プロローグ
世界は某オタク話と一緒です。
◇◇◇
「……え……?」
周囲の異変に気づき私は愕然とした
そこにあったのは凡そ自分の記憶には微塵も存在しない光景
そして何より、こんな場所に突然立っていると言う現実
さらに説明不可能なこの生物
「ボクと契約して魔法少女になってよ!」
「……私は男だが」
半透明の小さな黒猫が宙に浮かんで人語を話してきたのだ
当然ながら私はまず自分の頭にコブがないかなどの確認をする
掌で頭を触ってみたものの、別にいつもと変わる事はない
てっきり頭をどこかにぶつけておかしくなったのかと思ったが、そうでもないようだ
一方こちらの心情など知る由もなく、変わらずその奇妙な小動物は私へ声をかけてきた
「大丈夫だよ!今なら男の娘だって需要があるんだから!」
「私は今年で20だぞ」
その飛び出す奇抜な単語の意味を理解してしまえるのが何とも悲しくは思えるが
小動物の言うような対象に値するかと言われれば、答えはNOだ
身長は178と割かし高い部類に入る上、女性顔でもない
むしろ三白眼のおかげでガラの悪い事この上ない私がそんな意味不明な物になれるかっ
……というか、この問答を続けたとして何の意味も無い事に私は気がついた
そう、求める答えはもっと別なのだ
「おい……お前が私をここへ連れて来たのか?」
私は小動物を睨みつけながら様子を伺った
やはりその言葉に何か重要な事があったのだろうか
今までただ笑顔を浮かべていただけの小動物は、歪に口元を吊り上げていた
「何を言ってるんだい、キミがボクを作ったんじゃないか」
「は?」
今しがた小動物から放たれた剛速球は、出来ればそっくりそのままお返ししてさしあげたかった
私が、作った?
自慢ではないが、私は昔から手先が不器用だ
小学校の図工で作った自分では改心の出来だったペンギンの粘土に
先生のタイトル追記で「ゴジラ」と書かれるほど不器用だ
精々技術的な物で生み出せると言えば、ラクガキ程度に練習していた絵くらいの物だが……
「……!」
「……思い出したんだね……?」
私は一瞬にして脳内にフラッシュバックした映像を心の深くへと閉じ込めた
有り得ない……嘘だろう……?
「そう、ボクは『貴方』によって作られたんだ」
「やめろ……」
その姿を改めて見れば、確かに私の記憶と合致する
だがしかし、夢であってくれ
「『貴方』は一人、部屋の中でその方法を模索しながら……」
「やめろ!やめてくれっ!!」
だってそれは――――!!
「“闇の書”でボクを生み出した……そうでしょ?【永久の漆黒】ノスフェラトゥ・グラファイト?」
「うわああああぁあぁあああああ!!!」
封印されたはずの黒歴史だった
大学ノートの表紙に、マジックインキで書かれた『闇の書』の文字が脳内に蘇る
その瞬間、私の中に生まれた感情は自殺願望だった
「やめてくれ……お願いだ……契約でも何でもするから……っ」
「あれ……そんな簡単でいいの?【永久の漆黒】様」
「やめろ!やめてくれぇええ!!」
私はこの日、生まれてきた20年間の中で
初めての『ガチ泣き』を体験した
◇◇◇
「ところで……契約とは……何をするんだ……『レド』」
「ボクの名前も思い出してくれたようだね、マスター!
でも折角だからボクも二つ名を貰えないでしょうか!」
「……お前はそのままが一番だ」
封じ込めたはずの黒歴史を暴かれてるだけでも、既に限界だと言うのに
その会話をしている相手が自分の生み出したキャラだとは
神よ……これは一体何の罰ゲームなのですか……
「まあ、さっきは思い出して貰おうと思って“契約”なんて言葉を使いましたが
平たく言えば、マスターには一種の覚悟をして頂きたいんです」
「…………覚悟……?
