天啓の聖騎士は乙女ゲームという叫びをきいた
聖騎士が剣に鋭く眩しい光を纏わせて、それを横に薙いだ。単調な流れであるのに、まばゆいほどに美しく残酷に感じる一閃。
神の慈悲が、この世の弱者を守り、敬虔なる者に加護を与えているのだと、感じる光だった。
近くには、地に伏した人々に神官が、同様の光であるのにどこか柔らかなそれを注いでいた。
輝きの中で、伏した人の怪我が癒えていく。
それは、ヴァレリアンがこの世界の力の発動を見たと初めて認識した光景であった。
何かに巻き込まれたこの時、ヴァレリアン・テオドール=ガブリエル・ド・ブランシェール、齢三つ。
――幼い時って力を使い果たすといいんだよね。もちろん大人には内緒なのはセオリーだよね!
そんな音が、彼の脳裏に浮かびあがったのである。
後に、あれが緊迫した非常に危ない状態であったのだとヴァレリアンは知るが、当時、彼の中にそうした焦りはなかった。
幼かったヴァレリアンは、その音が新しい遊びを教えてくれたように感じただけだった。
以後、ヴァレリアンは、聖騎士が剣に宿した光を心に描き、指先に纏わせる。神官が宿した癒しの光を具現させ、部屋の生け花に注いだ。
それを大人に内密にすることが重要であることも理解し、露見しないように気遣いながら繰り返す。
そのせいか、部屋の花は妙に長持ちしたが、それを不思議に思う者はいても、その原因が幼いヴァレリアンにあるとは、誰も思わなかった。
それが起因して、体内の力を使い果たし、日常の生活でふらついたり、気を失ったりと、焦るときもあった。
まさか周囲には病弱だと、思われることになるとは、予想外の弊害である。
それでも、楽しいから続ける。正に子どもの遊びであった。
だが、度重なる体調不良に、子の体調を詳しく調べるのは当然のことである。
ヴァレリアンは、その原因として無意識に力を使っていると診断され、五歳で神具を装着され力を封じられてしまったのだ。
――やばっ!きたこれ!この苦難を乗り越えれば、さらに強い力を使えるようになるっ!
この頃になると、ヴァレリアンは脳裏に響く音が、無意識の一人遊びだと勝手に思っていた。
もちろん、その音に従ってさらなる極みを目指すのは、当然の理であり、とても楽しいことだった。
そうして、ヴァレリアンは、剣技も神聖力も勉学も、この一人遊びで力を蓄えていったのである。
とはいえ、友人はいたわけだが、この一人遊びは自分だけの大事な趣味のようなものに変わっていった。
それらが高じて、十二歳で公爵家を飛び出し、神殿で従騎士を経て聖騎士になった。
教皇直属なうえ、天啓の聖騎士の称号まで賜ったのである。
敬虔な家門とはいえ、ブランシェール公爵家をもってしても、驚きを禁じ得ない事態であった。
その趣味という名の鍛錬と、時おり訪れる音が、ヴァレリアン自身の理解の範疇を超える不可思議な現象であると気づいたのは、十七歳、七の節目と呼ばれる春のことである。
*** ***** **
宮廷の長い回廊の横には帝国が誇る庭園が広がっていた。
建国祭を間近に控え、庭園には国内外の貴族や使者の姿が多く見え、異国情緒あふれる雰囲気である。
ところどころに設けられた円形や多角の屋根を有する東屋では、壮麗な庭園を眺めながら談笑する者たちの姿もあった。
警護の数、護衛の数も普段の何倍となることか。
その庭園を横目に、ヴァレリアンは、皇太子の斜め後ろを歩いていた。
ヴァレリアンは臨時の護衛役であるが、前後を守る騎士たちの実力は十分に把握できている。周囲に気を配りつつも、余所見をする余裕はあった。
