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爆弾ゲーム  作者: 柳条湖
4/9

Third Game―Girl Friend's Participation―

 考えてみれば何て事の無い決着だった。

 手袋は確かに人の手ではない――言い換えれば、人の手であれば生きている必要が無い。

 死体であろうと、それは間違いなく“人の手”だ。


「アッハッハ!死体を凌辱たぁ罰当たりだねぇ。」


 奈美は腹を抱えて笑う。

 実に楽しそうで、こんな状況でも無ければ幸市も釣られて笑っていただろう程に。


「いやーその発想は無かったねぇ。どの段階で気付いてたんだい?」

「クス。そうね、お兄さんが撃たれて少ししてからくらいかしら?

 ほら、あの人たちが死体を片付けないのが気になって、ね?」


 それも考えてみれば思い至ってもおかしくない理屈である。

 一度目の時、幸市が一切気付かないほど迅速に死体を処理した男達なのだから、ゲームから離脱した者の死体なんて、それこそ一瞬で処分してしまえそうなものだった。


「(そ、そうだ!)」


 そこまで考えが至って漸く幸市は気付く――二度目も生き残った事。生き残れたのなら、今度は死体から目を逸らすなと奈美に言われた事。

 幸市は急いで視線を燈の――燈だった物の方向へ向ける。

 それは“処理”の最中であった――“処理”としか言いようがない程、見事な手際であった。

 男達が袋から何か薬品の様なものを巻く。すると飛び散っていた血液が一瞬で固まり、しかもペリペリとまるでシールを剥がすかの如く綺麗に壁から剥離する。別の男がそれを真っ黒なポリ袋に受け取って、それを担いで部屋の外へ出て行く。燈の体はもう少し丈夫そうな袋の中に詰め込まれて、そして同様に担がれて部屋の外へ運ばれて行った。