お前が私と会話をしているのも理由の一つなのか?」
そこまで告げると、レドは『流石マスター!』等と興奮気味に鼻息を荒げた
しかし改めて見ると、我ながらこれは酷い
どう見てもその当時影響されたCCSのケロちゃんの羽に、好きな黒猫くっつけただけではないか
オマケに黒猫が好きな理由は…………もう嫌だ、過去の自分を亡き者にしてやりたい
「まず説明する前に言っておかないといけないのが
この世界は、マスターの住んでいた世界とは別の世界だって事かな」
「……そうか」
もう今更驚く事はない
と言うより、最大の山場がOPどころか上映前のCMで流された気分だ
多少の事が起きてもそうそう驚けないような気がする
「そしてボクは今、この世界のとある物質とマスターの“魔力”で動いています」
「……魔力?」
驚かないと決めた次の瞬間には、もう身体がピクリと反応してしまった
また黒歴史の話かと考えたがレドの様子からは冗談が伺えない
「正確には、マスターから放たれた魔力を軸として、とある物質を媒介に動いてるんだよ
だから本来ボクが知り得る事が出来ない情報もその物質に残っていた記憶を読み取る事で知識にしてるのさ」
「待ってくれ、意味がわからない」
そうとも、確かに私は先ほど晒してしまったような黒い歴史を持っているが
あの頃望んだような物は何一つとして持ちえているわけがない
私は単なる大学生に過ぎないのだ
にも関わらず、突然異世界にいた、と言う事は視界に入る情景と目の前にいるレドから理解せざるを得ないのだろうが
『魔力』などと言う中二病全盛期の発動キーなんて私が有しているはずもない
「勿論マスターの気持ちもわかるけど
事実ボクは今こうしてマスターの力を受けて存在してるんだ」
「……じゃあ本当に」
「ボクも突然生み出されたから何が起こったかまではわからないけど
少なくとも、マスターは確かに魔力を持ってるよ」
正直複雑な気持ちだった
過去にあれほど願い焦がれていた物はけして手に入る事のない物だった
だからこそ自分の所持していた世界との決別を決めて
全てを封印し、大人になったのだ
それが、望まなくなった大人へ変わった途端手に入るなんて
あまりに皮肉じゃないか
「……レド、この世界で言う魔力の概念は?」
「流石マスター、眼の付け所が一般人とは違うね」
「いちいち茶化さなくていい」
「はいはい、魔力の概念はマスターの持ってる知識と同じように、個々の持つ……まあスタミナみたいなものだね」
「その辺りは私達の世界も異世界も変わらないんだな」
「人の持ち得る力、と言う意味ではそうだね」
たとえそれが私の知っている異な力だとしても
それを扱う物の定義が人間である以上、限界もあるのだろう
「では……“魔力”を“作用”させる事は出来るのか?」
「うん、可能だよ、それは所謂“魔法”って物になるみたい」
魔力に次ぐファンタジーな言葉『魔法』
いかにそう言った世界に疎い人間でも、誰しもが必ず一度は耳にする
まさか抱いていた幻想に相対する日が来るなどとは思わなかったが……
「魔法か……」
「でも魔法を使用するには、当然だけど一定のルールがあるのさ」
「ルール……たとえば?」
「魔力はそれぞれ3パターンあり、それは色でもあり属性でもある」
「……よくわからん」
説明が単純すぎたのか、私の頭が悪いのか
ともかくよくわからないので根掘り葉掘り聞いてようやく理解できた
つまり、魔力は私の知っているような『魔法の源』と言った何でも要素の事ではなく
この世界の魔力には『属性』が最初から決められているらしい
それは人によって違う物で、火の魔力を持っている物はそれ以外を使えない、と言った事だった
「炎を象徴する『赤』 水を象徴する『青』 地を象徴する『黄』
これがこの世界で使われる魔力だね」
「なるほど……しかし、三原色だけか、思ったより少ないんだな」
魔法や魔力に対する感覚はゲームやアニメなんかである程度理解はある
それだけに3種類の魔法だけ、というのは結構意外な物だった
火、水、地と確かに揃ってるのは揃っているのかも知れないが……
「そう、これは先天的に持てる色なんだ」
