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爆弾ゲーム  作者: 柳条湖
6/9

Fourth Game―Advantageous Rule―

 全ては目暗ましだったのだろう。

 余計な挑発も、露骨に警戒を煽るのも、無意味にルールの盲点を示唆したのも、全ては伏線。

 葵がここまで生き残ってきた本当の切り札から目を逸らさせる為の布石でしかなかったのだろう。

 冷静に考えれば葵の言っていた事は穴だらけだ。

 極端に奈美や真帆の策を卑下し、それらを突破できるかのように大言を吐いたが、結局葵が示した策は奈美の蹴り返すと言う動作を封じるものでしかなく、恐らくは奈美だってそれらに対する策くらい持っていた筈だ。

 軽挙妄動にも思える葵の発言は全て、奈美か、或いは真帆を殺しうる策として最初から打たれていた物だったと言う事だ。

 『特権執行』と葵は言った。それに続いて聴こえた言葉は『Count Out』――言葉から推察するに、カウントの数字を減少させる特権なのだろう。

 そんなものがあると分かっていては、ゲームの前提が崩れてしまう。

 『残り0秒の時に持っていた人間が負け』という敗北条件が、『残り数秒の時、特権を執行した者が勝ち』という勝利条件に置き換えられる。

 そして、その勝利条件はステージを突破する事で教えられるのだと言う。それを最初から知っていたのはこの場ではステージを突破したことのある葵のみという事。

 葵の言葉が真実であるならば、葵は既に十八回――三つのステージを超えてきた。つまり、葵は少なくとも後二つはルールからは読み取れない――いや、本来プレイヤーの知りえない特権を知っているという事。

 それはゲームで言えば裏技だ。本来使われる事を想定していない、ゲームの前提を覆す卑怯な手段。

 もし、奈美がこの場を生き残れていたら(葵さえいなければそうなっていただろう)、奈美はこの“爆弾ゲーム”から離脱するか、一つ『特権』を教えられてゲームを継続するか、選ばせられたという事か。

 もし奈美だったら、どちらを選んでいただろうか。なんとなく、彼女ならば継続を選んでいたような気がする。

 尤も、そんな想定は無意味だ。彼女は死んだ。何も答えられないし、そもそも敗北した彼女にはゲームを継続する権利も、離脱する権利も無い。


「死人に口無しっていうけれど、こうしてできるのは口の無い死体だよね。」


 晋介や燈と同じ、上半身が吹き飛んだ奈美の死体。

 葵はそんな惨状を見て、しかし何も感じていないかのような軽口を叩く。

 奇しくもそれは、たった今死んだ奈美がゲーム終了時に真帆と交わしていた様な軽薄なそれとよく似ていた。

 そんな葵の発言を聞いて、漸く幸市は葵がここまで何人も人を殺してきたのだ、という考えに至る。

 ここまで十八回――今回を含めれば十九回生き残った。

 その内何回葵が手に掛けたのかは分からない。しかし、少なくとも今回に限って言えば、確実に奈美を殺したのは葵なのだ。

 奈美は一切そんな事は予期していなかっただろうに、葵は奈美が爆弾を握っている事を確信した上で、『Count Out』の特権を行使した。

 それだけならば、自らが生き残る為の手段だと言えなくもない。だが、葵は奈美を殺したその口で、ほんのちょっとした冗談を言う様な口調で、人の死体を――たった今自分が殺したばかりの人間の死体を嘲った。

 そんな狂気を孕んだ感性に幸市は戦慄する。


『皆様お疲れさまでした』


 画面に現れる文字は何も変わらない。

 簡素で、しかしそのシンプルさが今の幸市には不気味に思えてならなかった。


「葵……お前は――」

「幸市君?もしかして、私の事怖がってる?」


 そこで葵は幸市の自分を見る視線が怯えた物になっている事に気付いたらしい。


「そ、そうだよね。私、おかしいよね。

 人を殺す事にね――もう抵抗感じなくなっちゃった……」


 葵の性格はどちらかと言えば勝気なものだ。明朗快活と言えば聞こえは良いが、ようは喧嘩っ早い。奈美らとのやり取りからも分かるように、気を許した人間以外には挑発的な言動をすることも多い。