 たったそれだけの事で燈がこの部屋の中にいた残滓は綺麗に無くなってしまった。

 ほんの数秒のこと。それだけの作業を音も無くこなしたことが何よりも驚愕だった。


「な、な……」


 言葉も出ない。

 驚きが大き過ぎて人が死んだ気持ち悪さなど幸市は忘れ去ってしまっていた。

 思えば、一度目のゲーム終了時の幸市の吐瀉物も気付かぬ内に綺麗さっぱり無くなっていた。

 これほどの手際で片付けられたのかと考えると、どこか滑稽でもあった。


「ほんと、何回見ても愉快だねぇ。これを見る為に生き残っていると言っても過言じゃないね!」


 愉快なショーでも見てるような気楽さで奈美は言う。


「あら?じゃあ見られなかったら死んでたのかしら?」

「んなわけないだろう?私が死ぬなんて考えられないよ。」


 そんな風に奈美と真帆は軽口を叩き合う。この後も、死ぬ予定なんて無いと言いたげに。


「(このままじゃ……)」


 奈美も真帆も冗談みたいに飄々といた態度とは裏腹に、きちんと生き残る為の策を講じている。

 気楽そうで楽しそうで、そして愉快そうであるが、決してこの“爆弾ゲーム”を甘く見ている訳ではない事が二度のゲームを通じて幸市にも分かった。


「(俺が、殺されるのか……)」


 何の因果か幸市は二度生き残った。しかしこの後も生き残れるとは限らない。

 しかし奈美も真帆も、恐らく残りのゲームを生き残るだろう。

 その時殺されるのは新しくやって来る人間か、それとも幸市か――


「(冗談じゃない。)」


 日常から大きく逸脱した異常な空間。しかし、どんな中にあろうと幸市は自らが犠牲になって他を生き残らせようとするような、そんなできた・・・人間ではない。


「(死にたくない・・・だったら、死んでもらうしか、ねぇよな。)」


『平林奈美様 残り一回』

『外島真帆様 残り二回』

『戸田幸市様 残り四回』


 画面には残りの回数が表示されている。

 指定の回数を生き残れた時何がどうなるかなんて分からない。

 しかしそれでも、ここから無事解放されるのだと信じて、この狂ったようなゲームを生き残るしか幸市にできる事は無い。


「後一回かー楽しかったけどこれで終わりだねぇ。」

「クス……寂しくなるわね。」

「思っても無い事言うねぇ。そんで油断した私を殺そうってかい?」

「さあ、どうでしょうね?」


 軽薄なやり取りだが、しかし奈美も真帆も生き残れれば解放されると信じて疑っていないように思える。


「(まさかクリアの瞬間射殺されるとも思えないけれど……)」


 今はいない、しかしゲームが始まれば四隅に立つ男達の事を考える。

 ダークスーツ。胸元には拳銃。残り四回を勝ち抜き、クリアの瞬間四つの銃口が自分に向く様子を幸市は夢想する。そうしてブルッと震え上がる背筋に幸市は現実に引き戻される。


「(でも、もしそうなら……)」


 奈美は後一回ゲームを勝ち抜いた時、どうなるのか。


「なんだいお姉さんが気になるかい?それとも気があるのかい?なんてな。」

「クス……座布団は没収ね。」

「なんてこったい。」


 和気藹藹とした雰囲気。

 しかし幸市はそれに混ざっていくような気にはなれない。

 殺さなければ自分が死ぬのだから、幸市は真帆か、奈美か、或いは新しく参加する誰かを殺さなくては生き残れない。


「(だったら……)」


 生き残る為に策を巡らせている二人より、何も知らない人間の方が容易く殺せる。そういうことでしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。

 幸市はこの時、冷静に人を殺す算段を立てている自分に当然気付いていて、しかし心の奥底へ沈めていた。自覚してしまえば、認めてしまえば、そこから何かが崩壊して行くようで、怖かったから。

 だから幸市は覚悟もせず、ただ一つのことだけを考えた。


「(奈美も真帆も殺せない。俺は死にたくない。だから……)」


 ――新しくやってくる人間を殺せば良い、と。


「さて、次はどうなるかな」

「クス。」


 やがて燈と同じように一人の人間が運ばれて来る。

 お腹の部分を肩に乗せ、体がくの字に折れ曲がるように担いでいるため顔は見えない。

 しかし全体的な体格、脚の細さなどからそれが女性であることが分かる。

 やがて彼女を運んで来た男は彼女を床に寝かせると、再び部屋から出て行った。


「は?」


 床に寝かされた彼女を見て幸市はもう何度目かも分からない驚愕に再び冒される。

 彼女の格好は幸市の良く知っている物だった。

 それは制服。幸市の通う高等学校の、女子に割り当てられたブレザータイプの制服だった。

 ――だが、幸市の驚愕の理由はそれだけではない。


「おやおや可愛らしい女の子だこった。」

「クスクス。可哀想ね。」


 奈美と真帆のやりとりがやけに空々しく聞こえる。

 彼女の容姿。幼さを残しながらも凛として、ややつり目気味のその双眸は今は閉じられていて、ボブカットにされた黒髪は彼女の雰囲気によく似合っている。

 彼女が起きるのを待つまでも無い、名乗りを聞くまでも無い、彼女の名前は高井良葵。幸市にとって掛け替えのない親友の一人にして、最愛の恋人で、『今度の土曜日』に一緒に遊びに行く約束をした少女。

