■第一話『魔王誕生』
2つも同時進行して果たして身体持つのかしら
◇◇◇
レドから一通りの講義を受けた私はひとまずこのジメジメした場所から出る事にした
ちなみに私とレドが出会った場所は見るからに洞窟の内部で
周囲に光を放つ石などがあった為に今まで周辺が見えていた
しかし、少し進んで見れば嫌でも気づく
光に満ち溢れていたのはその一角のみで当然洞窟内は真っ暗だ
オマケに足場の悪い洞窟を素人の私がスニーカーで歩くには危険が孕むため
何か方法は無いのかと問いて出た答えが『飛んだら?』と言う、それこそ飛んだ意見だった
やり方は魔力を放出して身体を浮かべると言う、所謂ホバークラフト
しかしそれだとすぐに魔力が尽きるのでは無いかと聞けば
放出した魔力を身体へ戻しながらやればいいとの事だった
レドからの説明を受けながら2時間
ふらふらと不安定ではあるが何とか浮遊させるに到った
ちなみにこれは魔法ではないらしく、魔力を使用した一種の応用らしい
闇への対策はレドの知りえていた魔法を一つ使用する事によって何とかなった
それが私の周りをクルクルと回っている火の玉
赤の魔法、初級術『フレイム』
説明は受けていたが、実際自分の手から炎が出ると言うのはかなりの驚きと感動があった
少しずつではあるが私も魔法に魅せられていたんだろう
そんなこんなで洞窟内を進む事10分
あまり広さは無いものの、枝分かれした道に混乱し
散々迷った挙句、たった今6度目の行き止まりへと辿り着いた
「……また行き止まりか」
闇に染まっていた奥が炎に照らし出され、その全貌を明らかにする前に私はため息をついた
今のこの世界の時刻が何時なのかは果たしてわからないが
奥を見る前に理解してしまった、外へは続いていないと
つい数分前辿り着いた枝分かれ箇所を思い浮かべ、その道に引き返す
どうにも昔から私は籤運がない、その枝分かれも4つあったうち
現在を含めて2度行き止まりに突き当たった
この時点でお分かりだろうが、うち1つは私が元々から歩いてきた道になる
よーするに、最後の一つが正解ルートなのだ
思わずため息が漏れる物の、まあ残りの一つが確実に外へ繋がっているのだから
そう言った意味では周囲を伺ったり考えたりしないだけ楽なのだろうが
『……マスター』
「む!?」
突然脳内に木霊する聞き覚えのある声
本当に何の脈絡もなく唐突に来たが為に、思わず驚いて周囲を伺ってしまった
恐らくこれはマンガやアニメでよく聞く『念話』と表される物だろう
『……こ、こうか……?』
『お、そうです、説明する前に使用できるとは流石マスター』
『……まあ体験したのは初めてだが、知ってはいるからね』
自らの身を持って使う日が来るとは思わなかったが
中々これは思ってたより便利だな
ワイヤレスのイヤホン的な感覚で使える
『で、どうした?』
『ああ、ルートはわかったみたいだし、それまでにマスターがこの世界でどうしたいかを聞きたいかな』
来た道を戻りながらレドと念話を続ける
しかし、どうしたいか……と言われてもな
何故ここに私がいるのか、そしてどうすればいいのか
逆に私が問うてみたいのだが……
『世界の有り様が変わろうと、どんな場所にだって“役割”って物がある
だから、マスターがどうなりたいのか聞きたい、なろうと思えば何にでもなれる、その力をマスターは持ってるんだよ』
『……有り様か……』
そう聞かれて私は思わず考える
幼き頃から憧れていた、戦隊物のヒーロー……に出てくる悪役
何より私の黒歴史が表している通り、昔からヒールが好きだった
愛や友情や勇気で苦境を乗り越えるヒーローに比べ
地道な努力をし、多人数でボコボコにされてもめげない悪役達のなんと凡庸で紳士的な事か
根性だけでは覆せない状況もあるだろうに
