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おぼろ月  作者: KIKI
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死を、生まれて初めて目の前にしたのは、私が5歳のころだった。


えんそくごっこが大好きだった、舞ちゃんが死んだのは、今私が住んでいるマンションの目の前の、道路だった。

交通事故だった。舞ちゃんは妹をかばって、死んでしまった。妹の真紀ちゃんは、今も元気だと思う。


当時、保育園の先生が、どのように舞ちゃんが死んだかを、紙芝居にして語ってくれた。記憶が曖昧だが、園長先生だったと思う。やせていて、しわしわの顔を、決して美しくはない顔を、歪めて、泣きながら話していた。


舞ちゃんのお葬式に行く当日のおやつは、ジャムとチョコレートクリームの、トーストサンドだった。私はチョコレートが大好きだったので、(現在もそれは変わらない)お友達のゆきちゃんに、ジャムの方を、チョコレートに交換してもらったのを覚えている。


そしてお葬式に行って、まるで眠っているように綺麗な舞ちゃんの顔を見た。両手を、おへそのあたりで、組んでいた。

眼鏡をかけた、まるまると太って厚化粧の先生が泣いていた。「こんなに冷たくなって・・・」と、舞ちゃんのおでこをなでていた。


20人くらいいる、園児達は、皆まだ死を理解していなかったのだと思う。それは私もだ。みんな泣いていなかった。が、2人だけ泣いていた子がいる。あっちゃんと、ゆきちゃんだった。お友達が死んでしまって悲しい、という感情を理解していたのだろうか。ゆきちゃんは、今小学校の教師をしている。運動神経が子供の頃から抜群で、体育の先生になったそうだ。あっちゃんは、小学校に上がるまえに遠くに転校してしまったので、今現在どこにいて何の仕事をしているのか、生きているのかも、全く知る由もない。


もう舞ちゃんとえんそくごっこはできないんだ。という思いだけ、あった。悲しいとか、寂しいとか、よくわからなかった。


小学生低学年くらいのころ、死ぬのが怖くて泣いた。

夜、ベッドの中で、急に死がおそってきた。

私は病気をしたこともなかったし、風邪もめったにひかない、とても健康で元気な子供だったが、なぜかその夜は、暗い、深い闇のようなものが、私の心臓を不安で塗り固め、苦しくさせた。もちろん理由もないし、全く意味不明だった。

「死にたくない」ただそれだけで、何時間も泣いた。




ヒロユキのことを思い出す。

とても背が高くて、笑うとしわしわになって、目がなくなってしまう。黒目がちの、小さな目が。

人が良くて優しくて、ビールが飲めなかった。

彼はまだ、もちろん生きている。と思う。もう1年以上連絡をとっていないが、たぶんまだ当時の会社で、バリバリと夜遅くまで働いているのだろう。新卒で入社わずか2年目で、管理職に登りつめたほど、仕事ができる人だ。そんなところも、すごく尊敬していた。また出世しているのだろうか。睡眠時間は相変わらず少ないのだろうか。

ふと、そんなことこを色々と想像する。ヒロユキは私のことをたまには思い出すのだろうか。全てのことに執着がなく、包容力があって器が大きい男だ。

だが、全てのことに執着がなく、器が大きいだけに、全てのことにどうでもよくって、何でも受けれてしまう大きすぎる器が故に、冷たい男だった。


ヒロユキと付き合ってからは、会社員の彼と休みが合うように、百貨店の販売職を辞め、土日祝が休みの、保険会社の事務職に転職した。でも、出逢って間もない頃の、どうにか会いたくて、お互い仕事終りの平日に会ったり、彼が休みの日曜に、私が仕事を終えて急いで会いに行っていたのを思い出すと、彼と会えない週末があると、とてつもない寂しさにおそわれ、どうしようもなくなる。会える時間がなくて、どうにか時間を作って会っていた頃よりも、会える時間が充分にあるのに、会えないというのは、私にとっては絶望的だった。以前のように、会えない日は、自分が仕事か、彼が仕事だったら、そんな気持ちにはならない。でも、週末に会えたとしても、休日の都会は吐きそうになる。どこに行くにも混んでいて、そんなとき、みんな死んでしまえばいいと思う。





「横田さん、昨日のドラマ見た?あの今話題な韓国俳優が出てるやつ。」


ぼうっとしていたら、目の前にいる醜悪な顔が私を呼んでいた。

食べかけのインスタントパスタが、すっかり冷めている。これは具がなくて飽きてしまう。


「ああ・・・ドラマね。どんな話なの?私ドラマってあんまり見なくて。」


お決まりの愛想笑いだ。本気で楽しくて笑うことなんか、職場ではないだろう。


「そうなんだ-!すっごく面白いのよ〜!来週見てみてよ!」


オーバーリアクションだ。さも驚いているように装っている。丸い顔に目も口も丸くして、全くおかしな顔だ。

私がそのドラマを来週見るか見ないかは、この人にとっては、実はどうでもいいことなのだ。


「うん、そうね・・・。」


どうでもいい。たまたま来週そのドラマを見ることがあったにしても、この人に報告もしないし、きっと見たことも翌日には覚えていない。

世にもまずい、冷めたインスタントパスタを、私は啜る。


お昼休みが終った。

自席に戻ってPCに向い、メールをチェックする。たいした連絡は来ていない。どうでもいい内容のものばかりだ。

その後すぐに部長の来客があった。私はお茶を出しに、応接間に行く。今日はねずみ男みたいな初老の男だった。どこかの取引先の人だ。いちいち会社名と顔なんて覚えてられない。名前なんかもっての他だ。私の人生にとっては、おそらく全く無関係な者たちだからだ。

だから、どうでもいいのだ。



ヒロユキと別れてから、3年勤めた保険会社を辞め、今の小さなアパレル会社に転職して半年が経つ。といっても、アルバイトの事務だ。

収入は前職の半分くらいだ。ヒロユキと会うために、お洒落な服をデートごとに新調していたり、エステや美容院に毎月行ったり、爪をきらきらと綺麗にしたり、高い化粧品を使ったりしていた時に比べると、今の私はあまりお金のかからない女になっていた。

最低限の収入があれば、暮らして行ける。組織に縛られるのは、肌に合わない。



仕事の帰り道、ふと空を見上げた。

会社は近所で徒歩圏なので、電車に乗らずに済み、もちろんラッシュに遭遇することは皆無なので、今の仕事に対して、唯一その点だけが、メリットだと思う。

今日は曇りだ。

星は全く出ていなく、濃紺の空に怪しげに煙のような雲が、覆っていた。

そしてその煙の向こうに、ふわふわと遠慮がちに明かりをこぼしている、まあるい光があった。

ああ、明日は雨だろうか。皮の靴をはくのはやめておこう。


今夜はおぼろ月だ。








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