 その『今度の土曜日』がいつなのか、今の幸市には分かり様も無いのだけれど。


「ん……ン……」


 やがて葵はその閉じられた双眸をゆっくりと開く。

 寝起きと言わんばかりの胡乱な表情で彼女はゆっくりと周囲を見渡して、やがて幸市の姿を認めると葵は一気に破顔して幸市のもとへ駆け寄った。


「良かった幸市君!無事だった・・・・・んだね!!」


 恐らくは奈美や真帆にも気付いていただろうに、葵は二人には目もくれずに駆け寄ったその勢いのまま幸市に向かって抱きついた。

 顔面に押し付けられる女性らしい柔らかさに幸市の鼓動は速まるが、それ以上に無視できない違和感を葵の言葉から感じて、幸市はゆっくりと自分に抱きつく葵を引き離した。


「良かった……幸市君、本当に、無事で良かった……」


 肩を掴まれて引き離された葵は、それでも溢れる涙を堪えているかの表情をしていて、本当に幸市の無事を喜んでいるかのようだった。


「(葵も無事でよかった……じゃなくて――おかしい、よな。)」


 そもそも葵の挙動は不自然だ。

 先の燈も、或いは幸市自身も、この部屋で目覚めた時、自分の置かれた異質な状況に目が行っていた。

 真っ白な部屋。四つの円。謎の大画面――いきなり目覚めてそんな空間の中にいれば、状況が掴めずに混乱するだろうことは想像に難くない。

 だというのに、葵は周りを見渡して周囲の状況に混乱する様子を一切見せなかった。

 幸市を見つけて駆け寄った時も、未知の状況で知り合いを見つけて安心したと言うよりは、既知の状況の中で知り合いが無事であった事を喜んでいるような、そんな雰囲気だったように幸市には思えた。

 極めつけに「無事で良かった」という言葉。それは相手が何らかの危機に陥っていることを知っていたか、或いはその可能性を危惧していなければ出て来る筈の無いものだ。

 現状、幸市が瀕している危機と言えば――そんなものは考えるまでもない。


「葵、それってどういう――」

「おいおい、知り合いかい?二人で盛り上がってないで、私達も話に混ぜておくれよ。」


 幸市の言葉は奈美によって遮られた。

 奈美は相変わらず軽薄そうな笑顔。少なくとも、幸市の感じた違和感を感じているようには見えない。

 というよりも、葵の発言が奈美の耳まで届いていなかったようだ。


「自己紹介しようぜお嬢さん。私ァ平林奈美だ。六回目だよ。」


 残り一回と言うのがやはり嬉しいのか、奈美はやや得意げにそう名乗りを上げた。


「クス、私は戸島真帆よ。私は五回目。よろしくね?」


 続いて真帆もそう名乗る。

 今自分が何回目なのかを言う事は奈美によって暗黙の了解の様にされているが、そもそも“爆弾ゲーム”について何も知らない新参者に回数だけを伝えても何の事かなんて分かる筈もない。

 そもそもこれは、意味不明にさらに意味不明を叩きつけ、その混乱のままゲームのルール説明に突入させて新参者を精神的に圧倒するための物だと、ここに至って漸く幸市は気付いた。

 奈美はこうしてプレッシャーを与える事で正常な思考力を奪い、新参者を食い潰す事で生き残る為の策としているのだ。

 その上で、最終的には蹴り返すことで自分では爆弾を掴まないという切り札までも持つ。

 それは飄々としながらも生き残る為に考えられた完璧な策だった。


「あ、えっと――」


 二人の名乗りを受けて、やや困惑した様子ながら葵は口を開く。

 そこから続いた言葉の意味を幸市は暫く理解出来なかったのだが。


「じゃあお二人はまだ始まったばかりなんですね!

 良かったね幸市君!ここは楽に生き残れるよ!」


 さも当たり前であるかのように、葵の口からそんな言葉が飛び出した。

 ここにきて初めて葵は幸市に笑顔を見せた。

 奈美や真帆の様な、いやそれ以上の、生き残れると言う余裕を幸市は感じた。


「は?」

「え?」


 奈美も真帆も葵の言葉の意味を理解出来なかったようで暫く固まる。

 奈美が与えようとしたプレッシャーなんて物ともしていない様子、それどころか、全くの無意味である事を葵は逆に突き付ける様に告げる。


「あっと、失礼しました。私は高井良葵。

 “爆弾ゲーム”への参加の回数は――これで十九回目です。」




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