第三章「問答死約」
半グレの三人は、リンが潜伏しているはずの部屋の前に立ち止まる。
リーダー格の男が合鍵を取り出し、音を立てないように鍵穴へ差し込んだ。
カチャリ、と小さな音が鳴る。次の瞬間、男は乱暴にドアノブを回し、勢いよく扉を蹴り開けた。
「死ねやぁッ!」
三人は一目散に室内へと雪崩れ込む。しかし――。
「あれ、いねーぞ?」
「そんなわけあるか。誰も出入りした様子なかったぞ」
部屋を見渡すが、誰もいない。戸惑う三人。
「もしかして、部屋間違えた?」
女がぼそっと言った言葉に、男の一人がスマホを取り出して確認する。
「……いや、この部屋で間違いない」
「だったらなんでいないんだよ」
「俺が知るかよ」
「お仕事しなきゃ金もらえないじゃない。気分よく飲む気満々だったのに、それじゃできないじゃないの。まじイライラするわ」
女の言葉に、男の一人が何か思いついたような笑みを浮かべた。
「なぁ、金さえ入れば出所はどこでもいいよな」
「? まぁ、そうだけどよ」
もう一人の男が困惑したように返す。
「ターゲットがいないなら雇い主を狙えばいいじゃんか。あいつが持ってる金、全部手に入るぞ」
「わお、あったまいい」
「確かにな。仕方ないよ、だってターゲットがいないんだ。それで金もらえないのは理不尽だし」
「じゃあサクッとバラしに行こうよ」
三人の話が物騒な方向でまとまった、その時──。
背後から湿った破裂音が鳴った。
先頭に立っていた男の頭が不自然に跳ね上がり、糸の切れた操り人形のように床へ崩れ落ちる。
「なっ!?」
残る二人が慌てて振り返る。
彼らが勢いよく蹴り開け、壁に押し付けられていた玄関のドア。その木板には小さな穴が一つ空いていた。リンが事前に外の様子を窺うために開けたものだ。
そのドアが、ゆっくりと閉じていく。
ドアの裏側の死角から――音もなく、背広姿のリン・インが姿を現した。
驚きで完全に動きを止めた半グレたち。リンはその一瞬の隙を見逃さず、一気に距離を詰める。
一人が慌てて銃を構えようとしたが、リンは左手でその手首を外側へ弾き飛ばし、空いた胴体へサイレンサー付きの銃口を押し当て、躊躇いなく引き金を引いた。
二人目が血を吐いて倒れる。
リンが最後の一人へ視線を転じると、すでにその男は銃口をこちらへ向けていた。
「死ねぇッ!!」
絶叫と共に男が引き金を引こうとした瞬間、リンは傍らのベッドから布団を掴み、男の視界を覆うように力強くはためかせた。
突然の目くらましに男の狙いが大きく外れ、壁に虚しい穴を穿つ。
リンは舞い散る羽毛と布団越しに、男の心臓の位置を正確に撃ち抜いた。
ドサリ、と重い音が響き、室内に静寂が戻る。
リンは銃を下ろし、床に転がる三つの死体を冷たい目で見下ろした。そして懐からタバコを取り出しながら、静かに呟く。
「……お前たちが、殺しをためらえるような人間だったらよかったんだがな」
◇◇◇
「お疲れ様でした〜」
「お疲れ様。また明日」
港湾会社のオフィス。
帰宅する事務員に手を振り、田所は一人残された事務所で大きくため息を吐いた。
デスクに戻ると、そこに飾られた妻と娘の写真をじっと見つめる。
「どうして、こんなことに……。初めは、ちょっとした副業のつもりだったのに……」
後悔の言葉が口をついて出た、その時だった。
「ッ!?」
背後から突然、圧倒的な力で机に組み伏せられ、後頭部に冷たい銃口を突きつけられた。
「聞かれたことにだけ答えろ」
鼓膜を震わせるリン・インの低く冷徹な声。田所は恐怖に顔を歪ませながら、無言で頷いた。
「『セーフハウスに、あのアパートしか準備できなかった』とは嘘だ。そして別の部屋を使う可能性をわかっていながら、マスターキーではなく特定の部屋の鍵を渡したのは、あいつらを標的である私の元へ正確に導くためか」
田所は肯定するように何度も首を縦に振った。
「あいつらは、お前が雇ったのか」
「……集まっていた半グレどもに、金と銃を渡しました……」
震える声で田所が白状する。
「組織を裏切ったのか。……誰の差し金だ?」
「そ、それだけは言えません……っ!」
リンは無言のまま、突きつける銃口にギリッと力を込めた。田所の額に冷や汗が浮かぶ。
「お願いだ……! 私はどうなってもいい。だから、妻と娘だけは……どうか助けてほしい……っ!」
命乞いではなく、家族の助命だった。
リンは彼にこの先を言うべきか一瞬迷うが、口にすることを決める。
「……確かに話せば家族はただでは済まないだろう。しかし話さなくても結果は変わらない」
「え……?」
田所が戸惑った声を上げる。
「組織は裏切り者を許さない。どんな手を使っても全てを白状させた後、家族もろとも殺されるだろう」
「そ、そんな……ッ!」
裏社会の冷酷なルールを知らされた田所は真っ青になる。
「……裏社会と関わるということはそういうことだ。初めは小遣い稼ぎとしてちょっとした手伝いぐらいだろうと思っていたんだろうが、彼らはそんなに生易しくない」
「私はなんてことを……私は家族を危険に晒し続けていたということになるのか……」
自分が何に関わってきたのかようやく理解した田所は嗚咽を流す。
その姿を見ながらリンは瞳を閉じる。
思い出すのは十三年前、抗争に巻き込まれる前の自分の家族の姿だった。
そして瞳を開き、田所を見る。
「家族だけでも守りたいか?」
それに田所は泣きながら頷く。
「……賭けになるが方法はないことはない」
田所の瞳が見開かれ、リンを見る。その縋るような目に、リンは先を続けるのを躊躇うが、唇を噛み絞り出すように続けた。
「私は組織の人間だ。お前から何かを聞けばそれを組織に報告し、お前を生かして連れて行かなければならない」
そして残酷な言葉を彼に告げた。
「だから、お前が取れる手はただ一つ。何も言わずに殺されるだけだ」
「……え?」
戸惑う田所。それをリンは意図的に無視して言葉を続ける。
「抵抗されやむなく反撃し殺してしまったことにする。殺し屋が素人を殺さずに制圧できないのかと怪しまれることにはなるが、私以外に証言できる者はいない。確証はつかめないだろう。そうすれば私がお前の家族から証言を聞き出すとして保護する名目ができる。そして調査で私自身が掴んだ情報を家族の証言で得られたことにすれば、もしかしたら温情が与えられて家族だけは助かるかもしれない」
「そ、それは……私が死ななければならないことなんですか……?」
田所の言葉に、リンは首を振る。
「お前が生きていることが発覚すれば全ては台無しになる。……そして私にも死んだことになっている人間を匿えるほどの余裕はない」
「……あなたを信じろと言うんですか?」
「無理に信じろとは言わない。ただこの提案を合理的に考えてくれれば」
その言葉を噛み締めるように田所はゆっくりと何度か頷く。
そしてリンを見る。それは覚悟を決めた諦観の瞳だった。
「……なぜ、と聞くべきではないんでしょうね」
「……そうしてくれると助かる」
田所はゆっくりと瞳を閉じた。
「……家族をお願いします」
「全力を尽くすことを誓う」
リンがトリガーを引いた。