昔からそう思いテレビを見ていた私は相当に捻くれ者だったのだろう、それは否定しない
『……魔王でも始めてみようか』
『おお!さすがはマスター!冷やし中華と同レベルで魔王の開始を語るとはね!』
そんな風に答えてしまう辺り、自分的にもある程度決めていた節はあるのだろう
レドとの念話でそれを再認識できた
何より、今の自分は魔力を得たとは言え、使用するためには努力や経験が必要である
陰で必死こいておきながら人々の前ではそれを微塵にも出さない、これは憧れだった
二十歳にもなって黒歴史を開放する事になるとは思いもしなかったが
まあ……口だけにならない事が出来るのだからそれはいいだろう
『よし、今日を持って私は魔王となろう』
『いよ!待ってました!それではまず第一にあそこにいる少女をボコボコにしようよ!』
『…………少女?』
レドの言葉に私は周囲を見渡した
考え事に夢中になっていた為か、自然にも引き返していた最後の通路を通っている
そしてそこから少し進んだ場所で、確かに一人の少女がしゃがみこんでいるのが見えた
少女の正面には、石で作られた墓石のような物が建っている
『……見る限り、まだ外には遠いようだが……』
『迷い込んだんじゃない?もしくはあの墓石みたいな物にお祈りに来たとか』
浮遊したまま少女の方へ進んで見ると、風の流れか炎の明かりか
私の存在に気づいた白髪の少女は驚いたような眼でしばしこちらを見ていたが
すぐに目つきを鋭い物へと変え、私にまるで傅くように瞳を閉じた
「○×△◇☆?」
「………………む?」
少女が何かを呟いた、ここで私は当初から抱いていた僅かな不安と直面する事となる
そう、言語の壁である
彼女の発した言葉が『この世界でも異質』な言葉なのであればそれはわからないのだろうが
恐らく雰囲気から見て、口から放った言葉はこの世界での共通語なのだと思われる
そうなると聊か面倒な事だ
レドとの会話が成立していたのは、恐らく彼が私の魔力を受けて生まれた者だったからなのだろう
しかし彼はこの世界の知識を得ていた、ならば通訳を頼む以外にこの世界での意思疎通は不可能となる
『レド』
『……あー……マスター……ゴメン』
『……なんということだ……』
最後の望みも空しく消えた
しかし考え方によっては一種の幸運でもあるだろう
この世界の住民には私が何を言っているのか理解できない
「ククク……脆弱な人間よ、我が前によくぞ現れた……」
『おー……マスターノリノリだねぇ』
「……■ΩΣ?」
しかしこれではラチがあかない
会話が理解できないのなら、自分をどう魔王だと認識させればいいのだろう
それを考えているうちにレドから物言いが入る
『とりあえず、この子をフルボッコにしちゃえばいいと思うよ!』
『……いや、彼女に直接危害を加えてしまったら、伝令役がいなくなる』
『なるほど……じゃあ、この子がお祈りしていた墓石をぶっつぶしてしまえばいいんじゃないかな?』
大事そうにしてたし、と言うレドに私は頷いた
まあそれくらいなら初の魔王様の仕事としては丁度いい
何より私は女性が苦手である、触れるのも正直勘弁願いたい
そうと決まれば彼女の目の前にある墓石への攻撃をしたい所であるのだが
『……どうすればいいんだ?』
『あー……単純に壊すだけなら魔力をブーストさせてパンチでもいいんだけど』
そこで着目されたのは私の周りをグルグルと回っている火の玉だった
周囲を明るくするためだけに生み出された魔法だったが
少女が持っているランタンを見る限り、今は特に必要としない
それならば、これをそのまま攻撃に使えばいいとの事
生み出す時と違って、要するにコレをそのまま墓石にぶっ飛ばせばいいのだから
魔力を噴射&リリースしている現状を考える限り同じ事なのだろう
「人間よ、その眼で己の無力さを嘆くがいい」
『さあ、やっちゃえマスター!』
