以上やめる理由も無い。

 メリットもデメリットも無いのだから、男の名前を知る為にも自己紹介は必要だろう。


「幸市君ってやっぱり律儀だよね。じゃあ私も倣っちゃおうかな。

 私の名前は高井良葵。二十回目だよ。」


 「大台だね!」と幸市に葵は言う。そう言えばそうだ。十九回目であるというさっきのゲームを超えたのだから当然葵は今回が二十回目なのだ。

 数字にすれば一つ増えただけ。しかし幸市にはその十九回と二十回という数字には大きな隔たりを感じた。


「意味、分からんが……まあ良いか。俺は東雲しののめしゅうってもんだ。」


 男――愁はアッサリと現状に適応したかの如くそう名乗る。


「で?これは一体――」


『それではゲームを始めましょう』


 愁が再び現状について問おうとした丁度その時、毎度のようにブォンという不気味な音と共に簡素なフォントのメッセージが画面に現れた。

 その後に続くメッセージを幸市は夢想する。愁を歓迎する旨のメッセージ、ルール説明……そして、無慈悲なゲームスタートの合図。


 ――だが、そうはならない。


「その前に――」


 葵が口を挟んだ。


「貴方、邪魔よね。」


 愁を指差し葵は言う。


「特権執行――Leaving――」


 瞬間、破裂音。


「が、……は?……」


 瞬間、愁の腹部に滲む赤色。

 いつの間にか部屋のし隅に立っている黒服の男の、その愁の後ろに立っていた男の握る拳銃と上がっている硝煙。


「は?」

「え?」


 真帆すらついて行けない状況の変化に、幸市は戸惑う。混乱する。何も分からない。


「(え?なんで?葵は何て言った?『Leaving』?えーと……英語で、『退場』だったが……?つまり、え?まさか……)」


 ガクガクとその筋肉の無い貧相な膝を震わせた愁は、ゆっくりと膝から崩れ落ち地面に倒れた。


「あ、あお……葵?」


 光の灯らぬ虚ろな眼なんかじゃない。しっかりと意志の籠った眼差しで葵は崩れ落ちる愁を見つめていた。


「どうせ……だから、私は幸市君だけ、生き残れば……」


 そんな葵の微かな呟きは幸市の耳には届かない。ただ幸市は葵の行動を意味が分からなくてただただ呆然とする。


「これで三人。確実に殺しますよ。真帆さん。」


 幸市の内心を知ってか知らずか葵は不敵な笑みを真帆に向ける。

 葵の口から発せられる「確実に殺す」というその言葉。殺意と表現するのすら軽々しくて生々しいその言葉を葵はただ真っ直ぐに真帆にぶつけた。


「あ、葵?」


 幸市は震える声で再度葵に問いかける。言外に「今のはなんだ?」と。


「今の特権?あぁそうだよね。説明しなきゃ分からないよね。

 特権『Leaving』はね、ゲームが始まる前に、どうせ標的にされて死んじゃうだろうって言う初心者を先に退場・・させることのできる特権だよ。ステージを超えてきた人には無効なんだけどね、ほら新参者って邪魔な事もあるから。

 だって、私は真帆さんを確実に殺さないといけないから。」


 なぜ葵がそこまで真帆を殺す事に執着するのか幸市には全く分からない。

 しかし幸市が生き残る為にと葵の意思を無視して標的にしようとした愁は、しかし葵によって先に退場させられてしまった。

 つまり否が応にも、幸市も葵も生き残る為には真帆を標的にしなければならない。

 1対2だ。数の上の有利はある。その上、葵の持つ特権もある。恐らくは葵にとって真帆を殺すことは本当に容易な事なんだろう。


 ――だが、特権を用いて奈美を殺した時と同じように、否、ゲームが始まってすらいない状況で、アッサリと、邪魔だからと、新参者であった愁を殺した葵を、幸市がどう思うかは全く関係のない話だ。


「うん、幸市君になんて思われたって良いよ。でも、やっぱりこれは必要。


 ――幸市君が生き残る為には。」


 葵の呟きの最後の部分は幸市には聞き取れなかった。ただただ残酷な手段を取り続ける葵に幸市は戦慄するしかなかったのだから。

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