Second Game―Favor of Junkie's Death―
爆風で巻き上げられた砂塵が収まり、キーンと耳鳴りがして痛む耳を抑えながら幸市は眼を開けた。
「う゛……」
幸市は純白の色合いの無い部屋の中にいたはずだった。
しかし、現在はある一点を中心に真紅で染められた心奪われる鮮やかな色彩が描かれていた。
「う……ぁ……」
その“絵画”の中心。
そこにある晋輔だったもの。
上半身が吹き飛んだそれは少しの間ピクピクと震えていたが、やがて血の海に倒れて動かなくなった。
「ぅ……ゲ……」
込み上げてくる吐き気を必死に抑えるが堪えられず、幸市は口の中に溜まる気持ち悪い吐瀉物を思い切り吐き出した。
「ん~新人は吐くねぇ。そんな気持ち悪いもんかね?人死にには慣れてないかい?
クックック。そりゃそうだよなぁ、私だって初めて目の前で人に死なれた日にゃあ三日くらい食えなかったもんさ。懐かしいねぇ。」
「クスクス……人が目の前で死ぬなんてそうそうあることでもないでしょう?最初は誰だって辛いものよ。」
奈美も真帆も何かを懐かしむような、それであってどこか楽しげな声を出す。
幸市にはこんな無残な死に方を前にして、下手をしたら自分がそうなっていたかも知れないというのに、平気な顔をしていられる二人の神経が理解出来なかった。
「ゲホッ……こんなの……慣れるわけ……」
幸市は意図的に晋輔の方向から視線を逸らしながら二人に答える。
「最初だけだって。次には平気さ。」
人道を大きく踏み外したかのような奈美の言葉だったが、幸市はその言葉の中でも特段に不吉な一つの単語に反応する。
「次だって!?次があるんですか!?」
思わず幸市は悲痛な声で訊き返す。
「何を言っているんだか。私たちが最初に言った事をもう忘れたのかい?」
「え?」
一瞬、思考が止まる。
「私は四回目。いや、次で五回目だな」
「クス……それじゃあ私は四回目になるわね。」
死刑宣告、そう云っても差異は無い。
幸市はその絶望的な言葉にただただ呆然とするしかなかった。
「さて、そろそろかな?」
奈美のその呟きと同時に画面の『00:00』の表示が再び文字に切り替わる。
『皆様お疲れさまでした』
たったそれだけの文字で締めらた。
「よっしゃあ!生き残ったぁ!!」
「クスクス……良かったわね。」
その文字を見て、奈美は嬉しそうに拳を握り、真帆は微笑みながら、その文字を噛み締めた。
幸市も、やっと自分が生き残ったことを実感して脱力する。思わず膝から崩れ落ちた。
『平林奈美様 残り二回』
『外島真帆様 残り三回』
『戸田幸市様 残り五回』
ふと画面に目を向けると、その様な文字が描き出されていた。
その回数が何を意味しているかなど、考えるまでもなかった。
「こんな事を……後五回も繰り返せってのかよ……」
思わずそんな事を呟く。
「あっという間だって。所詮五分だぜ?それをたったの六回だ。」
「クス……時間にしたら三十分ね。」
だが、それで開放されるという保証もない。
何より、幸市はこの“爆弾ゲーム”を生き残れる気がしなかった。
「まあ良いだろ。ほら、次が来るぜ?」
「え?」
「そっち。見てみなよ。」
奈美に促され、幸市は恐る恐る晋介のいた方に目を向ける。
信じられない事に、その場所から晋介の死体も、飛び散った鮮血も、その一切合財が綺麗に無くなり、元の真っ白な空間に戻っていた。
「え?なんで?」
「もし次も生き残れたら、今度は目を背けないでずっと見ててみな。
あの格好良い黒服お兄さん達がそれはもう凄まじい手際の良さで全部片付けるからさ。」
不謹慎ながら、その奈美の言い草に少しだけその様子が気になってしまう。少なくとも次を生き残ろうとするモチベーションが上がるくらいには。