ついつい幼い頃に、弟とともに訪れたことを思い出してしまうが、顔をほころばせるわけにはいかない。気を引き締めてこの歩みを見つめる。
皇太子の前方には、直属の近衛騎士だとわかる紺青を基調とした礼服を纏った二人。後方には、侍従、その隣には、一番の使い手と思しき直属の騎士が一名。
そしてヴァレリアンともう一人の直属の騎士が、その後ろにいるという構成である。
さらに離れて四名の気配を感じたが、宮廷の状況を考えれば当然というところだろう。
回廊も中盤ほど進み、庭園の見どころの一つである巨大な噴水が遠くに見え始め、通り過ぎようというとき、その声が響きわたった。
「シャルロット・ド・ラ・トレムイユ、そなたとの婚約を破棄するっ!」
皇太子の歩みが止まった。
視界を巡らすだけでは届かず、その顔が少し横に向く。
声の主は、美しく放物線を描いて落ちる大噴水の前にいた。
噴水の周りには多くの貴族が集まっている。
国内の者か、国外の使者か、服装にばらつきがあり、即座に判別はできない。
ヴァレリアンにわかるのは、第二皇子の婚約破棄現場を目撃したということだけである。
その事実が脳裏に到達した途端、ズキリと頭の奥が痛む。
――はぁああああああ!乙女ゲームなの!?まじで!?誰得なん!??
強烈な感情がともなった音が脳裏に響き、全てがカチリと合わさって、ヴァレリアンの内部を駆け巡る。
一瞬のことであるが、眩暈がひどい。
むろん、ヴァレリアンは、そんなことを感じさせないように、皇太子殿下の後ろに控えていた。
視界には、大噴水のきらめきと第二皇子。その身は濃い紫色とも黒ともとれる靄が絡みついている。
この眩暈の元の察知能力なのか、魅了や魅了薬という言葉が脳裏をかすめ、拭えぬ苦痛をいなしながら、ヴァレリアンは内心、前世の己は賢者か何かかと、発想に驚きつつ、隣にいる皇太子の侍従に声をかけた。
「クラレンス侍従、申し訳ありませんが、魅了や魅了薬などの可能性があるように思います。解呪の神聖を施してみたく思うのですが、皇太子殿下にお伝えいただけませんか」
ヴァレリアンの言葉に侍従は、瞬き二つの時を置いて頷いた。
「お伝えいたします」
慌てず、さりとて思いの他早い動作で侍従は皇太子へヴァレリアンの言葉を伝えていた。
ヴァレリアンは、皇太子の口元が微かに上がるのを目に留める。噂通り何を考えているのかわからない方である。
いや、帝国の中枢たる方の気持ちが分かる方が問題であっただろう。
ただ、許可が下りたようだということだけは、ヴァレリアンにも分かった。
「許すと。好きにするとよいとのことです」
予想外の言葉とともに侍従の眉が微妙にさがる。
「過分なお言葉、ありがとうございます」
ヴァレリアンは第二皇子を視界におさめながら、起点を目算し、神聖言語を唱えると同時に、神のご加護の情景を思い浮かべる。
『神聖降臨、神鳥の羽搏き』
庭園は、一斉に静寂に包まれた。
ヴァレリアンが思い描いたように、第二皇子へ天上から光が降り、天からは絵画で有名な神鳥の羽根が金色にきらめきながら降り注ぎまとわりつく。
神聖力の幻影具現化は、剣を振り回すことの次に、ヴァレリアンの得意とするところであった。
弟に美しい世界を見せたいという思いで磨いたうえに、才能もあったのか、趣味も高じて中々の完成度である。
まさに、神の奇跡。
神聖言語の美しい光景の後、第二皇子は、何度も瞬きをくりかえしていた。
「……私は………、シャルロット?なぜ、青ざめている?」
静まりかえる庭園に、その声は思いのほか響いた。
やはり、何かしらの良くない力であったのだろう。