しかしここで一つ問題が発生した
私の周囲で回転していた炎を操り、墓石にぶつけた所まではよかったのだが
初めての事で今ひとつ魔力を操りきれていない私は、本来墓石までの移動を目的とするのに対し
付与させる魔力が異常に多すぎたのか、炎が墓石にぶつかった瞬間
内側から猛烈な輝きを放ち、墓石は黒炎を巻き上げ爆散した
後々から聞くところによるとそれは、赤の魔法、初級応用術『バースト』と言う物らしいのだが
そんな事を知らない私はあまりの勢いにただ呆然と立ち尽くすのみだった
「☆★◎!!?」
『マスター、呆けてる場合じゃないよ、女の子が何か言ってるんだから決め台詞的な物を……』
「あ……く、クックック……大事な物を壊されて悔しいか?精々己の無力さを嘆くんだな!」
レドから念話で『嘆く無力さは2回目だよ』と言うツッコミが入るがそこは気にしないで欲しい
どうせ何を言った所で彼女には理解できていないのだから
とりあえず自分の起こした所業と、あまりの爆発規模に洞窟が崩れないか不安になったが
こちらに何かを訴えかけようとしている彼女に向かって掌を2度シッシッと振る
呆然としていないで私の事を周囲の人間へ大いに話して欲しい
これ以上言葉を話しても無駄だと言う意味合いを見せる為に私は背中を向けると魔力を身体から生み出した
果たして他人の魔力が視覚にて確認できるのかどうかは定かではなかったが
魔力を色で現されるくらいなのだから、きっと出来るのだろうと半ば強硬手段だった
「+●◇……」
再び何かを呟いた少女は私の意思を汲み取ってくれたのか
何度かこちらを振り向いていたようだったが、そのままその場から駆けて行った
さあ、ここから私の伝説が始まるのだ
クックック……精々足掻くがいい脆弱な人間共よ……
『マスター、浸ってるところ申し訳ないんだけど』
『……なんだ……?』
私は少々不躾に念話を返す
やっと吹っ切れて魔王としての第一発目だったと言うのに
少しは余韻に浸らせてくれてもいいじゃないか
『マスターの魔力に感化されてか、ボク達の来た方から魔物がいっぱいきたよ』
その言葉と同時に辺りを赤い眼の大きなクモに囲まれた
……魔王登場のお祝いだといいなぁ……
◇◇◇
side リィン
「くっ……本当に行ってしまうのかい……」
「うん……仕方ないよ、私だけ特別ってわけには……いかないもの」
家の中でお婆ちゃんを説得しながら身支度を整える
身支度……とは言っても所詮は化粧だけなのだが
私の村では10年前から『嘆きの洞窟』と呼ばれる洞窟へ
年に1度、生贄を捧げる風習があった
これは魔物の動きが活発化した10年前
一人の魔術師によって大量の魔物が魔石に封じられたのだと言う
その封印の効力を再度発動させる為に必要なのが、人の血なのだとか
過去に幾人かの魔術師が訪れ、魔石に対峙したらしいが未だに一人も戻ってこない
村の戦士も抵抗してみたらしいが、2日後ほぼ壊滅の状態で1人だけ帰ってきたと言う
「それじゃあ……行って来るね……」
「おお……神よ……」
お婆ちゃんは泣きながら私を見送った
私は今日まで泣きつくせるだけ泣いてきた
だからせめて最後くらいは覚悟を決めるんだ
誰にも迷惑はかけたくない
最後くらいは……静かに一人で……
◇◇◇
洞窟の入り口へ着いた、手元のランタンが辺りを照らすと
まるで獲物を待っていた口のように見えて私は身震いした
しかしもう迷っているヒマはないのだ
ここで私が逃げてしまったら……村の皆に被害が及ぶ
折れかけていた心を再度奮い立たせ、私は一歩を力強く踏み出す
もう折れる事のないよう、立ち止まってしまう事のないよう
ただ、一歩一歩を踏みしめ、確認するように進んでいった
辿り着いた先には墓石のような物が建てられていた
更に奥があるようにも見えたが、きっとこれが噂に聞く魔石なのだろう