気付けば、四隅に立っていた黒服の人達がいなくなっている。恐らくは、この真っ白な空間のどこかに出入り口があるのだろう。傍目には分からないが、きっとそこから出入しているのだ。
その考えに対する答えはすぐに齎される。
「あら、来たわね。」
真帆の呟きと共に、白い壁の一部がスライド扉の様に開いた。
そこから人間を担いだ黒服の男が一人入って来る。扉は開いたままだったが、その外の壁も真っ白で、扉の外がどうなっているのかを窺い知ることは出来なかった。
男は担いでいた人間を徐に地面に下ろすと、そのままそそくさと扉の外へ出て行った。
その後扉はすぐに閉まる。そこに扉がある事を知っていなければ分からないくらい薄い線が壁に入っている事に幸市はそこで初めて気が付いた――気付いた所で、外に出る方法があるわけではないが。
「男の人、か?」
地面に放置された人間を観察する。気絶しているようだ。
長い髪に端正な顔立ち、長身の痩躯。中性的な顔立ちをしていて性別が判別付きにくいが、恐らくは男性だろうと幸市は辺りをつけた。
だが、何より特徴的だったのはその格好――男は白衣を纏っていた。丁寧に白衣の中はカッターシャツにネクタイまで締めている。医者なのだろうか。
「イケメンってやつだねぇ。お姉さん、イケメンは大好物だぜ。」
「あら、でも私の好みじゃないわ。どちらかというと私は――」
奈美と真帆は何やら楽しげに会話している。
真帆のセリフに幸市は寒気を感じたが気のせいということにしておいた。
「う……ん……」
やがて男は唸りながら目を覚まし始める。
体を起こし、周りの風景に驚いた様子を見せ、最後に幸市達に気付いた様子だ。
「(俺も外から見てこんな風に見えたのか。)」
と、それが幸市の感想だった。
「えーっと、ここは一体?」
その容姿に違わず、アルトの効いた高い声音。
優しげで、聞く人を安心させるような、そんな声だった。
「すぐに分かるさ。そんな事より名前だよ名前。自己紹介しなよ。
私ぁ平林奈美だ。五回目。よろしくな。」
「クス……外島真帆よ。四回目。よろしくね。」
幸市の時と同じく奈美が率先して自己紹介し、それに合わせて真帆が名乗る。
どうも名前と参加回数を言う暗黙の了解を奈美が作り出しているらしい。
「戸田幸市です。二回目。」
見えないプレッシャーに急かされる様に幸市も名乗る。
「あ、これはこれはご丁寧にどうも。私は長谷川燈と申します。以後お見知りおきを。」
男――燈はそんな慇懃な口調で返事をする。
状況が分かっていないのかやけに呑気な喋り方に思えた。
「あ、ちょっと失礼。」
燈は白衣の内側から徐に注射器を取り出すと、それを躊躇うことなく自らの首筋に突き刺し中の液体を注入した。
「アハッ、クヒッ……」
言語とは言えない呆けた声を出しながら燈は涎を垂らして恍惚の表情を作る。
「へぇ。」
奈美の感心したような声音。
まるで今からのゲームをまた楽しもうとでも言う様な、そんな雰囲気を感じ取れた。
「(麻薬……ってやつか?初めて見た……)」
不吉な笑い声を漏らす燈を見ながら幸市は薄気味悪さを感じていた。
先程の様に、爆弾ゲームが穏やかに進行しないような、そんな予感が。
最も、爆弾ゲーム自体が穏やかとは程遠いものでもあるのだが。
「カハッァ、ハ……っと、あぁ失礼。私、五分に一回はこれ注入しないと落ち着かないんですよ。
あぁ、最後の一本だった。困ったなぁ。
ねぇ皆さん、これ五分以内に帰れますかね?」
断言できる事は、少なくとも五分以内には帰れないという事だけだった。
燈の呑気な不安がどことなく頼り甲斐がある様に思える。
「アッハッハ!そいつぁ無理だね!」
奈美は豪快に笑う。
『それではゲームを始めましょう』
そしてついに画面にその文字が映し出された。相変わらず簡素で平淡な印象を受けるただの文字だった。