 また、つり目気味な双眸も相俟って、本気で怒った時の葵の迫力は屈強な男性さえたじろがせる程であり、その様子は正史曰く『猫、いや空腹時の虎のようだった』とのこと。

 そんな葵がしおらしく、まるで消え入りそうな声音で口にした言葉を、幸市は暫く飲み込めなかった。


「最初は、幸市君や正史君と会う為だって自分を納得させてたけど、気付いたら――いつの間にか、殺しても平気に、なってたよ。

 人を殺すのが平気、なんておかしいよね?」


 それはおかしい。間違いない。普通に生きていて、人を殺す事が平気だなんて余程の事が無ければありえない。

 だが、今の状況。“爆弾ゲーム”なんて意味の分からない物に巻き込まれている今が『普通に生きている』と言えるのか――それに“爆弾ゲーム”が余程の事で無くて何だ。


「葵、それは――」

「クス……おかしいわね。可笑しいわ。」


 幸市が口を開こうとしたその時、ずっと黙っていた真帆が急に言葉を発した。

 それは葵を責めているようで、弾劾しているようで、精神的に弱った葵に付け込もうとしているかのようだった。

 まさか真帆が奈美の仇を取ろうとするような殊勝な人間だと幸市は思わないが、それでも真帆が自分が生き残る為に葵を殺そうとしているのだと言うことは幸市にも分かる。

 葵の精神的な弱さがはここにきてハッキリと浮き彫りになったのだから、そこに付け込まない筈が無い。


「目の前で、平気で殺しておいて、弱い一面を見せて慰めて貰おうなんて、浅ましくて可笑しいわね。」


 その言葉は確かに葵を責めているようであったが、どこか自分を鼓舞しているようでもあった。

 葵が参加する前までの“爆弾ゲーム”では確たる優位性が真帆にも奈美にもあった。

 幸市には到底二人に勝つ方法など思い浮かばなかったのだから、それは確かなことだ。

 だが葵により、その優位性は崩された。葵は奈美の知らないルール――『特権執行』を少なくとも後二つ知っている。

 『Count Out』一つだけでも十分に驚異的で、あり得ない程の優位性を生み出す特権が後二つ。

 この時点で、真帆が葵に勝つ見込みはほぼ0であると言って良い。だとすれば、真帆は自身が生き残る為に何らかの策を講じなければ、葵によって次に殺されるのは恐らく真帆となってしまうのだろう。


「真帆、さん。いや、それは――」

「クス……でも、私は感謝もしているのよ?」


 幸市の発言は再度真帆によって遮られる。

 しかしそれ以上に幸市は真帆の言葉が気になった。


「(感謝?何が?)」


 真帆の雰囲気は気付けば変わらない。

 “爆弾ゲーム”の最中、葵によって追い詰められていたような雰囲気を今の真帆からは一切感じなかった。


「何が何だか分からないって顔してるわ。

 そんなに不思議な事かしら?

 私があの平井奈美を信用しているとでも?

 クス……信用できないでしょう?なんせあんな人ですもの。

 むしろどうやって殺そうかと画策していたくらいよ。彼女もきっとそうでしょうね。

 その点に関してはある意味信用していると言っても良いかしらね?」


 饒舌に語る真帆だが、先程までのような葵に対して恐れを抱いているような雰囲気はない。

 ただ事実を事実として淡々と語る様な口調でそう告げる。


「ここだけの話、あの女には煮え湯を飲まされていた事も多くてね。

 まあ彼女にとっての私もそうだったんでしょうけれど――兎に角、商売敵でもあって殺してやりたいと思っている程度の相手ではあったのよ?」


 殺す方法が見つけられなくて、だから代わりに殺してくれて助かった。と真帆は言う。


「それで特権執行・・・・だってね。」


 唐突に真帆は言う。その言葉にかつてない程不穏な雰囲気を幸市は感じた。


『外島真帆様 残り一回』

『戸田幸市様 残り三回』

『高井良葵様 残り五回』


 ここにきて画面の表示が切り替わる。

 真帆は次で、幸市は後三回クリアする事でステージを突破。

 ゲームを終えるか、『特権』を教えられて次へ進むかを選択する分水嶺。


「クス。まあ関係無いじゃない?葵ちゃんの言うことが本当なら、ここは私を勝たせておけば邪魔者は消えるわ。

 三人で仲良く次に来る新参者を殺してしまいましょう?」


 真帆からの提案。

 それは理想的な提案にも聞こえた。

 真帆は後一度勝つことでいなくなり、俺と葵は生き残る。完璧だ。文句が無い。

 だというのに・・・


「ええ良い提案ね。でもダメ。

 外島真帆さんでしたね。あなたには次のゲームで死んでもらいますよ。」

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