私は覚悟を決めると、最後の時間だけは祈りに費やす事にした
膝を折り、その場へしゃがみこむと
両手を重ね合わせて祈りを捧げた
……もうこれ以上……誰かが犠牲になるなんて考えたくない
だからどうか……自分で最後にして欲しい……
隣へ置いていたランタンに燈っていた火がジジッと燃える音がする
どれほどその場で祈っていたのだろう
不意に洞窟の奥から風が吹いてきた
しかしその風はどこか不自然で、何か不思議な感じがした
全てを諦め、全てを受け入れたと言うのに
私にはどこかまだ、未練があったと言うのだろうか……
闇から現れたその漆黒の風貌を見かけ、思わず私はたじろいでしまった
……これで……村は救われるのなら……
「……貴方が……ここの主ですか……?」
「…………△×?」
私が言葉を投げかけると不思議そうに男は揺れた
男の周囲をクルクルと回っている炎と、浮いている事を見て
一瞬魔術師かとも思えたのだが、まさかこんな場所にいるはずもない
私の問いかけには特に答えず、彼は何かを探っているように見えた
こちらが複数でいるかどうかでも確認しているのだろうか
しばらく沈黙が続いていたが相手は突然こちらへ向きなおした
「○×△◇☆……βγζηιλτσω……」
「……え……?」
唐突に開かれた口と話された言葉は到底私の知っている言葉ではなかった
一瞬、魔法の詠唱かとも考えたのだが
それでもこちらの言葉ではない、むしろ全く聞き覚えのないニュアンスだった
彼が何者で、これから何をしようとしているのか
当然今ここに居るのは私と謎の男の2人だけだ
この状況から考えるに、私は彼にとって生贄でしかないのだろう……
そう思っていた
「βγζηιλτσω」
再び吹き起こる風と、男の周囲を回っていた炎に変化が訪れる
しかし私はここで信じられない物を見る事となった
彼の言葉は恐らく魔法の詠唱だったのだろう
でも、黒い魔力が彼の周りに湧き上がる
そんなバカな
私は魔法としてのセンスが殆ど無いが、それでも知識としてくらい持っている
この世界で扱える魔法の色は6色しか存在しないと言う事くらい……
そして信じられなかったのはそれだけじゃない
漆黒の男が振りかざした炎が魔石に触れたかと思った瞬間
突然眩いばかりの閃光を放ち、爆発したのだ
「え……そんな!!?」
私は咄嗟の事態に信じられず、自分の口元を両手で覆っていた
私達の村にとって忌むべき魔石
それは決して壊れる事がなく、幾人もの魔術師が犠牲となり
幾人もの村人が犠牲となってきた
その忌まわしき魔石が今、目の前で砕け散ったのだから……
しかしそれなら封じられていた魔物たちはどうなるの?
そう、今まで退治される事なく封じられていた最大の理由
それは魔物があまりに強大すぎたからだった
村に記された記録によると、その魔物たちは魔法が効かず、物理攻撃も効かなかったとある
だからこそ封印を施されていたと言うのに
砕かれたからにはその封印は解けると言う事だ
目の前にいる漆黒の男は暗さ故に表情まで読めないが、何かをこちらへ話しているようだった
「貴方は一体……」
その問いかけに答える事もなく、再び黒い魔力を纏わせて私に背を向けた相手
まさか、封じられていた魔物と戦うと言うのだろうか
そんなことができるはずがないと言う思いが頭を過ぎったが
誰も破壊すら出来なかった魔石を一撃で粉砕してみせたのだ
……もしかしたら彼は神が与えてくださった勇者なのかも知れない
私は再び彼の背中を見ると、その背には何か自信に満ち溢れた物を感じた
「……ありがとう、勇者様……」
もう泣かないと決めていた涙は止め処なく頬を伝い落ちる
私は全力で洞窟から転がるように走った
誰でもいい、名も知らない彼の手助けをして欲しい……!
ただ、その思いを胸に村へと駆けていった