『長谷川燈様』
『ようこそいらっしゃいました』
『御参加歓迎いたします』
燈はその文字を見て唖然としている。
衝撃と言うよりは動揺といった風体ではあったが。
『それではルール説明を始めます』
「んなこたぁ良いからさぁ、始めようぜ!」
奈美は相変わらずルール説明すら待ち切れないとワクワクした様子で、既に円の中へ移動し待機している。
「何ですかこれ?」
燈の呑気さが本当に羨ましい。
先のゲームで死んでしまった晋介も、呑気に何が起こるのか質問をした幸市を見て幸市と同じ事を考えたのか――今となっては確認のしようもない。
「クス……すぐに分かるわ。」
そして幸市にとっての一回目と同じ要領でルールが説明される。
先程と一言一句変わっていなかった。
「う、ん?これ、死んじゃうんじゃないですか?」
このルールを見ても未だ燈の声音は呑気な物だった。
――死ぬかも知れないのに、とは幸市は考えない。幸市だって、最初にルールを見た時、現実感など沸いていた筈もないから。
そんなことよりも――
「(あ……れ……?なんか、膝。笑ってね?)」
気付けば脚が震えていた。
ガクガクと、ブルブルと、傍から見て分かる程に、膝の震えが止まらない。
まるで険しい山道を乗り越えた直後であるかのように、ただ震える。
『では皆様 円の中へお入りください』
ドクンと心臓が跳ねる。
冗談じゃなく胸を引き裂いて飛び出るかとも思った。
「おい、受け取れ。」
いつの間にか再び、部屋の四隅には黒服の男性が四人。
その一人が燈に爆弾を渡す。
「(も、もうゲームが始まる……)」
未だ膝の震えは止まらない。
どころか、絶望感で震えは強くなるばかり。
『準備は整いましたね』
『ではゲームスタートです』
そして無情にも開始を告げるメッセージが液晶に現れる。
同時に始まるカウントダウン。
「まあ、良いか、な?多分もつ、自信は無いけど……」
燈が爆弾を見つめながら何かを呟いているが、そんなものは幸市の耳に入らない。
奈美と真帆がニヤニヤしながら幸市を見ている事にも、幸市自身気付いてはいなかった。
「ほら、戸田君。でしたっけ?いきますよ。」
そんな余裕ともとれる声音で燈は幸市に爆弾を投げ渡す。
わざわざ呼びかけた上での下手投げ――何て事のないフワリとした投球。
「っ!、あっ!!」
受け取れて然るべきその球を幸市は取りこぼしてしまう。
受け取ろうとした瞬間、反射的に手を引っ込めてしまったのだ。
まるで、晋介の死んだ様子が網膜にフラッシュバックしたかのように。
「クク、そりゃトラウマにもなるよなぁ。爆弾なんか触れねぇよなぁ!」
自分の仕掛けた罠に相手がハマった事を喜ぶ子供のような奈美の言葉。
しかし、それが的確に今の状況を表している事も幸市には分かる。
「クス……二回目、だものね?」
真帆は変わらず余裕といった風体。
しかし、幸市にはそんな二人に応じている余裕は無かった。
画面に現れた文字に幸市は釘付けになっていたから。
『戸田幸市様』
『五秒以内に爆弾を拾いゲームを続行してください』
説明の中にもあった従わなければルール違反と言う『画面の指示』である。
従わなかった場合、なんてフレーズにぞっとする。
爆弾は幸市の後方に転がっている筈。
振り返るとご丁寧に黒服の男性が懐に腕を入れている。何の為か、だなんて想像もしたくなかった。
「(これは、円から出ろという意味か?)」
爆弾は手を伸ばして届く位置に転がっていない。
ルールには『円から出るな』とあるのに『画面の指示』は爆弾を拾えという。
矛盾する二つのルールに板挟みにされて幸市の思考が止まる。
「クソッタレが!」
逡巡の後に幸市は意を決し、何に対する罵倒かも分からないまま吐き捨てて幸市は円から飛び出し、そのままボールを掴む。