第二皇子の周りの靄はきれいに消え、神鳥の金の羽根が守っている。
その羽根を目で追いながら、ヴァレリアンは第二皇子の横に、丸まった絨毯のように倒れている女らしき姿を見た。
もんどりうつ様は、地を這う虫のようでもあったが、その額には神聖言語で『堕ちし者』と刻まれ、本来、人を守るべき神鳥の羽根が鎖のように絡みつき、動きを阻害している。
目をめぐらせれば、第二皇子の背後に、自身と同様の白を基調とした礼服の臨時護衛として就いている同僚の聖騎士をみつけた。
同僚はヴァレリアンを見つけ、片目をつむってみせた。
この事態を理解しているようである。彼と、本来の護衛騎士達がこのあと処理するであろうことが動きでわかった。
そして、もう一人。
その女の額に刻まれた神聖文字を認識したのか、皇太子の口元はさらに弧を描いている。
神聖言語で発動した解呪とちょっとした補足の効果は想定1日、ヴァレリアンのできることはここまでであった。
回廊の奥から、護衛ではない深紅色の礼服を纏った近衛騎士が歩いてくる。
皇太子が長くこの回廊で立ち止まってしまったためだろう。時間が押している。
それに素早く気付いた侍従が皇太子に先を示す。
もちろん、それより先に皇太子も近衛騎士の姿をとらえていたのか、すでに歩みを再開する気配を見せていた。
皇太子は、弟である第二皇子の事態を横目に捉えながらも、介入することなく回廊の奥へと歩みを進める。
少し先には、両開きの大きな扉の片方のが解放されていた。皇太子の通過に合わせて、閉じていた片側の扉が恭しく開け放たれていく。
門番は、両端の定位置に戻り、剣を前に掲げ微動だにせず、さらにその奥の扉も開かれて行くのが見える。
諸侯用大客室を目の前に、ヴァレリアンは残念な気持ちになった。
建国祭間近ともなれば、宮廷のこの庭園で、弟に会えるのではないかと思っていたのである。
自分自身の、かつてない頭痛と眩暈と混乱は、癒しに会えることのない事実にさらなる拍車がかかり、解消する目途も立ちそうになかった。
*** ***** **
「ベネディクト!僕の癒し!!!」
ヴァレリアンは、与えられた休憩時間を利用して、諸侯用大客室の一つ、ブランシェール公爵家の前室を通り過ぎ、応接室で一人お茶を嗜む弟を見つけた。
ヴァレリアンを見て驚きつつも微笑んだ弟に、そのまま抱き着く。
弟の従者も護衛騎士もそれを阻むことはなかった。
「あ、兄上!?」
弟の肩口にぐりぐりと額を擦り付ける。
ベネディクトはそれだけで、「何か」があったのだと察した。
ブランシェール小公爵、ベネディクト・ローラン=ミカエル・ド・ブランシェールは、兄の奇行に慣れていたのである。
そして、それが兄なりの愛情表現であることも、感情の揺れからくるということも、よく理解していた。
ベネディクトは、そっと、兄の背に手を回したのであった。
*** ***** **
おぉ、輝かしき天啓の聖騎士よ
白金の髪は後ろに束ねられ
漏れたサイドの髪が柔らかく輪郭を縁取る
二重の翡翠の瞳の奥には星がきらめき
縁取るまつ毛は長く多く
けぶる瞳は天の光を宿す
神々の祝福を受けし顔よ
優しく響く声は柔らかく
紡ぐ言葉は神の庭を招き
閃く光は神剣の……
盛りに盛られた吟遊詩人の歌に称えられる聖騎士は、レイカディア帝国、ロシュバール王朝時代に活躍したヴァレリアン・テオドール=ガブリエル・ド・ブランシェールのことである。
透き通るような肌は輝き、彼が姿を現すと神の使徒が降臨したかのようだった、とも神殿の記録によって伝えられている。