「……ん?口ぶりからして、後天的に使える色が増えると言う事はあるのか?」
「流石マスター!理解が早くて助かるよ!」
毎度毎度そう持ち上げられるのはむず痒さを感じるが、ひとまずそれは置いておこう
説明の続きを聞く限り、最終的な色の数は
『赤』と『青』が合わさった『紫』
『青』と『黄』が合わさった『緑』
『黄』と『赤』が合わさった『茶』の追加3種類が存在するらしい
ただ、混ぜられた色においてのみ、属性の優れた方に色が傾くとか……
赤紫とか青紫とか
「……と言う事は、『紫』の魔力を持ってる者は『火』と『水』さらに、『紫』の属性が使えるって事なのか?」
「残念ながら属性そのものは増えないみたいだね、属性同士を組み合わせる事で擬似的に作り出す事は可能みたいだけど」
水の魔力と火の魔力を組み合わせれば、相反する二つの力が爆発して暴風を生み出す
なるほど、これは術者の応用次第でかなり用途が変わるみたいだ
……ただ、そうなるともう一つ確認しておかなければならない事がある
「……この世界においての魔法と言うのは
術者が術式を生み出す物なのか、既に存在する術式を使用するのかどちらなんだ?」
これはかなり重要である
存在する術しか使えないと言う制約があれば、確かにそれは魔法だ
それに対して、火の属性が使える者が自分で術を作れるのなら、それは認識として超能力と言う言葉の方がわかり易い
おまけに後者であれば、これは無限に近い使い方が出来てしまうだろう
「いい質問だよマスター『術式』と言う言い回しも昔のマスターを思い出すようでワクワクするね」
「茶化すなと言ってる……」
「マスターの考えた通り、この世界の魔法は既に解明され、存在してる術式を使うんだ
さっきは『組み合わせる』なんて軽く言ったけど、これがかなり難しいからね」
やはり思い通り、そう簡単に扱えるような代物ではないらしい
多少残念な気はしたが、持ちえた能力を私がフルで扱えるわけがないのだから
むしろ先人達の残した技法を教えて貰える事に何ら抵抗はない
「……なるほど、概ね理解した……」
「……ホントに?」
レドはこちらへ向けて言い様のない笑みを向けていた
……流石は私の魔力に生み出された者、当然ながらバレるだろう
「いや……最後に1つ質問がある」
「知りたいのは、マスターの魔力が何色か?って事でしょう」
「……ああ」
3種あるうちの1つの魔力
それは本来手に入れるべきタイミングは生まれた瞬間のはずである
しかし、私に関しては魔法や魔力などが存在しない外側の世界から訪れた
その私が持ちえた魔力は一体どうなっているのか、気にならない方がおかしいだろう
「マスターの希望は何色なの?」
「……赤……火だな」
なるほどなるほど、と言った具合で楽しそうな笑みを浮かべるレド
自分で確認できるならこんなまどろっこしい事はしないのだが
まだ私はこの世界の魔力の在り方を知っただけだ
自転車の乗り方を知ったからといって乗れるわけはない
「……早く言ってくれ」
「そうだね、マスター……この世界で生み出される魔力の色が何故3つだけなのかわかる?」
「…………?」
やっと知れるのかと思った瞬間にまた問答
こいつは何故こうも面倒なやり取りが好きなのか
……ああ、私がそう言う設定にしたんだったな
しかし何故最大が6つなのか、それを問われれば答えは単純に考えたら1つしかない
「……それは、三原色しかないのならそれが色としての限界だろう、作ろうと思えば後一色しかない」
「……その色は?」
私が答えを告げた瞬間、レドの表情から笑みが消えていた
そこから察するに、私は知りたかった答えを告げていたのだろう
「………………黒か」
「正解だよマスター」
それは今までの魔力に関する知識を根底から覆す
存在するはずのない色を私は纏っていると言う事になる
「マスター、貴方はこの世界での異質だ
―――魔王だって目指せるよ」
レドからぶっ飛んだ言葉が聞こえてきた
何を言っているんだコイツ、と呆れるはずの私の顔は
口元が自然とつり上がっている
この瞬間、封じられたはずの私の時間は……静かに開かれた