四隅の黒服の男たちが全員拳銃を構えて幸市を狙っている事にそこで気付いた。が、撃ってくる気配はない。
ルールよりは画面の指示を優先するという事か。
「ふぅ……」
円の中へ戻り、爆弾を即座に奈美に投げ渡してから幸市は安堵の息を吐く。
「なんだい、案外冷静だねーつまんないの。」
そんな様子の幸市を見て、奈美は言葉とは裏腹に随分と楽しそうな声を出す。
その声音からは、自分は死なないという絶対の自信が窺える。
「クス。精神力はある方よね」
奈美は受け取った爆弾を真帆に投げつけ、真帆はそれを幸市へ投げ渡す。
幸市は再び億して退きかけたが、こみ上げる恐怖を必死に抑えつけてその場に留まり、震える手で何とか爆弾を受け取った。
「ぅ……」
しかしゴム質の表面から伝わる死の感触に寒気を覚え、幸市は一秒と堪えることなく燈に向かって投げつけた。
燈は当り前の様な顔をして受け取り、表面を少し観察する様な仕草の後真帆へ投げ渡した。
「クス……まあまあね。受け取れただけでも大したものよ。」
真帆はからかうかのように幸市に向かって言う。玩具じゃないそれを掌で弄びながら。
やがて数秒待ってから今度は奈美へ投げ渡す。
奈美はまた真帆へ投げ返した。
「そういやぁ晋介だっけ?彼もできてたよなぁ。」
「あらそうね。人間、その気になれば何だって出来るものね。」
奈美と真帆は本当に楽しそうに会話をする。
“爆弾ゲーム”なんて有って無いような物であるかの如く、日常の中で友人と会話しているかのように雑談を重ねていくのだ。
幸市にはそれが理解出来ないの範疇を飛び越えて段々と不気味に感じてきた。
命が賭かっている現状を笑い飛ばす事ができる精神が酷く不気味だった。
「これはそんなに難しいんですかね?」
「あんたは頭ん中のネジが二、三本トんでるんだろうさ。」
「あーそれは否定し難い話ですね。」
燈も緊張している様子すらない。
幸市の動揺っぷりを見て、それでも燈は平静を保っているようだ。
それどころか奈美と冗談を交わす余裕すらある。
この中でただただ爆弾に脅え震えあがる幸市の存在が酷く浮いている様でもあった。
「(……楽しそうだな。)」
純粋にゲームだと思えたらどんなに良いだろうか、と幸市は心の中で嘯くしかないのだった。
幸市にとって二回目となる“爆弾ゲーム”は幸市の抱える恐怖とは裏腹にそんな穏やかな雰囲気で進行して行くのだった。
しかし、それを覆す衝撃はすぐに齎させる。
その様子に最初に気付いたのは幸市だった。
「(なんか、燈の様子……おかしくないか?)」
最初は微かな違和感とも言い難い程の僅かな変化。自身の命がかかった状況下では、無意識に見逃しても良い程の僅かな差異。
しかし、反射的に逃げ出さぬよう爆弾に全集中力を注いでいた幸市だからこそ、その燈の様子の変化に気付いていたとも言える。
やがてそれは確かな形となってその場に訪れる。
画面の時間表示は丁度『02:00』をカウントし、幸市が燈に向かって爆弾を投げた時だった。
「ハァ……ハァ……」
燈の呼吸が荒い。
常に饒舌であった燈が急に押し黙り、荒い呼吸を整えようとしながらもどんどん苦悶の表情に歪んで行くのが分かる。
爆弾こそ受け取って真帆に投げ渡したものの、その目もどこか虚ろである。
「クソッ!無いのか!?あるだろ!もう一本くらい!あるはずだ!」
声を荒げながら、来ている白衣の内側を徐に右手で弄る。
その動作は言うまでもなく何かを探しているかのようで、何を探しているかなど考えるまでも無かった。
「おやおや。」
「クスクス。」
そんな様子を見て奈美も真帆も何も言わない。ただ面白そうに笑うだけ。
「クソッ!無い!無い!無い!無い!無い!無い!無い!無い!無い!無い!無い!