彼は類まれなる能力で十七という若さで、教皇直属の聖騎士となり、教皇から天啓の聖騎士という称号を与えられていた。
当時は、神殿に属したことにより俗世の家門からは離れたとはいえ、ブランシェール公爵家の嫡男でもあり、その影響力は計り知れなかった。
天啓の聖騎士の伝説が、神殿以外の場所で初めて記録されているのが、この事件であった。
後に皇帝となった皇太子ヴィクトールが、ヴァレリアンと邂逅し、彼が世俗へ戻るきっかけとなったのも、この事件であると考証されている。
また、事件後も第二皇子の婚約は継続され、その仲睦まじい様子が綴られた書物が残されている。
なお、神剣メタトロンが実際にこの事件で使用された記録はない。
<登場人物および出番のなかった人+生きていない設定>
※主人公:ヴァレリアン・テオドール=ガブリエル・ド・ブランシェール
ブランシェール公爵家嫡男。
次期当主の座を弟に譲り(投げ渡し)神殿所属の聖騎士になる。
TS転生者(元女ゲーマーRPGやFPS好き乙女ゲームはかじっただけ・現男)。
細マッチョ、プラチナブロンド、翡翠の瞳。美少女外見の弟を溺愛している。
神聖言語の発動は、無詠唱が可能。
だが、言語マニアなうえに、中二病常時発動のため詠唱している。
神具作成(チートと気づいてない)に凝っている。
前世を認識したことにより、邪悪なる気配を目視できるようになる。(転生特典か?)
※クラレンス侍従:アドリアン・ド・クラレンス
皇太子の侍従。クラレンス子爵家次男。
頭の回転が速い。常識人。背が高く、細身。
亜麻色の髪。ヘイゼルの瞳。
※皇太子:ヴィクトール・アレクサンデル=オーギュスト・ド・ロシュバール
ロシュバール王朝。皇帝レイナードと皇后アデレイドの第二子にして嫡男。
骨太で背が高く美丈夫という敵なしな外見。
切れ者。表情が読み辛い。十五歳の時に婚約者が死亡(隣国の王女)。
黒髪。瞳は碧玉で、中には金色が散る。*ロシュバール王家の血筋の証
※第二皇子:ルシアン・ド・ロシュバール
兄を尊敬している。
優しい。堅実。いくつもの外国語を習得している。
※第二皇子の婚約者:シャルロット・ド・ラ・トレムイユ
ラ・トレムイユ公爵家嫡女にして一人娘。
独特の癒しの雰囲気を持つ。才女。
背が低く、美女というより可愛らしい。
※第二皇子の浮気?相手:リリア・シャルトラン
シャルトラン男爵家三女。
※ブランシェール公爵:ジョルジュ・ガラハット(ヴァレリアンからみて曾祖父の名前)=カシエル・ド・ブランシェール
主人公の父。文武両道。鍛えた騎士のような体形で背が高い。
美中年。甘い顔。プラチナブロンド、碧眼。
※ブランシェール小公爵:ベネディクト・ローラン=ミカエル・ド・ブランシェール
主人公が溺愛する弟。
兄に甘い。金髪碧眼で相貌はキリっとした美女の母親似。
兄より背が少し高い。
体形は父親似の雰囲気がある。
※第一皇女:皇太子ヴィクトールと第二皇子ルシアンの姉にあたる。夭逝。
※教皇:女性。優しい雰囲気の老女。ヴァレリアンを孫のように可愛がっている。
※枢機卿(聖騎士系・必滅の枢機卿):男性。教皇を母のように慕っている。
※枢機卿(神官系・予見の枢機卿):男性。教皇とは長い付き合い。
※神剣メタトロン:日聖剣ともいわれている。対の剣に、月聖剣ともいわれる神剣サンダルフォンがある。
ヴァレリアンの死後、その遺体には天より光が降り、その身は光となって天へのぼり地上に残ることはなかった。ただ彼が愛用していた剣、神剣メタトロンだけが、ブランシェール公爵家に代々伝わっている。




