Before a Game ―One Day―
何が始まるのか
――それは命を賭けた遊戯
何かが聞こえる
――それは死の足音
何かを感じる
――それは恐怖
なぜ
――分からない
なぜ
――分からない
なぜ
――分からない
どうしたら終わるのか
――誰かが死ねば
――きっと
――終わる
どうして
――どうしてだろうね
☆
戸田幸市は並木道をただ歩いていた。
「……今、俺寝てたか?」
呟きに覇気はない。
眠たげに胡乱な眼を擦りながら幸市はただ歩く。
「なんか、変な夢見た気がするけど……」
そう呟きながら、もう一歩前へ。
「まあ、いいか……」
空は青い。雲一つなく晴れ渡る天空には夏日の太陽が燦然と輝いている。
「あーあ、めんどくせ……」
ぶつくさとボヤキながら幸市はまた一歩歩みを進める。
満開時には咲き誇るといっても過言でないほどの誇らしさを見せる桜並木の道も、今はただ寂寞として空虚な風景があるだけだった。
閑静な住宅街。そんな寂しさ漂う道を幸市は悠然と歩いていた。
額に伝う汗を夏服の袖で拭いながら、自らが通う高等学校への道を行く。その足取りは決して楽しんでいる者のそれではない。
「……ん~……来たか。」
その道すがら、幸市はもはや恒例となった背後からの足音を聞く。
幸市と違って楽しげに弾むその足音は段々と大きくなり、そして、
「ハッロ~幸市ィ!ハウアーユー?」
ふざけた調子でそんなことを宣いながらそいつは思いっきり幸市の背中を押した。
覚悟していた幸市は少しつんのめるだけで何とか堪える。
「あ~もう、うるせぇよ!ちょっと黙ってろ。」
馴れ馴れしく肩を組んでくるそいつを手で突き飛ばしながら、幸市は素っ気なく言い放つ。
そいつがそんなことで堪える筈もないと知りながら。
「これがいわゆるツンドラというやつですな。」
「絶対ちが……って、ツンデレですらねぇのか。」
「まあまあそう言いなさんなよ、幸市の旦那。俺に会えなくて淋しかったんだろ?」
「何を言ってるんだか。」
「つまり、俺がいないと幸市は心細いだろ?という質問であってだな。」
「意味が分からなかったわけじゃねーよ。」
「パードゥン?」
「で、お前が聞き取れなかったのかよ!」
朝の定例とも云えるやり取り。親友同士の気の置けない、相手に遠慮しない言葉の応酬。つまり雑談。
幸市の無二の親友――伊坂正史はいつも通り、楽しげに笑っていた。
「相変わらず、打ち合わせをしたわけでもないのにどんどん二人で会話進めるよね。長年寄り添いあった夫婦の漫才を見てるみたい。」
呆れた声を出しながら二人の背後から話しかける少女の名は高井良葵。ややつり目。黒髪ボブカットがよく似合う少女である。
「そうだねぇ、いくら葵ちゃんでも幸市だけは渡せないよねー」
「はいはい。お幸せになってくださいね。」
朝からずっとテンションの高い正史を葵は適当にいなす。
三人とも高校からの出会いであるが、いつしか一緒にいる事が当たり前であるかの如く意気投合した仲間である。
「幸市ー葵ちゃんが冷たいよー。」
「あ、そう言えば葵さ。」
「幸市が俺の事無視した!」
「ん?何?」
「葵ちゃんまで!?」
「今度の土曜日、暇?」
「はいダメー!俺がいる所でイチャイチャ禁止ー!」
「あー暇暇。どっか遊びに行く?」
「無視!?無視なの!?遊びに行くなら俺も誘ってー!」
「そうだなー暑いしプールとかどうだ?」
「プール行く!プール行きたい!」
「いーね!行こうよプール!」
「俺は!?ねぇ俺は!?」
「あーはいはい。お前もな。」
そして現在、葵は幸市のガールフレンド――恋人である。
だが、それでも三人の仲はギクシャクする事もなく自然な形に収まっている。
恋人も親友も関係なく、幸市も正史も葵も――三人でずっと一緒にいたいと心の底から思えるほどに、彼らは本当の意味で仲間だった――仲間だった。
――例え、『今度の土曜日』が二度と来ないのだとしても
☆
そんな彼らの様子を遠くから眺めている二人の男がいた。
「彼らが良いだろう。」
「はい。」
それだけの短いやり取りが交わされた。