無いじゃねぇか畜生!どうしてねぇんだ!!クソがっ!あれが無いと、俺は俺は俺はァァアアア!!!」
唐突に燈は叫び声を上げる。絶叫と言っても差し支えない。
何かに絶望したかのような、まるでこの世の終わりが訪れたかのような悲壮な叫びだった。
「(なん、だ?何が起こってる?)」
ついに白衣を脱ぎ棄て、その生地を引き千切る勢いで探すも目的の物は見当たらないらしく、髪をガシガシと掻き毟る様子は、まさに狂人のそれだった。
人の良さそうな穏やかな風貌は見る影もない。
「ああ、そうだお前だ!お前だよぉ!テメェ持ってんだろ!出せよ!
出せって……出せっつってんだろうがっ!!!!」
何が見えているのか知らないが、燈は四隅にいる男の一人を怒鳴りつけている。
男は燈のあまりの迫力に思わずたじろいだ。
「あーおい燈君、いったぞーい。」
そんな状況の中、奈美は燈に向かって爆弾を投げつける。
こちらを見てすらいない事を分かっていながら投げるなど、もうそれは単に性格が悪いなんて言葉では片付けられない。
明らかな、殺す意思のある投擲だった。
『長谷川燈様』
『五秒以内に爆弾を拾いゲームを続行してください』
案の定、燈はその爆弾には見向きもしなかった。
爆弾は燈を通り過ぎ、壁際をコロコロと転がった。
四隅の男たちが画面の文字を見て、四人同時に懐に右手を突っ込んだ。その動作はまさに一瞬の物だった。
頬に当たる圧力がどこか痛いと幸市は感じる。それが“殺気”と呼ばれる物だと、幸市は知らなかったが。
「なんだよ?あんのかよ、じゃあ出せよ!
ほら、ハハ……金ならあるんだ。いくらでも絞り取れる。馬鹿な患者どもから、いくらだって巻き上げたら良い。だから、ほら、出せって。」
当の燈は男たちがスーツの胸元に腕を差し込む動作に何を勘違いしたのかそんな事を虚ろな目で呟く。
画面の指示なんて見えていない様子で。刻一刻と与えられた猶予を燈は無意味に消費する。
やがてボールが地面が地面に転がってから、三秒、四秒と経過し、そして――
「なんで出さねぇんだよォォオオオ!!!!!!!!」
その絶叫が燈の最後の言葉となってしまった。
―― ピュン ――
大方が予想する様な大仰な爆発音とは違う。
どこか滑稽で、滑らかで、静かな音が綺麗に四つ重なった。
まさに一瞬の出来事。
幸市は呆然としながらもその一部始終を目撃した――してしまった。
男たちが胸元から拳銃を取り出して燈に向けて発砲し、即座に元に戻すまで、時間にして十分の一秒すらも経過していないのではと思わせるほどの早業。
幸市は拳銃が仕舞われる動作に音が遅れてやって来たかのような錯覚すら覚えた。
燈はそれに遅れて断末魔を上げる事もなく地面に崩れ落ちる。
脳天、喉、鳩尾、大腿――どれか一つでも充分に死に値する急所に四ヶ所。燈は仰向けに倒れたままピクリとも動かなかった。
「(じょ、冗談じゃねぇ!“爆弾ゲーム”だけでも理不尽なのに、その上ルール違反は射殺だなんて聞いてねぇよ!)」
しかし、幸市にはそんな燈の死に悲しみも、憤りも、感じている余裕は無かった。
『戸田幸市様』
『五秒以内に爆弾を拾いゲームを続行してください』
チリチリとするような寒気を幸市は感じた。
先程は燈に向けられていた“何か”の残滓。それが今度は幸市の方向を向いた感覚だと、幸市は薄らと感じ取った――このままでは自分は殺されるという感覚を感じた。
「こんなところで、死んで堪るかよ!」
幸市は震える脚に活を入れ、意を決して円から飛び出す。
全力疾走で爆弾へ跳びつき拾い上げ、 幸市は即座に円の中まで戻って真帆に向かって投げつける。
「ゼェゼェ……」
走った距離で言えば三十メートルにも満たない短い距離。
しかし幸市は何十キロも走り切った後であるかのように呼吸を乱し、大量の汗を掻いていた。
極度の緊張状態の中、何度もトラウマを刺激される。そのストレスは尋常にして常人には計り知れないものがあった。
だからといって、それでゲームが終わるわけでもなく、ただただその死のゲームは続行される。
「ところでさー、ヤクってなぁ五分も打たないだけでそんな急な禁断症状が出るもんなのかい?」
真帆と奈美の気まぐれなのか、幸市に爆弾が回されず二人だけでのキャッチボールが続く。
その間も、二人は何の緊張もなくやり取りを続けていた。
「あら?どうして私に訊くのかしら?」
「だってそりゃぁお姉さん、あんたクスリやってたんだろ?」
「失礼しちゃうわ。私はただの運び屋だっただけよ?廃業したけどね。」
「運び屋ってのも総じてクスリやってるもんじゃないのかい?そいつは私の偏見かい?」
「偏見ね。少なくとも私は仕事の成功の方が大事だったし、クスリなんてやる意味も無かったからね。」
真帆は「これは私の偏見なのだけれど――」と続けて語る。
「貴女の様な人の方がクスリはやっているイメージね。どうなのかしら?」
「んーそっちは偏見とは言い難いねぇ。私ァやってないけどさ。」
画面の数字は『00:43』――残り時間は最早一分足らずだというのに、何の緊張間もなく会話を交わす奈美と真帆の様子を見ている内に幸市は少しずつ落ち着いている自分を自覚する。
「(真帆は運び屋で、奈美は――)」
「なんだい?私が何をやってたか気になるって顔してるねぇ。」
幸市の視線に気付いた奈美は不敵に笑ってそう言う。
「教えてやるさ。私はね――『殺し屋』をやっていたんだよ。」
「は?殺し、屋?」
思わず幸市は聞き返す。
しかし、奈美の表情は不敵ながらも決して冗談を言っている様なそれではなかった。
「ああ、文字通り、人を殺すお仕事さ。頼まれたら、お金を貰って、人を殺す。
これが結構儲かるのさ。」
幸市は一瞬、爆弾ゲームの事など頭から全て吹き飛んで呆然としてしまう。
「(そりゃ、人死に慣れてるわけだ……)」
幸市は意図的に燈の死体の転がる方向を見ないようにしながらそんな事を考える。
「(あんな死体を、日常的に見続けたんだろうか……)」
殺し屋なんて職業を日常と表現しても良いものかどうか幸市には分からなかったが。
「さて、ラストと行こうか!
お姉さんはこれでも期待してるぜ。なぁ、幸市君?」
そこに奈美からの言葉。
瞬時に幸市の脳内に一度目の爆弾ゲームでの最後の光景が蘇る。
残り二秒。掴み、投げ、蹴られ、そして晋介が吹き飛んだ、あの光景が。
「(時間はっ!)」
画面に表示されていた時間は見事に計ったかの如く『00:02』だった。
計ったのか、それとも謀ったのか、定かではないが。
「(クソがっ!一回目と同じだろ!)」
受け取って、一秒待って投げ返せば、それで良い。
しかし一度目の爆弾ゲームで、奈美は自分に向けられた爆弾を蹴り返すという荒業を披露している。
今回も奈美に投げても奈美はそのまま蹴り返すだろう。
その際に幸市の方向へ蹴り返される可能性は決して低くない。
「(だったら……)」
時間が止まったように感じるほどの思考の渦の中、幸市はちらりと真帆に目線を向ける。
奈美と違って、とても運動が得意そうには見えない。
蹴り返すなんて荒業が真帆にまで可能とはとても思えない華奢な身体つきだ。
「(もし真帆に投げたら、そこでゲームは終わるだろうか――)」
その時幸市は自分が冷静に人を殺す算段を立てている事に気付いていなかった。
冷静に冷酷に、あるいは冷徹に、幸市は真帆を殺そうと、そう考えていたというのに。
――やがて爆弾は幸市の元へ飛来する。
「(俺は死にたくない!)」
晋介の吹き飛んだ様子がフラッシュバックし、反射的に腕を引きそうになる本能を何とか抑え込み、幸市は爆弾を包む様に受け取る。
そして一秒だけ堪え――
「(真帆へ!!)」
本気で殺す、いっそ清々しいまでの殺気を幸市は放っていた。
それを受けて、しかし真帆は笑い、哂い、嗤う――嘲笑う。
「それで?どうしたって言うのかしら?」
真帆は何でも無いかの如く、当たり前のように爆弾を受け取った。
至極普通に、自然に、違和感なく、受け取った。
――爆弾は、爆発しない。
「なん、で?」
呟きながら、幸市は真帆の手元を見る。
自失に陥りかねない混乱の中、幸市は気付いた。
「え、でも、まさか……」
「その、まさか、であっていると思うわよ?」
それは女性向けながらシンプルな装飾の未が施された革の――
「手袋って、何の冗談だよ……」
ルールには確かに『時間のカウントは人の手に握られている時のみ行われます』とある。
厳密に言えば確かに手袋は人の手ではない。
だからと言って、手袋で掴めば爆弾は爆発しない、などという発想に至る者がどれだけいると言うのか――いたとして、それを実行に移せる者の存在など幸市の持つ常識の中には無かった。
「まだ終わりじゃないわよ?」
いや、終わった――と、幸市は思う。
奈美には爆弾を蹴り返すという手段がある。が、幸市に同じ事を真似する事は出来ない。しても、失敗する事は目に見えている。
「(考えてみれば、だからこそ奈美は真帆に向かって投げつける事をしなかったんだ……
爆発寸前に投げつけても、意味が無いから……)」
一度目でもそう。今回でもそう。
一度目では幸市か晋介か。今回で言えば幸市か燈か――燈が死んでいる以上幸市が――の敗北は最初から決まっていた事だった。
幸市に勝ち目なんて無かった、ということか。
「さて、死にたいのはどちらなのかしら?」
もう終わっているのに、真帆はそんな事を言う。
妖艶ながら、その表情は酷く楽しげだった。
「そりゃ死にたくないさ。」
奈美もそれに合わせて楽しげに答える。自分が死ぬことなど無いのだから、当然なのだろう。
幸市は――
「……」
答える事が出来なかった。
「クス……決まりね?」
そうして真帆は爆弾を放る。
真帆の掌を離れた爆弾は綺麗な放物線を描き、奇跡の様なコントロールで、仰向けに倒れていた燈の掌の中へスッポリと収まった。
「なるほど。面白い。」
そんな奈美の呟きは爆風と閃光の中に描き消えた。